095 八歳 その5
最近では農場から人を引き上げて、そのまま研究所などに所属させるようにしている。
空いた穴には元山賊や元盗賊をそのまま詰め込むようにした。
――欲しいのは元農奴たちのスキルだ。
処女宮様の選定基準に漏れた人材の中には、石器時代などでは使えない、高度な研究で使う『細菌学者』や『美術家』などのSRスキル持ちなども含まれている。
もちろん入れたくて入れているわけではない。単純に一定量の農業従事者は必ず必要だったからだ。
だが時代は変わった。私は必要なスキルを持つ彼らを順次農場から引き抜き、研究施設に入れ、スキルの熟練度を上げさせることにしている。
もう少し技術ツリーが進めば、彼らが必要になるからだ。
とはいえ彼らは学舎でステータスを上げなかったので、知能ステータスなどの必要ステータスが低く、研究速度も低いが、いないよりは断然マシだ。何もしないよりマシである。
(もっと効率良く人員を利用できるように、国民の配置を考える必要がある)
処女宮様がスキルガチャを引くタイミングは神国で生まれた子供が学舎に入るときだ。
それ以前は国民が発生したタイミングで、そのまま付与していたらしい。
(あまりそれらについては考えたくないが……)
学舎という制度が国民の種類を変えたのか? わからない。どういう……いや、これについてはまた調べよう。
結局何が言いたいかといえば、元山賊や元盗賊の国民は彼らが持っているあまりよろしくない『略奪』や『放火』などのスキル以外を使えない、ということだ。
神国の国民になったとしても彼らに新しくスキルを与えることはできない。
処女宮様はスキルの入れ替えができるが、それもあまり使いたいわけではないらしい。
(入れ替えたところでステータスが低いから役に立つわけではないが……)
もっとも放火や略奪に使い所がないわけではない。戦争のときに敵国の村を襲うときに役に立つだろうさ。
ただ、彼ら自身のステータスが低いのでやはり現状は単純労働に回すしかなかった。
とはいえ、『農民』のスキルを持った神国国民に農業ではかなわないので、彼らに期待するのは彼らの次の世代だが。
彼らは無理でも彼らの子供ならば学舎に入れられるし、スキルを与えることもできるし、教育でステータスも上げられる。
十年、二十年後を見越しての方策だ。
――急務は即戦力の補充だが、未来を見据えなければこの国は行き詰まる。
どれだけの備えをしても足りない。私の何倍も頭の良い官僚が何万といながら日本という国家はブラック企業をいくつも生み出したのだ。
私にも責任感というものがある。
ブラック企業を生み出さないホワイト国家を作らなければならない。
(しかしそもそもの人口が足りないので、人間一人ができる最高効率の仕事をさせなければならない)
だから、スキルにあった、適正のある仕事を国民一人一人に任せていく。
それなりにステータスの育っている神国国民を研究所などに移し、技術ツリーの研究もさせていく。
そうすれば一ヶ月に一つ程度と技術ツリーは各分野で地道に開発されていく。
私がやれば……などということは言わない。私は本当に、本当に忙しいのだ。
それはツリーから当てずっぽうに技術を探すより、自分で技術を作った方が早いことにようやく気づいたからだ。
スライム浄水場のようなツリーにない技術を自力で開発すると、ツリーの謎の位置に突然レシピが取得済みという形で出現することもある。
それはこの世界に技術として認められた、ということなのだろうか?
そういったものに疑問を持ちつつも、私は処女宮様に会議で新技術や新法案について提案をさせ、その裏で十二天座たちの仲を取り持ち、人員の貸し借りをさせることで技術開発を行っていた。
ある程度ツリーの段階が進んでしまうと、貴重な素材を使って当てずっぽうにツリーを開発するよりそちらの方がよっぽど早い。
人類の歴史について知っているのであるならば、そちらの方が断然に。
だが、それでも優先しなければならないツリーがいくつかあった。
――完全にツリー技術とレシピに生産を依存したアイテムなどの開発だ。
私は磨羯宮様の魔法研究施設の前に来るとドアをノックをして、研究員に招き入れられた。
研究室ではがやがやと白いローブに表情を隠す仮面を身につけた研究員たちが忙しく働いている。
(マスクすると蒸れるんだけど……よく平気だよな)
日本でマスクが流行っていたときなどは、私は客先で不評だったので付けなかった。あとよだれで顔がべとべとになるから嫌いだったマスク。
平気なのは信仰心の賜物というものだろうか?
