153 戦後処理 その4
神国アマチカの首都アマチカ、その天座修学院の入り口で私はワニ車から降りる。
周囲には護衛の兵士がいる。一応は私が使徒だから、ということらしいがおそらく他国の間諜に対する警戒があるのだろう。
(しかし長旅用にワニ車はもうちょっと改良した方がいいな……これは)
ワニ車は臨時で考えたがどうにも国内に広まりすぎている気がする。
柔らかいクッションでも開発してみようか? ニャンタジーランドは動物系のモンスターがダンジョンに出現すると聞く、羽毛も手に入るらしい。
「ユーリ!!」
そんなことを考えていれば、とすん、と胸に衝撃を感じた。
「キリルか」
ほとんど同じ時期に帰還命令が出ていたが、磨羯宮様の部隊の引き継ぎがあった私よりも早く帰っていたようだった。
学舎の入り口で待っていたらしい彼女は私を心配そうに見上げてくる。
「大丈夫だった? 他の国の人たちにひどいことされなかった?」
「ああ、うん。大丈夫だった。私は直接顔をあわせてないから」
捕虜にも私は会っていない。諜報部隊に全て引き渡してしまったからだ。
一応輸送には立ち会ったが遠目に見ただけである。
いや、会おうと思えば会えたが……死んだ人間ならともかく、生きている捕虜に会って現実を認識するのが恐ろしかったのかもしれない。
「そうなの? あ、今日は授業出るの?」
言われて学舎を見る。正直帰ってきてからすぐに授業に出るのは億劫で、休みたい気分ではあったが、学舎での授業はステータスの上昇幅が大きい。将来を考えればでなければならないだろう。
「出るよ。出てから、磨羯宮様たちに呼ばれてるから本庁舎に行く。キリルは……ニャンタジーランドで頑張ったらしいじゃないか」
処女宮様が連れて行ったからどうかとも思ったが、なんとかうまくことが運んでくれたらしい。怪人アキラが残したレシピから即死回避アイテムを見つけて持たせたが、杞憂だったようだ。
そんな私の考えを知るよしもないキリルは小さく薄い胸を張って、ふふ、と笑ってみせた。
「そう! いっぱい処女宮様のお世話をさせていただいたのよ。お茶の淹れ方を習ったり、穴を掘ったり、あっちの珍しいものを見て歩いたり、炊き出しもお手伝いしたわ!」
ほら、と手渡されるのは貝殻のアクセサリーだ。
「お土産よ! ユーリに似合うかなってプレゼント!」
へぇ、と私は渡された貝殻の首飾りを身に着けてみせた。そんなに高価なものではないだろう。
「ふふ、似合ってるわ。かっこいい!」
だが心遣いが嬉しい。帰ってきてよかったと思わされる。
私もキリルに何か渡せればいいと思ったんだが……何も用意していないんだよな。
あちらにあったのは血と肉と鉄だ。ろくなものはなかった。
と思えば「ユーリ様」と帰りも行きと同じく同乗していた文官のサリスさんが「今回のユーリ様の取り分です」と袋を渡してくる。
中には様々な貴金属が入っているように見えた。
「これ、いいんですか?」
「というかユーリ様が自由にして良い分も、全て兵に報酬として渡してしまったじゃないですか。流石にユーリ様が取らないと兵たちが遠慮してしまうので私の方で保管させていただいていました」
戦利品の一部を自由にして良い、というのは戦場における臨時ボーナスだ。
神国では珍しく許されている臨時収入制度でもある(兵の信仰ゲージ維持に必要な制度だったのだろう)。
ただ私としてはきちんとお給料を貰っているのに(加えて私にはレシピ開発などの報酬もある)、こういった臨時報酬まで貰うのもどうなんだろうという気分で遠慮していたが、これに関してはどうにも私の方に問題があるようだった。
勉強になったと思いながら袋から貴金属を取り出してみる。
あまり高価すぎるとキリルが自分の贈り物と比較して気持ちが沈むだろうから、簡素な……指輪は指のサイズが合わないか。使い捨てじゃない護符があるな。魔法王国の兵の持ち物だろうか? 女物でデザインも良い。これにしよう。
「キリル、私からはこれを。使徒からの下賜という形にするから、君の所有物にして構わない」
先ほどキリルからのプレゼントはおそらく処女宮様からの下賜品だろう。未だ『子供』のキリルには所有権がない(ちなみに処女宮様が連れ出す際にキリルは『インターンシップ』を利用して所有権を持っていたが、帰還して『インターンシップ』は解除されている)。
つまりキリル自身が持っていて良いものであっても、キリルが誰かに渡すのはいけない品というのもあるのである。
というのを回避するために処女宮様が問題ないようにしたのだろう。
「ありがとう! ユーリ! ほらほら! 似合う?」
鎖のついた護符を首からさげてみせるキリル。本来は手首あたりに絡み付けるようなものだが、小さなキリルでは首に収まってしまうらしい。
「ああ、似合ってるよ。あとで所持品証明書を神官様に渡しておくから、それまではあまり見せびらかさないようにな」
私からの贈答品であれこれと問題が起きても気分が悪いだろうからな。
しかしサリスさんが「ユーリ様、これを」と紙を手渡してくる。
「……手配がいいですね?」
