027 侵略者たちの帰還
「え、え、えぇ!?」
「おらおらおらおらァッッッ!!」
獅子宮様の左の拳が七龍帝国が誇る十二龍師が一人、武龍剣様の持つ槍を跳ね上げる。
すかさず獅子宮様の踏み込み、停止。呼吸からの右拳による全力打ち上げ。
「おらぁッ!!」
「ぎゃん!!」
腹を殴られた武龍剣様の細い身体がそのまま空に打ち上がった。
くるくると空中で回転した武龍剣様が地面に両足で立つも、着地地点には獅子宮様の足が待っている。
「疾ィッ!!」
上段回し蹴りがヒットする。再び打ち上がる武龍剣様。
獅子宮様は蹴り方を工夫し、武龍剣様の細い身体を再び上空に飛ばしたのだ。
武龍剣様の落下位置には再び獅子宮様が拳を構えている。SRスキル『武僧』の本領たる拳系アビリティはアビリティの再使用時間が短いものが多い。
(嵌まったか……勝ったな)
『武僧』スキルを持つ獅子宮様の打撃系アビリティによる連続コンボ。
これから抜け出すには誰かが獅子宮様を攻撃しなければ止まらないだろう。
対人戦闘、それも一対一の戦いにおいて、獅子宮様を倒すのは少し難しいと思った。
だいたいこの方、戦いを見て思ったが、戦車相手には槍を使っているが、スキルがもっと成長して、防具や装飾品でちゃんと補助したら殺人機械相手でも素手の方が絶対に強いような気がする。
「はい! 勝負有り! 勝者獅子宮!!」
叩きのめされている武龍剣様を見ていた立会人であるエチゼン魔法王国の十二魔元帥、雷魔様が声を上げて戦いを止めていた。
うげぇ、と倒れていた武龍剣様に「仕方ねぇな」と枢機卿の権能で使える神聖魔法を掛ける獅子宮様。
「あいたたたた。うっそ、獅子宮、強すぎない?」
「ああ? レベル上げろレベル。ちゃんとモンスター殺してんのか武龍剣」
「た、倒してるよ。ええ? なんでこんな差があるの? ええ?」
単純に東京エリアの出現モンスターが他よりレベルが高いからだろう。
鋼鉄製の武器が手に入って偵察鼠以外の殺人機械を安定して倒せるようになったらしいが、スマホに登録できる初期魔法を使えば清掃機械ぐらいは倒せたらしいし(清掃機械の反撃で高確率で死ぬから兵のレベルは上がりにくいが)。
それに大規模襲撃で獅子宮様のレベルもだいぶ上がっている。
大規模襲撃を放置してこちらに来た武龍剣様では相手にならないのも当然だろう。
軽めに言っているが、敗北で恥辱に顔を赤くした武龍剣様が地面に落ちた槍を拾って周囲を見た。
帝国側の兵が集まっている区画はしんと静まり返っている。
実力主義を採用している帝国では敗北すればその人間は侮られる傾向がある。やば、と武龍剣様が小さく呟いた。
そんな武龍剣様を心配したのか、彼女の使徒らしき人間が二人、武龍剣様に近寄っていく。
武龍剣様と同じく女性の武人に見えた。
「彼女ら、どうですか?」
「武龍剣含めて、どちらもレベル15ぐらいですね。獅子宮様の足元にも及びません」
問いかければ私の傍らに立っている鑑定スキル持ちの兵が敵国の将軍のレベルを教えてくれる。
巨蟹宮様のところの兵だが、処女宮様の使徒ということで彼は六歳児の私にも丁寧だった。
完全実力主義らしい帝国と違って、信仰心が国の根幹である神国アマチカはこの辺りが楽でいい。
「勝っちゃダメでしょぉぉ獅子宮……ぶ、武器売ってくれなくなるでしょぉ……」
隣に立っている双魚宮様が獅子宮様に対して小声で文句を呟いている。
帝国製の鋼鉄か……あれもな。
「双魚宮様。女神アマチカは問題ないと仰っております」
というか、鋼鉄自体は問題ない。私が技術ツリーを開発して鋼鉄を自国で生産できるようにしたからだ。
低出力エンジンのレシピを探るときに剣だの槍だのができたので、神国、というか宝瓶宮様も帝国から輸入したものと同じものが作れるはずだ。
「ほ、本当?」
「今はこの国の強さを見せつけるチャンスだ、と女神アマチカは仰っています」
