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129 港にて


「まさか、本当に来るなんて……」

 ニャンタジーランドに作られた港。その桟橋にて双魚宮(ピスケス)はまるで建物が移動しているかのように見える巨大な船を迎えていた。

 それは木造船だが、長旅でも船体に目立った傷はなく、甲板にはさまざまに働く多くの水夫の姿が見える。

 あらかじめ往復させた小舟によって連絡をしていたからそこまで緊張はないが、これから国家間の貿易交渉と思えば双魚宮は身が引き締まる思いだ。

「……双魚宮様、甲板からこちらに手を振る人影が……」

 連れてきていた従者に言われ、見上げた大船の上に新たな人影が見えた。

 遠目でもわかるような、怪しげな黒い服を着た、覆面をした男だ。


 ――受け取っていた書状には服部(はっとり)忍軍(にんぐん)水影(みずかげ)が乗っているとあったが。


 男は大きく口を開くと、港で待っている双魚宮たちに向けて大声で叫ぶ。

「おお! 神国の双魚宮殿ですな! 拙者、服部忍軍にて水軍を任されている水影と申すもの!! 我らが所属する近畿連合と神国との貿易案の締結に参りました! 今そちらに向かいまする!!」

 とうッ、と甲板から飛び上がり、そのまま海上(・・)に降り立つ水影。双魚宮は海に沈むと思ったが、彼はそのまま海上をすいすいと移動すると桟橋に飛び上がった。

 スキルか何かの効果なのか、派手な登場に、周囲の水夫や作業員がおおー、と感嘆の声を上げる。

(パフォーマンスね。派手好きで結構なことだけど、気を抜いていると優位をとられそう)

 服部忍軍の水影、交渉相手を前に、頭からつま先までを覆う黒装束に、覆面とマフラーといった格好は有りていに言って無礼極まりない姿だが、おそらく服部忍軍の幹部である『十二(じゅうに)影忍(かげにん)』の幹部服だと双魚宮は推測した。

 正式な衣装ならば、脱げというのは失礼だし、脱がされたと認識されて怒られても面倒なので、双魚宮は「こちらに交渉場所を用意してあります」と格好には口を出さずに水影を案内するために港内を先導していく。

 双魚宮の背後に静かに立った水影は「はっはっは。ご婦人には刺激が強すぎましたかな」と軽快な口調と足取りでついてくる。

「しかし、なんとものどかな漁村ですな」

 貧乏くさい村だと思われたか、と双魚宮は内心のみで唸った。

 大型の船を停泊できるように港を改修しただけなので村には手を入れていない。というよりこの村はニャンタジーランドの村なのでそこまで神国は手を出せなかったのだ。

 渋々と双魚宮は用意していた解答をしておく。

「事前に連絡したとおり、我々は港を所有しておりませんので、ニャンタジーランドのものを借りております」

「そうでござったか。失礼、ではニャンタジーランドの代表の方も参られるので?」

「いえ、今回は神国アマチカと近畿連合との通商条約の締結ですので、ニャンタジーランドの代表は出席しません」

「なるほど。了解したでござる」

 珍しそうに獣人の漁村民を見る水影を連れ歩きながら、双魚宮はこのあとの交渉の算段を立て――スマホが震えた。

 緊急の呼び出しだろうか、他国の人間を迎えているのだ。双魚宮は当然、切断しようとし、表示を見て唸った。

「どうぞ、拙者に構わずとったらどうでござるか?」

「申し訳ありません。それでは少々失礼させていただきます」

 ついてきていた従者に水影を案内させながら双魚宮はスマホを耳に当てた。

「どういうこと? 今日は大切な通商条約の――なに?」

攻めてきたよ(・・・・・・)

 どこか静かな場所にいるのか無音の中で、強い意思の籠もった物静かな声が耳に入る、天蝎宮(スコルピオ)の声だ。

「ああ、七龍帝国とくじら王国ね。やっぱり攻めてきたの……わかったわ」

『違う、そうじゃない』

「えっと七龍帝国だけ? くじら王国だけとか?」

『ニャンタジーランド側にくじら王国一万、神国側に七龍帝国とエチゼン魔法王国(・・・・・・・・)総勢三万』

「ま、待って? エチゼン魔法王国? うそ……えっと……え? どうするの? え? 降伏?」

 外交に必要なために双魚宮は神国の戦力を把握している。

 神国は絞り出せても四万人がいいところだ。大規模襲撃と同じだけの人数。しかし、それは全てが戦争用の兵士ではない。

 レベルと体力があるだけの文官や神官を含めた人数だ。

 だから今回の防衛戦、敵を退け、国が守れても、四万人が全滅すると内政ができなくなる。

『降伏はしない。どちらもなんとかする(・・・・・・)。服部忍軍が把握してて、双魚宮が把握してないとまずいから伝えた』

 悠長に話している暇はないのだろう、それだけ言って天蝎宮からの通話は、ぷつん、と切れる。

 一方、そんな情報をこのタイミングで聞かされた双魚宮は心穏やかではなかった。

(え……だって、ユーリの方ってスライム足してもせいぜい三千いるかいないかじゃ……)

