表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
181/224

181 旧茨城領域征伐 その4


 ――戦術眼とは、つまるところ敵が嫌がるところを察する能力に尽きる。


 地形を見ることは大事だろう。兵の機微を察することも大事かもしれない。

 だが結局のところ、どれだけ味方に楽をさせられるか、どれだけ敵に血を流させるかの能力だ。

 戦術眼の本質とは。


 ――そういう意味では、敵の大将は十分に大将たる能力を備えていたと言っていいだろう。


 教区軍とオーガ軍の戦いは、敵の大将、レベル80のグレーターサイクロプスによる骨の大槍による氷壁の破壊から始められた。

「炎が氷に燃え移った!? 油でも撒いて――いや、あれは呪い(・・)の炎よ……!!」

 早朝会議の場を轟音において中断させた骨の大槍を確認した炎魔様は、すぐに炎の本質を見抜き、叫ぶ。

 報告を聞いた瞬間に私は「神官を動かせ! 消化は水ではなく解呪を! 急いで!!」と命令していた。

 それだけではない。すぐに周囲の将たちに指示を出す。

「バーディ、鳥人部隊に命令して敵の迎撃を。氷壁形成用の水は流さなくていいです。全力で迎撃を」「はい! いきます!!」「氷壁はベーアンが補修部材で補修してください。氷結蟹を千体使っていいです」「りょ、了解です!!」「ドッグワン、白兵戦準備、それと負傷者を確認して収容」「了解! やります!!」「ウルファン、君は氷壁の上から敵を迎撃だ。投石や死体を投げてくるだろうから注意しろよ!」「わかりましたっス!!」「シザース様、神官部隊もすぐに迎撃に。さっきの策はもうやめていいです。破綻しました。全力での迎撃を」「了解です! ユーリ様!」

 駆けていく全員に向かって私は叫ぶ。

「総員来ますよ! 敵の全力突撃が来ます!! 全力で防いでください!!」

 私の計画は破壊された。それは当たり前の話だ。

 こちらから氷壁に弱所を作るのと、相手に作られるのでは全く意味合いが違う。戦場の主導権(イニシアチブ)を取られてしまっている。

 こちらが対処に回る側になる……!!


 ――反省しろ! 私よ、勝ちすぎて、敵を舐めていたかッ!!


「ユーリ、私も出るわよ」

 炎魔様が飛行杖を手に空へと向かっていく。

「炎魔様、骨の槍に気をつけて! 撃ち落とさないでそのまま避けてください!! あれは防げません!!」

 わかってるとばかりに後ろ手で手を振られる。

 あの槍はみたが、どうやっても防げない。槍単体ならば物理耐性を高めることで防げるだろうが、呪炎の属性が厄介だった。ここには炎耐性は持ってきていない。付与用の宝石は持ってきているが、それだって全軍には行き渡らない。

 そこまでの装備の余裕はない。地形における耐氷耐性しかない。

 しかし、兵の動きが悪い。なぜだ……インターフェースを開く。『呪い』による身体能力低下だと……!? オーガは呪いを使うのか!?

「待て、総員! 『解呪』を!! 呪いのバッドステータスです!! 身体能力の低下が起きています!!」

 傍にいた『拡声』スキル持ちの兵の背に手を当て、円環法の応用でスキルを使わせてもらう。

 心底、神官持ちで固めてよかったと思った瞬間だった。恐るべきことに、生物であるマジックターミナルにも呪いがかかっていた。

 いつもと同じ感覚で魔法を撃っていたら恐らく敵を殺しきれなかっただろう。


 ――だが、私が対処すると同時に、敵もまた動いている。


「敵! 動きました! 雪が消えています!! すごい速度で駆けてきます!!」

 解呪を行っている兵たちが叫ぶ。私が宙に浮かべているインターフェース上では、ただの平原となった城塞と砦の間を、ぶち抜かれた穴に向けて駆けてくるゴブリンやコボルド、オーガの部隊が見える。やばいやばいやばいまずい!!

