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097 転生者会議前日


 その日の夜は、処女宮(ヴァルゴ)様のところに泊まる旨を、寮で待ってるだろう双児宮(ジェミニ)様に連絡し、私は処女宮様の屋敷に滞在することになった。

「ほらほら、これ! 私が作ったんだよ!」

 処女宮様がじゃーん、と取り出したなんかこう、普通の女子高生が頑張って作りました、という感じ料理を一緒に食べる。

 メニューはうどんと謎野菜の煮物だ。

「おいしい?」

「はい。美味(おい)しいです」

 よかった、とにこにことした顔で自分の分を食べだす処女宮様。巨大な長テーブルには私と処女宮様が二人きり、処女宮様は警戒心が強いためか、他に人はいない。

 日中は掃除などをする使用人もこの時間になれば帰らされている。

 二人きりか……。

 信頼できる人間がいないのだろうな。

 十年以上、この国で活動して一人……。


 ――この方は、なんとも寂しい子供だ、と思った。


 煮込み時間が足りなかったのか、少し青臭く芯の残った野菜を齧る。

 処女宮様の食事を食べると、どうしてか昔を思い出す。

 昔付き合っていた彼女の料理がこんな感じだったかな、と思った。

 みりんだとか、そういった調味料が足りないのは仕方がないが、やはり……。

 料理初心者が頑張って作りました、という経験を感じない味がする。薄味とか濃い味とかじゃなくて単純なんだよな……なんていうか、食べてて虚無になるというか、うまくもなくまずくもなく60点の味みたいな。

「ユーリくん? あれ? おいしくなかった?」

「いえ、おいしいですよ」

「そ、そう? なんかつまらなそうな顔して食べてたから」

「いえ、そんなことないですよ」

 にっこりと笑って食べてみれば「そうかな? よかった」と言いながら処女宮様も箸で煮物を食べている。

 箸……私が作らされた奴だ。神国では基本的に箸を使わないからなんのためかとも思ったがこのためだったか。

「『醤油』がなんか交易の商人から買えてね。『神門幕府』から来た商人の輸入品だったみたいで、ちょっと高かったけど」

 私、煮物ぐらいならお母さんから教わったから、なんて言いながら処女宮様が笑っている。

「お米なくてごめんね。醤油と一緒に苗が手に入ったから栽培するように言ったんだけど、『水耕栽培』っていうの? それがなんか神国だと難しいらしくて宝瓶宮に無理を言うなって怒られちゃった」

「いえ、大丈夫です。美味しいですから煮物」

 神国国内で利用可能な河川は現在ない。

 首都からは多摩川が近いが、この世界の多摩川の水は全て汚染されており、浄化せずに利用するのは難しいのだ。

 ある程度のレアリティを持つ食材の栽培にはやはりそれなりの土壌やレアリティの水が必要らしい。

 だから『給水ポンプ』を横付けた農場ビルなどで栽培されているのはレアリティの低いこの時代? 世界? 特有の謎植物や低レアの麦だ。

 ただ今ならスライム浄水場があるから米の栽培もできなくはないだろうが、いくつもの事業を同時に走らせている今、水耕栽培を始められるほどの人手はなかった。

(米は単位面積辺りの収穫量は半端ないらしいけど……)

 麦の何倍もの効率があるとか……まぁ麦は麦でパンにしたり酒にしたりうどんにしたりで使いみちの多い食物だが。

 それと水のレアリティをそこまで要求しないのもいい。給水ポンプの水で作れるしな。

 私は煮物の横にあった、スライム浄水場ができてから作れるようになった手ごねのうどんなんだか、すいとんなんだかよくわからない処女宮様が作った料理を食べる。

 これを作るためにわざわざこの方は執務を抜けたのかと考えるとなんだかなぁ、という気分になるが処女宮様があの事務所にいたところで暗記させるだけだからな……。

「おいしい?」

「ええ、美味しいです」

 ニャンタジーランドから輸入した謎の魚で出汁をとって醤油をぶちこんだだけの、温かい汁に浮いた白い塊を私は箸でつまんで口に運んだ。

 うどんにうまいもまずいもないはずだ。だが――

「美味しいですよ。本当に」


 ――なぜか郷愁を誘われる、奇妙な味だった。



                ◇◆◇◆◇


 歳の離れた弟に接する姉の気分なのか、新しいペットを手に入れた一人暮らしの女性の気分なのかわからないが、執拗に要求されたので一緒に風呂に入ったあと(当然だが、八歳児に見えるがれっきとした三十代の日本人の魂が入っていることはきちんと説明してある)、私は豪華なベッドに入った処女宮様の隣に寝転がった。

