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157 戦後処理 その8


「おう、生きてたか。ツクシ」

「なんだよ、生きてちゃ悪いかよ」

 防衛拠点から帰還した、新米兵士ツクシは神国アマチカ首都の商業特区に造られた繁華街にて、学舎時代の友人と出会っていた。

 帰ってきたらスマホに誘いがあったので、了承したのだ。

「そんなことねぇって、防衛拠点設営に出かけたと思ったら連合軍の侵攻だろ? こりゃさすがのツクシでもダメかと心配してたんだよ。生きててよかったよ」

 肩をバンバンと叩かれるもレベル差もあってそこまで痛くない。

(なんだ、こいつ、こんな弱かったかな)

 ツクシと旧交を温めている少年は、内政コースの主席を張っている。

 兵士になったツクシとは違い、本庁舎で金牛宮の元で働いているのである。

 お互い、就職が決まったときは出世してこの神国を支える人材になろうと誓いあっていた。

「ツクシの無事を祝ってよ、店を予約してあんだよ。他の連中も集まってるから早く行こうぜ」

「あれ? お前仕事は?」

「馬鹿、今日は使徒ユーリ様が功績代わりに求めた日曜日(きゅうじつ)って奴だろ。みんな休みだから、じゃあ集まろうって話なんだよ」

「あ、ああ、そうなのか。俺はその、休養日って奴を貰ったから」

 神国の制度のいくつかに、戦闘に出た兵士の身体を休めるための休養日が貰える制度がある。

 ツクシはその休養日制度でまとまった休日を使っていた。

「勝って帰ってきた兵士様だからなぁ、ツクシは」

「なんだよ、やめろよそういう言い方は」

 はは、すまんすまんと謝る友人。

 十三歳の少年たちは、楽しげに繁華街を目的の店を目指して歩いていく。


                ◇◆◇◆◇


 ツクシが案内されたのは、繁華街でも流行っている店だった。

 神国の建物は通常、廃ビルを利用した埃臭い店が多いが、この店はニャンタジーランドから輸入された高級木材を利用して造られたそこそこの大きさの高級レストランらしく、入った瞬間にツクシは(高い店だな)という感想を抱くほどだった。

 学舎時代の友人がすでに二十人ほど集まっているらしい。料理も運ばれていて、ツクシの到着を待っているらしい。

「大丈夫なのか? こんな高い店」

「馬鹿、俺らみんな稼いでんだよ。お前だってそうだろ?」

 兵士になってからはずっとダンジョンでレベル上げをさせられて、そのまま防衛拠点設営の長期任務に就いていたツクシは実のところまともにこの国の通貨であるアマチカを使った経験がない。

 奨学金制度の恩恵も制度ができた時点で卒業間近だったので受けたことはなかった。

 そんなツクシとは対象的に友人は「予約とってたもんだけど」と手慣れた様子で店員に席に案内させている。

「……思ったが、なんかめちゃめちゃ発展してんな繁華街って奴……」

「特区だからな。稼げば稼いだ分だけ自分の分にできるんだと」

「その制度はよくわからんよなぁ。女神は許してるのか?」

「いいんじゃないか? 特区は業績を上げているし、近く、ニャンタジーランド教区の税制度改定も合わせて、国民全体の税を軽くしようっていう動きをユーリ様が――っと、そこだ。おーい! 連れてきたぞ!!」