 呪いの対処に手を取られていた。こんなことなら拠点設営や睡眠よりも優先して氷壁にマジックターミナルを埋める作業を――いや、それではこの迎撃に対して兵の体調が万全には――くそ、私がやるしかない。

「そこの神官部隊! こっちに集まれ!!」

 氷壁に向かって走っていく。手近にいた神官部隊に対して私は叫ぶ。

 百名ほどだ。手の内を一つ明かすことになる。ボス個体が攻めてきたときに使おうと思っていた手を……!!

 ぞろぞろと私に向かってくる兵集団に向けて私は命令する。

「全員、手をつないで集中法! 円にならなくていい! 急いでッ!!」

 私が叫べば、慌てた彼らが手をつないで集中法に入る。「SP借ります! 強引に行きますよ!!」私も集中法に入り、インターフェース情報から地形を把握、SPの海に漂う彼らの中からSPを無理やりに引き出し、地面に流す――早く、早く!――敵軍先鋒の足元を還元! 還元! 還元!!

 歓声が氷壁の上より聞こえてくる。

「敵軍先鋒! 急な陥没で落下しました!!」

 だがこれだけでは意味がない。円環法の接続を一端切る。

「君たち! SP回復早く!!」

 強引にやりすぎてSP枯渇に入った百人の神官部隊に命じれば、彼らは疲れながらも必死に腰のポーチからSP回復用のポーションを取り出していく。

 間に合わない(・・・・・・)。インターフェースを見たが、氷壁の破壊を見て勢いづいた敵軍が恐ろしい勢いで迫ってくる。

 落とした連中なんてせいぜい三百名程度だ。敵軍は三万以上もいるんだぞ――しかもただ落としただけで地面の下に槍も何も用意していない。落ちた後続によって潰された個体もいるだろうが――いや、奴ら、穴に落ちた同胞で穴を埋めてその上を駆けてきている? それに、まずい――氷壁の穴に殺到してくる。

 バーディや炎魔様、ウルファンたちが押し留めようとするが踏み込まれる。氷結蟹とドッグワンの部隊が剣や槍を手に、立ちふさがる。

 雷神スライムを出すか……!? いや、だが、あれまで出したら、ボスを殺す手段がなくなる。あれの攻撃手段は雷属性だけだ。円環法による地形変化を晒してしまった以上、表には出せない。温存しなければならない。

 轟音、動きだした戦車砲による迎撃が始まった。一部を壁上に上げた氷結蟹たちも抗戦している。

 目の前の神官兵百人を見る。SP回復はまだか――だが新しい部隊を次々と呼び寄せるのもまずい。

 こんな乱暴な方法をしたら兵の心身がおかしくなるからだ。とりあえず、この場は彼らに犠牲になってもらって凌ぐ――!! 「回復終わりましたッ!!」「これが終わったら休息を与えます! 耐えてッ!!」

 集中法――敵の地面の下を還元! 還元!! 還元!!


                ◇◆◇◆◇


「はは、どうあっても私の戦争はこうなるわけね」

 モンスターというものを焼いて終わらせるだけと思っていた炎魔だが、目の前の敵の大軍を見ればその認識は変わってくる。

 大規模襲撃も恐らくこうなるのだろう。きちんとした対モンスター戦術を練らないと祖国さえも危ういと思えるほどの攻勢。

 とくに最初の身体能力低下の呪術はまずかった。神国が呪いを使うから今ではわかるが、スキル封じの呪いもあるのだ。

 解呪方法がわからない場合、そのまま魔法さえも封じられるかもしれないという危機感が出てくる。

 炎魔は炎の塊を生み出して地上のモンスターを燃やしていく。歯噛みする。技術ツリーによる威力補正があればもっと燃やせただろうに、火力が足りない。オーガの体力が高すぎる。魔法一発では生き残る個体が多い。

