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1からの旅立ち 2

旅立つまでの話、後編です。

お別れってみんな寂しくなってしまうのに、どうしてしてしまうんでしょうね。

 真昼だが薄暗い。奥深くに進むにつれ、道はより草に覆われていく。500m毎に大樹への道筋を示す看板が立てられているが、この暗さだと道しるべがあってもすぐに迷ってしまうだろう。一人では到底たどり着けない。


「あ、光が見えてきましたね! もうすぐですよ!」

カナは僕の手を引っ張り走り出す。バスケットの中身がぐちゃぐちゃにならないよう細心の注意を払いながら僕も走った。


森林を抜けると、清々しい光を浴びた。


「ここがスピカ村が誇る名所のアストラの大樹です! 綺麗でしょ?」


樹齢何千年と思われる大樹がそびえ立つ。風に揺れる木葉、ずっしりとした木の幹、それを支える大樹の根、全てから生命力を感じる。大樹の周りは木々の代わりに花で埋め尽くされている。赤白黄色、とりどりの花に蝶がとまっていた。


「うわぁ……綺麗……!」


ピチュピチュという鳥のさえずりに紛れてぐぅっと音が鳴った。照れた顔でカナは言った。


「えへへ……お腹減っちゃいました」


「じゃあ早速食べちゃおっか」


大樹の根に腰を掛け、バスケットを開いた。



「もうお腹いっぱいだー。ポテサラすっごい美味しかった!」


「もーさっきからそればっかりじゃないですか~」


「これだけ言ってたらまた作ってもらえるかなって」


「図々しいなぁ! ポテトサラダなんか誰が作っても同じような味ですよ~」

そうは言いつつもにやけを隠しきれていない。


「えぇーそうかなぁ」


「どうしても食べたいなら何かしら貢物を納めてもらいましょうかー」


「じゃあ花冠作るからまた今度作って!」


「作れるんですか!? 作り方教えてください!」


「よーし交渉成立だなー。じゃあまず花を摘もうか。せっかく綺麗な花がたくさんあるんだし、出来るだけカラフルになるように摘もう」


「はい! お願いします!」



「で、また茎に巻き付けたらこの茎が一番上に来るようにすると。これを繰り返していくとどんどん様になっていくんだよ」


「こ、こうですか?」


「そうそう!」


たびたび手助けを必要とするが、それなりに上手く編み込めている。


「……で、好きな長さになったら最後は巻き付ける用の花で結んでやって、茎を目立たないようにしてやると……はい」

カナの頭に完成した乗せる。


「あ、ありがとうございます!」


右手で花冠を取り、眺める。


「……大切にしますね!」


「ほんとに? でも枯れちゃうけどね」


「あの! ほら! なんか乾燥させたあれとかほら! あれ!」


「あははははっ、ドライフラワーね。わざわざそこまでして残すものでもないよ。また作ればいいしね」


「そういうことじゃないんだけどなー……」


「ほらほら、手が緩んでちょっとほどけちゃってるよ」


「ああ!」


「ドジっ子め」


「んんんーー!」

頬を膨らましてにらみつけてきた。


「許してくださいよカナさ~ん」

肩を揉んで胡麻をする。


「……仕方ないですねー。今回は許してあげますよ」


「さすがカナさんはお優しい。お、あとはそこを結ぶだけだね」


「……出来たー!」


「上手いじゃんカナ!」


「そうですか!? じゃあはい、これ!」

出来立ての花冠をカナは僕の頭に乗せ、綺麗に見えるよう角度を微調整している。


「僕はいいよ。サキさんにあげれば喜ぶよ」


「ダメです。ママの分は今から作りますので」

カナは追加で花を摘み始めた。


「反復練習は効率的な勉強法ですから」


「カナは頑張り屋だな~」

頭を撫でるとカナはにへへっと声を漏らした。


「……なあカナ、カナの夢ってたしか、大都で魔導書店を開くことだったよな」


「はい、そうですよ。そのために色んな所を旅して、世界中の魔導書を集めるんです!」


「……その旅、僕もついて行っちゃダメかな? 記憶を取り戻す手掛かりが見つかるかもしれないし」


「勿論なんですけど……ママ、一人になっちゃうな……」


「実は、サキさんに頼まれたんだ。カナに着いていって、夢を叶えてあげて欲しいって」


「でも」


「カナがしたいことをしていたほうが、サキさんも安心して応援できるんじゃないかな」


「……そうですよね。わかりました。私、旅することにします!」


「うん!」


「そうと決まったら出発前の準備と挨拶回りをしないといけませんね~。じゃあ出発は明後日にしましょう!」


「え、はやない?」


「思い立ったが吉日ですよ。こういうのは早い方がいいんです」


「そ、そうかな……?」


「よし、こっちも出来ました!」


「日が暮れる前に出来てよかった」


「……ああ! もう5時だ……」


「暗くなる前に帰らないとね」


肩をポンポンと叩いてなだめる。いざ帰ろうとバスケットを持って立ち上がろうとしたその時、再びあの頭痛に襲われた。足に力が入らない。中腰の姿勢からそのまま地面に倒れ伏す。


