1.厄介な出会い
はじめまして。
少しでも楽しんでもらえれば幸いです。
個人的解釈・ご都合展開がふんだんにありますので苦手なかたは自衛をお願いいたします。
いつもなら町の西側の森で狩りをするのに、何故かこの日私は東側の森へきてしまった。
どちらに行っても狩れる獲物が同じなのでたまには気分を変えてみようと思ったのが運の尽き。普段と違うことをすると厄介ごとに巻き込まれるというのはよくあるパターンだろう。
私、マーシャはここベルドランド国最大の都市、サクシャで生まれ育ち今年で二十歳になるうら若き乙女だ。
十六歳で親元を離れて今は借家に一人暮らし。運よく冒険者ギルドの職員に採用され、そこそこ給料も良いので同じ年頃の友人達よりかなり余裕のある生活をしている。
さらに私には魔法の才能があり仕事が休みの日は森へ出かけて魔法を遠慮なくぶっ放し獲物を狩っている。食料にもなるし馴染みの肉屋に食材として卸したりしているので、はっきり言ってかなりリッチなのだ。
でもそれを大っぴらにしてしまうと要らぬ反感を買ってしまう。この世の中は目立つと色々と生きづらくなるので普段は質素そのもの。狩りをしているなんてギルドの同僚にも友人にも話したことは無い。
給料をやりくりして慎ましく生活をしています、という感じでひっそりと生きているのだ。
そんな私の生活を一変させる出来事が起こった。
もし命を捧げることで確実に過去に戻ることが出来るなら私はこの命惜しくはないと思うほどに、この森へ来たことを激しく後悔することになる。
息を殺して草むらに隠れているとお目当ての獲物がやってきた。角ウサギだ。ウサギとは言えこの種はとても大きく全長は六十センチほどある。その頭には二十センチほどの鋭い一本の角。見た目は結構可愛いけど敵を見つけると怯むことなく恐ろしいまでの跳躍で、武器である角を突き刺しにかかってくる獰猛さだ。
ギルドの討伐依頼でも中堅冒険者以上が請け負う部類に入るくらいだ。その肉は柔らかく仄かに甘みがあり料理素材として人気が高い。体を覆う体毛は上質で衣類素材としても優秀なので冒険者にとっては大変稼ぎの良い獲物なのだ。
そんな獲物を一人で狩る私。結構すごいのよ。
本日の夕食はこの角ウサギの肉を惜しみもなく使ったスープを考えている。考えただけで涎が出てくるよ。
そして魔法を放つ絶好のタイミングというときだった。
「異世界転移キター!!」
「あ‥‥‥」
森の中、空気が震えるような大絶叫がこだまする。私の夕食はあっという間に目の前から姿を消してしまった。
え?何よ、今の叫び声。こんな森の中で不用意に大声を上げるバカは初心者冒険者?
いや、例え初心者でもそんなバカはいないはず。ちゃんと初級講習受けさせてるもん。
夕食を逃した怒りのせいでこの時私は確かに冷静さを失っていた。声がした方へザクザクと茂みをかき分け進んで行く。
一言文句を言わなければ気が済まない。角ウサギは臆病だから見つけるのが難しいのだ。
そんなことを考えていたからか、あの雄叫びの内容が頭からすっぽり抜けていた。
そして間もなく視界が開けたところに男はいた。
両手で力強く拳を握り天に突き上げて大笑いしている。
あ、これ出会っちゃいけないやつだ。
そう気づいた時にはもう遅かった。彼の瞳は私の姿を捉えていた。
「……」
無言でその場を去る。私は何も見ていない。
「いや、ちょーっと待った!!」
口を大きく開けたまま硬直していた彼にこれ幸いと出会ったことを無かったことにしたが無駄だった。
「ちっ」
「え?今舌打ちした?君舌打ちしたよね!?てか待ってくれ、お願い!」
耳が良いようで舌打ちが聞こえていたらしい。乙女がはしたないよね。
けど、それでも無視して歩みを進めたがやはり見逃してはくれないようだ。
チラリと見る。
明らかに私達とは違う顔立ちにこの世界では見かけない服装。そして一番の問題は彼が叫んだ言葉。
『異世界転移』
言葉の通りなら彼は別世界から来た人間ということだ。
ああ、精神異常者とかの方がはるかにマシだった。そのまま病院に送り届ければ済んだのに。よりによって異世界転移者とは!
