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018 大規模襲撃その5


「おいおい、本当にここで待機でいいのかよ」

獅子宮(レオ)、女神の指示ですよ。従いましょう」

 全身が筋肉で覆われた、戦意といらつきに満ちた青年である獅子宮。

 優男風の外見ながらも立ち居振る舞いに隙のない巨蟹宮(キャンサー)

 彼らと彼らの使徒は、殺人機械たちから見つからない離れた位置に合計3000の兵を率いて待機していた。

 いつもの廃墟探索ならばこのあたりにも殺人機械がうじゃうじゃと獲物を探してうろうろしているが、大規模襲撃のためなのか、殺人機械たちは大群となって、陽動である人馬宮(サジタリウス)の部隊を追っていた。

 ゆえにこのあたりには偵察鼠がいるぐらいだった。それも見つければすぐに獅子宮たちは潰しにかかるが。

「それで今後ですが……」

「ああ、女神の指示待ちだがよ……ちッ、まだかよ」

 現在、廃ビルの一室を臨時拠点として獅子宮と巨蟹宮は話し合いをしていた。

 彼らの使徒たちは参加していない。部隊で治療や補給などの細かい指示を行っている。

 普段の獅子宮たちの会議は違う。使徒や兵を交え、彼ら自身で戦い方を模索していた。

 だが、今回は十二天座である二人だけの会議だ。

 それは普段送られてこない、()に直接送られる女神の勅命があるためだ。

 女神の指示には不明瞭なものが多い。トップである二人にもわからないのだ。兵たちを不安にさせないためにも二人は兵のいない場所で話す必要があった。

「くそッ、もう街がいくつも落ちてるじゃねぇか!!」

 軍を司る彼らに与えられている権能『戦場俯瞰』によって大規模襲撃の全体図は理解できている。

 探索済みマップをウィンドウとして可視化させる『戦場俯瞰』は現状のまずさを彼らに十二分に伝えてくれた。

「落ち着いてください。我々が行ったところで間に合いませんでしたよ。それに装備の修理に兵の治療、我々の体力の回復も必要でした。減った兵の補充もです。女神の指示で金牛宮(タウロス)の兵を回していただきましたしね」

 金牛宮の兵とは合流していた。さらにマップでは食料や武器を満載した白羊宮の使徒の部隊が、二人が待機している地点を目指して走ってきている。

「だが敵が首都に迫ってきてんだぞ……女神は何を考えてやがる……」

「何をって、獅子宮はわからないのですか?」

 ああ? と巨蟹宮を見る獅子宮。共に軍部としてこの理不尽な東京を探索してきた仲間だ。

 お互い信頼しあっている。それでも獅子宮は巨蟹宮の冷静さにいらついていた。

「女神は我々を温存(・・)してるんですよ。見てください。首都に迫っている殺人機械どもは人馬宮(サジタリウス)の部隊によって引き離されていっています。もちろん亡霊戦車は倒せません。ですが、戦車が引き連れている殺人ドローンと清掃機械は道中の廃ビルに隠れた磨羯宮(カプリコーン)の部隊によって倒されています」

 地図では確かにそのように動きがある。とても単純で、なぜ今までそれを行えていなかったのか不思議なぐらいに簡単に倒せていた。

 二人ともそれを口に出すことはないが。

「ただ、誘いに乗らずに首都に向かっている殺人ドローンや清掃機械もあります。ですが戦車がなければコンクリートの防壁を彼らは抜けません。防壁の上に待機している防衛部隊が弓や魔法で攻撃すれば殲滅できるでしょうね」