「そ、それなら……で、でも、へ、平和にでいいのよね? 戦争とかしないのよね?」
「はい、この模擬戦は攻めさせないために、獅子宮様の強さを見せつけるのが目的なので」
もちろんこれは私たちから仕掛けた模擬戦ではない。
レシピを渡したので「ではお引取りを」となった段階で帝国側がマウントをとるべく模擬戦をしようと言ってきたから成立した試合だ。
「おらおら! まだ俺とやろうって奴はいねぇのか!! 王国の! てめぇはどうなんだ!?」
「嫌ですよ。軍師ですよ私は」
呆れたように、だが目には警戒を宿してくじら王国の地霊十二球たる軍師アンコウが獅子宮様を見ている。
「これで援軍を請うていたとは、ふふ、神国は我々を呼び込んで殺すつもりだったんじゃないですか?」
「ち、違います! ほ、本当に我が国は困窮していて!!」
慌てて王国の軍師に弁明に走る双魚宮様に対して魔法王国の雷魔様が「獅子宮一人が強くても兵が弱いんでしょ」と神国の兵を見て首を傾げた。
「あれ? そんな弱そうに見えないわね。レベルは? ええ? 平均15? 私の兵並に強いじゃない」
鑑定持ちの兵に聞いているのか、雷魔様は驚いている。
ここに来た略奪軍、帝国の斧兵が平均レベル8で王国も似たようなものだ。
マシなのが雷魔様の部隊だが、彼らとて私たちと比べてレベルが高いわけではない。
やはり他国の地上を歩いているモンスターは弱いのだ。
そもそも生物の殺傷でレベルが上がる以上、レベルを上げ続けるためにはその兵を生かさないといけないし、集団は突出して強い兵を作るより全体のレベルが高い方が統制が取りやすい。
(なるほど、火事場泥棒に彼らを使ったのはそのためか……)
それに彼らは大規模襲撃に参加していない。
対して獅子宮様やその兵は大規模襲撃の真っ只中で敵を倒しまくって強くなった兵だ。
差があるのは当然なのだ。
――この世界にはレベルがある。
まるでゲームのように、モンスターを倒したりスキルで生産物を作ればレベルが上がる。レベルが上がれば身体能力が上昇する。
そしてスキルにも熟練度がある。スキルを使えばそのスキルが持つ力をアビリティという形でさらに引き出せるようになる。
(さっき、他国は矢だのなんだので大規模襲撃を乗り切ったと言っていたな……)
ここに来ている他国の兵が弱いのは必然だった。
基本的に防御施設を使って効率的に敵を殺害する場合、近接兵科である斧兵や騎兵が投入されることはない。
というか私ならしない。キルゾーンを作ってもそこに味方を投入したなら殲滅の効率が落ちて、施設を作った意味がなくなるからだ。
獅子宮様のレベルが高いのは彼を防衛施設の代わりに使ったからで、もっと資源や時間があれば、私も彼を壁にはしなかっただろう。
それでも近接兵科を使うなら、せいぜいが討ち漏らしを倒すぐらいだが、その場合、近接部隊が得られる経験値は相応に少なくなる。1000人からの兵士で等分にするなら一人あたりの経験値は相当少なくなるに違いない。
この結果は私に少しだけ未来像を変えさせた。
効率的に敵を殺せる設備を作るべきかとも思ったが、未来を見据えるならきちんと部隊を育てた方がいいのかもしれない。
――そこまで考えて、生徒の死体を思い出す。
指が震えているのがわかる。恐れている。人の死を。そうするのがいい、という効率だけで人を戦場に投入することの重みを。
敵と接近して戦う、ということの意味。それを忘れるわけにはいかない。
(だがまるで、ゲームのように考えさせようとしてくるな……)
効率だけに注力すると結局そこになってしまう。いや、とにかく戦争が始まったときに部隊が育ってないとまずいのだ。特に遠距離兵科は相応に脆い。防衛戦だけなら壁を使えばいいが、敵の国に攻め込むときにきちんと壁の役割を果たせる近接兵科を用意しなくては。
(いや、だが、近接兵科は必要か?)
