031 七歳 その2
「ねぇ、ユーリ。スキルってこっちの方がいいんじゃないの?」
購買でカタログを眺めていたキリルが『アイテム製造+1』と書かれたスマホ用のスキルを私に見せてくる。
『アイテム製造+1』は『錬金術』を始めとして『裁縫』『鍛冶』『調薬』などのアイテム生産系スキル使用時に、少ない確率だが生産されるアイテムを一つ増やしてくれるスキルだ。
どういう仕組で増やすのかはわからない。スキルを使うとスマホの電力が減るらしいので、たぶん電気でなんやかんやして増やしているんだろう。正体不明すぎて怖いが。
「ああ、そのスキルで追加生成できるのは5%だからあんまり得はないかな……」
「そう? 授業で使えば一位とれない? 5%ってことはええと……%って何?」
「ネジを100個作って5個増えるってことだよ。ま、そういう意味では得ではあるけどな」
枢機卿様ぐらい偉い人間視点でネジを一万個作れ、といった場合には有用なスキルだろう。
生産されるネジが500個も増えるのだ。単純に必要素材がそれだけ不要になるので大量生産の効率は良い。追加生産系のスキルはこれだけじゃないので、同系スキルを重ねればおまけの生産だけできっと二倍は作れるだろう。
ただこれを私が買うかといえば別だ。
そういうことは下っ端の私たちが考えることではないからだ。
もっと上の人間が持つべき視点だ。宝瓶宮様とかあの辺りである。
加えて言うなら私が持つアマチカは有限で、スマホの性能もまた有限だった。
私たちに与えられたこのスマホという名の謎の通信機械は様々なアイテムを使ってバッテリーやメモリなどを強化することができるが、残念ながら私たちにこれらを強化する権限、というか所有権の関係から強化することが難しい。
なのでアイテム製造系のスキルをインストールするなら他のスキルを諦めなければならない。
もちろんスマホを強化すればこういったスキルを多く搭載することもできたし、そういうことのためにスマホの強化を、権限も素材もあった大規模襲撃のときにやってもよかったが、あの状況で私欲を優先するのは少し以上に難しかった。
たぶんそういうことをしたなら私の心は保たなかっただろう。
私は「そう? そうかな? お得じゃない?」と言っているキリルに補足としてスキル情報を教えておくことにする。
「『錬金術』の熟練度を上げればもうちょっと良いアビリティを覚えるよ。わざわざスマホの容量を使ってまで割くスキルじゃない」
「アビリティ? って、えっと、何?」
……そうか、そこからか。
「ええと、私たちの『錬金術』を使っていると覚える技みたいなもの、かな?」
スキル内スキルと言ってもいいか。たとえば錬金術スキルの熟練度5から覚える『大量生産』とかのことだ。
もちろん一つ一つ作った方が一つ辺りのクオリティは上げられるが、祈ることで把握できたスキルエネルギーを把握するやり方なら大分深く潜るすることで+1でも+2でもクオリティはいくらでも調整を効かせられる。
「ああ、それのことね。じゅくれんど、っていうのが何かはわからないけど」
キリルが言うには『大量生産』はいつの間にかできるようになっていた技であったけれど、エネルギーを把握するやり方を知らないとたいてい素材数に見合っただけの生産物が作れないのであまり使われないアビリティらしかった。
生徒は失敗が多いと評価に響くから教室では誰も使っていなかったらしい。
私がエネルギーを感覚として感じられる方法を教えてからはやっているそうだが……。
ちなみに私は以前からそこそこ使っていた。ただロボット教師は100個もガラクタを一度に出してくれないから一度の錬金で教室を出ることはできなかったが。
「それで熟練度っていうのは、スキルの慣れを数値化したものだな」
「ふーん、なんで知ってるのかは知らないけど。皆には教えないの?」
「どうかな。信じるかはわからないだろう」
「ユーリが言うなら信じるわよ」
そうかな、と私はキリルに言葉を返す。
というかこのあたりに関してはインターフェースで得た情報だから、どうやってこの情報を得たかなんてことは教えられないし、そういうものがあると知っても自分の正確な熟練度がわからなければ張り合いがないと私は思う。
「そもそもさキリル、錬金術スキルで何ができるのかっていうのは図書館の本に書いてある」
「え? そうなの?」
「そうだよ。ちゃんとスマホで写真撮ったから。あとでキリルに見せるよ」
所持アマチカが0のキリルは図書館を利用することができていないので私が教えよう。
ちなみに、書いてある本は宝瓶宮様が執筆した錬金術関連の基礎の本だ。
処女宮様のインターフェースには劣るものの、インターフェースで個人の詳細情報を閲覧できる枢機卿様方とってアビリティは当然把握できている情報だ。
宝瓶宮様の本は、インターフェースが前提で錬金術の理論が書いてあったので去年の私にはちんぷんかんぷんであったが。
(あれは個人のメモ帳か備忘録をそのまま出したようなものだよな……)
ただ、あの人としては善意というか、優秀な錬金術師を増やしたいという想いで出版したんだろう。
ただ周囲が悪かった。宝瓶宮様は枢機卿という最高権威の一人だから、周囲にとって意味不明な本であっても誰も何も言えなかったのだ。
宗教国家であるこの国の悪いところである。
ちなみに錬金術で取得できる『製造数+1』はインターフェースによれば20%で一つ増えるらしいのでスマホスキルより高性能なので、スマホの容量を割くよりはそちらの習得を優先してもいいかもしれない。
――ただ、在学中の取得はおそらく無理だろうが。
「ちなみに製造数+1のアビリティは熟練度40からだな。私は39だからもう少しでとれるよ」
「えー、ずるーい」
「ずるくない。努力したんだよ私も」
ぶーぶー言うキリルだが、彼女の熟練度も30近い。
私たちは大規模襲撃のときに文字通り死ぬほど高ランクアイテムを作ったから熟練度はもりもり上がっているのだ。
ただ、私もキリルももうネジをいくつ作ったところで熟練度は上がらないので、そのもう少しがかなり遠くなってしまったが。
これはレベル1のスライムをいくら狩ったところでレベルが上がらないのと一緒なんだろうな。
「スキルは『学習時成長上昇Ⅰ』をⅤまでだ。よかったなキリル、私とおそろいだ」
以前は健康サプリのようなものでしかないと疑心暗鬼に飲み込まれたが、インターフェースでこういうものにも明確に効果があるとわかったので、私も自信を持ってキリルにおすすめした。
ちなみに効果はⅠが学習時の経験値が10%アップでⅤが50%アップだ。同じスキルの効果は重複しないが同カテゴリの別スキルであれば効果は加算される。
合計で学習時経験値150%の増加。これで私たちは他の人間の2.5倍授業を受けたことになるというわけだ。
――私は全く頼もしくない気分でスマホを見る。
(この機械、真面目になんなんだ? 怪しすぎないか?)
