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026 侵略者たちの会談


「いやー! すごい! 獅子宮(レオ)すごい! ちゃんと撃退したんだ!!」

 鋼鉄の槍を机に立て掛けた帝国の女将軍がケラケラと笑っている。そこに王国の軍師風の男が余裕たっぷりに話しかけた。

「ふふ、七龍帝国さんは余裕そうですねぇ」

「そりゃ盗賊だの山賊だの冒険者が相手だからね。あんな雑魚が万人来ようと都市の防壁は抜けないよ。そういうくじら王国はどうだったの?」

「うちで厄介だったのはオーガが数匹です。設置したバリスタや『矢の雨』で皆殺しにしてやりましたがね。そちらの――」

 くじら王国の軍師らしき男は機動鎧ではなく、ただの鋼鉄の鎧に身を固めた獅子宮様を見て鼻で嗤った。

 不機嫌そうな獅子宮様は二人の将軍と比べて、ついさっきまで戦っていた気配が色濃く残っている。

「――失礼、そちらの獅子宮殿のように前線で戦う蛮勇などとてもとても」

「ああ? そりゃどういう意味だ? てめぇ喧嘩売ってんのか? うちは王国とやったって構わねぇぞ!!」

 獅子宮様が机に拳を叩き込めば「おお、怖い怖い。別に構いませんようちも」と軍師風の装いの男が嘲るようにして肩を竦めてみせる。

「へぇ、神国アマチカはくじら王国を攻めるの? それならうちも協力するわよ。魔法王国(うちが)が南下するのに王国が目障りだったのよねぇ」

 魔法王国から来た、ローブを深く纏った魔女風の女将軍が王国の軍師に向けてからかうような目を向ければ「冗談ですよ。まったく本気にしないでいただきたいですね」と王国の軍師は馬鹿を見るような目を女将軍に向けた。


 ――全員、仲が悪くて結構なことである。


「あ、すみません。差し支えなければ質問よろしいですか?」

 とりあえず疑問が生まれたので、挙手をして質問をしてみれば神国の人間を含めたこの場にいる全員の視線が私に集中した。

「ねぇ獅子宮、気になったんだけど、なんで子供がいるのさ?」

「神国アマチカの新しい枢機卿は子供ですか? 人材がいないならいないでもっとマシな人物を選ぶべきだと思いますがね」

「ええっと、処女宮(ヴァルゴ)の使徒のユーリくんだったよね。その、いろいろ急いでたし、何もできないだろうから聞くのもどうかと思って聞かなかったけど、なんでここにいるのかしら?」

 隣に座った我が国の外交担当である双魚宮(ピスケス)様が戸惑いながらも問いかけてくる。

 私はほんの少し他より背の高い、子供用の椅子に座りながら、にっこりと子供らしく笑ってみせた。

 わかっている。子供は出て行けと言われているのだ。だがせいぜい子供らしくわがままに振る舞ってやるさ。

「はい。双魚宮様。女神アマチカが双魚宮様の補佐をせよと仰ったからです」

 せめて黙っててくれ、という双魚宮様の言外の抗議を伝家の宝(めがみの)刀を抜いて(ちょくめいで)、ばっさりと切り捨てた。


 ――だが、なぜ? なぜだと?


 そんなもの決まっている。

 処女宮様に頼まれて同席している。それだけだ。

 そう、三ヶ国の将軍と我が国の枢機卿猊下二名、他多数の高位の文官が座する大天幕の中に私はいる。いなければならないのだ。


 ――奇妙な沈黙。


 この場の全員が異物である私にどう対処すべきか悩んだ沈黙を切り裂いたのは意外な人物だった。

「それで、質問ってのは誰に対してだよガキ」

 我が国の軍代表である獅子宮様がなんとサポートしてくれたのだ。

「はい。質問はエチゼン魔法王国の『雷魔』様に対してです」

「え? 私? なによ? 王国を攻める話? 詳しい話する?」

「ま、待ちなさい。こ、子供の言うことを」

 止めようとする王国の軍師、それに気を良くしたのか楽しそうに獅子宮様が「いいぜぇ、うちも混ぜろよ。神国を侮辱した糞王国を攻め滅ぼせるならよぉ」なんて考えなしに言い始める中、私は「いえ、その話ではなく」と言いながら、エチゼン魔法王国、『十二魔元帥』の一人である『雷魔』様に質問をした。

