145 二ヶ国防衛戦 その16
地下の本部に私の叫びが響き渡った。
「人魔様はどうなりましたか!?」
人魔様の奴隷部隊が突然、炎魔様の必殺技で空いた空間に突撃し始めたために、予定の捕獲地点をすり抜けられそうになった。
そのせいでこちらの対応が後手に回った。
本陣がそう歩き回ると伝令が道に迷うから通常は中々動かないはずなんだが……!
百名ぐらいの部隊の隊長ならともかく、まだ五千名以上残ってる大軍団のトップだぞ、軽々に突撃するんじゃない!!
「いえ、避けられました! 頑丈奴隷十二名を捕獲しましたが……」
「無力化して、捕獲してください!」
何故だ。何故、炎魔様の必殺魔法で空いた穴に奴隷部隊は突撃した!?
(そこは防陣を組んで、持久戦に入る流れだろう!?)
炎魔様の疲労がわかっていないのか? そこで奴隷部隊が突っ込むと彼女が休めず、連合軍全軍が瓦解する危機になるというのに。
周囲には私を心配そうに見てくる兵たちがいるが、私は彼らにそのまま仕事を続けるように言っておく。
「F5地点の兵に連絡を、もう一度捕獲を仕掛けます」
「はいッ!!」
偵察鼠を使って遠方の捕獲地点にいる兵に指示を出していく。
この捕獲戦術にもいくつか穴がある。まず目標が静止していないとうまく決まらないこと。
穴を一瞬しか開けていないために目標が移動していると目標を捕まえにくいという点だ。
それと予め作った捕獲用の部屋の壁以外にはマジックターミナルを埋め込んでいないし、持ってきたスライムの数もそう多くない。
スライムの移動まで含めると捕獲部屋を新しく作ったとしても、再配置に時間がかかりすぎる。
目標があまりに戦場から離れすぎると、ただの穴で捕獲することになる。
人魔様の現在の鑑定データを我々は得ているが、捕獲失敗し、この地下拠点に侵入された場合、最悪捕獲した亡霊戦車を使わないと無力化できなくなるかもしれない。
その場合、高確率で殺してしまう危険があった。
――なるべくなら、殺したくない。
情報が漏れる危険は侵したくない。私が使っている戦術は単純だ。
敵が知った場合、対策は簡単に取れてしまう。
殺人機械を使うと知られた場合、誘引策を空打ちさせるなど、潰す方法ならいくらでもある。
「ユーリ様、準備ができたとの報告が入っていますが」
「待機させてください。タイミングは私が指示します」
インターフェース上の地図を見つめる。
そこには、地上のビル壁に埋め込んである偵察鼠のカメラから送られてくる映像が表示されている。
人魔様は考えることをやめたのか、後先考えない速度で殺人機械に向けて突進していた。
五千人以上いる奴隷部隊の先頭に立って、突撃している。
だが、ビルとビルの間の大通りに一列に並んだ自衛隊員ゾンビの集団は、炎魔様の必殺技によって一度は崩れたものの、死者系モンスターの冷血さそのままに陣形を組み直していた。
殺人機械側は、後退はしたものの、兵の補充は完了していた。
(動きが早いな……)
地下での私たちのときと同じだ。奴らにもそれなりの戦術が存在する。打ち破るにはうまくやるしかない。
だが人魔様の部隊は、ポリカーボネート製の盾を構えた自衛隊員ゾンビの集団に真正面から突撃した。
その打撃力は、まさしく破竹の勢いだった。
だが、愚かだ。きちんと引いて、炎魔様のサポートを十全に受けられれば結果も違っただろう。
頑丈奴隷部隊の攻撃で自衛隊員ゾンビが空へと弾き飛ぶ。
その穴をこじ開けるように巨大なハンマーや斧などで武装した頑丈奴隷がラッシュをかけていく。
特に人魔様の働きが凄まじい。彼の前では大盾で武装した自衛隊員ゾンビなどいないも同然だった。
だが相手は自衛隊員ゾンビだけではない。ゾンビたちの中には増援に含まれていた歩行銃座が混じっているのだ。
(人魔様は、ここで崩れるぞ……)
――私たちが同じことをやられた。
地下の機関銃を思い出す。あれにどれだけ我々が苦戦したことか。野戦ではなく、要塞戦であれだったのだ。
生身で受ければひとたまりもあるまい……。
頑丈奴隷の集団突撃を受け止めた自衛隊員ゾンビは、そのまま堪えた。
止まった瞬間に、歩行銃座の集団による銃弾の猛攻が奴隷部隊に入る。
映像では機関銃ほどの威力はないように見えたが、相手のレベルがレベルだし、殺人機械には、生物特攻などの威力特大上昇スキルがある。
だから、如何に頑丈奴隷が様々なパッシブで強化していても耐えられなかった。
溶けるように、頑丈奴隷部隊が猛攻を受けて死んでいく。
そんな中でも突出したことで敵陣に取り残された人魔様は暴れていた。
格闘スキルを使うのか、彼の豪腕で自衛隊員ゾンビが一撃で殺され、歩行銃座がいくつも壊される。
――まだだ……まだ……。
死んでくれるなよ、と祈りながら私はそのときを待つ。
位置が一つずれるだけでこの捕獲罠は不発に終わる。しかし……もうただの穴に落としてしまうか。
敵を信じるのも馬鹿な話だが――来た、直上……!
