070 東京都地下下水ダンジョン その14
地面の下で、今日も元気に彼らは迷走していた。
「ねぇ、なんで下を掘らないのさ」
土壁に背を預け、疲労を浮かべたアキラが元気な様子の宝瓶宮と処女宮に問う。
「え? なんか下に兵士がいっぱいいるからに決まってるじゃん。きっと私たちを探してるんだよあいつら」
「うむ、上でも私たちを探して兵どもがうろうろしているからな。見つかれば捕まるに決まっている。だがこのままユーリを探せず帰ってみろ。我らが気づいたことを知った双児宮はユーリを隠すに決まっている」
「と、いいながらもう何日経ってるんだってぐらいに時間がかかってるんだけどさ」
アキラのうんざりしたような言葉を処女宮は聞かずに、キリルから取り上げた人物探知機を宝瓶宮に見せていた。
「それよりユーリくんの反応がまた変なところにいるんだけどさ。これってどんどん下に降りてない?」
「まだ掘ってるのか彼は。しかし、彼の周囲には兵が多くて近づけない。双児宮の奴が呼んだのか? くそッ、下も上もどうなっている?」
そんなやり取りをしていれば、宝瓶宮様! と兵の一人が宝瓶宮の名前を呼びながら走ってくる。
「天秤宮様から緊急通信です! 大至急帰還するようにとの要請が来ていますが!!」
「あの老人またか! 双児宮のクソガキを退任させるなら帰ってやる! 通常業務は滞らせないようにしてるだろうが! 一ヶ月ぐらい自由にさせろ!! と丁重な文章にして伝えておけ」
はい! と自らの主が元気なことで活気づけられた兵が威勢よく通路を戻っていく。
「業務滞ってないんだ。器用だね宝瓶宮は」
「通常業務なんぞ素材とレシピとスキルさえあればいいんだから滞るわけがないだろう。私がぶつかってるのはお前たち他の枢機卿どもが要求する新しい技術の開発だ。だがユーリさえ私の後に据え付ければそれも解消される。それを何もわかっていない双児宮の馬鹿がだな――」
「いや、ユーリくんは私の使徒にするんだからね? そこのところわかってよ」
ぎゃんぎゃんとやりあい始めた二人の枢機卿を呆れたように見てからアキラは通路を戻っていった。
トンネル状に掘られた土壁に沿って何人かの兵士がスマホをかざしているのが見えた。
地質調査か、空気を循環させるための風魔法か。
ところどころに照明魔法が据え付けられた土のトンネルは息苦しく、アキラにこの国の未来を暗示しているように感じさせた。
(トップが穴蔵でこんなことをやっている国に未来があるわけがないよ)
早く亡命したい、とアキラは思う。
どれだけ優秀だろうが子供一人を探すためにこれだけの費用を投じる国にいたくはなかった。
「キリル」
「ああ、アキラ? どう、ユーリは見つかった?」
「いや、さっさと下に掘ればいいのにあっちに穴を掘ったりこっちに穴を掘ったりだよ。兵だろうがなんだろうが力づくで押し通ればいいのにね」
「そんなこと言っちゃダメでしょ。お二方には深い考えがあるのでしょうし」
信仰心とは凄まじい。あれだけの醜態を見せている枢機卿二人に対して、優秀な少女であるはずのキリルでさえ、尊敬の念を捨てていない。
(幼いからかな。もっと視野が広ければこの国の未来がわかるだろうに)
そしてユーリもユーリだ。転生者といっても限度がある。
彼は地下で何をやっている? 下にいる大量の兵は一体? この下はダンジョンなはずだが、兵が大規模に展開するなど初期探索の頃ぐらいだったはずだ。
(不安だ。なにかまた起きるんだろうか? 早く、早く亡命したい……)
そして目の前のキリルもそうだ。
「わかりますか? このエネルギーを理解することでスキルの成功率が上がるんですけど」
「おお……わかります。これが、女神アマチカが我々に与えた力……」
多くの兵を侍らせ、座禅を組ませ、その背に手を当てている。
キリルは錬金術スキルを励起させ、相手の肉体の中のスキルエネルギーを刺激して、力の自覚を促しているのだ。
探索の邪魔になってはいけないと、キリルはこうして後方に下がったが、おとなしく待っていたわけではなく、宝瓶宮やその配下にスキルエネルギーについて教えていた。
――最初からできたわけではない。
地下に来た当初のキリルは周囲の環境の変化や知り合いがアキラ以外にいないことにひどく怯えていた。
だが持ち前の気の強さからすぐに周囲の兵に話しかけ(宝瓶宮はユーリ捜索の兵に教師資格持ちだけを連れてきていた)、溶け込み、スキルの使い方を教わりにいったりするようになった。
そこで彼らのスキルの使い方がユーリよりも未熟なことに気づくとスキルエネルギーの理解を与えようと思い立った。
親切心ではない、そうすることでユーリの捜索が早まると思ったからだ。
だがキリルはスキルの励起ができなかった。ユーリほど熟達していなかったのだ。
だから無駄な探索が続く中、座禅をし、祈り続けた。スキルエネルギーを探り続けたのだ。
そして開眼したのだ。
それが恋の力だとかそういうものではないことをアキラは知っている。
――環境だ。
ここが地上と違う点はいくつもある。
薄い空気、光の薄い土の下で信仰心に満ちた少女が一心に祈る。
この探索では地上に戻れないために食料は少なく、水も満足に飲めるわけではない。
結果として、修験者が山に籠もるのと同じことが起こった。
トランス。キリルに起こったことはそれだけだ。
だからこそアキラはいまだ出会ったことのないユーリを恐ろしく感じていた。
(なんだろうな。彼はなんだ?)
