102 転生者会議 その5
早朝、私は会議室隣の部屋で四時間の睡眠をとった後に目覚めた。
隣には会議が終わって戻ってきたのだろう処女宮様がソファーに横になって寝ている。
(酷い顔だな……)
黙っていれば美少女とはいえ、たれている涎を拭ってやりながら私は彼女に毛布を掛け直した。
(さて、どうなった?)
置いてあった椅子に座り、処女宮様のインターフェースから送らせた十二天座会議のログを見ながら会議の内容を把握する。
朝食代わりに置いてあったクッキーをパリパリと食べながら庁舎に勤める侍女が持ってきた起きる前に置いていった冷めた紅茶を飲み干す。
ログを見て把握する。
――貿易案と港案が通っている。
条件も詰めてあり、交渉用の文書もできている。
インターフェースにはその書類が今ニャンタジーランドに向けて移送されていることも表示されている。
(人馬宮様の部隊か……)
書類を運んでいるのは神国最速の部隊だ。整備した道を使えば三時間もかけずに国境に到着する。
そこから獅子宮様の部隊と合流し、彼らを護衛代わりに、整備していないニャンタジーランドの道を通って、ふむ、今晩には首都につけるか。
これは交渉の前準備だ。
まずは先触れとしてこの第一の交渉案を持って、向かって貰い、ニャンタジーランドに神国の正式な意思を伝える。
スマホがあるからニャンタジーランドの首都に駐留している外交官に命じることもできるが、まずはこの正式な神国が発行した正式な文書を渡し、外交官の言葉に正当性を与えねばならない。
口約束では困る。きちんとした条約にしなければならない。
(こういうときにPCだのプリンターだのがあれば楽なんだが……)
いや、どちらにせよこれほどの交渉だ。良い条件を引き出すには双魚宮様に向かっていただくのが一番なので本交渉は転生者会議の終わりを待つ必要があるだろう。
外交官の育成も重要だ。今後に向けて、交渉のできる人材を育てる必要がある。
(さて、私も学舎に向かわなければな)
処女宮様を起こさないように私は静かに立ち上がった。
最速で授業を受け、最速で次の近畿連合との交渉内容を覚え、次の一手を考えなければ……。
ぐらりと身体が揺れた。子供の身体だ。無理はできないが、四時間では睡眠は足りなかったか?
(社畜時代は、不眠不休で働けたが……)
やはりエナドリ。ここでもエナドリか。この国にはコーヒーさえもないのだ。
私は使徒服の懐から紅茶の茶葉を取り出すと噛み締める。じわじわと眠気が消えていく。頭が冴えていく。
(茶葉のカフェインが染み入るな……)
子供の身体なのであまりやりたくないが、ここは無理のしどころだ。
本当は授業さえも受けたくないが、学舎の成長ボーナスは逃したくない。
◇◆◇◆◇
「ユーリ、大丈夫?」
「ああ、大丈夫だよ。キリル」
司書室で昼食を食べながら、日本地図を前に戦略を考える。
山梨の『七龍帝国』と埼玉の『くじら王国』には貿易で楔を打った。
群馬の『エチゼン魔法王国』にはまだ何もできていない。魔法がどれだけ発展しているかわからない以上、この国も危険だ。
戦う気は起きない。せめて不戦条約の更新がしたい。
(神奈川は何がある?)
神国は神奈川の調査が全くできていない。それは廃都東京の神奈川方面が殺人機械どもの領域だからだ。
ようやく他国の話をするようになった処女宮様は、神奈川に国はあったけれど滅んだ空白地だと言っていたが。
(神奈川と言えば中華街だが……関羽像でも動いたか?)
それとも、と私は唇を舌で舐め、横須賀か、と口中のみで呟いた。
(自衛隊と米軍の基地があったな……それを言えば米軍基地は東京にもあるはずだが……米兵型のモンスターは確認していない)
それを言えば自衛隊の基地は全国各所にあるが……殺人機械が出る地域は限られていると聞いている。
出現するモンスターの種類には偏りがある? 土地で選べるモンスターの種類があるのだろうか?
まるでモンスター側も人間側と同じように、とまで考えて私は馬鹿馬鹿しい想像だと内心で首を横に振った。
(空白地であるのに無視されているということは、モンスターが強力だということだな)
くじら王国も空白地にモンスターの砦を作られて面倒だと喚いていた。
(まるで人間相手の戦争の方が楽みたいな口ぶりだったが……)
地下に作られたあの自衛隊員ゾンビ製造工場みたいなのがあればさすがにきついだろうとは思うが、それほどのものか?
