124 ニャンタジーランドでの生活その3
十二剣獣の処刑は即日決まった。
ニャンタジーランドの首都中央広場でそれは開かれた。
震える声で十二剣獣の不正を糾弾するニャンタジーランドの君主にして建国の神獣の娘たるクロ。
自分たちはその日に食べる食事すら不安に思っているのに、他国からの献金で暖衣飽食を貪っていた自国の幹部の姿を国民が罵倒する。
兵に囲まれた十二剣獣たちは必死に命乞いをするも裁判官たちは聞く耳を持とうとしない。
職業意識ではない、君主のクロが明らかな証拠を提示した公開裁判で情状酌量などしてしまえば民衆の暴動で殺されかねないからだ。
だから速やかに十二剣獣に加え、その使徒たちの処刑が決まる。
震える声で、処刑を宣言する神獣の娘クロの言葉に、ニャンタジーランドの国民は歓呼の声で賛成の意を示した。
◇◆◇◆◇
数日前、クロの執務室にやってきた処女宮こと天国千花は、書類の束をクロの机の上にぶちまけた。
「え、へ、え? な、なにこれ? って、いうか、千花ちゃん私、お仕事とか」
執務室といってもクロのすることは少ない。有能とはいえないが、信頼する自身の配下である十二剣獣に多くの仕事は任せられている。
クロがやるべきことは少ないが、それでもやはり各地の国民に顔を見せたりと慰撫のための行動が――冷たい顔をした千花がクロの机の上に載っている書類をばさばさと落として、馬鹿にするように言った。
「クロちゃんはさぁ、どうすんの?」
「こ、降伏の話なら、そ、そういうのは後で決めるから」
千花と話していることをくじら王国に知られたらどうしよう、そういう気持ちでクロは千花を突き放そうとする。
どちらに決めるにせよ、こういう接触をしたと知られれば、くじら王国の圧力が強くなるからだ。
悪印象を持たれたらどうしようという気分で、クロが千花を執務室から追い出そうとする。
――衛兵は何をやっているのだろう。
千花が他国の重鎮とはいえ、この部屋にやすやすと通されるなんて……。
「クロちゃんさぁ。ちょっと私のこと舐めてんでしょ」
「……な、なめて、なんか……」
「だから、それが舐めてるって。ほら、それ読みなよ。もう終わってるって証拠だから。わざわざちゃんと調べてあげたんだから感謝しなよ」
「それって、これ?」
「そ、この私がクロちゃんのために一生懸命調べてあげたんだから」
クロは千花が机の上に放り投げた書類を見る……途中で部屋の扉の外で神国の最高級品の干し肉を咥えている衛兵が目に入る。
唖然とするクロに千花は馬鹿にしたように言った。
「だから舐めてんだって。高級肉一枚で素通りできたよ。忠誠値低すぎでしょ。なんで自分の周りに一体ぐらい十二剣獣を置かないの。あれらなら忠誠値に関わらず、私を素通りなんかさせない」
「そ、それは、彼らには、し、仕事が」
「仕事なんかろくにしてねーよ! 馬鹿! ほら、読め!」
「ちょ、千花ちゃ、やめ」
千花によって、ぐいぐいと顔に押し付けられる書類を奪うように取り、内容を読むクロ。
その顔が、すぐにこわばる。部下の不正の証拠を次々と見せつけられる。
十二剣獣の不正蓄財。賄賂。予算の私的流用。などなどの不正の証拠の情報が並べられている。
毎晩誰かしらがくじら王国の人間と会って、接待を受けながら自国の情報を流していることすらもそれには書かれている。
「う、うそ、だ、だって」
クロは慌ててインターフェースの表示を確認する。十二剣獣の忠誠値だけはきちんと管理していた。少なくない資金で神国から輸入する高級肉を優先的に配分し、戦闘の機会を設けて……なんとか……なんとか……。
「インターフェースを信じるな! 十二剣獣は王国の懐柔を受けてんの。知らないの? 懐柔系スキルによる忠誠値変動はインターフェースには表示されない。他国の攻撃だから! 対抗スキルで判定するまでわからない! はッ、こんなざるざるのクソみたいな国によくやるよね。王国の人間もやりすぎでしょ」
ニャンタジーランドは神国のような侵入すること自体が困難な国家とは違う。諜報も入り込みやすい。
そしてニャンタジーランドは獣人国家だが、かといって別に他国の人間を差別しているわけでもない。
くじら王国の人間が堂々と行動するには都合の良い国なのだ。
「つか、獣人みたいなクソ扱いにくい人種を選ぶからこうなるんでしょ? 贈答品での忠誠値が変動しすぎだし。一応ここも分類だと宗教国家なんだからさ。ツリーちゃんと成長させてる? 聖書の配布は? 文字の学習で一部の諜報系スキルに対する耐性が得られることは確認してる?」
「ま、待って待って。こ、これ本当なの? あの、この情報、この紙!」
クロは千花が言い出していることがわからない。クロを惑わすためにこんなことをしているのか? この忠告めいた行動は何なんだろう? 情報交換ってわけでもなく千花から一方的に情報を与えられて、混乱する。
だいたい、このいつになく強気な千花が、別人みたいで怖かった。
もともとこういう性格は垣間見えていたが、それにしたって変わりすぎだ。
「信じなくてもいいけど。今対処しないと、王国に降伏したあとはクロちゃん殺されるよ」