伝え聞くだけでも恐ろしい。
こうして追い込まれた少女が目覚めるようなスキルエネルギーに自ら気づき、次々と新しいアイテムを発見し、あの傲慢な枢機卿どもが自らを犠牲にしてでも探そうとしている。
前世はもしかして日本人ではないのか。それとも錬金術以外のスキルを持っているのか。
そんなことを考えていれば宝瓶宮たちのいる辺りから喜びの声が聞こえてくる。
「見つけた!! ここ、この下!! この下に反応があるよ!!」
キリルが喜びの声を上げ、駆け出していく。
アキラもまたそれに従い、ふと頭上を見上げた。
いつでも逃げ出せるようにアキラもまた学舎の子供の一人を登録した探知機を持っている。
その反応と持っているスマホに入れている地図と照合する。
(ここは、学舎の下か……?)
たくさん移動したように思えたが、ぐるぐると回っているだけで、そう移動しているわけではなかった。
この数日は、ユーリの反応に合わせて地面の下を適当に掘り進んでいただけなのだ。
「はてさて、ようやくユーリくんに会えるわけだけれども」
集まってきている兵士。ダンジョン内でも平気で移動していたユーリ。
アキラには、どうにも状況が不穏に思えるのだった。
◇◆◇◆◇
「オイラの部下がここにいると言っている」
「宝瓶宮と処女宮がですか? 人馬宮」
「そうだ。だが反応がどうにもよくわからないらしいな。おい、この下ってのは本当かい?」
学舎の入り口、枢機卿を捜索に来たという人馬宮が隣の兵士とやりとりしているのを聞きながら、双児宮は深いため息をついた。
「あー、どうしたんだい? 双児宮」
「いえ、うちの生徒が先日から一人いなくなっているんですが、それが」
「それが? まさか、そっちもかい?」
ええ、と双児宮が頷けば人馬宮も下を見た。
自らの足元を。
「今、学舎の生徒たちに地下を掘らせていますがまだ子供ですのでどうにも効率が悪くて」
「いや、それならある程度掘れば宝瓶宮が掘った道が見つかるはずだろうさ。それよりもオイラ、あいつらがなんぜここを掘っているのかが気になるな」
人馬宮の鋭い視線に双児宮は不機嫌そうに眉をひそめた。
「なんですか? 何か私に聞きたいことでも?」
「前の大規模襲撃ではだいぶオイラの兵が死んだ。なのになんだいアンタのところは犠牲も少ない。この前の会議もそうだが少し怪しいところが多いんじゃないかい?」
「な、なにをッ! 私のところだって子供たちが首都襲撃で多く死んだのですよ!! そ、それを犠牲も少ない!? 正気ですか? 貴方たち軍部が情けないから首都への敵の侵入を許したのではないのですか!!」
「ああ? 馬鹿言うなよ、オイラたちだってなぁ! 必死の思いでこの国を守ろうと――!!」
人馬宮と双児宮が言い合う中、兵が一人やってくる。
獅子宮の使徒だった。
「人馬宮様、獅子宮様と巨蟹宮様の兵、それぞれ500名! 準備完了しました!」
おう、と人馬宮が満足そうに答えた。
なにを、と双児宮が目を丸くする。
「オイラにゃなーんもわからねぇからよ。この学舎の下、全部掘り返してやるよ」
兵士たちは全員、土を掘るための農具を手に持っていた。