032 七歳 その3
さて、使徒を経験し、莫大な金を手に入れ、目的のスキルを購入し、勲章も貰い、そのうえでレベルも上がったとなれば人生いろいろ変わってそれこそバラ色の未来が待っているかと言えばそんなこともなく、私は知能学習の授業を終えるといつものように神殿で奉仕作業に勤しんだ。
神官様や小僧も最初は使徒だったからなんだかんだと遠慮していたが私が変わらず使える小間使いだとわかれば遠慮なく使ってくる。
というより、これは……この作業は……。
「ユーリくん、これはどうすればいいと思う?」
神殿奥にある執務室。そこにあるふかふかのソファーに座らされた私の前に置かれた十数枚の書類。
それを見て私は内心で頭を抱えるしかなかった。
老神官様が緊張した目で見つめてくる。
「使徒様だったユーリくんならわかるんじゃないかな。どれが上のお眼鏡に叶うと思う?」
……どれが、って。私に聞くか!?
「これって、その」
「ああ、今年入った生徒のリストだよ。いいスキルの子は特別な学舎に送るんだ。ほら、ユーリくんのときにもいただろう? SSRスキルの子たちが」
勇者だの賢者だのか。そういえばいたな、そういうのが。
当然ながらこの学舎以外にも学舎は存在する。あの襲撃のときはそこまで見る余裕はなかったが、言われてみれば、確かにこの学舎に彼らはいなかった。
まぁいたからどうというわけでもないが、彼らは生産職でもないのでいたところで戦場には連れて行かなかっただろうし。
「ええと、ああ、一人いますね。SSRスキル」
書類を見ながら確定したという意味で彼は除ける。スキルは『聖騎士』。宗教国家らしいスキル持ちだ。
「ああ、彼は確定だね。それなりに新入生はいるからね。年に一人は必ずいるんだよ。ただね、送れる枠も限られてるから、他の子たちは誰を送ればいいと思う?」
見せられたのはSRスキル持ちだ。
どれも私たちのようなRスキルとは違って職業の名前になっている。『調理師』『錬金術師』『画家』『剣士』など、SRスキルからは職業の名前を冠するらしい。
ふぅん、と私は紙を眺めた。参考のためにかステータス値も載っている。鑑定スキル持ちが見たのかな? 私も巨蟹宮様の兵に頼んで他国の兵を見たが、あれなら簡易インターフェース程度の情報は取れる。
「といっても国家全体のスキル状況がわからないとそのご機嫌窺いもできないですからね」
「そうか……」
「そもそも誰のご機嫌を窺いたいんですか?」
「うーん。誰というか、誰でもいいのだが……我々は双魚宮様の派閥だしなぁ」
そういう曖昧なのが困るんだ。
まぁ、怒られない基準を知りたいんだろうけど。
そもそも私だって上が欲しがっているスキルなどわからない。
接した印象では枢機卿方とてそこまでスキルにはこだわっていない気もするし。
私が軍全体を見たところ、むしろSRスキルよりもRスキル持ちの方が重要に思えた。
数の少ないSSRやSRよりも軍の大半は枢機卿方の特色で染まったRスキル持ちで固められている。
あまりに数が多い場合、突出した一人よりも平均値の高い集団の方が扱いやすいのだ。
「そうですね、神官様。現在よりも6年後の情勢を考えて出した方がいいと思います。そのときに欲しい人材が必要なわけですし」
たとえば現在錬金術師が足りないから錬金術師を高度な学校に行かせても、成果が出るのは六年後だ。
仮にそのときに戦争になっていて、優秀な指揮官を上層部が欲しいと思っていても、そのときに卒業してきた神国の幹部候補が錬金術師では困るのだ。
「それはわかっている。だから使徒様だった君に聞いているのだ。六年後に必要な人材は何かと」
「ですが私に聞かれても……」
否定するようなことを言えば老年の神官様が私を睨むような目で見てきて、うへぇ、と私は内心のみで肩を竦めた。
――本人に聞いてもいいが……。
当然といっていいのか、私のスマホには大規模襲撃のときに無理やり交換させられた処女宮様と宝瓶宮様のアドレスが入っているし、SNSアプリには大規模襲撃の翌日から、大量に愚痴のようなスタンプやメッセージが送られてきている(ほぼ無視しているが)。
ちなみに無視をしているのは一度相手にしたら返信をしているだけで私の貴重な自由時間が消滅したからだ。今はほぼ一日の終わりに『おやすみなさい』のスタンプを送るだけで済ませている。
それで満足してくれていれば嬉しいが……まぁそのうちなんらかの干渉を行ってくる気はしないでもない。所詮引き伸ばしているだけなのだから。
さて、そんな彼女たちにどんなスキル持ちが欲しいのか聞いたとして、それが本当に、六年後の神国の必要な人材だろうか?
