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158 戦後処理 その9


「ユーリ様はお疲れではないのですか?」

 金牛宮(タウロス)様が統括する内政庁舎内に設置された人材調整部署にて、お借りしている内政官の方にそう問われて私は、はい? と問い返した。

「疲れてはないですけど……疲れてるように見えますか?」

 正直な所、気分はそんなに悪くない。

 キリルから貰った貝殻の首飾り(アクセサリ)はそこまでレアリティの高いものではなかったので『疲労軽減』の付与だけをして、身につけている。

 連合軍を退けて、指揮ボーナスで経験値を貰って、レベルも上がったし、むしろ以前より全然身体は動いていた。

「で、ですが、その、ユーリ様は激務ではないのですか?」

「激務、ですか?」

 言われても、その、こんなものは全然激務ではない。

 激務というのは終わるかわからない、できるかもわからない仕事を押し付けられて、そのうえで仕事を追加で与えられるような状況を言うのだと私は思っている。

 この作業だってほとんど私がコントロールしているようなものだ。

 処女宮様から権限を委譲されているインターフェースでは国内の人材の現在状況がわかるから、誰に何人借りればいいかは正確にわかる。

 建築作業などの業務で手間取るようなら私自身が向かえばいい、というか円環法を覚えたことで他人のスキル効果を間借りできるようになったから、本当に急ぎの仕事なら私がやってもいいぐらいだ。

 金牛宮様の使徒タイフーン様になってからここに持ち込まれた追加の仕事もそこまで多くないので、むしろなぜ仕事が溜まっていたのかが、わからないぐらいに()だった。

「激務ではないと?」

「はぁ、私は午前に学舎で授業を受けてますし、夜には寮に帰ってますから、むしろこの程度でいいのかと思っているぐらいです」

 決まっていることをやっているだけだから、心労はほとんどない。

 というかもともとこの人材調整だって、私にとっては、国家の戦略構想を練る片手間(・・・)にやっていた仕事なのだ。

 これをやっていると急にやりたいことを思いついても、他の枢機卿の方々に根回しをするついでに人を頼めるし。

 まぁ、今のところはやらなければならないことも進めているので暇をしているというわけではないけれど。

 ニャンタジーランド教区に向かってからじゃないと手を付けられないものも多いので、それらの用事もほとんど終わっていたが(最新版の地図の入手や、資材の搬入などの下準備を進めているところだ)。

 話しながら私はスマホに視線を落とした。メッセージが来ている。

「連絡が来ました。白羊宮(アリエス)様から人を借りられるそうです。代わりに円環法の指導をお願いされましたので今日はそちらに行ってきます」

 私が立ち上がれば、護衛の兵士の方が付き添ってくれる。

「それでは、また明日来ます。そろそろ引き継ぎが必要なのですが、後任の方は決まっていますか?」

「いえ……たぶんユーリ様がこのまま続投するのではないでしょうか?」

 続投、と聞いて、私は苦笑するしかない。

「本国の仕事とニャンタジーランド教区の指導を一緒は無理でしょう? 冗談はいいので真面目にお願いしますね」

 頭を下げて、執務室から私は出ていった。


                ◇◆◇◆◇


 金牛宮配下の『内政官』ペリウスはなんとも言えない表情で執務室から出ていく八歳児(ユーリ)を見送った。

「……冗談も何も……どうしろと言うのだ……」

 金牛宮から直々に任務を言い渡されるペリウスの位階(ジョブ)は『司祭』の位で、様々な資格も得ている高級官僚の一人だ。

 金牛宮の配下は、緊急時には兵として動くこともあるのでペリウスには百人程の部隊の指揮権限もあるし、実際に大規模襲撃では首都内部に入り込んだ自衛隊員ゾンビの討伐に動いたこともある。

