三位一体 2
荷馬車に揺られていざピルト。
自分で小説書いてて最近思うこと。
「あれ私、性癖歪んできてない……?」
あと行間を広げてみましたが、読みにくいようであれば修正いたします
荷馬車を走らせながら、クスノキが説明を続ける。
「昨日も言ったはずだが、目的地はピルトだ。魔獣を避けるために朝に出発したが、夜間はどうしようもねぇ。運悪く遭遇しちまったらお前らの出番だ。時間が惜しいから朝昼の飯は携帯食で済ませる。我慢してくれ」
「了解しました。ちなみにどうしてピルトから先には進めないんですか?」
「あっこは沼地になっていて荷馬車だと馬の脚と車輪がとられちまう。要人は地下を通るが、監視の目があるからそのルートは避けたほうがいい。そこから先は自分らの足でいってくれよ」
「わかりました。ありがとうございます」
「にしても、パレドマーケットに何の用だお前ら? 金持ちには見えねぇが」
「妹が攫われたんだ」
「やっぱりな。そんな事だと思ったよ」
眉一つ動かさずクスノキは答える。
「なんか算段はあるのかよ」
「……まだ決まってねえ」
「誰が奴隷の管理してるかは知ってるのか?」
「……知らねぇ」
「はあ……何も知らねぇみたいだな……捕まっても俺の名前は口に出すなよ」
「そこは安心してください」
「……パレドマーケットはコルネが統括している闇市の本拠地だ。2か月に1回のペースで奴隷オークションが開催されるが、ちょうど今月にも開催されるはずだ。日程までは知らねぇが、コルネに気に入られねぇ限りは全員そこで売られる。コルネの館近くには奴隷棟があって、そこで全員トラヤって奴に管理される。正面からは館付近の警備が厚くて絶対に無理だが、中の警備はかなり薄い。近くの排水路が奴隷棟の中に繋がっている。潜入するならそこを通れ。」
「詳しいんですね」
「たまたま知ってただけだよ。向こうに着いたらレズリーって奴に案内を頼むといい。厩舎の運営をしていて、内部の構造に詳しい」
「……ありがとうございます!」
「礼はいいから警戒しろ。昼とはいえ何かの拍子に起きてさまよってる奴はいるかもしれんからな」
「はい!」
「……嬢ちゃん、名前は?」
「カ、カナです……」
「昨日はすまなかったな。酔いすぎてたみたいだ」
「い、いえそんな……」
「俺が言うのもなんだけどよ嬢ちゃん、嫌なことがあったら股の下を蹴り上げるんだ。男はそーすりゃいちころよ。試しにあの赤髪にやってみな」
「何で俺だよ!?」
「燃やしたり凍らせたりするくらいなら出来るんで、ご心配なく!」
「嬢ちゃん意外にやり手なんだな……あとそこの赤髪も、すまんな」
「……アラタだ」
「アラタか。頑張れよ」
「言われなくても分かってるよ」
「んで嬢ちゃ……男だったよな?」
「男です。サクヤです」
「なしてそんな紛らわしい風貌を……」
「元からというか、成り行きというか……」
「まあ、あんたももしかしたら攫われたりするかもしれねぇから気をつけろよ」
ガハハと笑いあげながらクスノキさんは言った。
「はい、ありがとうございます」
もう攫われてたんだけどなぁ……。
午後6時半。藍色に染まりゆく空。陽は傾きつつあった。クスノキさんは川辺で荷馬車を止めた。
「よし、この辺で拠点を設営するぞ。晩飯を食べたらそうだな……サクヤとカナ。お前らは先に寝てろ。アラタとサクヤには3時間交代で俺と見張り番をしてもらう」
「私は……?」
「嬢ちゃんはしっかり睡眠を取りな」
「はい……」
「……かわりに嬢ちゃんには料理を頑張ってもらおうか」
「は、はい!」
カナとクスノキさんは荷馬車に積まれた食材とにらめっこしている。僕はアラタととも焚き火用の小枝を集め、クスノキさんに届けた。
