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“魔族に名前を呼ばれても、けっして返事をしてはいけないよ。
けっしてその手をとってはいけないよ。
魔法に絡めとられてしまうから。”
幕間冒頭挿絵
“着飾ることが当然とされる宴の場で、彼女の出で立ちはまるで迷い混んだ物乞いのようだった。
けれど、その頬は雪のように白い。赤い唇は林檎のようで、壇の木のように黒々とした長い睫毛に縁取られた瞳は、晴れた日の泉のように青く美しい。
絶世の美女、と称えられるに相応しい容貌。
物乞いのように粗末な身なりですら、彼女の美貌を損なうことは出来なかった。 ”
幕間挿絵
“本当に魔族が来たのだろうか。
国王への復讐のため、アルトゥールを殺しに―――。
月が雲に飲み込まれ、部屋の中が急に暗くなる。アルトゥールは息を殺した。
「………」
足音が近づいて来る。
逃げなければと、アルトゥールはようやく思い至るものの、もう間に合わない。侵入者は既にすぐそこにいる。 ”
第二部挿絵
“関貫を引き抜き、アルトゥールは勢いよく鎧戸を押し開いた。
「………―――っっっ!!」
一面の雪野原―――そう錯覚してしまいそうになる光景が、そこには広がっていた。
零れんばかりに咲き乱れる白い花を枝にいっぱい抱えた木が、見渡す限り広がっている。
「……綺麗……」
眩しさに、アルトゥールは目を細める。
何の花だろう。
明るい太陽と青い空を背景に、春の微風に白い花弁が舞う。
それが舞い散る雪のようにも見えた。”
幕間挿絵
“「何してるんです?」
「え?あ……」
アルトゥールは緑色の莢が山盛りの籠を、両手で捧げるようにしてスピーゲルに示して見せた。
「豆の莢剥きですわ」
「……いや、それは見れば分かりますけど」
困惑したのかスピーゲルは眉尻を下げ、アルトゥールの前に屈み込む。
「何で莢剥きなんてしてるんですか?」
「不器用なわたくしでも出来そうだったからですわ」 ”
幕間挿絵
“通りの向こうの店先に並ぶ赤い林檎を見つけ、アルトゥールは引き寄せられるようにまた走り出す。
拳より一回り小さな林檎は、光を纏ったように照り輝き、細い串が刺さっていた。
優しげな老婆が、ニコニコとアルトゥールを出迎えた。
「いらっしゃいまし。林檎飴はいかがかね?」
「林檎飴!?」
アルトゥールは両手で胸を押さえる。
「宝石かと思いましたわ……」
赤く輝く丸い物体に、アルトゥールはうっとりと見とれた。何て綺麗なのだろう。”
幕間挿絵
“「あ、あなたが笑うと……その、だ、抱き締めたくなるというか……」
その声は小さくて、ボソボソとしかアルトゥールには聞こえない。耳が、目に負けないほどに真っ赤だ。
アルトゥールは顔にかかる黒髪を指先で耳にかける。
「何て言ったんですの?スピーゲル。もう一回言っ……」
「な、慣れてないからです!!」
突然、スピーゲルが声を張り上げた。
「わ、笑うあなたに慣れてないから!」”
第三部挿絵
“エラを抱き締めたまま、アヒムは顔を上げる。
「どうしてエラが生きてるんだ?エラだけじゃない……さっきこっちを見てた奴らのなかに、親父の葬式に来てくれた人がいた。人づてに魔族に殺されたって聞いたのに……」
アルトゥールは、一人離れて立っていたスピーゲルを振り向いた。
彼の表情からは、何の感情も読み取れない。
「……スピーゲル。どういうことですの?」
「……」
スピーゲルは何も答えなかった。”
魔法使いと虹と祈り 漫画
“「よかった……」
心の底から安堵し、スピーゲルは呟いた。
アルトゥールが小首を傾げる。
「何がよかったんですの?」
不思議そうに揺れるアルトゥールの青い目。
煌めくその目に、スピーゲルは微笑んだ。
空が墜ちることを、大地が雨にのまれることを、願ったりしなくてよかった。
あなたが生きている。
ただそれだけで、この世界はこんなにも美しくなるから。 ”
第二部挿絵
“「恩人が訪ねてくると、こいつから聞いてる」
「だー!そういうこと本人にばらさないでよ!」
アヒムは顔を赤らめてスピーゲルの背を押した。
「旦那行こ!早く行こ!じゃ、俺抜けるんで後ヨロシクでーす!」
「おお。ゆっくりしてこい」
差配人に見送られ、アルトゥール達は荷物と荷運びの男達であふれる商会を後にした。 ”
最終話 御礼
“生まれてすぐに父親から存在を否定された自分が、
空虚で、軽すぎて、
蝶が羽ばたいただけで空の彼方に飛ばされてしまいそうだった自分が、
そんな特別な存在になれるだなんて思ってもみなかった。
生まれてから十七年。
ようやく、足が地についた気がした。”