 眼下を埋め尽くす巨大な鬼人族の群れ。群れ。群れ。見渡す限りのオーガたち。


 ――そして地上では氷壁にオーガたちが取り付き始めている。


 氷壁に取り付けるということは氷耐性装備か? ――いや、昨日よりも動きが良い。恐らく戦略魔法か、戦略呪術か。身体能力を上昇させて自己回復パッシブスキルで体温の低下によるHP減少に耐えているのだ。

 彼らは鉄でできた巨大なハンマーを振り回して氷壁を砕こうとしている。

 迎撃の魔法や矢が突き刺さり、何体も、何十体も、何百体も死んでいくがその勢いは衰えない。

 またオーガの背にオーガが乗って、を繰り返して氷壁を乗り越えようとする個体もいる。オーガの死体や生きたゴブリンが投げ込まれ、狼族の兵士が潰される。死んではいないが、それで防衛に穴があきそうになる。

 最初の呪術と氷壁に穴を開けられたことでこちらのペースを崩された。本来はこうされないために敵軍が進軍したら次々と撃破するはずだったのに、敵を減らせないままに氷壁に取りつかれてしまっている。

 相性も悪い。炎魔も氷壁側の援護をしたいが炎の魔法では氷壁を溶かすだけだ。ゆえに後続の部隊長らしき個体を狙って――「炎魔様! 危ない!!」

 炎魔の眼前に剛弓によって引かれた矢が当たりそうになるも、炎魔の身体に触れようとしたところで自動展開された炎の壁に燃やし尽くされた。

 SSR『獄炎魔導士』のパッシブアビリティ『自動障壁(炎)』だ。SPを相応に消費して攻撃を自動で防御するアビリティである。

「耐炎耐性付与済みの矢じゃなくてよかったわね」

 属性付与があったなら炎の自動障壁を貫かれ、炎魔の低いHPなら死んでいただろう。いや、落ちてオーガに踏み潰されて死ぬのだろうか?

 炎魔は鋭く矢が飛んできた方向を睨む。

 遠目に見えるのはユニーク個体らしきオーガの将軍だ。

 炎魔を厄介と見て落としに来ているのだろう。こちらの障壁に関しても気にせず次々と矢が飛んでくる。

 正しい、SPを代償として発動する自動障壁を封じるなら物量をぶつけてSPを枯渇させるのが一番速い。

 炎魔が杖を振るって矢を迎撃しつつ、眼下のオーガたちを焼いていく。

「バーディ! 私、あれを相手にするから!!」

 それだけを言って炎魔は鳥人部隊から離れ、敵の将軍に向かって飛んでいく。

 このユニーク個体の流れ矢が鳥人部隊に当たっても問題だ。ユニーク個体以外のオーガからも矢は放たれているのだから。

 鳥人たちがいくら物理耐性の豊富な防具をつけていても、下手をすれば体力を削られて落とされる。


                ◇◆◇◆◇


「気合入れろ! 獣人の意地を見せろ! 犬族や鳥族に負けんなよ!!」

 まるで大規模襲撃だ。

 渡されたマジックターミナルなど絶対に使わないと思っていたウルファンだが、腰にくくりつけたマジックターミナルからは狙いをつけずとも大規模な魔法が展開されて勝手に敵を狙って攻撃してくれている(スマホ魔法に偽装させるために軍では狙い撃つという動作を義務化されているがそんな暇はない)。手が足りないこの窮地に非常に助かっている。

