099 転生者会議 その2
――転生者会議は数日かけて行われる。
最初はただの一日で終わった会議も、こうも問題が多くなれば数日掛けなければ全ての議題を消化しきれなくなったからだ。
各地の領土問題について語られたあとに一日目の全体会議は終わり、そうして全体会議後の小会議場にも似た物陰で、多くの君主たちは根回しや情報収集に勤しんでいる。
私は今回、ニャンタジーランドの君主への相手を任せた処女宮様から離れ、そうした集まりの一つに入り込んでいた。
会議を行儀よく聞いていた子供を気に入ったのか、この転生者会議について教えてあげる、と卑弥呼様に誘われたのでありがたい、とついていった結果である。
卑弥呼様に案内され、戦闘機の物陰につくられた小会議場のような平地にたどり着き、そこで卑弥呼様を待っていた三人の転生者たちは、私の参加にまぁよかろうと頷いた。
そして、私に説明するついでに、全員の共通認識へのおさらいという形でこの転生者会議の歴史は語られるのであった。
「儂ら転生者のこの全体会議も最初は学級会の体であった」
鎧武者姿の君主『ブショー@湖城国』の一言からこの転生者会議の歴史が語られる。
この場に集まった四人の君主たちが連れてきた側近らしきものたちによって周囲に聞かれぬよう、警護された場で話すブショー様の口調には風格のようなものが感じられた。
なにより、にじみ出る疲れのようなものが、この方が歩んできた年月を自然と感じさせる。
「まず我々がこの世界に呼ばれ、国家運営に四苦八苦し、ある程度の形が整ったところでこのチャット空間が解放されたことは知っているな」
ブショー様の言葉に、はい、と私は頷いた。
これは隠さなくていい。現地民だと思われていようが、この集まりに呼ばれた時点でそういうことは知っているべきだ、とされているからだ。
処女宮様に連れてこられる前にきちんとそういった認識はあわせている。
「四十七都道府県に合わせてか、四十七人いた我々はあれこれと話し合い、まずはお互いが争わぬように不戦条約が結ばれることになった」
「いえ、条約を交わす前に、まとまりのない会議をまとめようとクマオが学級長に立候補したのよね」
卑弥呼様の指摘にそうであったな、と頷くブショー様。どうやら彼らの中でもクマオ様は議長ではないらしい。
「それで、なんだったか次は」
「次か……そうだな。大規模襲撃が起こるまでの最初の五年は平穏だった。我々は各都道府県を一国と見立て、復興させることでこの日本を再生するのがこの奇妙な役割を与えられた使命なのだと考えていたからな」
ブショー様に対して『ビスマルク@鉄血帝国』という表示を頭の上に出している、眼鏡をかけた金髪の女性が鬱屈とした口調で補足した。
その流れはたぶん、処女宮様が言っていたあれか。都市育成系の襲撃乗り切りゲームだと考えていた君主がそういう流れにしたんだろうな。
たぶんどこの国も滅ばなかったらそうなったかもしれないが……ただ、実際は大規模襲撃の被害で空白地が出たことで日本統一ゲームの流れになってしまったわけだが。
「それで、大規模襲撃の次の会議の前に鬼ヶ島のアザミが不戦条約の更新の隙をついて殺したのでござったな。隣の……ええと?」
「アザミの隣の国? さぁ、名前も覚えてないわねぇ」
「儂もだ」
『服部@服部忍軍』という忍者姿の男に、全員がうむ、と頷けば、とにかく国が滅ぼされたのでござるよ、と服部様が気を取り直したように私に言った。
「それで不戦条約の協定からアザミだけが退けられ、周囲の国から攻められることになったのだったな」
「アザミはそれ以前から度々問題を起こしておったでござるからな」
「ただそれは我々の結束が乱れた発端でしかなかったがな。あいつも攻められた側だった。反撃して思わず殺してしまった、というのも道理の通らない話ではなかった。やりすぎではあったが……むしろ問題は、大規模襲撃で滅んだ国が出たことで空白地ができたことだ」
ビスマルク様の言葉に陰鬱そうなため息が全員から漏れた。
ちなみにこの集まりは『近畿連合』の集まりである。
つまりはお茶会メンバーたるミカドの『神門幕府』と対立するものたちの集まりであった。
「大規模襲撃で大阪にあった国家が滅び空白地となったとき、ミカドはすぐさま軍を進めた。我らが気づくよりも早くに首都の跡地に砦を建設した」
ブショー様が忌々しいとばかりに説明しながら、私にもわかりやすいようにか懐から取り出した和紙にさらさらと墨で地図を書いてくれる。
京都、大阪をその時点で神門幕府は手に入れたというわけか。ただ、私は港はまずいな、と情報を咀嚼しながらぼんやりと考えた。
「砦を作られ、国境に軍を置かれては不戦条約の縛りが奴を護る。我々は抗議の使者を送りつつ、奴の国が発展するのを見ているしかできなくなったわけだ」
ビスマルク様がブショー様の地図に自分の国を書き加えながら補足する。ええと鉄血帝国が福井県か。
卑弥呼様も懐から墨を取り出すと地図に奈良の位置にある埴輪文明を書き加え、もう一国書き加えた。これは和歌山か?
