147 二ヶ国防衛戦 その18
「炎魔様、帝国軍の長槍歩兵軍団が……」
「なによ」
なんとか張られた陣幕の中で横になっていた炎魔が不機嫌そうに魔法兵の一人に問いかけた。
疲労から炎魔は休息を決断したがまだ五分も経っていなかった。
炎魔の腕からは絶えず炎のような熱が立ち上り、傍では回復魔法と医療スキル持ちが絶えず魔法を掛けている。
料理スキル持ちが回復効果促進の料理も作るも効果はない。
「やっぱり無駄か。外傷じゃないからねこれは」
魔法の過剰利用で体内の魔導神経が熱を持っただけだ。
炎魔の見立てでは、時間があれば自然治癒するだろう。
――その時間があればだが……。
でも、炎魔さま! と泣き叫ぶ側近たちに炎魔は「さっさと戦場に戻って。私より怪我してる子たちを治しなさい」と彼女たちを天幕から追い出した。
「それで帝国がなんだって? 人魔が消えて、奴隷部隊は突っ込んでは死んでるけど。そっちより重要なの?」
頑丈奴隷部隊の攻撃の要である人魔は、指揮はできないものの、奴隷部隊の勢いを保つのに必要だった人材だ。
それが消えて、奴隷部隊はほとんど機能しなくなっていた。
なんとか一人が一体を倒しているものの、魔法王国の収支としては完全にマイナスだ。レベル40の頑丈奴隷を作るのに掛かった時間と経費を考えればモンスター一体と引き換えにするのは割に合わない。
自分が万全であれば、と思わなくもなかったが、万全からここまで削られたのだ。言い訳はできなかった。
「帝国の長槍歩兵部隊が防陣を蹂躙されています」
悪い報告ばかりだ。せめて良い報告が欲しいと祈りながら炎魔は問う。
「相手は?」
「鑑定結果ではレベル60、亡霊戦車です」
「何体? 蹂躙ってんだから十体? 二十体? それとも百体?」
魔法兵は「いえ、一体です」と答え、炎魔は顔を手で覆った。
「たった一体に蹂躙って……帝国は弱兵なのかな?」
「い、いえ、帝国兵はよくやっていました。ただ、相手が強すぎるだけのようです」
「そう、そうだね。そうだったね」
熱でくらくらしながらも炎魔は熱い吐息を吐いた。
そう、帝国は弱兵ではない。
くじら王国と七龍帝国が弱かったならば魔法王国は隣接するそれらの国を獲ってから神国に攻め込んだはずだ。
魔法王国としては、こんな敵ばかり強くて、魔法王国からは飛び地になる旨味のない土地など欲しくないのだから、後回しにするのは当然である。
今回来たのはニャンタジーランドを取ることになるくじら王国とのパワーバランスの兼ね合いが……と炎魔はそこまで考えて――ああ、と思った。
(今回の三国合同侵攻は、動きが素直すぎたのか……)
それを神国に予測され、対応された。
誰が絵図を描いたのかはわからないが……この調子ではくじら王国側は壊滅しているだろう。
攻めてくることがわかっていたから、守備側は丹念に罠を張っていたはずだ。
(私もそろそろ自殺するべきかな……)
炎魔が確実に帰還するなら、ここで自殺し、魔法王国に帰還すべきである。
ここまで攻め込まれているのだ。この戦いの最中に炎魔が魔法を放つことはできないだろう。
魔法王国の利をとるなら、もう炎魔は退場した方がいい。
帝国の二将軍が消え、人魔もまた消えた。
うまく死んでいればいいが、死んでいなかった場合、彼らはなんらかの手段で捕まっていることになる。
「君たちはさ、私がいなく……なんでもない」
「はい? なんでしょうか」
自分に信頼した目を向ける魔法兵たちを見て、炎魔は吐きかけた言葉を飲み込んだ。
――自分は一体、何を聞こうと思ったのか。
兵たちは休む炎魔を支えようと必死に走り回っていた。
魔法を放ち、倒れた仲間の介抱をし、なんとか戦線を保たせようと頑張っている。
狙撃や銃撃で何人も仲間が死に、倒れ、戦える兵の残りは千名ぐらいだろうか。
そして倒れた負傷兵もまだ生きている。
合わせて千五百名。この忠実な兵を残して、炎魔が自殺して魔法王国に帰還したとして……果たして自分はこのあと、十二魔元帥として、再び戦場に立てるのだろうか。
――否だ。
ここで自殺し、逃げ出したら、自分はきっと、二度と兵を率いられなくなる。
逃げ癖がつくとかじゃない。後ろめたさで、二度と戦場に立てなくなる。兵を率いられなくなる。
そうだ。魔法が使えなくても、自分には頭がある。もうあれこれと意地を張っている場合ではない。
帝国軍と合流し、退路をこじ開け、生き残った兵を生きて故郷に返さねばならない。
「……戦車は一体だったわね」
腕を見る。無理をすれば、あと一発ぐらいはいけるだろう。炎魔は立ち上がり、陣幕を出ていく。
そして魔法の増幅器である愛用の杖を握り、雨脚を強めた雨に打たれながら、観測兵に戦車の位置を報告させ、全力の魔法を放った。