「じょ、嬢ちゃんそれはちょっと火が強すぎるぞ」
「す、すみません!」
「なああ消さないでいい! 消さないでいいから!」
……どうやら料理作りは難航しそうだ。その間にペグを打ってテントを設営していく。
「相変わらずドジっ子だな~カナは」
「まあクスノキとそこそこ上手くやれてるようでいいけどよ」
「ま、待ってくれ! それは塩じゃなくて砂糖だ!」
「あああすいません! もう一回水を汲んできます!」
「……やっぱり撤回しようかな」
「あははっ。昨日はどうしようかと思ってたけど、どうやら悪い人ではないみたいだね」
「役に立つから許してやらんこともないな」
「嬢ちゃんそれ今入れたら湯であがりのタイミングが……」
「へ?」
「……早く手伝いに行こうか」
「俺たちで飯を救おう」
晩の9時半。飯を食べ終わってサクヤとカナはテントで早めの就寝についた。クスノキとともに焚き火を囲む。世間話すら交わさずどれくらいたっただろうか。流石に居心地が悪い。俺から話しかけたほうがいいのか? けどそれはなんかこう……負けた気がするからしたくねぇ。しかしいたたまれねぇ。どうしたものか。そう悩んでいると、クスノキが口を開いた。
「アラタ、お前そういえば傭兵経験があるとか言ってたな。どんなとこ行ってたんだよ」
「西部戦線のほうに少しだけな……それが終わってからは大都で自堕落な生活よ」
「ほうあの西部戦線を生き残ったのか。なかなか腕が立つみたいじゃねぇか」
「そうだよ。それをよえぇだの何の挑発してきやがって」
「すまんすまん。悪かったよ」
「へっ、冗談だよ。これでお相子にしてやる」
「はっはっはっ。…………お前、妹のためなら残酷になれるか?」
「……なんだってしてやるよ」
「なら今から決心しておけよ。妹以外を見捨てる決心をしっかりな」
「どういうことだ」
「……俺も、いや俺と息子も一度同じことをしてるんだよ」
クスノキは焚き火に小枝を放り投げ、空を見上げた。少し間を置き、続きを話し出す。
「俺には息子と娘がいたんだ。ちょうどテントで寝てるアイツらくらいの歳だったよ。出先で娘のアイが迷子になってな。息子のワタルと必死になって探したんだが、結局その日は見つからなかった。翌々日パレドに連れていかれるアイを目撃したって奴が現れたらもう居ても立っても居られなくて、すぐさま護衛を集めて馬車を飛ばしたよ。護衛の中には朝に言ったレズリーもいた。あいつが詳しい案内をしてくれたんだ」
「それで、どうなったんだ?」
「……いざ牢を開けて助けるって段になって、他の奴隷はみんな、私も助けて私も助けてって騒ぎだしてよ。確かに助けたかったが、ピッキングの鍵開けは時間がかかるし、騒ぎになったのもあって全員を解放出来るほどの時間は残されていなかった。なのにアイもワタルも他の子を助けたいって言って聞かなくてな。当然間に合うわけもなく、息子と娘は捕まっちまったよ。俺は無理やりレズリーに連れて返されたが、どうせならあいつらと一緒に最後まで居てやりたかったと後悔してるよ」
「……そうか。忠告ありがとうな」
「へますんじゃねぇぞ」
「分かってるよ」
「そろそろサクヤを起こしてこい」
「あんたは寝なくていいのか」
「俺はあとでいくらでも寝りゃいいんだよ。お前らは沼地を行くんだぞ? しっかり休んどけ」
「分かったよ。じゃあ後でな」
自分の髪をかき上げる。そこはモノクロの世界だった。絵画もベッドも人肌も、すべてが白と黒から成っていた。自分は男に馬乗りになりながら、ナイフを逆手に持ち、ただひたすらに、浅からず深からず、ゆっくりと、力強く、一つ、また一つと黒くにじむ線を増やしていった。その度に男が、大きく口を開く。しかし何も聞こえない。静寂の中、ただ淡々と自分はそうしていた。