足早にその場を離れるが体格が良い男の歩幅とでは勝ち目が無い。か弱い私はすぐに追いつかれた。
「お願い、その、道に迷っててどうしようかと思っていたところなんだよ」
「いやいや、あなたさっき滅茶苦茶喜んでましたよね?」
取り繕うのに必死すぎておかしなことを言いだした彼は、あたふたしながら「えーと、じゃあ」と懸命に理由を考えている。馬鹿なのかしら。だけど彼は彼なりに真剣らしい。
私は頭を抱えてため息をつく。彼はこのまま私に付いてくるだろう。さっきからちゃっかり手を繋がれていて振り切れそうにないのだ。なんて手の早い男だ。
それに振り切れそうにないほど強く握られているのにも関わらず痛みがない絶妙な加減だ。器用な男のようだ。と言うか、なんだか繋がれた手がムズムズする。
そんな感想は置いておき、実はこの私が生きている世界には彼のような異世界からの転移者が結構出現する。何故かは分からないけど当事者が語るには、この世界の神様に頼まれてやって来るらしい。
彼らも明確にはその理由や目的を教えてもらっていないが、とりあえずそのまま元の世界にいれば数分で死んでしまうからその命が完全に尽きる寸前にこの世界に転移しないかと勧誘を受けるのだそうだ。
勧誘って!……って笑ってしまうけど、そのままでは確実に死んでしまう者にとって別の世界とはいえ生きるチャンスを与えられるのだから皆転移することを喜んで受け入れているらしい。
そうなると彼も元いた世界では死ぬ寸前だったということだ。
「はあ。異世界転移者って大体が厄介の塊なのよね」
「え?」
彼は私が言ったことを理解できなかったらしい。きょとんとしている。その顔はアホっぽくて意外と可愛いな。
「だから、あなた達異世界転移者ってこっちの世界ではトラブルメーカーばかりなのよ」
「あー」
今度は伝わったらしい。心当たりがあるのか妙に納得している。世界が違えば文化も違うからね。多少は仕方ないと思うけど。
「俺が転移者だってバレてるのか」
「そこ!?」
あれだけ大声でアピールして、なおかつ彼以外にも転移者が存在している以上私に疑う余地はない。ギルドでも転移者について勉強会があるくらいなのだから。
彼の当初の予定では転移者であることを隠す方向だったのかな。
悪い事したかなって一瞬思ったけど、元をただせば彼が大声をあげて角ウサギが逃げたせいだ。
「まあ、いいわ。出会ってしまったのはどうしようもないし、不本意だけど一時的にあなたを保護しましょう」
「あ、ありがとう!俺、大谷健人」
不安げだった表情が一気に笑顔に変わった。
私は一応ギルド職員として転移者保護という名分もあるし、このまま放置はできない。放置がバレたら信用問題だもんね。
安心したのか彼、健人は人懐こい笑顔と共に私に抱き着いてきた。
「ちょっ!バカ。離れてよ」
足場が悪くて歩きにくい所で抱き着くバカがいるか!……いるね。目の前の異世界転移者が。
彼らの常識は私たちにとっての非常識。私達の常識は彼らにとっての非常識。とある本に載っている格言だ。でも郷に入っては郷に従えとも言うし彼には頑張ってこちらの世界に馴染んでもらいましょうか。
「ごめん、ごめん」
本当に悪いと思っていない軽い謝罪をする健人は私に捨てられなかったことが心底嬉しいらしい。その頭と尻にはあるはずのない犬耳とぶんぶん振られる尻尾が見えた気がした。
「私はマーシャ。とりあえず町に戻るから付いてきて」
「うん。よろしく。マーシャ」
相変わらず手は繋がれたまま。なんだろこれ。ちょっと恥ずかしいしさっきからムズムズが止まらない。
仕事以外で若い男の人と接することなんてない私には、たとえこの場に恋愛感情がないと分かっていても心拍数を上げるには十分な状況だった。
どうしよう。大谷健人かぁ。本当に厄介この上ない人がこの世界にやって来たよ。