(違うだろうなぁ……)
彼女たちはわがままなので、今欲しい人材を欲しいと言うに決まっている。
それに私が聞けば、私が決めてくれと言うに決まっている。
私は七歳児だぞ。なぜ目の前の老神官もそうだが、七歳児に頼ろうとするのか。
せめてもう少し自分たちで考えてくれ、と思ってしまうが――ああ、そうか。
(そういうことか……)
もしかしたら目の前の老神官も、処女宮様たちも、本当に私を子供だと考えていないのかもしれない。
私を通して女神アマチカを見ているのだ。
大規模襲撃で都合が良いと私が無視した部分、宗教的な怖さが如実に現れていた。
――とはいえ、私が生き残るのに都合が良いのも確かだ。
(私が欲しい人材を推薦してみようか……)
六年後、私が成人する年の次の年。順調ならば上級の学舎か、もしくはそのまま十二天座の誰かの下で働いている頃だろう。
そのときに欲しい人材。大規模襲撃のときに見たインターフェースでいなかった人材、足りなかった人材を考えればいい。
渡された書類をめくっていく。SRのスキルは多岐にわたるために今年いるかはわからなかったが、ちょうど欲しい人材が中に入っていた。
「ふむ……そうですね」
「おお! わかったのかね!」
「はい、神官様。『科学者』『数学者』『砲撃手』『建築家』の生徒を推薦してください」
残りは適当、というわけではないが損耗率の高い戦士系を送り込めばいいだろう。魔法職は正面から戦わない都合上生存率が高いのでそこまで優先しなくていいという判断だ。
(ただ、全軍を魔法で染めた方がいいかも、みたいなことになったら私の判断は間違いになるだろうな……)
「『科学者』と『数学者』? 『錬金術師』や『鍛冶屋』ではなく? 理由を聞いても?」
「機械技術が重要になってくるからですね」
錬金術師は他の生産職と違ってあらゆるアイテムを生産できるが、当然適性というものが存在する。
錬金術師が一番得意な属性は実のところ魔法属性と生命属性であって、機械属性は苦手属性なのだ。
できるけれどやりたくない、というか。本領ではないので生産物に付与されるボーナスも結構下がる。
私も一応深くスキルを理解することで+2クオリティで機動鎧を作れたが、機械系ツリーを得意とする科学者や数学者がきちんと熟練度を上げて製作したならば生産物に様々なボーナスを付与できるはずなのだ。
『錬金術師』の宝瓶宮様が機械ツリーを放置していたのにも一応理由はあったのだ。
で、なぜ科学者と数学者を推薦するかといえばこの国はそんな宝瓶宮様がトップだし、農業を重視していたので機械系ツリーの技術者の立場が弱い。
機械系ツリーが得意な人材がネジや鉄板などの下位のアイテムばかり作っているから熟練度も育っていないし、そういう人材だから生産物もそこまで良いものではなく、結果として宝瓶宮様も重用しない。
というか機械ツリーに関しては適性が低くとも宝瓶宮の権能で基礎能力が高くなっている宝瓶宮様の方が適しているぐらいである。
――だから私が頼られたのだ。
人材はいる。いるが立場が弱いせいで宝瓶宮様の視界に入っていないのだ。
いや実際のところはわからないが、彼らではなく六歳児の私に機動鎧作りを依頼するぐらいだからそういうことなんだろう。たぶん。
で、そのあたりを反省して私たちの世代から機械系ツリーを成長させるべくネジ作りをさせていたらしい、というのがSNSで聞かされた愚痴から取り出せたこの国のアイテム事情である。