わからない。他国の偵察を行うべきか。それとも他国からモンスター情報を購入すべきか。
いや、そうじゃない。それはいい。
まずは周囲への対処だ。七龍帝国とくじら王国は抑えられる。神奈川は空白地。千葉側は外交での制圧を目指す。
だがそれだけでは駄目だ。更に大きな尺度で不戦条約を交わせる国を増やしつつ侵攻先を確保――ぐぬぬぬぬぬ。
外交人材が足りない。交渉材料も。データも。何もかも。
「ユーリが唸ってるわ」
「知恵をあげようにも彼の思考はよくわからないですから……」
隣でキリルと双児宮様の女子二人が何かを言っている。
「キリル、私が……」
私はキリルに理解して欲しい。ぜひとも私とこの国の未来を……そんな気分で口を開けば、キリルはうん? と首を傾げた。
「私が目指すのは五ヶ国分の領土を持った大国だ」
キリルは私の言葉に目を丸くした。
「それは、すごいわね」
「そうでもない。今からではどうやってもそれぐらいが限界という意味だ」
私は口を開く。わかっている情報を整理するためにも。語る。語っていく。
『神門幕府』は『近畿連合』に勝利するだろう。
『鬼ヶ島』はわからないが、我々が拡大するように九州や四国もいずれ統一されるだろう。
ではそれらはぶつかるか? ぶつかると思う。では、ぶつかったとして最後まで殲滅戦を行うか? 否だ。
最後まで潰すには手間がかかる。国を取り込むことで兵力は増えるだろうが、無限ではない。
強大になればそれだけ危険視した敵が増える。全包囲から攻められるようになる。だからある程度の大国はぶちのめすにも程々にして、富や土地を奪ったら、どこかで属国という形で矛を収め、大規模襲撃と他の敵に備えなければならない。
(そうだ。矛を収める必要はある。最後まで滅ぼせば全ての国が死にものぐるいで抵抗するようになるからだ)
転生者殺害ボーナスを狙って君主を殺し続ければあらゆる国が絶対に許さなくなる。
だから国土は必要だ。神国を五ヶ国の大国まで成長させれば、侵略者も滅ぼすのは相当面倒になり見逃されるだろうと、私は考えている。
(こういうゲームは嗜む程度にやったことがあるが……外交が面倒だったな)
戦国時代のゲーム。私が好きだったのは鹿児島や千葉スタートだ。とにかく周囲の敵を片っ端から滅ぼすだけで外交はしなくて済んだから。
港もあったしな。
語れる部分だけを語ってから、地図を相手ににらみ続けていれば、手を何度か叩く音がする。
振り向けばキリルが私のこめかみに指を当てて、ぐにぐにと揉んでくる。
彼女は、私の考えを理解してくれただろうか?
「はい! 終わり! そんなに睨んでたっていい考えが浮かぶわけがないでしょう」
きょとん、とした顔でキリルを見ていればキリルは小さな胸を張って、真面目くさって言ってのけた。
「ユーリがこれだけ考えて答えが出ないってことは、答えが出ないっていうことが正解なのよ」
「なん……だ、それ……」
「私にはまだ、まだよ? まだわからないわ。こんなに大きなことを言われてもね」
そう、か。少しの残念。だが、がんばるから、と言われ、私は息を吐いた。
「一応言っておきますが、これ以上の策は神国の許容を越えていますよ。ユーリくん」
双児宮様にも言われ、私は確かに、と地図を見て、キリルに揉まれた部分を指でほぐす。
――チャンスを前に焦りすぎていたか。
神国は小国だ。国庫もそうだが、現在動かしている人員にこれ以上仕事を押し付けても動けなくなるだけだろう。
「教育をするにはまず生徒を信じなくては始まらない。それと同じです」
双児宮様が私の口にふわふわのパンをねじ込んでくる。
「ぐぬ……」
「まずは任せた仕事が終わるのを待ちましょう。交易が開始されればできることも増えますよ。ユーリくん」
私はパンを齧りながら頷いた。
確かに、資金が増えればできることも増える。造船などもある程度軌道に乗れば人も空くだろう。
新しいことをやるにもまず金と人だ。
私は息を吐くと「次の授業まで寝ます。時間が来たら起こしてください」とだけ言って、椅子に背を預ければ、キリルが私の頭を掴んで膝の上に乗せてくる。
幼い少女の膝はそこまで柔らかくないが、それでも私の目を閉じた。
そう今、私がやるべきことは、今晩の転生者会議までに休むことだろうと思われたから。