インターフェースを触って、この世界がゲームみたい、だとか、考えたときに浮かんだ推測が私の脳を迷わせる。
つまり戦争の未来の姿だ。雷魔様の部隊のような魔法の使える遠距離兵科を大規模な魔法を使えるようになるまで育てあげた世界だ。
魔法一強時代。溶ける兵士、溶ける妨害施設、戦場を飛び交う全体魔法。
かつて学生時代に触れたシミュレーションゲームが最終的にそんな感じになって私は全兵士を魔法が使える兵士で固めて戦場を全体魔法で蹂躙した。この地球に上書きされた法則が、そういうものなら、神国が向かうべき未来は……――。
「お、獅子宮の奴うまくやってるみたいだね」
思考を杞憂かもしれない妄想で染め上げていれば、隣に巨蟹宮様が立っていた。
彼は獅子宮様が勝利しているのを見て口角を緩ませ、そして私の傍にいる双魚宮様に向けて言う。
「ああ、双魚宮、あとで不戦条約をちゃんと確認しておきなよ。あれは破ろうと思えば破れるからね」
「わ、わかってるわよ。意地の悪い言い方をしないでちょうだい」
「頼むよ。他国が侵略の準備を始めてるかもしれないからさ。うちも機動鎧が手に入ったし、本格的に国境をどうにかしないと……」
なんて言いながらも巨蟹宮様は少し開けた広場の中心で挑戦者を待つ獅子宮様の傍へと向かっていく。
「ナイスファイトだよ! さすが獅子宮だ!」
「そうだろうそうだろう。もっと褒め称えろ!!」
そんなやり取りをしている二人を呆れたように見ながら、帝国との模擬戦が終わったことで用は済んだと思ったのか、王国の軍師アンコウが双魚宮様に近づいてくる。
「双魚宮。茶番は見終わったので、くじら王国軍とエチゼン魔法王国軍は帰ります」
「そ、そうですか。ではお見送りを」
「神国の見送りなど不要です」
それだけ言って自軍の陣へと帰ろうとする軍師アンコウ。
双魚宮様が何かを言おうとして、無駄だと思ったのか険しい顔のまま軍師を見ている。
まぁ、ここに居続ければそのうち清掃機械が湧くしな。帰るのは正しい判断だ。
獅子宮様の言葉が気になって調べたが、そろそろ大規模襲撃後のモンスターが出現しない空白の時間が終わるらしい。
前回のログを見たが、ちょうど一日ぐらいでその期間も終わるのだとか。
早く帰らないと私たちも無事に帰れないかもしれない。
生き残ったのだ。帰還の途中で死ぬなど私もごめんだった。
――ああ、だが仕事をしなければ……
「王国の領地を通らせるのですね」
帰ろうとする軍師アンコウ様に向かって私は話しかけた。
軍師アンコウ様は怪訝そうな顔で六歳児の私を見下ろし、問いかけるように双魚宮様を見る。
「ええと、あはは」
女神アマチカの命令でここにいる、となっている私に双魚宮様は何も言えない。すみません、と心の内だけで謝っておく。
「雷魔を連れ帰ってやるのだから感謝してほしいな。それとも子供には王国の感謝はわからないかな?」
「心根の純粋な子供ですからね。えっちらおっちら火事場泥棒をするためだけにやってきた泥棒の心などわかりませんよ」
真顔で私を見た軍師アンコウは生意気な子供だ、とだけ言って笑って去っていく。
ダメだったか……さすがに子供と言葉でやりあうつもりはないらしい。
こら、という声に見上げれば、双魚宮様がお冠であった。
「あ、あの、さすがに女神アマチカの勅命でもね。その、おねーさんの今後の仕事がね?」
「はい。それで双魚宮様はどう思いました。今の」
私の肩にぎりぎりと力を込めてきて圧力を掛けてくる双魚宮様に問いかければ「くじら王国と魔法王国でしょ。そりゃ組んでるわよ」とだけボソリと言ってくる。
そこに今までの気弱な美人の姿はない。
「いい? 殺人機械が強いのは他の国も知ってるの。そこに機械系に強い雷の魔法使いと戦車から逃げ切れる騎馬兵を連れてきてるんだから、王国も魔法王国もきちんと考えてるの」
ただ、神国内が騎馬が活用できない悪路だらけだってのは知らなかったみたいだけどね、と双魚宮様は馬鹿にしたように去っていく軍師アンコウを見て言う。
瓦礫だのガラクタだのが転がっている廃都東京はたしかに馬で駆け回るには不向きな空間だ。
「では二国が入ってくる道が違ったのは?」
「挟撃するつもりだったが軍師と雷魔の仲が悪かったか、うちが警戒すると考えたのか。いろいろでしょう。それはもちろん後で探るわ」
それよりも、と懇願するように双魚宮様は私の耳に囁いてくる。
「これでもがんばってるんだから、君も獅子宮もあんまりおねーさんをいじめないでね」
すみません、と内心だけで謝りながら私は去っていく他国の軍に目をやった。
他の国がこうして実際に存在している。そこに生きる人々がいる。
――だが争わなくてはならない。
その事実は私になんとも言えない感情を抱かせるのだった。