 そのペリウスとしては、ユーリの後任という言葉に陰鬱な顔をするしかない。

 部屋の中でペリウスの部下がやってられないというように呟いた。

「誰がスマホひとつで白羊宮様の部下をお借りできる人間の後任をやりたがるんだ……」

「私もそう思ってるが、言うな」

 見た目が少女であっても、枢機卿としての白羊宮は気弱な少女などではない。

 千人以上の部下を統制する神に選ばれた十二人の枢機卿の一人だ。

 権威だけでもとんでもないが、実際の力も十分にある政治的な怪物の一人である。

 白羊宮の担当部署は、牧畜と輸送。

 つまり彼女は国内の道路や輸送関連を維持管理し、食料供給のほとんどを握り、神国の主力輸出商品の一つである高級食材の生産を一手に担う神国有数の有力者ということである。

 少女の外見をした化け物。使徒だって軽々しく会話などできない女傑であり、ペリウスが人を貸してくれなどとスマホで連絡したらおそらくその場で不敬罪を適用されてもおかしくないのだ。

 使徒タイフーンとて無能だったわけではない。

 ユーリがおかしいのだ。

 彼が左遷されたときに残した仕事は少なかったが、その全てが他の枢機卿や使徒から人材を借りることが前提の仕事だった。


 ――人を借りる。その難しさは並大抵のことではない。


 特にこの神国は人材不足だ。

 人を貸す側も、人を借りたいのだ。

 だから人を借りる約束を取り付けるのにも、数日、いや、十数日かかる場合もあるし、そもそも借りられないこともある。

 まず手紙を出し、会う約束を取り付け、失礼のないように準備をし、調整をし、ようやく手に入る人材も、前任者(ユーリ)の評判を聞いて依頼をしてきた部署が多く、分散して置かなければならなかった。

 それをして結果として全体の遅延を招いたことがあるし、そもそも適正のよくない業務に人を送ってしまったこともある。

 人が来ないと仕事が進まないから一人でもいいと言われて、すでにユーリが手配していた現場から人を引き抜いてしまったこともあった。

 結果として素人が手を出して、全体がめちゃくちゃになってしまったことは大失態として誰もが認めるところだった。

(神殿から人を引き抜いた間抜けは降格させたが……)

 結果としてそれが使徒タイフーンの命脈を断ち切ったことを考えれば降格でも安いぐらいだ。

 しかしユーリがニャンタジーランド教区に赴いたあとも、この仕事をしなければならないのならば、ペリウスはいっそ緊張感で死にたくなる(自殺は教義で禁止されているからできないが)。

 ユーリが数日手伝って、溜まっていた仕事は片付いたが次に赴任してくる人間はいったいどうするのか。

「おいおい、雰囲気が暗いぞ。なんだ? 使徒ユーリはいないのか?」

「金牛宮様……」

「なんだペリウス? 情けない顔をしてるな……どうした? 使徒ユーリにいじめられたか?」

 暗い顔をする部署の人間の前に、ペリウスの上司である金牛宮が現れた。


                ◇◆◇◆◇


「そ、その、いじめられたとかではなく」

「わかってるわかってる。使徒ユーリに人をいびる(・・・)趣味はないからな。あれはそういうことはしない人間だ」

 執務机の前に立った巨体の男、金牛宮は机の上の書類を眺め、減ったな(・・・・)、とすっきりした机を見た。

 数日前にはここにあったのは、疲れた顔をした彼の元使徒タイフーンと、ろくに人を手配できない仕事の資料の山だった。

 金牛宮自体も多くの仕事を抱えているし、上からあれこれと口を出したり、手伝ったりするとタイフーンの自尊心を傷つけ、かつ金牛宮が他の枢機卿に借りを作ることになりかねないので自重していたから何もできなかった。

 しかし放置するわけにもいかず、相談は十二天座のまとめ役である天秤宮(リブラ)にするようにいい含めていた。

(ふん、もう少し、手助けしてやるべきだったか……)