「今です! やってください!!」
◇◆◇◆◇
血に塗れた包帯が巻かれた腕が振るわれれば、殺人機械や自衛隊員ゾンビが一撃で破壊される。
「ガアアアアアアアアアアアア!!」
現存する物理攻撃系スキルでも最強のSSRスキル『ジャガーノート』の『大暴れ』。
『十二魔元帥』が自動で就く、最上級職『大元帥』の『猛撃の陣』。
そして『人魔』が持つ必殺技『積み上げた犠牲』の効果だった。
必殺技『積み上げた犠牲』はその戦闘で死亡した自身の部隊人数分の数値を、その戦闘の間、自身の攻撃力に加算するスキルだ。
一万二千名いた頑丈奴隷の半数が既に死傷している。
そのため、人魔の攻撃力は過去最高の威力を誇っていた。
「ドケぇえええええええええイイイイ!!!!!!」
もはや人魔にとって奴隷たちは重荷も同然だった。言うことを聞かない、前進するだけしかできない木偶の坊。
炎魔から防陣を組めだのと命令されたが、その命令が自分の部隊には行き渡らない。
自分の周囲に言えば止まる。だがそれだけだ。
一万を割ったが、未だに人魔の部隊には五千名以上の奴隷がいる。奴隷一人一人に人魔が命令するわけにもいかない。
だからもう、人魔は考えるのをやめていた。
大元帥の成長補正があってなお、ジャガーノートの成長補正で、知能の値がほとんど生まれた頃のままの人魔にとって、戦うより楽なことはなかった。
――そうだ、このまま進んでしまえばいい。
人魔の攻撃力は過去最高の数値に達していた。暴れるだけで敵が死んでいく。
人魔の、肉体を使った突撃はまさしく人の形をした災害そのもので、倒せば倒すだけレベルも上がるから彼はどんどん強力に、強くなっていく。
だから、このまま一直線に敵陣を切り裂いていければきっと――……!!
(……褒メテ……貰エル……!!)
魔法王国の女王、あの美しい、母親のような人に褒められることが人魔にとっての幸福だった。
炎魔を守れと命令されたが、その炎魔が役に立たないのだ。だから自分が、自分が……!!
身体中に弾丸が突き刺さっていく。身体中から血が流れる。自身がまとっている包帯には『防弾』のスキルが付与されているが、それでもHPがみるみる減っていくのがわかる。
だがそんなことはどうでもいい。死んでも復活できる人魔には、自分の命よりも敵を殺すことの方が優先された。
すでに奴隷たちの姿は見えない。
周囲を囲むゾンビの数は増え、銃撃を加えてくる足の生えた機械も見える。
周囲から盾が押し付けられるも、それを腕を振るって弾き飛ばす。身体に銃弾が突き刺さる。血が噴き出す。
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
そして、地面が消え、人魔は落ち――
――なかった。
「さっき見たネ」
自身の下に巨大な穴が開いた瞬間に飛び跳ねていた人魔は、その穴の縁に手を掛けていた。
人魔は穴の底を見る。自分の周囲にいた自衛隊員ゾンビが落下し、スライムのようなものに襲われている。
そして同時に、周囲に大量にいた殺人機械たちが次々と穴の底に落下していくのが見えた。
誰がどういう意図なのかわからないが、いい気味だ。このまま――「ア?」――人魔が手を掛けていた穴の縁が、ごっそりと消失した。
◇◆◇◆◇
「はぁ……はぁ……はぁ」
胸を押さえる。遠隔錬金にしたって、あそこまで伸ばすのは難しかった。
だが偵察鼠の視覚を得られている私ぐらいしかこの場でそれができる人間はいなかった。
「穴を、と、閉じてください。連絡を。落としました」
「ゆ、ユーリ様!? きゅ、急に、どうしました……!?」
「いいから早く!! 穴に殺人機械が落ち続けています! 人魔様が圧死する!!」
「は、はい!!!」
兵に指示をする。また、危ない橋を渡った。
避けられたのは、一度目に失敗したことで覚えられたせいだ。
人魔様はなんとか遠隔錬金で落としたが、遠すぎた……たかが物質の還元でも、あそこまで距離が遠いとSPの消費が増大する。
(たったあれだけのことで、私のSPを八割近く消費した……)
使徒になって以来ほとんどSPの枯渇を経験していなかった私が、ここまで疲労することになるとは……。
だが、指示をしなければ……!!
「人魔様に回復魔法を掛けてください。彼が死なないように注意して! それと人魔様と一緒に穴に落ちた殺人機械を彼が排除し終わるまでに弱体化魔法を掛け終えてください!!」
もちろんこの程度、現場はわかっているかもしれない。
だがイレギュラーだ。彼らも混乱しているかもしれない。
人魔様……頭は悪いが、彼の攻撃力の数値はバグっている。
最も調子が良い獅子宮様の十倍以上ある。
炎魔様もそうだが、人魔様も含めて、魔法王国に返すことはできない。驚異すぎた。
(しかし、人魔様を早くに排除しすぎた……捕獲タイミングが今しかなかったとはいえ、このままだとだいぶ地上に殺人機械が残るぞ)
炎魔様をなんとか援護しなければ……地上に殺人機械が多く残ることになる。