「だが、人馬宮の部隊も被害が大きいぞ。いつまでも耐えられるはずがねぇだろう」

 いらついたのか獅子宮が壁を殴れば馬鹿力によってコンクリートの壁が大きく揺れた。ぱらぱらと埃が落ちてきて巨蟹宮は迷惑そうな顔をした。

宝瓶宮(アクエリウス)が妨害用の施設を作っています。それが完成次第、女神は施設を利用して反撃するつもりではないですか?」

「そうだといいが……五年前と同じなら、もう少し時間が経てば敵の増援が来るぜ? 人馬宮だって増えた戦車を引きつけ続けるなんて無理だろう」

「そうですね……ですが、勝てますか? 亡霊戦車に。前回と我々は変わっていないんですよ?」

「だからッ! 俺は軍事技術を進めろって散々意見したんだよッッ!!」

 もう一度がつんと獅子宮は壁を殴りつけた。

 獅子宮のいらだちはもっともだった。

 だが巨蟹宮は一概に宝瓶宮たちを責めることはできないとも思っている。

 この東京エリアは他のエリアと違う。国民全員の腹を満たすだけの食料を採取や狩猟で手に入れることはできない。

 国民を餓死させないためにも農業技術の発達は急務だった。

 女神もそのために農業技術に力を注ぎ続けていた。

 けれど、獅子宮の言っている言葉も間違いではない。

 せめて外敵をはねのけられるだけの軍事技術は必要だった。


 ――それだけの余力はなかったにしても、せめて鋼鉄を神国アマチカで生産できれば……。


 二人が思い悩んでいれば、軍にも数少ない鋼鉄の槍を持った青年が部屋に駆け込んでくる。

 獅子宮の使徒だった。

「獅子宮様! 巨蟹宮様!!」

「なんだぁ!! 敵かッ!! 敵が来たかッ!!」

「来てませんよ。権能でわかるでしょうに。それで、なんです?」

「は、はい! 見たほうが早いです! 来てください!!」

 使徒の顔は喜色に染まっていた。この絶望的な戦況を理解できていないわけがないだろうに、と枢機卿二人は首を傾げ、そしてその先で白羊宮の使徒が運んできた装備に目を輝かせることになる。

「なるほど、女神はこいつの完成を待ってたのか」

「これは、勝ちの目が出てきたかもしれませんね」

 砕けたアスファルトやコンクリートが転がる廃都に隠れ潜みながらも、希望の象徴たる『機動鎧』を受け取った神国アマチカの軍人たちは勝利の予感に背筋を震わせた。


                ◇◆◇◆◇


 勝てない(・・・・)かもしれない(・・・・・・)

 私は錬金術の使いすぎて疲れた身体を横たえ、SPを回復する効果のある貴重なポーションを飲みながら胃痛に呻いていた。

 作った胃薬は飲んだが効いているんだか効いていないんだかわからない。多くの人の生死を左右するストレスで私は気絶しそうだった。

「ゆ、ユーリ? 大丈夫?」

 倉庫の中は暗い。各所に吊るされたランタンがあるが薄暗い中で埃塗れのキリル少女が声を掛けてくる。

 汚れているが私も同じようなものだ。薬や油で身体が臭う。錬金で汚れを消滅させてもよかったがSPがもったいない。

(というか、SPであってたんだよな……)

 どうでもいいが、いつか暫定的に名付けたスキルを使うためのエネルギーはSPだった。インターフェースにはそう書かれていた。

 ちなみに私が眺めるインターフェースはキリル少女には見えないらしい。私は権能を与えられる前から見えていたがこれはどういうことなんだろうか――じゃなくて。


 ――そうじゃなくて……。


素材(・・)が足りない)

 鉄が欲しい。全然足りない。宝瓶宮(アクエリウス)の部隊が各所で妨害用の施設を作るのに使っているからしょうがなくもある。あるが……。

困ったぞ(・・・・)