 使徒タイフーンは一回目の大規模襲撃で死んだ前の使徒の代わりに作った使徒だ。

 最初の使徒ほどの思い入れはないが、それでも多くの仕事を任せて、育ててきた金牛宮の大事な部下の一人だった。

「それで、使徒ユーリはどんなふうに仕事をしてたんだ? 何か学べることはあったか?」

「……無理ですよ、金牛宮様……我々には彼から学べることは一つもありません……」

 部下のペリウスは無能ではない。金牛宮と同じSRスキル『内政官』を持つこの壮年の男(ペリウス)は、徴税や事務処理、物資の管理、データの整理など、様々な仕事に関して精通した金牛宮自慢の人材だ。

「一つもないのか? おべっかの使い方とか学べなかったのか?」

「ユーリ様はSNSアプリで、他の枢機卿の方々から人を借りてくるような使徒様ですよ……」

 金牛宮は聞いて驚く。

 それは自分(おれ)以外にもやっていたのか、あの小僧は、という驚きだ。

「俺でもできんな。特に宝瓶宮(アクエリウス)獅子宮(レオ)にやったら怒鳴られそうだ」

「私がやれば不敬罪で首が飛びます」

 違いない、とペリウスの言葉に金牛宮は頷いた。学べることがないと言ったが、そんなことなら学ばなくていい。

「……ふむ、天秤宮の依頼はこれでは果たせんか……」

「依頼、とは?」

「この人材調整部署をユーリ抜きで成立させるよう、ノウハウを学ぶように頼まれていただがな。無理だな」

 ようやく金牛宮は理解した。この人材調整部署が機能しているのは完全にユーリ個人の技能によってだ。

 引き継がせるためには第二のユーリを生み出す必要があるが、そんな人材がいたら何もしなくとも金牛宮の視界に入ってくる。

「うーむ、やはりユーリにやらせるか……」

「ユーリ様に、ですか?」

「そもそもこの部署ができたのは、奴が次々に案件を持ち込んできて、それをやるための人を融通し合うためってのが発端だろう? そんなにやりたきゃ自分でできるようにしてやるべきだし、あいつは使徒なんだから、もともと千人ぐらいの人間を統括する権限があるんだよ。まぁ今までは人不足だの、学舎での人材はすでに内定が決まっていただのなんだので人を出すのが無理だったが、ニャンタジーランドでめぼしい人材を引き抜く権利だとか、その人材を維持する財源だとかつけてやって、人から借りなくても自分で案件を進められるように調整をしてやるべきだと天秤宮とな。それならユーリから持ち込まれる案件も減って、人の調整自体がいらなくなるんじゃないか?」

「……彼は学生ですが……」

 金牛宮の言葉にペリウスは悩みながら伝える。そんな自分たちの今までの苦労を無にするような発言は少し悔しかったからだ。

「だが使徒だろう? 部下がいない身軽な身分だからユーリは仕事を増やしたがるんだ」

「増やしたがるって……それに、ユーリ様に財源……ニャンタジーランドの徴税権ですか?」

「ユーリが、あそこは復興が終わるまでは数年無税にするとか言ってるしな。口だけは立派みたいだから、責任をとらせる」

「……まぁ木も取れますし、港もありますから貿易で収入はありますし、大丈夫とは思いますが、それより他の使徒様とのパワーバランスはどうなるんですか? ユーリ様が部下を持つことに不安がる方もいると思いますが」

 金牛宮は声を潜めて、そのことに関しては、と言った。

「人口が除々に増えてきてるからな軍事ツリーの『指揮人数+』の開発をする予定だ。各枢機卿ごとに三千名の増員が可能になる。まぁ、実際にはその半分も人を入れられるか怪しいがな。国内財政は向上したが、もともと利用可能な土地が少ないからな。神国は」

「人、増やしてもらえるんですか……」

「むしろ仕事が増えてるのに人間がろくに増えてないことがおかしかったんだよ。ユーリに兵を与えるのも、いつまでも人から兵を借りてたら大変だろうから、っていう計らいもある。連合軍撃退の手際を考えればガキだからって誰も反対なんかしねぇだろう」

 金牛宮はそう言って、ふん、と鼻を鳴らした。



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