「この当時は和歌山にも国があったわ。かわいい女の子の君主でね。善意で海産物を送ってくれるようないい子だったわ。名前は、忘れたけど……」
「卑弥呼殿も大概でござるな」
三重の位置に服部忍軍と国を書き込んで服部様は「そういうわけで、不戦条約切れと共にミカドにその子は殺されたでござる」と私に向かって深刻な表情で言う。
「ミカドによる君主の殺害は儂たちに衝撃を与えた。ゆえに我々は危機感を覚えて連合を組んだのだ」
「失敗だったがな」
「おい、滅多なことを言うな」
ブショー様の言葉にビスマルク様が陰鬱そうに反論すれば、ブショー様の顔は怒りで赤く染まる。
「真実だろうブショー! 我々はミカドの奴に各個撃破されそうになっている。我々の生産力は技術ツリーを進めているミカドに大きく劣る。連合という形では所詮個の集まりでしかないことに気づかなかった我らの負けだ。せいぜいが他の国家が大きくなってミカドを殺せるように祈るぐらいの――」
「そこまででござる」
熱くなったビスマルク様を服部様が抑えた。周囲の護衛たちは身じろぎもしない。この話題については既知なのだろう。
服部様は私を見ながら申し訳無さそうに笑ってみせた。
「ユーリくん、このような集まりに呼んで悪かったでござるな。ええと、この大会議は、その」
いえ、と私は気を使ってくれる服部様に笑ってみせた。なるほど、神門は空白地をとってから、国力を増強して近隣の君主を殺したのか。
(アザミと同じく不戦条約の更新の隙をついたのか……それとも、破棄したのか?)
破棄は不可能ではない。条約破りはできなくもない。デメリットがでかすぎてやる気にはなれないが、やろうと思えばできる方法だ。
ただ、いくつか疑問が生まれる。私がニャンタジーランドを陥落させたくない理由は君主を殺したくないからではない。
とある問題の解決に、ニャンタジーランドの降伏は役に立つからだ。
支配している土地の君主を殺しているミカドはどうやってその問題を解決している?
――知恵を出せば、ミカドの邪魔ができるかもしれない?
私は彼らの書いた地図を見ながら問いかける。
「いえ、参考になりました。大会議のぐだぐだについてもなんとか」
「そうか……さて、儂らも儂らの話をしなくてはならぬ。ユーリといったな。そろそろこの場から去ってもらおうか」
「ええ、わかりました。ただあの、すみません。いくつか質問があるのですが? よろしいですか?」
子供の前で醜態を見せてしまったせいか、ビスマルク様が「手短にな」と許してくれる。私はにこりと笑ってみせた。
「ミカドさん、でしたか。彼の所の軍の話なんですが」
「ミカドの軍? それがなんだ? 奴の軍は技術レベルが高いからな。強いとしか言えん」
「いえいえ、そうではなく将はどうなってますか?」
ミカドの技術については推測はできている。
技術レベルが高いとはいえ、せいぜいが鋼鉄止まりだろう。
鋼鉄の開発ができれば銃器も作れるが、銃器には火薬が必要だ。
火薬の入手には殺人機械を殺すのがたぶん一番早い。まぁ他にも火薬をドロップするファンタジー的な怪物がいるかもしれないが……そういったもしもはこの場合考えない。
とにかくこの崩壊した日本では、火薬の直接的なドロップがなければ家畜小屋などの設備を立てて、時間経過で出現する硝石の採取をしなければならない。硝石鉱山は日本にはないからな(私が知らないだけで小規模なのはあるかもしれないけど……それももしもだ)。
それはとにかく手間だし、そういった手法の火薬だと、レアリティが低いので黒色火薬の精製以外では錬金難易度も上がる。
なのでそこから作れる銃器は弓矢とたいして威力が変わらない。戦争にはあまり向かない。
結論として、神門幕府は火薬のドロップがある領域を確保していない、と私は推測している。
いや、ないと断言できる。
そもそも火薬のドロップをする殺人機械どもが京都にいるならミカドはあんなのんきにゲームだなんだと言えるわけがない。
もっと必死にならなければならない。
私と同じように、大規模襲撃に怯えなければならない。
いずれ戦闘機やミサイルなどが投入される状況を想定して、人間相手の戦線をやたらと広げるのではなくモンスター相手の軍備を考えなければならない。
私が東京湾の利用を考えないのはそのためだ。あそこは強力なモンスターの領域で、今の神国では利用ができない場所だが、どうしてもできないわけじゃない。
神国の全力を投入すれば、ニャンタジーランドに攻め入るよりは楽に港が作れるかもしれないだろうさ。
だが私はあそこを使わない。使いたくない。東京湾が廃都東京のエリアに設定されているなら、いずれそのうちあそこに亡霊イージス艦や亡霊空母が浮く。いや、攻撃範囲に入っていないだけで、もう浮いているかもしれない。そういう最悪を私は想定している。