 税が軽くなるのは気になる、とも思ったがツクシは店の奥に集まっている面々を見て話を忘れることにする。

 全員がそれぞれ十二天座の元に就職した学舎時代の友人たちだ。

 ツクシを見て立ち上がった何人かとツクシは抱擁を交わす。

 生きてたか、なんて声を聞いてツクシは「俺は戦場には出なかったよ」と答えた。

 嘘だ。戦場で何があったかは箝口令が敷かれていた。

 ツクシも他の兵士と同じように諜報部隊から直々に指導を受けて、言っていいことと悪いことを教えられていた。

「錬金術だからなぁ。何作ったんだ?」

「壁とかネジとか……」

「新人だもんなぁ。仕方ねぇか」

「おい、話はあとだ。乾杯するぞ乾杯! ツクシ、帰還おめでとうだ! 女神アマチカに感謝して、はい、かんぱーい!!」

 ツクシを連れてきた少年が音頭をとって、全員に杯を握らせた。全員が、ツクシおめでとう! と楽しげに杯を掲げた。

 苦笑しながら席に置かれた杯を手にとって、ツクシも女神アマチカに祈りを捧げ、乾杯に加わる。


 ――祈るときは、集中法で見るあの巨大なエネルギーの塊が脳裏に浮かぶ。


 信仰の本質。神に近づくこと――「ツクシ、もっと飲め飲め。ジュースだがな」「おいおい溢れる溢れる」「ぎゃはははははは」――騒がしさで押し流される。

 食え食えとテーブルに置かれた、タレの掛けられたバロメッツの肉を渡される。一口噛みしめれば、芳醇な肉の味が口の中に広がった。

「戦場じゃ美味いもの食えなかったんだろ? ここは輸出品より格落ちするが、バロメッツの肉を仕入れて料理してくれてんだよ。俺が担当を任されてんだ」

 話しかけてきた大柄な少年がツクシに自慢するように言ってくる。

 白羊宮(アリエス)様のもとの食肉輸出入部門で働いている少年だ。

「ツクシ、お前はどうなんだ? なんかでかいことしたか? 敵の兵士の首をとるとかよ~!」

 帝国の伝説の諜報兵の捕獲に参加したよ、と自慢したい気持ちを抑えるツクシ。

 口を開こうとした瞬間に、諜報部隊のいかつい男たちの顔がちらついたからだ。

宝瓶宮(アクエリウス)様に褒められたから、うん、いいんだけどな……)

 ツクシたち防衛任務に参加した面々は帰還してすぐに宝瓶宮によって、円環法の教導部隊に配置されたから実質出世と言っていいだろう、と自分を納得させた。

 今日は持ってきていないが、戦勝に際して活躍した兵士に贈られる勲章も貰っている。

「まぁ、ほどほどに頑張ったよ」

「そんなんじゃ出世できねぇぞ。ガンガンやっていかねぇとな!」

 がっはっは、と笑う少年に肩を叩かれながら、ツクシはバロメッツの肉を口に頬張った。

「しかしツクシが戦場とはなぁ、やっぱ錬金術はRスキルでも特別なのかねぇ。宝瓶宮様は錬金術師だし、ユーリ様も錬金術だろ?」

 この集まりの中でツクシだけがRスキルだった。他の二十人はそれぞれSSRやSRスキル持ちだ。

 スキルのレアリティはそのままレベルアップでの成長補正や学力の向上につながるので神国でも必然的に上層階級に行く傾向にある。

 ツクシはいや、とその質問に首を横に振った。

「錬金術はRスキルだからむしろ競争率は高いほうなんだよ。うちの部隊もほとんど錬金術持ちだし」

 むしろ便利使いされる立場だから、できない仕事があると怒られるぐらいである。

「勉強しないといけないことも多いし、専門の仕事を任されることがないから苦労の方が多いかな」

 ツクシの言葉に、ほー、と皆が感心したような顔をする。

「な、なんだよ」

「いやぁ、あのツクシがそんなこと言うなんてなぁ。学舎の卒業式のときは、お前、すげぇ自信満々にこの国最高の錬金術使いになるとか言ってたじゃねぇか」

 いや、それは、とツクシの顔が赤くなる。一線級の部隊に配属されて理解したが、皆が当たり前に知っていることですらツクシは知らないのだ。日々勉強だった。

 そんな照れるツクシをよそに、そういえば、と誰かが言い出した。

「昨日、使徒タイフーン様が罷免されたけどなんでなんだ?」

 使徒タイフーン様、とツクシは呟く。金牛宮(タウロス)様の使徒様だ。

「言わないでくれよぉ……それで大変なことになってんだようちの庁は」

 ツクシをここに連れてきた少年が頭を抱えて本当に嫌だという気分を示してくるが、他の少年少女は気にせず話を続けていく。

「タイフーン様はユーリ様の後任の仕事をやってただろ? そのときに神殿の修繕と増築から人を引き抜いて停滞させたのが理由らしいぞ」

「神殿はまずいだろ。なんでそんなことを」

「派閥だろ? 処女宮様が急に仕事して存在感を主張し始めたから苛立ったんじゃないか?」

 憶測が飛び交う中、頭を抱えていた少年が違う違うと言い始めた。

「引き抜いたのはタイフーン様じゃなくてその派閥の方だよ。もともとのユーリ様の仕事量が多すぎて引き継いだタイフーン様だけじゃ全体に目が向いてなかったんだって! 俺も聞いた話だけど、タイフーン様、全く家に帰れてなかったんだって! だいたい引き抜いたっていうけど、ちょっと借りて、すぐに戻すつもりだったんだって! 神殿への翻意はなかったんだって!」