「今日は楽しかったな……」

「そうですか。それはよかったです」

 ぐっと人の頭を掴んで抱き枕みたいに胸に押し付けてくるのをやめろ、と言いたくなるのを堪える。

 処女宮様の説明によれば、接触していなければ転生者会議には行けないとかなんとか……。

 まぁたぶんそんなことはない。処女宮様はつい先日、強制的に連れていける、と言ったばかりだ。

 ということは処女宮様のインターフェースには同行者を設定できる部分があって、そこに設定すればその人物がどこにいようが転生者会議に連れていけるはずなのである。

 インターフェースを利用したコミュニティへの参加へは肉体は移動しない。精神だか魂で繋がる形の方式だからだ。

 ただ、行く前に嬉しそうに私にいろいろと話しかけてくる処女宮様――日本人の天国(あまくに)千花(ちか)という少女に私は言っておくことがあった。

「もう一度いいますが、私が貴女にいろいろと命令していることはあちらでは言わないようにしてくださいね」

「えぇ? でもたぶんバレるよ。私そんなに演技とかうまくないし」

「……自慢しようとしてたでしょう?」

 私の彼氏が~~、みたいなノリで神国の秘匿情報を開示しないでほしい。

 というか――私の命が危うくなるので絶対にやめてほしい。

「戦争になった場合、私の有利がそのまま不利になってしまうので」

 私は、あの地下で単独で暗殺に来た強力な自衛隊員ゾンビが私への攻撃を躊躇した理由を考えたことがある。


 ――情け容赦ないモンスターが攻撃に躊躇したのは、たぶん私が子供(・・)だったからだ。


 日本人かはわからないが、転生者であったと思われるあのモンスター、あれが私への攻撃を一瞬戸惑ったのは、私が七歳児の無力な子供だったからだ。

 だから私が神国のブレインだとバレた場合、もしかしたら見逃されるかもしれない子供の肉体はそのまま私の足かせになる。

 レベルに比べて低い身体能力やHP、身長や歩幅などのデメリット。

 誘拐しやすいし、神国との戦争の際、『大聖堂』がある限り無限蘇生できる処女宮より私の方がずっとどうにか(・・・・)しやすい(・・・・)

 私がそのようなことを転生者殺しの部分を除いて説明すればおどおどとした口調で、うん、と処女宮様は頷いた。

「私のことはまぁ、神国で生まれた高パラメーターの子供ぐらいに説明しておいてください」

 それとアキラが私を見破ったのは、私がバレバレの転生者の動きをしたからだと聞いている。

 だから私も振る舞いはよく考えなければならないだろうな。

 お茶会のメンバーに関しても……まぁ接触しない方向でいこう。

「処女宮様……今回の目的はわかってますね?」

「え? えっと……みんなと仲良く?」

「いいえ、ニャンタジーランドの君主と特別仲良く接してください。我が国とニャンタジーランドの友好関係をくじら王国に示し、くじら王国を焦らせ、ニャンタジーランドへの示威行為に移るように挑発しなくてはなりません」

「……ええと……」

 私はため息をついた。だめか。むしろ腹芸を仕込めば失敗して両方に警戒されるだろう。

「処女宮様はニャンタジーランドと仲良くしてください。それだけでいいです」

 王国が勝手に焦って挑発行為に移るように期待しよう……あちらは不戦条約を解いてさっさと攻め込みたいのだ。こちらが条約を継続、いや、更に踏み込んだ形の条約にする意思を示せば焦りのままに攻撃するに違いない、と思う。たぶん。

 この状況で空白地に向かって領有宣言をしてしまうような頭の軽い奴ならたぶんいけると信じよう。

「ユーリくん」

「なんですか?」

 不安そうな処女宮様の息遣いが私の額を濡らした。

 私の手を強く握ってくる処女宮様の手は汗で湿っていて緊張していることを示している。

 私の頬に押し付けられた処女宮様の胸の奥では心臓が早鐘のように打っていた。

「ね、ねぇ、めちゃくちゃ緊張するんだけど」

「緊張しなくていいです。普段どおりにしてください」

 難しいことを要求しすぎたかもしれない。私の思惑を共有してもらうには、この人は幼すぎた。

 それに、サポートはしてあげられない。

 私は私でやることがある。

(エナドリと、歴史だ……)

 この世界の過去を探る。探らなければ……。

 不戦条約が切れた場合、来年もこの集まりが開催されるかわからない。

 神国や処女宮様がそのときに無事かもわからない。もしくは私が殺されているかもしれない。

 だからこそだ。今できることを全力でやらなければならなかった。



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[一言] >『神門幕府』から来た商人 十中八九スパイでしょうね。 転生者を殺害した比較的優秀なライバル(ユーリ)と神国の様子を見に来た。 そうそう。 (原型ではなく)現代のものとほぼ同等の醤油の醸…
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