表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
224/224

224 前夜 その7


 部屋の外から花火を打ち上げる音が聞こえてくる。歓声。ざわめき。これは富の音だ。私が記憶を取り戻したときの神国では聞こえなかった音。

 しかし裕福になっても問題はなくならない。できることが増えた分、対処しなければならない敵が増えている。


 ――そしてそれは今は敵対していない相手も……。


 暫く私と処女宮様は黙っていたが、処女宮様が口を開く。

「それで、センリョウのことだけど……どうしてこんな時期に連れてきたの? 帝国っていう不安要素があるのに。あんな危険人物」

「どうして、ですか? 彼に援助、というより貿易のためですよ。それに彼は問題を起こしません。一度起こしましたからね。二度目はありませんよ」

 仮にも君主なのだ。分別ぐらいはあるだろう。

 しかし分別がないようだったら、評価をし直さなければならない。

 そもそも道端の喧嘩ならばともかく、神国内部で問題を起こせば私でも庇えなくなることはセンリョウ様もわかっているだろう。

(ただ、人間は何をするかわからないからな。それでも問題を起こし、独力で切り抜けられるのならそれはそれでセンリョウという人物を更に評価せざるを得ないが……)

 そんな私の考えを知らずに、処女宮様は私に言う。

「貿易って――護法曼荼羅って四国でしょ? 情報を見たけどこっちが欲しいものといったら木材ぐらいしかないのに? 質はいいみたいだけどさ。木材なんかニャンタジーランドでも手に入るじゃん」

「量はともかく質は土地で変わりますよ。木材の質だけで言うなら四国産の方がもの(・・)がいいですね。ニャンタジーランドのものでもランクが高いものは魔物の属性が強いですから、純粋に大型船の素材として四国から木材を輸入するのは有り(・・)です。もちろん最終的な判断はおまかせしますが」

 魔物の素材は武器としてならともかく、建材としてはあまり適さない。

 生体としての属性があるからか、高レアリティ作成レシピの要求水準を満たさないこともあるのだ。

 だから護法曼荼羅との貿易が叶うなら、あちらで船を作ってもらってこちらで購入するのが一番だろう。

 君主がふらっと遊びにこれるように、造船技術も操船技術も高いと見える。よほどの自信がなければああいうことはできない。

 そしてこちらも船を買うだけなら、その分の人員を別の方向に向けられる。

 造船技術の育成には人材もコストも必要だ。

 自分のところで何もかも賄おうとするのは無茶が多い。いずれうちでもやれるようにするとしても、今他国がやってくれるならそれがいい。

 しかし、私の答えを聞いた処女宮様は違う違うと首を振った。

「……あーそうじゃないそうじゃない。言いたいことは違うんだよユーリくん。君主を殺した……転生者なのよ? 彼は」

「そうですけど、それが何か問題ですか?」

「いや、問題でしょ」

「問題? 何が?」

 何って、と処女宮様は困惑した表情で私を見た。

「君主殺しよ? 一般の転生者の癖して。私を……殺すんじゃ」

君主殺し(・・・・)というだけならただの人殺しでしょう? そういう意味でなら私も処女宮様も変わりありませんよ」

「えっと……? どういう、意味?」

 人間を殺すという意味でなら、我々も変わりがない。

 そもそもこの世界の生命の発生を考えれば魔物も人間も――いや、考えるのはやめておこう。憂鬱になる。

「あー、つまりですね。君主殺しというだけで危険視するのは意味がない、ということですよ。彼はすでに君主の座を手に入れています。そしてその彼が処女宮様を殺したところで意味はありません。我々が国主である鯨波や女帝イージスを殺さないのと同じ理由です。国土を奪うためには正当性が必要ですし、そもそも雷神スライムのいる大聖堂から神国の玉璽を手に入れるのが不可能ですしね。つまり我々がセンリョウ様を危険視する要因は何一つありません」

 それに、こうして神国に君主一人で乗り込んできたあの男の度量と人間性を考えれば、そういった手段を取らないことは十分にわかる。

「それと一応、私の方でも彼について調べました。もともとセンリョウ様は護法曼荼羅所属だったわけではなかったようですね。つまり部下として君主の寝首をかいた、というわけではない。裏切りを行った人間ではないということです。信頼しても大丈夫ですよ」

 あのように芯の通った性格だからその辺りは本当に心配しなくていい。

 裏切るときは裏切ると宣言するような人間だろう。

(それに、センリョウ様に関して恐れるなら君主殺しという部分じゃない)

 センリョウ様は護法曼荼羅の()にいながら内側を掌握し、二ヶ国分の玉璽を確保してから(一つは破壊している)四国会合に乗り込んで君主を殺し、そのあと国土を確保している。