「いやぁ、それで神託下ってたらダメでしょう」

 誰かの感想にうんうんとツクシは頷く。女神アマチカに祈りを捧げる神聖な場が神殿だ。

 その改修工事から人を引き抜くなんて神国の民として言語道断である。天罰が下ったのだ。

「政治って奴でしょ。金牛宮様のとこってどうなの? 実際」

 双児宮(ジェミニ)様のところに配属された教師志望の少女が問いかければ「実際って?」と問われた少年は問い返す。

「実際、本庁舎のパワーバランスってどうなのって意味? 派閥闘争するほどの元気あるの? 今の神国ってめちゃくちゃ忙しいじゃん」

 昔の方が楽だった、なんて意見もあることはツクシも否定しない。

 日々新しいことを覚えなくてはならない状態だ。学舎でさんざん作らされたネジなんか実際、まともに兵士の仕事をやるようになってから作った覚えはない。

 円環法の利用の研究も、さっそく宝瓶宮様の側近のチームでは始められているとも聞いている。

「派閥っていうか、まぁ、今はなんか横の繋がりが増えたせいか、昔より派閥のあれこれは少ないらしいけどさ。やっぱ功績貰える機会が増えたから、仕事の配分は重要だったらしいけど」

「ふーん、それで女神様怒らせちゃったんだ」

「いや、でもタイフーン様は下の面倒見もよかったしさぁ。俺としては小さなこととは言わないけど失敗一つでさぁ」

「神殿をないがしろにしちゃダメでしょ。だいたい左遷ならユーリ様もされてたじゃない。すぐに功績上げて戻ってきたけど」

 少年少女が言い争っている中、ツクシは声を掛けられる。

 磨羯宮(カプリコーン)様のところに配属になった少女からだ。

「ツクシくんってユーリ様と話したの?」

 在学中に気になっていた知的で美しい少女の質問にツクシは張り切って「ユーリ様? ああ、一緒の仕事をしたぜ」「ネジとか?」「いや、もっとこう、機密なんだけど、でかいことをな!」となるべく自慢できるように言えば少女は「SNSのIDとか交換してない? 職場の先輩がユーリ様のこと自慢してくるから、私、ユーリ様に質問してみたくて」ぐいぐいツクシに迫ってくる。「え、あ、特に交換は」「あ、そうなの。じゃあね」と去っていく。

「……使徒様に近づいてどうすんだよ……」

「そりゃ新しい技術を教えてほしいんだろ」

 気分の落ちたツクシの肩を別の少年が叩く中、ツクシは目の前の皿に置かれている名前のわからない、高そうなフルーツに手を伸ばすのだった。


                ◇◆◇◆◇


 日も落ちた帰り道のことだ。

 帰り道が同じ方向の少年たちと一緒に歩いていく中、ツクシは遠目にユーリの姿を見つけて立ち止まった。

 ユーリは護衛の兵士を引き連れ、特区に設置した青年団の人間と一緒に店を見回っているように見える。

「お、ユーリ様じゃん。まだ仕事してんのかあのひと」

 え、とツクシがその少年の言葉に振り向く。

「え? 休日要求した人が休んでないのか?」

「というか罷免された使徒タイフーン様の仕事をそのまま引き継いだらしいぞ。で、ニャンタジーランド教区に行くことも決まってるから、今のうちにタイフーン様が溜め込んだ仕事片付けてるんだとさ」

「みんなおかげで助かってるけど、ユーリ様も災難だよなぁ」

 それは、本当に大変そうだ、とツクシは思った。

「使徒様だろ? 手伝いとかは……」

 ツクシが呟けば、他の少年たちが忠告する。

「いや、休日も俺らにとっちゃ聖務だからな。布告見なかったのか? 特別な業務がない限りは休養をとること、って」

「今日仕事してる連中も、だから別の日に休みをとる必要があるんだよ」

 そうか、とツクシは安心した。あの少年(ユーリ)もそれなら休めるのか、と。

 だが別の少年が「でもユーリ様は使徒様だからなぁ、全部の業務が特別な業務だろ? 休めるのかな」と言い、ツクシは兵を連れて繁華街に消えていく少年を、少しだけ可哀想に感じながら見送るしかなかった。




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[一言] 上からの要望と下からの突き上げと横の文句に対応するにら死ぬほど経験を積むか全方面への交渉を如才なくこなせるコミュニケーション能力が必要なんですよタイフーン様…
[良い点] ツクシくん成長したなw
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