「魔法王国さんはどのルートでこの国に来たんですか?」

 大規模襲撃の最中に他国の軍が侵入したために、殺人機械の襲撃が終わっても神国アマチカは未だ『総力戦』状態にある。

 そのため私はいまだ使徒のままだ。権能であるインターフェースも残っている。

 この場の誰にも見えないその地図を脇に置きながら、私は美女将軍であらせられる雷魔様を見つめた。

「え? 言わなきゃダメなのそれ?」

「言えよオラァッ!! てめぇうちにどうやって攻め込むつもりだったオラァッ!!」

「ちょっとちょっと、うちは神国アマチカを救援に来ただけよ? 侵略だなんて失礼ねもう」

 チンピラみたいに吠えかける獅子宮様が頼りになる。子供の私であれば無視されたであろう質問もこの人が怒鳴るように問えば雷魔様もごまかすことができない。

 処女宮様から与えられたマップは広域表示にすれば日本列島の形をした地図が表示される。

 多少欠けていたりするその地図の多くは未探索のために暗黒だが、さすがに周辺国家の位置ぐらいは調べてあるようで、この場の三国の位置もそこには載っている。

 七龍帝国は山梨、くじら王国は埼玉で、エチゼン魔法王国は群馬の位置に存在する。

 これは都道府県一つ一つに一国があるということだろうか?

 そしてエチゼン魔法王国が東京である神国アマチカに来るには埼玉を拠点とするくじら王国を通るのが早いが、さすがに目の前のやり取りを見れば、くじら王国が魔法王国の軍を素直に通そうとするとは思えなかった。

 ならば魔法王国がここに来るには、栃木茨木千葉を通る形で大回りするしかないのだ。

(たぶん千葉側から来たんだよな……)

 私が双魚宮様の部隊を山梨、埼玉、千葉方面に向かわせたとき(横浜側は殺人機械が出現する側だったので無視した)、私は千葉側からは千葉を拠点とする国が来るものだと思っていた。

 それが来ておらず、遠方の魔法王国と遭遇した。

 謎だった。

 そもそも、三ヶ国から許可をとって大回りするよりも、くじら王国から許可を取った方が早いし安全だ。

 東京エリアで火事場泥棒を行うにしても、一国の軍よりも複数の軍で固まった方が殺人機械と交戦しても被害が少ないだろう。

 ただ、そもそもの話、他国の今の技術レベルで戦車に真正面から勝てるとは私は思わないが……。


 ――とはいえ、スキルなんてものがある世界だ。油断だけはしないように心がけているが……。


「はー。ま、隠すようなことでもないからいいけどね。ご存知の通り、エチゼン魔法王国はこのあたりの国とは不戦条約結んでるのよ。戦争したい私としては忌々しいけどね。で、くじら王国とも、七龍帝国とも、あなた達神国アマチカとも不戦条約は結んでいる。だからくじら王国を通らない形で、道だけ借りてぐるっと大回りしてきたのよ」