戦車が破壊されたのだろう。遠くから歓声が聞こえてくる。
炎魔は満足しつつも、痛む腕を抑え、帝国軍との合流を部下に指示しようとし、そうして消えた。
◇◆◇◆◇
「失敗したかもしれませんね」
「はい?」
「まさか殺人機械がここまで強いとは思わなかったので」
というか、ジャミングが強すぎる。位置情報を必要とする権能がすべて機能停止するとは思っていなかった。
指揮能力をほとんどこれで奪われた連合軍は、本来の能力を発揮することなく死んでいっていた。
――危険な橋を渡って、殺人機械の捕獲を早期に行ったのは正解だったな。
ちなみに炎魔様をここで捕獲したのは、十数分前まで活発に動き回っていた彼女の攻撃頻度が低下していたからだ。
もうちょっと頑張らせてもよかったが、連合軍はどう贔屓目に見ても全滅する。
捕獲を回避した人魔様の件もあった。
連合軍への捕獲は幹部以外にそこまでやっていなかったが、そろそろ地下に我々がいると情報が出回っていてもおかしくなかった。
連合軍に我々を攻撃する余裕があるとは思えないが、捕獲されることを恐れ、自殺されると困るので捕まえたのだ。
私はインターフェースの地図を眺めながら、周囲に私の考えが伝わるように呟く。
「さて困りましたね。このまま全滅まで連合軍が頑張っても、六千程度殺人機械が残ります」
というか、頑丈奴隷部隊が千を切っているのでそろそろ精鋭炎魔法兵部隊が殺人機械によるバックアタックを受ける。
魔法使いのHPで『対生物特攻』『対人類特攻』がついた銃撃を受ければ一撃で彼らは死ぬだろう。
そうすればそのまま長槍歩兵が挟撃を受ける。
「はぁ、連合軍の全滅が困るんですか?」
私と一緒に地図を見ていた副責任者のベトンさんが困惑したように問いかけてくる。
「そりゃあ困りますよ。殺人機械にこの廃墟地帯を取られたら面倒になりますからね」
殺人機械の勢力圏は廃都東京のあちこちにあるが、最大の勢力は東京湾方面と八王子地帯だ。
我々神国はその勢力圏を縫うように行動しているので、大規模襲撃のことや今後の帝国との関係を考えればなるべくここの廃ビル地帯は確保しておきたい。
具体的に何が起きたかはわからないだろうが、連合軍にここまで酷い負けを経験させたのだ。
今後、神国にちょっかいを出してくるとは思わないが、帝国と不戦条約を組んでおけば、このあとの行動はやりやすくなる。
そのためにも交渉ルートに使う聖道のあるこの廃ビル地帯は確保しておきたかった。
(まぁダメならダメで別の方法を考えるからいいんだが……)
連合軍の四将と亡霊戦車は確保できるだけしたので、本当に無理そうなら放棄してもいいのだが、まだまだやれそうなので、やれるだけやっておきたいというのが私の本音だ。
「そうですね。そろそろ良いでしょう。ビル、倒しましょうか」
「了解です!!」
私が指示を出せば、少しうきうきとしたベトンさんが周囲の兵に指示を出してくれる。
神国がとても頑張っているので緊張が溶けてきたらしい。
ベトンさんが楽しそうに仕事をやってくれて私も嬉しかった。
私はインターフェースに目を戻す。
限界を越えているが、もう少し魔法兵部隊に働いてもらおう。
連合軍には最後まで頑張ってもらわなければ。神国が動くにしても不確定要素は少ない方がいい。
さて現在、ビルに挟まれた大通りに侵入した連合軍は、前後から殺人機械の挟撃にあっている。
打撃力と機動力で最初頑張っていた山岳歩兵部隊は早々に全滅し、現在生き残っているのは帝国軍の長槍歩兵部隊三千名と魔法王国の炎魔法兵部隊千名。(それぞれ負傷兵は除く)
頑丈奴隷部隊は千名残っているが、中核である人魔様が消えたので、これが全滅するのは時間の問題だ。
対する殺人機械は残り一万体ほど。
連合軍の脅威となる亡霊戦車は、一体は通してしまったが、それ以外はこちらで捕獲・破壊済み。
(あとは歩行銃座あたりが危険だな)
頑丈奴隷部隊が全滅したらこちらで間引いておこう。あれは移動力は低く、知能もないが、攻撃力だけは亡霊戦車並にある。
残しておくと神国にとって面倒だ。
「ユーリ様! ビル、倒しました」
「ありがとうございます」
ベトンさんの言葉に私は満足げに頷いた。
地図の中では、頑丈奴隷部隊の背後に、廃ビルが、大きく道を塞ぐように連なって倒れ込んでいた。奴隷部隊や殺人機械も巻き込まれて多く死んでいる。
ビルの倒し方は簡単だ。地盤を消せば倒れる。これはあの地下の騒動で私が学んだことである。
(しかし数学スキルと建築スキル持ちに頼むと、ちゃんと倒れる方向を計算してくれるから助かるな)
当てずっぽうにやると普通にこの地下拠点にビルが落下してきかねないのだ。
――さて、これで炎魔法部隊の後方の安全は確保できただろう。