「サクヤ。おいサクヤ」
「んん……?」
「交代の時間だ。大丈夫か? うなされてたぞ」
「ああ……大丈夫」
「そろそろテントを畳んでいつでも出発できるようにしねぇとな」
「分かりました、起こしてきますね」
アラタとカナを起こし、テントを畳んでいく。クスノキさんは馬の餌やりをしながら荷馬車の出発準備を進めていた。夜風に木の葉が擦れる音の中に紛れて、それとは何か違う、草木が揺れる音が響いた。その場にいた全員と目を合わせる。
「テントはいい! 早く荷馬車に乗れ!」
クスノキさんが叫ぶ。僕たちが馬車に向かって走り出すのと同時に、スピカ村で見たあの魔物が3匹茂みから飛び出してきた。全員が乗車したことを確認すると、二頭の馬に鞭を打って荷馬車を走らす。
「迎撃するぞ!」
「はい!」
僕とカナは氷柱を放ち攻撃するが、サイドステップで軽く避けられてしまう。
「俺は魔法はからっきしだから……すまん」
「いいよアラタ。けどこれじゃ意味がないな……そうだ! アラタ、樽から食料を全部出してくれ!」
「分かった!」
「カナはその樽の中に水をためてくれ!」
「はい!」
空気中の水分をすべて二斗樽の中に集めていく。
「蓋を閉じてっと……アラタ、これをあいつらの前に投げてくれ!」
「お、おう!」
揺れ動く足場の中、重々しそうに樽を持ち上げる。
「うおおおおおおお!」
宙に放たれた樽は魔物の大きく手前で角から地面にぶつかり、金具が外れ辺りに水がばらまかれた。
「やっべ、すまん!」
「いやいい! フロウ!」
呪文を唱え、水を厚く広く、魔物の進路上に留める。続けて水の上を通るタイミングを計り、氷で魔物の足を取る。
「今だ、カナ!」
「はい!」
指示されるや否や、それぞれの魔物の足元から大きな氷の刃が腹を目掛けて突きあがる。魔物の四肢はだらりと力なくぶら下がり、動かなくなる。
「やりましたね!」
「ふう……何とかなったね」
「すまん、ありがとう!」
「おいおい、おいおいおいおいおい感想言い合うにはまだ早えぞ!」
クスノキさんが馬の手綱を後ろに大きく引き、小さな草原に荷馬車を止める。前には3~4mにも及ぶであろう四足の獣が立ちふさがっていた。それは、サイと呼ぶには角の位置が頭に寄りすぎていて、ゾウと呼ぶには鼻は短く体毛に覆われすぎており、オオカミと呼ぶには足の付け根や胸、肩の筋肉が大きく隆起しすぎていた。
「ベ、ベヒモスだ……逃げるぞ!」
クスノキさんが鞭を入れ手綱を左に引き、馬を反対に方向転換させ走り出す。後方で地の鳴る音が聞こえ振り返ると、そこにはもう何もいなかった。次の瞬間轟音が響き、遅れて土煙が吹き荒ぶ。煙の中の赤い点二つが深く低く下がると、風切り音とともに猛スピードでベヒモスが煙の中から飛び出してきた。
「はああ!」
カナが力強く声を上げると、ベヒモスが空中で一瞬静止し、弾き飛ばされた。
「バリアで時間を稼ぎます! 今のうちに荷馬車を安全な場所へまで後ろに引かせてください! 長くは防ぎきれません!」
「お、おう」
「多分逃げ切れない、戦おう」
「了解したぜ!」
3人で荷馬車から降り、戦闘態勢に移る。
「にしてもどうやって倒すんだこんなでか物!?」
「さっきみたいに足を封じよう。カナは僕にタイミングを合わせて、その隙にアラタの刀で頼む!」
「じゃあいきますよ~!」
カナは深呼吸を始め、アラタが走り出す。
「「ブリーズ!」」
巨大な氷の柱が4本、ベヒモスの四肢を伝って現れる。ベヒモスは雄たけびとともに身をよじり、氷の破壊を企む。
「はああああああ!」
右前足の氷の柱を足場に飛び上がり、ベヒモスの首筋に切りかかる。