「大丈夫ですかサクヤ君!? サクヤ君!!」


いつからかそこにいた、長髪で華奢な女の子が近づいてくる。その女の子が僕の目の前で屈み、こちらに手を伸ばす。そこで僕の意識は失われた。




 包丁を持った男と、そいつともみ合う女性。少年が、血まみれの幼い女の子を抱えている。女性が後ろを向いて何かを叫ぶと、少年は走り去った。女性が膝から崩れ落ちる。脇腹には包丁が深く突き刺さっていた。男が少年を追いかけ走り出す。床に倒れた女性の顔は、サキさんにそっくりだった。




「起きてください……! サクヤ君……! サクヤ君……!!」

激しく肩を揺すられ目が覚める。声は掠れ、震えていて、目は涙でいっぱいだった。


「カナ……?」


「あぁ……サクヤ君! ほんとに心配したんですよ!?」


「ご、ごめんね、もう大丈夫」


「まだ安静にしてなきゃダメです!」


「ほんとに大丈夫だから。それにもう帰らないと」


日はほとんど暮れていた。いくらカナがこの森に詳しいとはいえ、このままでは遭難してしまう。


「そ、そうですけど……無理しないでくださいね」


「わかってるよ。ありがとう」


夢の話をどう切り出したらいいかが分からない。とりあえず後回しだ。カナにもらった花冠をかぶって立ち上がる。




「やっぱりちょっと暗いですね」


氷で作ったランタンの中に火をともして、カナが僕を先導してくれる。


「はやく抜けないと、魔物が出てきちゃうかもしれません」


「この森ってそんな危険だったの!?」


「あぁいえ、魔物は夜行性なので住処に立ち入らない限りは安全なんですけど……」


背後からカサカサと音が鳴る。


「ひっ……」


怯えるカナの前に立ちナイフを構える。その方向へ忍び寄り、勢いよく草木をかき分けた。


「いない……」


油断もつかの間、少し離れた茂みから灰色の毛のない大型犬のような魔物がカナに目掛けて飛び出し、牙で襲い掛かった。


「危ない!」


「きゃっ」

避けようとした拍子に足がもつれ、カナが後ろに倒れる。偶然にも牙を避けられたものの魔物の爪がカナのふくらはぎを傷つけた。急いで犬を蹴り飛ばす。馬乗りになって身動きを封じ、倒れた魔物の腹部にナイフを突き刺す。しかし刃渡りがそこまで長くないため致命打には至らなかったようだ。


「アイシクル!」


氷を刃の先に形成し、足りないリーチを補う。暴れ、のたうち回っていた魔物は途端に動かなくなった。


「あ、ありがとうございます……けどすぐ逃げなきゃ。私の血の匂いを追って仲間の魔物がきっと追いかけてくる」


カナに手を差し伸べる。流血する足にカナは顔を歪める。


「乗って」


「む、無理ですよ! おんぶして走ってたら追いつかれちゃいます」


「けどカナも走れないだろ。背負った方がきっと早い」


カナはしぶしぶ僕の背中に乗った。


「お、重くないですか?」


「このくらい軽い軽い!」


「あああごめんなさいそんな冗談言ってる場合じゃなかったあああああ!」


後ろを見やるとそこにはさっきの魔物が数十と群れてこちらに走ってきていた。


「え、ちょ、やばいって!」


必死になって森を疾走する。カナは背中に掴まりながら、氷柱を放ち迎撃する。そこそこの距離を走ったが、距離は離れるどころか近づいてきている。


「若干道を外れてます! 少し左に修正してください!」


「りょ、了解」


かなり疲労が溜まってきていた。呼吸は乱れ、足はもうパンパン、その上どうやら藪を抜けた際に枝がささってしまったようで、鈍く痛む。


「……私を置いて行ってください。追いかけられているのは私だし、魔法を使えばもしかしたら朝まで」


「出来るわけないだろ! そんなこと二度と言うなよ!」


「出来ないことくらい分かってます! けどこのままじゃ……サクヤ君まで死んじゃうんですよ!?」

鼻をすすりながらカナはそう叫んだ。


「僕もこんなところで死ぬつもりは毛頭ないよ。だけどこうなったのは僕のせいだ。僕にはカナを助ける義務があるんだよ」


大樹につくまでに看板を13個見かけたが、まだ7個と少しの距離しか走り抜けられていない。何か策はないか。二人で生き残れる策は………………あった。あったぞ! これならいけるかもしれない!