「ウルファン様! 左側、櫓を組まれようと!!」

「わかってる!」

 弓を撃ちながら報告してくる兵の言葉よりも早くウルファンは視界の端で土台のオーガの上に乗ってこちらに跳躍で飛んでこようとしてくるオーガの眼球を狙い撃つ。

 一撃で殺せずとも弓に付与された『ノックバックⅢ』がオーガの巨体をふっとばした。

 平地を埋め尽くす同族たちの上に落ちたそのオーガはそのまま飲み込まれ、踏み潰されていく。

「地獄じゃねぇか……」

 呟きながらもウルファンは次々と弓を放っていく。

 ウルファンにはこのままでは氷壁が崩れるという不安があった。迎撃が間に合わない。氷壁にはオーガの部隊によって鉄製ハンマーを叩きつけられている。

 地上では水が掛けられ、氷魔法による氷結による補修が行われているが、それよりも破壊する速度の方が速いように思われる。

 体力に不安はない。矢も十分にある。だが、だが――放ちすぎたために血に濡れる弦が眼に入る。

 常に弓を撃ち続けているために指から出た出血が弦に垂れている。もっともこの傷は複数持たされているマジックターミナルの一つが回復魔法で癒やしてくれている。怪我はもうない。

 あまり持たされると重くなるからマジックターミナルは好きではなかったが、こうも役に立つのならば今後も頼っていきたい。

 今後があれば、だ。ウルファンは必死で迎撃をしながら、根本的にどうにもならないのでは、という思いが広がっていく。

(ユーリ様だけでも逃がすべきじゃねぇのか?)

 氷壁の下で轟音が響いた。隷属戦車による砲撃だ。銃座から放たれた砲弾によって、一直線に血飛沫と肉が弾けているが、その血もすぐに埋まっていく。戦車に備え付けられた凄まじい機銃の音も止まらない。

 昨晩はあれだけ頼もしかった隷属戦車だが、この物量では全く効いている様子が見えない。いや、効いているのだろうが、敵の物量の方が圧倒的に多い。

「おい、ユーリ様は何やってる!!」

 円環法による陥没の援護は止まっていた。部隊が疲れてしまったのか、それとも陥没させるべき地面が消え去ったか。地上はオーガだらけだ。地面など見えない。

 振り返って聞こうとすれば、拠点内部に何かが建造されるのが見えた。神殿だ。神殿が作成されていた。傍にはユーリの姿。なんだ? 神頼みか? いや、今なら女神アマチカの奇跡を祈るしかないのかもしれない。敵軍がこのまま消え去ってくれたらそれは嬉しい。

 瞬間、十二剣獣であるウルファンの権能『戦場俯瞰』に情報が表示された。


 ――使徒ユーリによって中級神殿が作成されました。

 ――開発済み技術ツリーより技術適用の申請を確認。神国アマチカ固有技術『大聖域』。効果範囲内の敵対勢力による『呪い』を破壊します。

 ――敵対勢力による戦略呪術のカウントストップを確認。『ランダム即死の呪い』『衰退の呪い』『病魔の呪い』の発動カウントを停止、破壊します。

 ――開発済み技術ツリーより技術適用の申請を確認。神国アマチカ固有技術『再征服(レコンキスタ)』。

 ――『再征服』による現在地点の解析が行われます。モンスター勢力に滅ぼされた人類国家領域と認定。臨時拠点化可能地域です。都市用(シティ)発電機(ジェネレーター)が設置可能になりました。

 ――発電機が作成、設置されました。


「総員! スマホパッシブを発動しろ!! ユーリ様より使用可能命令が出た!!」

 氷壁の下の神国人より『拡声』スキルによる命令が届く。

 電力消費を抑えるために使うな、と言われていたそれを全員がすぐさま起動していく。

 全身に力が(みなぎ)ってくる。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
お読みいただき有難うございます
気に入ってくれた方はブックマーク評価感想をいただけると嬉しいです

Twitterで作品の更新情報など呟いております
私のついったーです。
― 新着の感想 ―
[気になる点] 円環使うなら、氷壁の穴のところを土壁で埋めれば良かったんじゃ…?
[良い点] アツい展開。 [一言] 面白い。
[良い点] いつだって苦労もなしに俺TUEEできるわけではないのです。 良い展開ですね。 それにしても、やっぱり空白地域のモンスターは強かった。人間を滅ぼしただけはありますな。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