 怖いという意味ならそちらの方が怖い。許したとはいえ私も教区の国民を一人引き抜かれている。

 毘沙門天様が従うように、人が従いたくなるような、ある種の魅力があるのだろうあの方には。

 私など、使徒という身分がなければ誰も従ってはくれないのだから。何もない場所から物事を作れるああいう人物には敵わないと意識させられる。

「ふーん、ユーリくんがそういうなら、安全ってことなのかな?」

 私を信用していいか悪いかわからないという顔をする処女宮様。そんな彼女に私は言ってやる。

「いいえ、警戒はするべきでしょう。彼が貿易をしたがっているのは私であって、神国ではないようですから」

「へぇ……ふーん……」

 悪い顔をする処女宮様に私としても、私の身の潔白を証明するために言っておく。

「センリョウ様には最初に会ったとき、処女宮様を殺して私が国主になるように勧められましたよ。断りましたが」

「……ふーん、そうなんだ。ユーリくんが私を殺せるわけないのにね。馬鹿な奴」

 だが、処女宮様は逆にそれで安心したようだった。

 この人は、状況がわからないとどうしていいかわからなくて対処を迷う。

 だから、はっきりと相手が何者かと教えれば自分なりに対策を巡らせることができるのだ。

 処女宮様は自分を殺せといったセンリョウ様となぜ私が関係を持ちたがるのか考え、頷いた。

「ああ、わかった。つまりユーリくんはセンリョウをミカドの抑えに使いたいのか」

「センリョウ様にはミカドも彼を利用するために接触するでしょうから。こちらも近づく方が良いと私は判断しました」

 センリョウ様はミカドは信用できないと言っていたが、人間は状況が悪化するとどのような妖しい誘いも受け入れてしまう。

 神国が格別正しいだとか良いだとかそういうわけではないが、二種類の選択肢があればまだマシだとセンリョウ様もこちらを選ぶだろう、というのが私の判断だ。

(人間の悪いクセだが、自分たちが相手より優れていると勘違いして、相手が無条件で自分の申し出を受け入れるとは思わない方がいい)

 主観とは歪むものだ。加えて我々は護法曼荼羅を直接自分の目で見たわけではない。

 近畿連合経由で諜報を移動させて情報を得てはいるがそれも完全ではない。

 毘沙門天様やセンリョウ様のレベルは確認しているが、護法曼荼羅が我々が思う以上の強国である可能性は否定できない。

 加えて我々が考える以上に、センリョウ様もまたこちらを値踏みしているだろう。

 下手をすれば神門幕府の方がマシだと思われる危険性もあるのだ。弱みは見せない方がいい。

 そういう意味で今回の帝国のテロをうまく対処できれば、我が国の力を彼に見せつけることができるだろう。

「なんですか?」

 気づけば、処女宮様が私の顔に自身の顔を近づけ、じっくりと私の顔を眺めていた。

「んー、なんでもない。ユーリくんってちゃんと食べてる?」

「食べてますし、寝てますよ」

「そ、よかった」


 ――カーテン越しに、花火の光が見えた。



                ◇◆◇◆◇


 女帝イージスはゆったりとしたソファーに背を預けながらホテルが差し入れた食事に口をつけた。

 ニャンタジーランド教区の料理を神国風にアレンジした料理だ。

「美味いが……嫌味だな。以前だったら帝国風の料理を出していたぞここは」

 鶏の骨を皿の上に放り投げながら、女帝イージスは護衛についてきてきていた十二龍師の一人に問いかける。

「で、どうだ?」

「うまくやっているようです」

 闇刃龍(あんじんりゅう)。帝国の諜報部隊をまとめる男はゆっくりと頷きながら「ただ」と言った。

「ただ、なんだ?」

「『鷹の目(ホークアイ)』の活動が確認されています。神国に取り込まれているようですね」

「鷹の目……どこかで聞いたような名だが」

 インターフェースに目を向ける女帝を見ながら闇刃龍は静かに「うちで腕利きだった諜報兵ですよ。教導もやっていました」と教えればイージスも鷹の目バリーの情報を見つけたのか、ああ、と頷いた。

「優秀だろうが、兵一人で動くような状況でもあるまい」

「だといいですが……」

 心配そうな闇刃龍は、視線を部屋の内部に向けた。諜報兵を探すために一度槍で全ての空間を突いた後の部屋だ。

 何も出てこなかったことが逆に気にかかっている。

「神国の聞き耳(・・・)がないことが不安ですね」

 以前の神国ならば隠蔽で隠れていた諜報兵の一人か二人死体になって出てきて、馬鹿なことをしていると闇刃龍を安心させてくれたものだがそれがない。

 何か確信があって動いているのか。それとも遠方からこちらの会話を聞いているのか。

 部屋は探しているし、防諜用のスキルも使っているが闇刃龍は不安だった。

 女帝が決死の表情で頼むからこんな馬鹿なことに協力しているのだが……。

「今回はあまり神国を舐めない方がよさそうですよ」

 そんな闇刃龍に女帝イージスは言う。

「舐めてたら、こんなところに私はいないよ」

 つまらなそうな顔で言う女帝の緊張感を見て取って、闇刃龍もまた覚悟した表情で頷くのだった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
お読みいただき有難うございます
気に入ってくれた方はブックマーク評価感想をいただけると嬉しいです

Twitterで作品の更新情報など呟いております
私のついったーです。
― 新着の感想 ―
[良い点] マジで5回は読み返しました、俺の中で世界で1番面白い小説はこれです。 [一言] 更新を待っています。
[一言] Twitterの方は今でも更新してて、他の作品を書いてるらしいところを見ると、この作品の続きは望み薄かな 書籍化まではいってほしかった悲しみ
[気になる点] あー、2年以上更新無しなのか…見落としたわ せめてキリのいい所までやって欲しいモンだな
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