 機動鎧を最優先で作成するための『低出力エンジン』のレシピを見つけるためにやたらと無駄なものを作ってしまった。

 それに作成効率を良くするためとはいえ、貴重な素材を消費してあれこれと知能やSPに補正をかけるための杖だのローブだのの装備品(・・・)も作ってしまった。

 神国アマチカは農業や牧畜以外にろくに力を入れていないために大量に素材が余っていたが、特定の素材、たとえば『鉄』や『油』や『木材』がガンガンと消費されていく。

 『ものひろい』で集めたんだろう、そこそこあったレア素材である『レアメタル』や、殺人ドローンのドロップでしか手に入らない『火薬』なんかはすでに払底しかけていた。

(まずい……まずいな)

 亡霊戦車を倒すためには戦車の装甲を抜いてダメージを与える対戦車ロケットを作る必要があった。

 だが、技術ツリーを進めて対戦車ロケットを作るために、いや、もちろん私は発想としてツリーを無視できるんだが、それが無視するわけにもいかなくて……。

 そう、そうなのだ、ツリーを無視して高度な技術を必要とする武器を作るためには、素材にある程度の目星をつける必要があった。

 鉄と火薬ではどう数を揃えても直接作成するのは無理だったのだ。

 そもそも鎧の製作に『セロハンテープ』を要求する頭の悪いスキルなんだぞこの錬金術とやらは。

 まとも(・・・)な素材を揃えたところで対戦車ロケットを作れる保証はない。

 だからこそツリーを進め、正規の手段で手に入る技術のレシピを手に入れる必要があった。

 この技術ツリー、推測したとおり、いくつかの技術を製作することで技術ツリーを進めると、ときおり技術の根幹となるレシピが手に入る。

 それはたとえば機械ツリー内の金属加工ツリーの『冶金技術Ⅱ』と植物ツリー内の燃料ツリー内にある『コークス』を製作することで金属素材ツリーの『鋼鉄』のレシピが手に入るといったように。


 ――技術ツリーは地図だ。


 作りたい技術に辿り着くための指針を知るための地図。文明の羅針盤。

 そう、これは文明そのものを圧縮した――たとえるなら、私が錬金術を使うときに接触(・・)するあの得体のしれない――頭を振る。この疲労度でそれを考えるな。

 ただ、今までの私はこのツリーを無視(・・)して直接作っていたが、それはこのツリーの存在を知らなかったからだ。

 知っているなら、関われるならこれを使った方が早くたどり着ける。

 だからこのツリーを進め、関連アイテムを作成し、先の技術を推測して素材を揃えようとしていた。

(本当はレシピをどこからか入手してくる必要があるんだろう……)

 対戦車ロケットがあるなら、『機動鎧』と同じく、その()がない技術だ。

 ただ、今それを探している余裕はない。素材に見当をつけて直接製作するしかない。

 だから私はあれこれと、それこそ倒れるまで錬金術を使った。

 結果わかったことは、対戦車ロケットは作れない、ということだったが。

 胃痛に呻く。


 ――素材も時間も圧倒的に足りない。


 私は軍事技術に全く詳しくないが、ロケットという単語から航空技術や宇宙開発の結果として、対戦車ロケットってのは生まれたんじゃないかと推測している。

 ミサイルはロケット技術の産物だからだ。だからたぶんそうなんじゃないかと思ってそのへんの技術を作ろうとした。

 当然ながら機械ツリーには航空機に関する技術もあって、まぁ、なんだ、テーブルを進めるには『鉄』や『アルミニウム』が足りない。足りないから集めようにも集める時間もないし、そもそもこの推測があっているのかもわからない。

 悩んで、苦しんで、吐きそうな顔をしていればキリル少女が「はい、お水。酷い顔してるわ」と私の頬を撫でてくれる。

「ユーリ、何を悩んでるのよ?」

 言ってみなさい、心配そうに言ってくれるキリル少女。

 渡された水を飲みながら私は、ありがとう、と再び横になってキリル少女の手を受け入れた。

 相手は六歳児だ。なのに優しくされると頼りたくなってくる。

(こうも追い詰められると、どうしようもなく私は凡人だと思い知らされる)