「おお、ユーリ。よく来たな。こちらに来なさい」
入ってきた私に気づいた磨羯宮様は、どっしりとしたふくよかな身体を特注の木製椅子に預けて私を手招きする。
「はい。来ました。どうですか? 進捗の方は」
「良くも悪くもないな。現状は他の技術の発展を待ちつつ、既存のアイテムを安定生産して熟練度の強化といったところだの。拙僧としてはもう少し先の技術に触れたいところだが」
「そうですね。下級の魔法チップの生産は可能になりましたが、我々はもっと先の技術を作らなければ生き残れません」
神国が鋼鉄を安定生産できるようになり、魔法技術も進んだ。
鋼鉄を素材とする『魔法炉』や『下級魔法チップ製造施設』などの施設の建造によってだ。
『魔法炉』は『火』や『水』などの、一部の生産スキル持ちにしか作れなかったエレメント素材の生産を工業的に大量生産可能にし、『下級魔法チップ製造施設』はダンジョンでしか入手できなかった魔法の込められたチップの量産を可能にした。
私が議会に提出し、承認された『分業制』などの制度で生産効率も上がり、神国の魔法産業は発展していっている。
――もっとも魔法技術を進めるのはこんなものが目的ではないが……。
「それで、どうですか? ツリーの進捗は」
「どうもこうもない。エーテルを加工する技術にはたどり着けておらん。『エーテル濃縮炉』じゃったか? 本当にあるのか、そんなものが?」
「あります。古文書から読み解きましたので」
ふむ、と唸るように磨羯宮様が「ならば信じるが……わからぬ。さらに奥のレシピだろうな」と研究資料に触れながら言う。
――古文書。
東京都地下下水ダンジョンの三階層で手に入れたボスドロップの雑誌を我々はそう呼んでいた。
あの雑誌は読み解くことでいくつかの情報が得られた。過去の世界についてではない。エナドリについてだ。
アンブロシア医療研究会が作るエナドリの作り方について、とある小さな記事に暗号のようにわかりにくい形で載っていたからだ。
それに気づいた私は一階層や二階層で手に入ったアンブロシア医療研究会関係の広告などからさらに情報を読み解き、エナドリの製造に必要な技術に目当てをつけることができていた。
その一つが『エーテル濃縮炉』。おそらくは手に入れたエーテル塊を利用可能な形にする施設だろう。
(なぜエナドリに高麗人参ではなくエーテルが必要なのかはわからないが……)
必要ならば手に入れるだけだ。私の幸福のためにも。
時折、どこかから不必要に襲いくる郷愁のような感情を叩き潰し、私は私の目的のために邁進する。
――それにこの技術発展は無駄ではない。
エナドリだけではないのだ。魔法の技術ツリーを進めることで私はとあるものの製造を狙っていた。
山賊や盗賊をこそこそと捕まえるだけでは人口を増やすには足りない。
この国特有の施設ボーナスで自動で手に入る作業機械なども足しにもならない。
使える人間を増やさなければならない。
あるとき私は気づいたのだ。自分のスキルが熟練度60に達していることに。そこにあるアビリティを見てふと思いついたのだ。
スキル『錬金術』、熟練度60アビリティ『ホムンクルス作成』。
――工場でホムンクルスを作れないだろうか?
荒唐無稽な妄想ではない。実際にやっていた連中がいた。我々の土地の下で、怪しげな巨大施設を建て、似たようなことをしていた連中がいたのだ。
自力で新しく技術を作れば、ツリーに登録される仕様からして、ツリーに存在しない技術すら作ることは可能なのだ。
ホムンクルスでこの国の人員を補填する。もちろんまだ実用可能ではないが、いずれ達成してみせる。
この国の生き残りのためにも。
私と磨羯宮様はそのあともいくつかの相談をお互いにし、巨蟹宮様が新しいダンジョンで手に入れた素材などについて話しつつも会話を終えた。
「――わかりました。では研究所を見て回りますね」
「そうだな。君が激励をかけてくれれば我が研究員たちも喜ぶだろう」
ついでにチップ工場も見ておこう。
動線などの確認はしたが、まだ効率をあげられるかもしれないし、災害などが起こったときのために防火設備も見ておかないと――鋼鉄を導入してから国内の技術水準も上がっている。火災もきっと派手になるだろう。
さらに鋼鉄利用で増えた汚水などの工業排水用のスライム浄化槽も増やすべきだろうな。
(忙しい……忙しいが……できることが増えると楽しくもある)
数字が増えていくのを見るのは楽しい。下にいると気づかないことは多い。やはり出世するのは正解だった。
こんな国のトップになることを願ったわけではないが、それでも自分の力を思うがままに発揮できるのは楽しくもある。
消化用の水の魔法チップをセットしたマジックターミナルの数を確認しつつ、私は魔法工業の早急な発展を願うのだった。
◇◆◇◆◇
夜。私は寝るために、天座修学院の寮に帰ってきていた。食事はあのあと磨羯宮様のところで豪華なものをごちそうになった。
ちなみにだが、寮は当然一人部屋だ。寝ている間にスマホをいじられると困るからな。
(……まぁ、本当は別にどこに住んでもいいんだが……)
ただのご機嫌取りだ。
双児宮様は私が大人になるまでは寮に住むことを望まれた。
それだけであの娘の機嫌がとれるのはおいしい。とくに強い説得をしなくても十二天座会議で貴重な一票が手に入るならばと私はここに住むことにしている。
処女宮様は自分の使徒だからと私が処女宮様の屋敷に住むことを望んだが、私も四六時中あの人と顔をあわせたいわけではないので、その点でも助かっている。
(『アリスのお茶会』は……今日はいいか……)
あそこにアクセスしている人間は今のところミカドとアザミしかいないが、他に人がいることを確認できるかもしれないし、ミカドが気まぐれで何か情報をくれることもあるのでなるべく入っておきたいが……。
(いや、今日はもう疲れたな……)
スマホを取り出しキリルや宝瓶宮様などにスタンプを返しつつ私はベッドに横になった。
誰かが布団を昼間干してくれたのだろうか? 少しだけぬくもりの残った布団は暖かく気持ちいい。
長文で不安を垂れ流してくる白羊宮様に適当に返信をしつつ、私はとあることを思い出した。
前世で読んだ『人類はスマホに支配されている』というニュースサイトの記事をだ。
(こんな世界でも人類はスマホに依存している……)
便利な道具だ。本当に助かっている。
しかしアンテナとか中継機とかはどうやって――いろいろと考えながら、私の目蓋は落ちていった。