 防衛は余裕だと啖呵を切り、帝国との最前線に向かった少年を彼女は思い出す。

 双魚宮はああいった全体を乱すやり方をするあの少年のことは気に食わないし、正直好きではない。

 だが神国のために戦いにいった少年の死を望むほどではない。

 三万人の敵兵では敗北は必定だ。

 だから双魚宮は、せめてユーリが生きて帰ってくることを女神アマチカに祈るのだった。


                ◇◆◇◆◇


(かしら)! どうしやすか!!」

「頭じゃなくて僕のことはボスって呼んでって言ってるじゃんか」

「へい! 頭!!」

 だからぁ、と旧東京と旧山梨の間にある山の一つに潜む女山賊集団の中で、()自称怪人アキラは配下の報告を聞いて、眉をしかめた。

「あー、やっぱ神国に戻らなくて正解だったかも」

 かつて神国の学舎で怪人を名乗り、現在は山賊のボスとなったアキラは、さてどうしようかと、自分を見つめる女山賊たちを見ながら考える。

 アキラのこの状況は、彼女が望んでなったものではない。


 ――だが悪くないと思っている。


 そう、あの日。望み通り帝国へとやってきたアキラは、その日のうちにスキルとスマホがなくなっていることに気づいた。

 帝国との交渉用のアイテムやレシピも失い、失意が満ちる中での亡命だというのに、他の交渉手段まで失ったのだ。

 当然帝国の貨幣一つなく、宿にも泊まれず、何もできず、数日の間は帝国の貧民街で暮らすことになって――耐えられなくなった。

 帝国に巣食う、人狩りや殺人鬼、帝国の裏社会のマフィア、乱暴な兵隊たち。

 ここにいれば命がいくつあっても足りないとアキラは逃げた。

 七龍帝国の首都ナーガから逃げて、山中に入り、そのあたりの果物を食べ、沢水を啜り、腹を壊し、そうして拾われたのだ(・・・・・・)


 ――彼女たちは小規模な女山賊団だった。


 運がよかったのか悪かったのか。アキラを拾った気のいい女性たちだった。

 アキラはその山賊が帝国に出現する山賊型のモンスターだとはわからなかったけれど、何も人間と変わらず、言葉を話し、笑ったり泣いたり、優しくしてくれた彼女たちを素直な気持ちで頼ることにした。

 こうも無条件に親切にしてもらったのが、この世界では初めてだったからだ。

 そして共に暮らすうちに、鑑定スキルはなくとも、彼女たちが弱い(・・)ことがアキラにはわかった。

 他の山賊を避け、巡回する帝国の兵を避け、動物や果物を狩って暮らす彼女たち。

 どうにかして守らなければと前世の知識と、この世界で得た知識を活用して……――。

「頭―! かしらー! かしらかしらー!」

「もー、うっさい! ボスって呼びなさい。ボスって!」

「あい! かしら!」

 かしらかしらと自分を呼ぶ山賊たちが自分に報告する情報を、アキラは確認していく。

 最初は大規模な山狩りかと思ったそれは、自分たちが目的ではなく、神国への交易路を使った進軍(・・)のようにアキラには思えた。

「帝国のどこの部隊? 兵科は?」

「わかりやせん! ただ、たくさんの兵隊どもが山を登っていくのが見えただけですぜ!」

 偵察スキル持ちの女山賊の言葉に、そうではないとアキラはいいたくなったが、彼女たちの知能はそこまで高くない。

 言葉は喋れるけれど、算数や理科などを教えてもなかなか覚えてくれないのだ。


 ――だからアキラでもボスになれたのだが……。


 どうしよう、とアキラは悩む。

 ここからでも地鳴りのような、大勢の兵たちたちが山を歩く音が聞こえる。

 おかげで山からはアキラたちの食料となる動物たちが怯えて逃げ出している。

 もちろん自分たちも逃げたいが、逃げたことで帝国兵を刺激したくなくて隠蔽スキル持ちが作ったアジトの中にアキラたちは隠れていた。

 とはいえ軍の偵察スキル持ちはアキラが逃げ出してきた神国でさえ有能だ。

 どうせ位置はバレているだろうが、アキラたちはレベルも低い少数の山賊集団だ。

 無害なのだ。きっと見逃してくれるだろうと祈りながらアキラは兵たちが通り過ぎるのを待つ。

「っていうか……多すぎない?」

 兵隊の足音はずっと続いている。

「そうっす! めっちゃ隊列が長かったです!!」

 こーんなに、と手を大きく広げる女山賊の言葉を聞いたアキラは、神国は終わりなのか、と思った。

 あの神国に、帝国を跳ね返す力があるとはアキラには思えなかった。


 ――それこそ奇跡でも起こらない限り。




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[一言] 生きてたのか、かしらー! 引きこもってた割に偉いバイタリティありますね、かしら・・・
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