 本当の天才ならきっと、こういうときに革新的なアイディアで全てを華麗に終わらせるのだろう。

 だが私はそうではない。凡人だからだ。

 吐きそうだった。どうすれば解決できるのかわからないプロジェクトを任されたときと気分は全く同じだった。

 そして上位者が誰も頼れない以上、私が知恵を絞らなければならない。

 私はキリル少女に目を向ける。

 私を心配してくれるこの少女。友達なのだ。

(この娘を死なせるわけにはいかない……失敗するわけにはいかない)


 ――今回の相手は人間ではないのだから。


 殺人機械とブラック企業は違う。土下座しても相手は許してくれない。

 国の頂点の一人である処女宮様があれなのだ。私がどうにかしなければ皆が殺されてしまう。

(対戦車ロケットが無理なら……地雷か、それとも単純に戦車の装甲を抜ける近接武器を作って獅子宮様を突っ込ませるか?)

 どうだろう。人間をふっとばすだけの地雷を作るならたぶんそこまで難しくないだろうが、相手が戦車となると火薬のツリーを進める必要がある。

 黒色火薬で壊せる戦車なんて存在しないだろうしな。

 近接武器は……『槍術』だの『剣術』だのがある世界だ。可能性はあるかもしれない。ただ鋼鉄を越える素材を私は知らない。

 不幸中の幸いか、清掃機械と殺人ドローンのドロップである『鉄』や『火薬』は待てばここに届けてもらえるようにできる。

 だが、確実に作れるかわからないし、私がそれらを作る間に人馬宮様の部隊が壊滅しない保証がなかった。

(ああ、どうしよう。『ダイナマイト』でも作るか? たくさん作れば倒せるかもしれないぞ)

 運用は神風特攻の形になるが……だが国民全員が死ぬよりマシかもしれない。

 息を吐く。そろそろ決めなければ……とにかく火薬のツリーを進めてみるか?

 火薬を何かと錬金するとたいてい作ってない銃に対応する銃弾が作成できてしまうので控えていたが……。

 それに待っていれば、インターフェースに情報のあったモンスタードロップで入手できるレシピとやらも手に入るかもしれない。

「ユーリ? 大丈夫?」

 キリル少女が私を心配そうに見てくる。何も言わずに悩んでいる私に何度も声を掛けてくる。

 そう、そうだ。


 ――かもしれない(・・・・・・)かもしれない(・・・・・・)かもしれない(・・・・・・)


 かもしれない、ではダメなのだ。

 少なくとも勝算のある手を、今から打てる手を打たなければならない。

(戦車は、戦車だよな?)

 今私が見ているインターフェースに表示されている戦車は、私が生きていた頃の最新式の戦車なのか?

 第二次世界大戦とか、ああいう古い戦車である可能性――ではなく、私が生きていた頃よりもっと先の技術の、それこそ空を飛んだりする戦車である可能性はないか?

 マップを注視する。マップ上の戦車は飛んでいない。人馬宮をずっと追い回して飛んでいないからたぶん飛ばないんだろう。

 それなら、最低限の条件は満たせている。

(やるしかない……覚悟を決めろ)

 地雷という選択肢が出たときに頭に思い浮かんだものがあった。

 そしてそれをするなら、技術ツリーを進めることはできなかった。

 私たちのSPは有限で、私はその有限を駆使しなければならないからだ。

「キリル」

 私が声をかければ、キリル少女は嬉しそうに「なに? 言う気になった?」と笑ってくれる。

「力を貸してくれ」

 そして、それは「なんだかよくわからないけどユーリが困ってるならわかった」と頷いてくれたキリル少女だけではない。

「みんな! 聞いてくれ!!」

 立ち上がる。私の処女宮の使徒という肩書に従ってくれている生徒たちが私を見返してくる。

 そうだ。戦車を倒すには、今この倉庫にいる錬金術師たち、彼ら彼女ら全員の協力が必要だった。



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