「カナ、僕たちにフロートをかけてくれ」


「そ、それは無理です! 野生動物ならまだしも、人間からは」


「溢れ出る魔力が抵抗して、全力を出してもせいぜい滑空出来る程度なんでしょ?」


勉強会でカナに教えてもらったことだ。普通の野生動物や幼児は魔力が少ないため、かけられた魔法に対して逆らう力が小さい。そのため催眠の魔法や浮かばせる魔法も、簡単にかけることが出来る。しかし人間や魔物は年を取るにつれ魔力の量が増えるため、それに伴いかけられた魔法に対して自然と逆らう力が大きくなってしまう。


「けど二人ならきっと出来る。僕を信じてくれ」


「……わかりました。一緒に帰りましょうね……!」


カナは静かに深く呼吸をし始める。急に地面を蹴り上げる足が軽くなった。それと同時に一歩の距離も飛躍的に伸びた。しかし決して早く走れるようになったわけじゃない。むしろ宙に浮いている時間が増え減速していた。もう魔物はすぐ後ろにまで迫っている。


「カナ、しっかりと掴まっててよ!」


「はい……!」


カナの腕から手を離し、手のひらを地面に向ける。


「ワールウィンド!」


唱え終わると、地面に向かって突風が吹き荒れた。それと同時に体が強く押し返される。ワールウィンドは氷を射出するときに使っていた突風をおこす魔法だが、この魔法を打つときには反動が生じる。反動が邪魔でぶれやすくなるため、狩りをするときは出力を抑えていたが、今はこの反動が僕たちを助けるカギとなる。作戦は成功した。


「うわぁすごい……! 空を飛んでますよ……!!」


「このまま村まで飛んであいつらを撒こう」


「本当にありがとう……!」


「二人だったから出来たんだよ。こちらこそありがとう」

感謝の言葉を言い終えたとき、横から風が吹き、花冠が飛ばされてしまった。


「ああ! カナが作ってくれた花冠が……」


「また作ればいいです」


「そういうことじゃないんじゃなかったっけ?」


「そういうことなんですー!」


「あははっ、なんだよそれー。あ、あれじゃない? スピカ村!」


「ほんとだ! 助かったー……」



 僕たちはそのまま村に降り立った。緊張がほぐれ足の力が抜ける。顔を見あって笑っていると、サキさんがすぐに駆け寄ってきた。晩御飯の時間になっても帰ってこない僕たちを心配して探し回っていたらしい。事の顛末を話すと、サキさんは泣き笑いながら僕たちを抱きしめた。カナがサキさんに作った花冠を手渡すとお揃いだねと喜びながらかぶってくれた。そのまま僕たちは家に帰り治療をし、晩御飯を食べた。部屋に戻る前に一つサキさんに質問をした。


「サキさんって包丁で刺されたことあります?」


「ないわよっ。死ぬわよ刺されたら」


「確かに」


「なによその反応はっ」

笑いながら答えてくれた。


そのまま階段を上る。自分の部屋に入るや否やベッドに飛び込み爆睡した。




「起きてくださーいサクヤ君、ってあれ」


「おはよう、カナ」


「おはようございます! サクヤ君がもう起きてるとは珍しい……!」


「今日は門出の日だからね」


二人で階段を下り、朝食をとる。


「カナも遂に旅立つか~……そうかそうか」


「そうだよ~。寂しい?」


「当たり前でしょ~? ……けどそうね、どっちかというと誇らしくて嬉しいかな。立派になって帰ってきなさいよ」


「……うん」


「ドジなとこあるから大変だろうけど、サクヤ君もよろしくね」


「ママ!?」


「はい!」


「はいじゃないんだがー!!」



 出発予定時刻の午前7時。サキさんの家とは反対側、もう一つの入り口には、既に村人たちが全員集まっていた。僕たちを見つけるとすぐに村人たちは盛り上がり、沢山声をかけてくれた。


「頑張ってね!」「二人とも忘れ物はないかい!?」「これ作ってきたから、お腹が空いたら食べな!」


群衆の中から、イイダさんが駆け寄ってくる。


「カナちゃん、もういっちまうのかい?」


「はい。今まで本当に、ありがとうございました!」


「そっか……そっか……」

目元を腕で隠す。声は震え、肩は鼻を啜る度に小刻みに揺れる。


「ごめんな、華々しい門出に涙は似合わないよな。サクヤ君、よろしく頼んだよ」


「勿論です……!」


「カナ、サクヤ君」

イイダさんが話し終えたのを確認してから、サキさんは話しかけた。


「これ、持っていって」


サキさんがカナにはオレンジの花のネックレスを、僕にはピンクの花のネックレスを渡した。


「これ、ガーベラ?」


「そうよ。餞別にね。失くしたら怒るからね!」


「ちゃんと大事にするよ……!」


「サクヤ君に迷惑かけないようにね!」


「もー大丈夫だってば~」


「……じゃあね。行ってらっしゃい」


「……行ってきます!」


沢山の別れを惜しむ声に背中を押され、僕たちは村を出た。カナは皆が見えなくなるまで、涙を流しながら手を振り続けていた。

お読みいただきありがとうございます。

更新は不定期になります。

評価、感想の方よろしくお願いします。

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