どうせ無駄になるなら東京湾に港など作る気はしない(いずれ迎撃のために開拓は必要だが……今は考えない)。だからすでに利用が確認されているニャンタジーランドの港が私は欲しい。
話がズレたが、まぁ現実的に火薬の直接ドロップがあるなら、近畿連合は殲滅されているだろう。文明を進めるとはそういうことだ。
さて、私の質問に君主たちは各々の解答をしてくれた。
「将も何も、私が攻めている奴の砦に籠もっているのはただの一般ユニットだ。防衛設備が優秀でどうにも手出しができてないがな」
「儂には奴のところの十二神将が来ている。それだけ儂のところが脅威なんだろうな」
「変な質問ねぇ。うちも相手しているのは一般の兵ね。数で対応はできているけれど技術レベルの差がどうにもねぇ」
「拙者のところも一般ユニットでござるよ。ただ籠もるのがうまくてなかなか攻撃しかねているでござるが」
それだけでなんとなくミカドの狙いがわかる。防衛拠点で各地の攻撃を防ぎつつ、滋賀のブショー様を落として、福井のビスマルク様を孤立させてから平らげる腹だろう。
「なんとか全員の兵をブショーのところに集めているから凌げているが、ミカドの勢いは脅威だな」
「拙者らも無限に兵がいるわけではござらぬからな……」
場にため息が満ちる。君主といえども人間なのだろう。男のブショー様が声を荒げないのは、気合で凌げる、という時期は終わっているからかもしれない。
「皆様、連合のメンバーを増やすおつもりは?」
私の質問に卑弥呼様は「無駄だ。目の前で家が燃えそうなのに対岸の火事に手を伸ばそうという輩はおらん」と言い切った。確かに、今日の会議だけでも空白地を発端とする紛争は多かった。ミカドの脅威に対処するより周辺国の脅威に対処する方が先か。
(それかミカドに媚びを売って自分が助かる道を探るかか……)
格別君主という地位に固執しているわけではない君主も、ミカドやアザミのような君主殺しがいれば、国を失ったあとに殺されるかもという危機感で君主の地位を手放したくはなくなるだろうな。
そういう君主たちはミカドに媚びを売って、生存の道を探るはずだ。
大阪湾をとって貿易をしない理由はないから、ミカドはどこかのそういった国と繋がっているのか?
調べる手段があればいいが……無理か。
「あとはそうですね……ああ、神国から鋼鉄武器や兵を皆様に送っても構いませんが……」
もちろん人間の兵は送らない。隷属スライムを送るつもりだ。
そして神国は当分戦争をするつもりがない。だから、神国で生産される鋼鉄武器の売り先確保は重要だ。
鋼鉄は他にも使えるので武器を作るのをやめろ、という意見も国内ではあるが、鍛冶屋の熟練度稼ぎに武器はちょうどいいから、作り続けなければならないのだ。
「ほ、本当か?」
私の提案に食いついてくるブショー様。
当然ブショー様が真っ先に滅ぼされようとしていることには気づいているのだろう。
だが卑弥呼様は怪訝そうな顔で私を見ている。
「坊やにそんなことが決定できるの?」
「ええ、処女宮様が私をこの場につれてきたことがその証拠です。いろいろと政治に助言させていただいていますので、私の言葉は神国の決定と信頼していただいても大丈夫ですよ」
別にそこまでの決定権を私は持っていないが、交渉で弱気になるのは悪手なために大言壮語を吐いておく。
これはチャンスだ。いろいろと問題ではあるが、あとで死ぬ気で帳尻を合わせればいい。
だから私はにっこりと微笑んで、興味津々の他の方々に笑ってみせた。
「ただそれにはいくつか解決しなければ問題がありまして、どうか皆様には協力をお願いしたいのです」
そう、これは貿易先を確保するだけではない。
くじら王国はおそらくこの会議で神国アマチカのニャンタジーランドへの干渉が強すぎるのではないかと議題をあげてくるはずだ。
山賊退治は侵略の準備だと我々を非難してくるつもりだ。
当然そのとおりなのだが、道理を通せば今度は神国が非難されてしまう。
なので数は力作戦でいく。その対応としてまずはこの四人の援護を得る。処女宮様だけなら論破されてしまうが、援護があれば別だ。敵の多いくじら王国の提案はそれで防げる。
さらに言えば、神門幕府のことは他人事ではない。滋賀にあるブショー様の湖城国が滅ぼされれば、その危機感で七龍帝国の神国アマチカへの圧力が増強される。
近畿連合を延命させることでそれが防げるなら、なるべく彼らには生き延びてもらわなければならなかった。
(そういう意味では王国と敵対する北方諸国連合にも……うーん、あそことは話し合いになるかなぁ……)
どうにもあの国は、王国とはまだ本格的な戦争の先端を開いていないのでこう順調に話し合いができるとは思えなかった。
福井は近畿じゃないのですけれど『近畿連合』は75%近畿なので『近畿連合』で許してください。(近畿在住の人ごめんなさい)