「お忘れですか? 『書記』スキル持ちですよ私は」
書記スキル持ちは素材さえあれば、その場で公式文書が作成できる。
サリスさんから渡された下賜証明書に私は物品名や特徴、スキルに加えて私のサインをした。
キリルの分と、学舎に提出する分の二つだ。
これがこのままキリルと教師である神官の手に渡れば、処女宮様と双児宮様のインターフェースの『アガット村のキリル』の所持品情報にタリスマンが記録され、キリルのタリスマンに対する所有権をシステムとして保証する。
別にこんなことをしなくてもかつて学舎に住み着いていたアキラのようにアイテムを蓄財することはできる。
だがその場合、何かがあってそれらが露見した場合、国家はそれを徴収してしまうだろう。
そして逆に言えば、キリルがこのタリスマンをもし盗難されても、所有権はキリルにあるので、盗難した者がいくら自分のものだと主張してもそれが認められることはない。
まぁ物品一つでそんなことをするのはとてもめんどくさいので、あまりに高価な品か。そもそも所有権を持たない子供にぐらいしかやらない作業だが。
ただこの所有権という制度に関してはもう少し法整備を――「ユーリ?」
私を下から見上げてくるキリルの鼻を摘んでから証明書を顔に乗せた。
「うぷ」
「もう一枚は私から神官長に渡しておく。さて、ちょっとサリスさんと話すから、キリルは先に教室に行って、私の席を確保しておいてくれ」
「もう、ひどい!」
くくく、と笑ってから私はキリルを見送った。
「あのキリルという娘と随分親しいのですね、ユーリ様は」
大人の男性にそう言われるが八歳児としては答えは決まっている。
「キリルは得難い友人です。孤立しがちな私を気にかけてくれている。それに彼女は処女宮様や双児宮様にも気に入られていますからね。逸材ですよ」
「そうですか……なら将来は一緒に仕事をする機会があるかもしれませんね」
「そのときはどうか優しくしてあげてください……さて、サリスさん、防衛任務では大変助かりました。また何かありましたらよろしくおねがいします」
「いえ、こちらこそ勉強になりました。また後日、報告書や捕虜の処遇などで伺うと思いますが」
「どうですかね。私がここにいるのも一週間ぐらいですので」
「そうなんですか? ようやく戻ってこれたのに」
驚くサリスさんに私は苦笑するしかない。
「編入されたニャンタジーランド教区の指導を申し付けられてます」
ああ、と納得したように頷くサリスさんに私は「派閥に所属していない私がいかないと大変なことになりそうなので」と付け加えておく。
私のインターフェースには、既に処女宮様からはクロ様から委譲されただろう、いくつかの権能が送りつけられている。
それの把握だけでも一週間以上かかりそうだった。
十二剣獣への指示権能などもあるが、正直なところ触りたくない項目だ。正直ゲージを消費するより、説得して頼んだ方が楽なのである。
「ニャンタジーランドは港もありますし、経済都市にしたいですね。なるべくなら……」
というか、可能なら首都機能を移転したかった。
廃都東京は殺人機械がいて他国からの侵攻には強いが、大規模襲撃がひどすぎる。
土地として安定しているのは現状、東京より千葉だ。
亡霊イージス艦が浮いてそうな神国と違って、海が使えるから様々なことができる環境だった。
「経済都市ですか」
「ええ、商業特区を多めにして、可能なら商人が集まる土地にしたいですね。物品が集まってそれを流通させることができればそれだけ我が国も豊かになりますので」
その場合、税率は低くていい。神国の税率十割かつ職能に応じた配給制は数年前の過酷な時ならばよかったが、土地が増えて国家の成長率が高まるときは成長の邪魔だ。
なのでニャンタジーランドで私が低税率で実績を出し、本国で除々に低税率の効果を認めさせるべきだろう。
(まぁ、低税率でこれだけ利益が出ているから、高税率にしたらもっと利益出るんじゃないかとか思われたら困るが……)
経済学者を育てるべきだな。私も経済学は齧った程度だから経済成長を論理だって説明できないし……。
こういったことは自由市場だの楽市楽座ぐらいしか知らない。
信長は楽市楽座で税を取らなかったけれど、商人に対して戦時徴税で金を回収してたんだっけか?
「ユーリ様は、商人を優遇するのですか?」
「いえ、優遇はしません。ただ現状だと商業が成長せず、国内流通がそこまでよくならないのでなんとかしたいというだけですね」
税率を低くしたり、自由にしすぎたところで商人を力を持ちすぎるだけだから、そこは他の職人や農民の活動意欲を削がないように、気をつけなければならない。
貧富の差が明らかに出るようなら社会保障を充実させる必要もあるし、結局はバランスだ。商人だけがいたところで国はまわらない。
「なにはともあれ、まずは布教ですね。各地の都市に神殿を立てて、聖書の配布と識字率の向上からです」
既に指導は行われていると思うが、私がこう言えばサリスさんは納得してくれた。
神国の最優先は女神への信仰だ。
これをないがしろにすると私の言うことなど誰も聞く耳を持ってくれないのである。