経験値効率? なんだそれ? 洗脳電波でも出てるのか? そもそも機械か? というか、大規模襲撃ではこれから魔法という名前の火の玉も飛んでいた。
スキルを使うときと同じだ。得体のしれないものが手の中にある。これは一体なんなんだ?
気分が悪くなってきたが、キリルが手を握ってきて正気に戻る。
「ユーリ? どうしたの? ほら、スキル買ってくれるんでしょ。アンタがアマチカ持ってるんだからしっかりしてよ」
「あ、ああ。うん。買う。買うよ」
まぁ私たちに物を買う権利はないから買うというより、建前ではお布施とそれに対するお返しなんだけどな。
ここも実のところ誰が呼んだかわからないが購買と呼ばれているだけで、正式な名称は『浄財の泉』という施設だ。
私たちを黙って見ていた購買のロボットに二人でスマホを差し出してスキルをインストールして貰う。
私たちの初期型スマホではこれで容量はいっぱいだ。他にスキルはインストールできない。
パッシブ型のスキルが5つともなれば消費電力も馬鹿にならないので、仮に容量を拡張してもバッテリーを改造しなければ別のスキルは入れられないが……。
「必ず寝る前に充電してくれな」
「わかったけど。ねー、他になんか買ってくれないの? ほら、このSNS用のスタンプとか。かわいいよ?」
「別にいいけど……」
カタログから見せられたスタンプを買ってあげることを了承すればキリルはやったー、とスキルを買ったときより喜んでいる。
これから重責を背負わせる後ろめたさから買って上げたが、まぁいいか、と私はアマチカを店主ロボットに支払った。
スマホに最初から入っているSNSアプリ用のスタンプは300アマチカで買える。
ちなみに私がキリルに買ってあげたスキルの総額は50万アマチカを超える。
それでも私の所持アマチカは余裕で残っていた。
物価から計算すれば前世の私の生涯年収を軽く越えていた。
一国の技術をあれだけ進歩させたのだから当然といえば当然の報酬ではあったが……たぶん在学中には使い切れないだろうな。
ただ農民にされてしまうとこのアマチカも取り上げられる。
前世の私であればこれで株なり土地なり買って安心を得ていたかもしれないが、この国では七歳児に所有権がないのでそれも厳しい。
お布施でもして神官様の機嫌でもとるべきか。ううむ。
(スマホや装備を買って私自身を強化したいが……所有権の問題で難しいからな)
アマチカがあろうとも、使徒になったという経験があろうとも、私が成人してないのでそれらをどうにかするにはシステム的に無理があるのだ。
もちろん無理ではない。無理ではないが、それをすると私の弱みになる。
規則を破ってまで、弱みを作ってまでしたいことではない。
(不便だが……仕方ないな。そもそもその成人前は人間として扱われない学舎のシステムで今の私は守られているわけだし)
あの便利なインターフェースは、総力戦以外では人間として扱われていないユニットに細かい指示ができない構造になっているのだろう。
だから処女宮様も宝瓶宮様も私を偉い立場にできないのである。
ただ、人間未満の生徒である私にも、この国の教育担当である双児宮様の権能で干渉ができるはずだが……。
あの大規模襲撃で個人のスキルはともかく権能の多くは把握している。その中には処女宮様が教師として潜入できたように、学舎の中でもある種の無理を可能にするはずの――手を引かれる。
「ユーリユーリ! ほら、これかわいい!! 買って買って!!」
カタログに載っていたリボンを私に見せてくるキリル。
無邪気な子供だ。有り余るアマチカでほっぺたを叩いてやりたくもあったが、私はキリルに笑っていった。
「次の知能学習でがんばったらな」
ええ、と不満そうなキリルに「ほら、昼食食べにいこうぜ。今日はお祝いらしいから豪華だぞ、きっと」と言ってやれば、えーまぁいいかー、とキリルは私の手を掴んで食堂へと着いてくるのだった。