「……ころ、さ……」
「殺されるに決まってんじゃん。馬鹿でしょクロちゃん。十二剣獣もまとめて殺すよ。私ならそーする。というか幹部に獣人を配置するわけないでしょ。精神系への耐性低すぎだもん」
「ば、馬鹿って言わないでよ。だ、だいたい、こ、ころ……え? わ、私も、殺すの? 千花ちゃんが?」
「うっさいなぁ、今のままならそーするしかないでしょ。クロちゃん、信用できないもん」
淡々と言う千花の姿に、クロの背筋に寒気が走る。千花は本気で言っている。
「王国にも神国にもふらふらふらふら、王国だって信用できるわけないじゃんクロちゃんのことをさ。中立気取ってその実はどっちに高く自分を売れるか考えてる。でも高く買いたいのはクロちゃんじゃなくてこの土地なんだから、クロちゃんのことなんかどうでもいいに決まってんじゃん」
「う、うぅ、そ、そういうこと言わないでよう……き、気にして、不安になってて」
胃は痛いし、最近は悪夢まで見るようになっているのに、どうして千花はクロにこんな厳しいのか。言うだけ言って気持ちよくなりたいだけなのか。
「だから十二剣獣殺しときなって。新しいの任命しなよ。忠誠値の維持の仕方わからないなら教えてあげるしさ」
「こ、殺すことはないんじゃないかな」
なんだかんだと十年以上の付き合いだ。今日の朝も笑顔で挨拶をしたし、そもそも千花が出してきたこの不正の証拠が正しいのかを調べなきゃいけないし、と言えば千花は驚いたような目でクロを見てくる。
「え? 何? なんかあるの?」
「こんなもん正直に表に出したら、クロちゃん外に出られなくなるよ?」
「……へ?」
「王国に降伏するまで幽閉生活に決まってんじゃん。あと私も殺されるだろうし、あ、侍女とか逃さないといけないから、クロちゃんがそれ自分で調べるなら、たぶん今晩には私逃げるから」
千花に正直に言われ、クロは千花の意図を測りかねた。
そして、気づく。
――千花は、この場で選べと言っている。
「そもそもどうやって調べるの?」
「……それは、その……」
「まぁ物資の量から調べればいいか。きちんと税を回収できてるなら倉庫見ればわかるからね。よし、じゃあ、倉庫行こ――ああ、違うな。順番があるか。えっと」
「え? な、なに?」
「まず、軍を掌握しよ。調べて真実が出たらすぐ処刑しないといけないから。配下の不死の切り方わかる? 一回切ると一定時間は戻せなくなるけど、今は必要だから」
「じゃ、じゃなくて!! 急ぎすぎ! 千花ちゃん! だって、私、まだ」
早い、と思った。千花の行動が早すぎる。こんなにてきぱきとした子だったっけ? とクロが問えば千花はクロの頬をぺちぺちと叩いてくる。
「調べるんでしょ?」
「……え、う、うん?」
「調べたら殺さないと駄目でしょ?」
「いや、え? どういうこと?」
結論すぎる。過程が欲しい。どういう意味で言っているのかわからない。
だいたいここはクロの国なのに、まるでもう自分の国のように千花は振る舞っている。
その有様は、まるであの転生者会議の場での、ユーリと呼ばれた少年のような……――。
「クロちゃんが調べたら反撃が来るから、その前に攻撃しないと駄目でしょ?」
「反撃って……」
「するよ。学校で荷物検査を風紀委員がしたら苛ついたじゃん。それと一緒。でもここは学校じゃないからさ、絶対に殴ってくる」
で、私は殴られたくないから武力を用意する、と千花はクロの頬をぐにぐにと揉みながら言ってみせた。
――これが神国の君主なの?
自分と同じく小国の会合で暗い顔をしていた少女だというのだろうか。
そんな呆然とするしかないクロに千花は言ってみせた。
「クロちゃんはさぁ。もう時間ないのわかってる? うちはもう帝国とも王国とも戦争する準備始めてるよ? なのになんでまだ何もしてないの?」
「だ、だから私は……」
「降伏先を探すって? 別に、うちに降伏するなら殺さないであげるけどさ。クロちゃんは王国に降伏するんでしょ」
「……だ、だから……それは、私が決めることで!!」
「ま、それは別にどうでもいいんだけどさ。それより周りをどうにかしたら? 降伏するにしても十二剣獣入れ替えとかないと殺されちゃうよ?」
ほら、さっさと軍を掌握に行こうと千花に誘われるクロ。
クロは軍の掌握の仕方など知らない。十二剣獣を通して命令するだけだったから。
だから、ほんの少しの興味が湧いた。
それは千花がこれから何をやるのかが気になるような好奇心というより、そこまで言うならやってみろ、という、ある種の卑屈な考えだった。
だからどうやってやるのかと問えば、千花は神国製の干し肉の束をクロに見せた。
「……それで、できるの?」
「できるでしょ。この国の人って飢えてるし、ああ、あとクロ様がいるんだし?」
手際がいい。それに、千花はクロよりクロの国のことがわかっている。
だから、クロは千花に抗えないままに、配下の不正の証拠を見つけてしまい。
大事な配下を糾弾せざるをえない状況へと誘い込まれ。
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