「機械技術が……ふむ、確かに教育方針もそういった指示が出てるな。それで『砲撃手』? 語感から言えば、遠距離攻撃系かい?」
「機械技術で作れる兵器用の人材ですね。この国にはあまりいない人種ですので」
で、いざ科学者を重用して、じゃあこの大砲を使ってもらおう、なんてときに扱える人材がいなければ話にならない。
一応『狩人』や『銃手』も他の職より高い適性はあるが、それは遠距離攻撃手段に対して適性があるのであって、火砲を始めとした近代兵器への適性ではないのだ。
ある程度マシな銃手とて一番高いのは砲じゃなく銃の適性だしな。
「それと『建築家』はこの国に必要ないろいろのためですね」
『建築家』はこの国にきちんとした建物や道路を作るときに必要なスキル持ちだ。
私は割となんでもできると処女宮様に思われているが、当然ながらそんなことは全くない。私は正しく凡人である。
――つまりどれだけ頼まれようと、私にきちんとした国を作ることなどできないということである。
それは法制度やさまざまな仕組みだけではなく、小さなことから大きなことまで全部だ。
たとえば道路。
私に任されても道路を作るなんてことは不可能だ。
錬金術を使えば素材は用意できるかもしれないが、道路は無理なのである。
なにしろどこに作ればいいのかわからない。
都市と都市をつなげる? 馬鹿な。それではダメだ。きちんと地形を計算して作らなければいけない。
それを私は知らないのだ。
もちろん過去の東京の地図が見つかればそれを元にそのまま道路を作るのがいいかもしれないが、この世界、というのは少し変だが、この時代、かな? そう、この時代の東京は地形が一部変わっている。各所にある巨大な爆撃跡や何か巨大なものが移動した痕跡のことだ。
それのせいで過去の東京と同じ道路を作ることはできないし、せっかく荒廃してるなら一度更地にしてもっと整然とした都市にした方がいいと私は考えている。
だからこの国に少数いる建築家だけでなく、きちんとエリートとして育てた建築家が必要なのだ。
ちなみにこの国の建築関連の担当部署であるが、道路は輸送を担当する白羊宮様が担当していて、家や商店などの建物関連はアイテム系を担当する宝瓶宮様で、ついでに言えば軍事関連、それも地上用の防御施設なんかは獅子宮様の担当になる。
さらにさらに言えばこのあたりの予算は金牛宮様が握っていて、決定を出すのは十二天座会議の議長を努める天秤宮様だ。
クソみたいな構造だろう?
大規模襲撃の際に、この国を壁で覆うべきだ、と私は処女宮様に意見し、処女宮様はそれを反映させるべく十二天座会議で発言をしたが、そういう都合でなかなか建築ができなかった、ごめんねという謝罪メッセージを私は先日貰ったばかりだった。
SNSは便利だな。黙っててもこの国の情報が入ってくる理想の環境だ。わーい。
(ぶっちゃけ七歳児に愚痴らないでほしいぜ……)
宝瓶宮様までそういった会議の愚痴をいちいち私にメッセージで送ってくるのだ。
正確な状況がわからないから何一つアドバイスはできないし(私が言ったことをそのまま行いそうな危うさをメッセージから感じる)、大規模襲撃のときと違って私に何も権限がないので、何一つできない分、余計に吐きそうであった。
そう、そうなのだ。
私はこの推薦の機会を好機と捉えなければならない。
私は、私の後任を決めねばならない。
そういう意味でもこの国の根幹になりそうな科学技術を進める科学者や数学者の子には期待したかったし、他の子たちにもこの国をぜひとも立派に背負ってほしかった。