「な!? こいつかてぇ!」
アラタがベヒモスの首筋に刺さった刀にぶら下がっている。振り子と懸垂の要領で下半身を持ち上げ、ベヒモスの肩を蹴り、勢いで刀を引き抜く。それとほぼ同時に、ベヒモスを捕えていた氷の柱が粉々に砕けた。ベヒモスの左剛腕が着地寸前のアラタを襲う。
「アラタあああ!」
凄まじい勢いの土煙を巻き上げた前足が弾かれ、よろける。煙の中からアラタが、前傾のし過ぎで転げそうになりながらこちらに駆け寄ってきた。
「はあ……はあ……死んだかと思ったぜ……ありがとうなカナ」
「当然です!」
「怪我はないか?」
「ああ大丈夫だ。それにしてもアイツの筋肉が固すぎて皮しか斬れねぇ」
「……いや筋肉を避ければ切れるはずだ。カナ、もう一回頼む。アラタ、今度は一緒に前脚を狙うぞ」
「「了解!」」
ベヒモスは突進を始め、僕に向かって鋭い牙を立てる。間一髪、身をひねりながら飛び避けることに成功する。
「いくよ……ブリーズ!」
ベヒモスが着地し、反転するタイミングを狙い、二人がかりで生み出した四本の氷の柱が再びベヒモスを捕える。
「よし突撃だ! カナは膝下の手根関節の氷をどけて!」
「え、ええっとここですか!?」
くの字に曲がった足の関節が、氷から露わになる。
「そこだ! アラタは右を頼む! アキレス健を斬るんだ!」
「はいよ!」
アラタは氷の柱を駆け上がり、刀を間接にスッと通した。痛みに悶えたベヒモスが咆哮を上げる。
「お、ここは筋肉が少なくて斬りやすいぜ!」
遅れて僕もナイフを突き刺す。氷で刃を延長し、貫く。上体を支える力が無くなったベヒモスは、前の氷の柱2本を砕きながら腹ばいに倒れる。
「カナ! もう少し耐えててくれよ!」
「任せてくださ~い!」
急いでベヒモスの背後に回り、集中力を高める。
「痛くても恨むなよ……! アイシクル!」
「……おい、どこにも氷柱が出てこねえぞ……っておいお前」
「刃が入らないなら、入るところにぶち込めばいいんでしょ?」
心なしかベヒモスの咆哮が弱弱しくなっていっている気がする。氷柱がベヒモスの肛門で見る見るうちに大きくなっていく。氷が砕けては補強し、砕けては補強を繰り返す。次第に氷に血が滲み始め、ベヒモスが抵抗する力が弱まっているのを確かに感じる。
「尻の拡張っておま……えげつねぇ……」
「これでもまじめにやってるんだからドン引かないでくれるかな!?」
痛みに耐えかねたベヒモスは残り2本の氷の柱を破ると、くぅんと鳴き声を上げ、尻に大きな氷柱が刺さったまま上体を地面に擦りつけ、後ろ脚の力だけで森の奥深くへ逃げかえっていった。雲間から現れたオレンジ色の太陽が僕らを包みこみ、穏やかな風が火照った体を冷ましてくれる。危機を乗り越えたのだ。
「勝った……んですかね!?」
「お、お前らベヒモスを撃退しちまったのか……!?」
「うちの外道指揮官のおかげだな!」
「退けたんだからそこは気にしないでくれ」
「尻穴拡張は外道以外の何者でもないだろ……見てるだけで痛いわ……」
「試してあげようか?」
「俺が悪かった、この通りだ」
「何はともあれ馬も荷馬車も無事だ。さっさとピルトまで行ってしまおう」
「はい!」
ベヒモスを撃退してからどれくらいたっただろうか。ピルトに着けば飯を奢ってやる、とクスノキさんは言っていたが、カナもアラタも空腹に耐えかねてハムの原木にかじりついている。舗装された道に差し掛かり、馬の蹄の音が響く。木製の門を抜けると、小規模ながらも活気あふれる街並みが広がっていた。数分して荷馬車の揺れが止まった。
「さあ、お待ちかねのピルトだ」
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