「おやおや、我がくじら王国を通ればよかったじゃないですか。通してあげましたよ」

「同じ目的で来てるくせによく言えるわね。取り分で揉めたでしょそしたら。それで坊や」

 満足した? という解答に私は「ありがとうございます。よくわかりました」と言葉を返す。

 不戦条約ね。ふぅん、確かに会議の前に見た限りでは一応結んでいた。

 ただ、条約があっても国が滅んだあとなら火事場泥棒はできるからな……あまりこの条約とやらも信用しない方が良さそうだ。

「終わった? もういいユーリくん? 本題を進めたいんだけど」

「双魚宮様、ありがとうございます。獅子宮様も」

「はッ、構わんぜ。この糞どもが隠してることを洗いざらい吐くように仕向けられるんなら俺はガキのお守りだってしてやるさ」

 好戦的な獅子宮様を横目に双魚宮様が冷や汗をかいている。

 ただ、この元気すぎる枢機卿猊下は神国アマチカの軍は元気だぞ、と周辺国に示すためにこの場にいるから仕事をしていると言えばしているのだ。

 双魚宮様が立ち上がる。

「それでは必要がなかったとはいえ、危急の際に援軍を送ってくれた貴国らの好意に女神アマチカは感謝の証として報酬のレシピを下賜される、とのことです」

 双魚宮様がパンパンと手を叩けば、黙って天幕の隅に控えていた文官たちがいくつかのレシピを記した手帳と、感謝状らしき文書らしきものを台に乗せて歩いてくる。

「それだけ? 式典とかしてもいいんだよ? ボク、アマチカの首都に行くの結構楽しみにしてたんだけどさ」

「馬鹿ですね。レシピをくれてやるから帰ってくれ、ということですよ。ま、こんな油臭い土地、請われても行きたくありませんけどね」

「王国の軍師は少し黙ったほうがいいわよ。そこのこわーい獅子宮くんが睨んでるから」

 他国の将軍たちは双魚宮が差し出すそれをおざなりな礼をして受け取っていく。

「ちッ、舐められてやがるな。双魚宮の奴、普段どんな外交してやがんだ」

 ぼそりと小声で言う獅子宮様。だいぶ苛ついているようで、不機嫌そうな顔を隠しもしない。

 とはいえ外交のログを見ればだいぶ前から神国アマチカは援軍要請や交易で他国にボッたくられているからなぁ。

(軍が弱いからだな……これも課題か)

 ついでに、就職先は双魚宮様以外のところがいいな、と頭に刻んでおく。

 私が成人するまでに国が良くなっていれば検討するかもしれないが……。

「人が多すぎるぜ。クソ……帰りてぇ……」

 獅子宮様の意外な言葉に私は驚く。よくよく見れば獅子宮様はここが戦場であるかのように緊張を保っていた。

 確かに天幕の外はざわついている。人は多い。

 獅子宮様と巨蟹宮様の軍が総勢2200(治療しきれなかった負傷兵を帰してその数だ)。

 七龍帝国の十二龍師が一人、武龍天様が率いる帝国の精兵、山岳斧兵1000。

 くじら王国の地霊十二球が一人、軍師アンコウ様が率いる王国騎馬大隊1200。

 エチゼン魔法王国の十二魔元帥が一人、雷魔様が率いる雷光魔法大隊800。

 総勢5000を超える大部隊がここにいる。天幕越しでも人の圧力が伝わってくるのだ。

 だが獅子宮様は機嫌悪そうに、私にだけ聞こえるように呟いた。

「大規模襲撃の直後でよかったなガキ……国境沿いとはいえここも廃都のエリアだ。普段の廃都にこんな大人数がいればよ、殺人機械に見つかって、数分とかからず亡霊戦車がわんさかやってきて皆殺しだぜ皆殺し」

「これだけいても、ですか?」

「当たり前だろうが、倒す手段は見つかったが、ありゃちゃんと罠仕掛けてたからだな。平地で遭遇すりゃ人間なんてただの肉だよ肉。ったく、こんなところにいたくねぇぜ。大規模襲撃は終わったんだ。こんなくだらねぇことしてねぇで俺は早く兵を家に帰してやりてぇぜ」

 なるほど、勉強になります、と頷きながら私は処女宮様に壁の建設や防衛施設を増設した方がいいと忠告しておくことにする。

 他国の軍を見て思ったが、やはり東京に出現するモンスターは他国より圧倒的に強い。

 我が国の中にいる『鑑定』スキル持ちがすでに他国の兵のスペックは丸裸にしている。

 兵のレベル(・・・)はともかく、武具の質はそう変わらなかった。


 ――清掃機械が1000もいれば彼らは皆殺しにされるだろうな。


 兵と同じ数の清掃機械と防衛施設なしの平地で戦えば殺人機械慣れしている獅子宮様の部隊ですらろくに倒せずに壊滅するのだ。

 大規模襲撃を乗り切れたのは徹底的に正面から戦わなかったからに過ぎない。

 そして今回の戦法で乗り切れたが、大規模襲撃で出現する敵が強くなればそれだって無理になるかもしれない。

 早く国土の防衛は殺人機械に押し付けられるようにして、我が国は五年後の大規模襲撃に備えた方がよさそうだった。



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