表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
69/81

笑わず姫と花嫁衣装ー動き出す計画ー

白い雪に覆われた王城に、訃報が届いた。

「な、何だと!?エメリッヒが死んだ!?」

玉座から転げ落ちようほどに国王は狼狽え、取り乱した。

「ど、どういうことだ!?余より若く健康なエメリッヒが、何故!?」

「それが……」

国王の前に跪いた使いの男は、深く頭を下げる。

「ご遺体は見るも無残なお姿にて、おそらく魔族の仕業かと」

「何!?魔族が!?」

国王は顔を真っ青にして、わなわなと震える。

「何ということだ、何ということだ。わしの後継ぎが、たった一人の後継ぎが……!」

「よいではありませんの」

玉座の隣に座す王妃イザベラが、可憐に微笑む。

「エメリッヒ公子は職務怠慢で追放された方。そんな方に後を継がせることにならなくて、逆に良かったのではありません?」

「お前に何がわかる!?」

国王はイザベラを頭ごなしに怒鳴りつけた。

「わしの血を引くのはエメリッヒだけだったのだぞ!このところの反抗的な態度を改め侘びてくれば許してやるつもりだったのだ!それを、それを……っ」

「……ひどい」

イザベラの涙声に、国王はハッと我に返った。

「イ、イザベラ」

「そんなにお怒りにならなくても……」

ポロポロと、イザベラは涙を零して啜り泣いた。

国王は妻の前に跪き、猫なで声で許しをこう。

「す、すまぬイザベラ。そ、そうだな。エメリッヒなどどうでもよい。余にはそなたがいる」

顔を引つらせつつ、国王はイザベラの足にすがりついた。

「イザベラ、イザベラ。そなたがいる。余の子供を生んでくれ。後継ぎを生んでくれ。頼むイザベラ。そなただけだ。そなただけだ……」

気が触れたようにブツブツと呟き続ける国王を、イザベラが冷たく見下ろす。

その異様な光景を一瞥し、控えていた使いの男は挨拶もなく玉座の前から退いた。

『エメリッヒ公子が亡くなるとは……』

『いい気味だな。お妃様を悪くいうからだ』

『だが後継ぎはどうなるのだ?』

『お妃様はお若い。今からでも王子誕生は十分望めるさ』

国政に参与する貴族達がヒソヒソと囁く。

誰も彼もが、エメリッヒの死を痛むどころか、イザベラにこびへつらうことしか考えていないようだった。

イザベラに賄賂をおくり、その見返りとして高い役職を手にした彼らは、国の行く末などどうでもよいのだ。

使いの男が廊下の角を曲がったところで、銀の甲冑を身に着けた騎士が一人駆け寄った。

「アヒム様!」

「様はやめてよ。そんな柄じゃないから俺」

使いの男ーーアヒムはニコリと笑う。

騎士は、声を潜めた。

「ですが、エメリッヒ様にアヒム様の指示に従うように命令されております」

「うーん。もはや俺の名前完全にアヒムだよね。いいけど……ん?」

窓の外を、一羽の烏が横切る。

紫の風切羽。

アヒムは目を細めた。

「エルメンヒルデだ。公子様に伝えて、烏が飛んだって」

「はっ」

騎士は頭を下げ、廊下を走って行く。

「さて……始まった始まった」

アヒムは両腕を伸ばし、緊張で固まった関節を解した。

「とりあえず、旦那が来るまで昼寝でもしようかな」



***



鈍色の空から、一羽の烏が舞い降りた。

烏は漆黒の翼を広げ、スピーゲルが伸ばした腕に優雅にとまる。

「ご苦労さま。エルメンヒルデ」

優しい労いの言葉に、エルメンヒルデは嬉しそうに頭を下げた。

一面の雪の中、スピーゲルを追いかけて家から出てきたアルトゥールの体はカタカタと震えた。

寒かったからではない。

恐れていた時が来たことを、悟ったからだ。

「行くんですの?」

白い息を吐きながらアルトゥールが尋ねると、スピーゲルは振り向き、頷いた。

「はい」

「……」

体を引きちぎられるかのような不安に、アルトゥールは胸を押さえる。

季節は本格的な冬を迎え、十日ほど前に降った雪は、とけることなくそのまま根雪となった。

国境の峠は雪に閉ざされ、もはや容易には越えられない。つまり、()()()()()()()()()()他国から干渉を受ける心配をしなくてもよい。

「スピーゲル様」

スピーゲルの外套と革手袋を手にしたベーゼンが、堅い表情で家から出てきた。

「ありがとう、ベーゼン」

外套と革手袋を受け取ったスピーゲルは、それを手早く身に纏う。

そして、またベーゼンを見た。

「アルトゥールを頼むよ」

「かしこまりました」

ベーゼンは深く頷き、スピーゲルもそれに頷き返す。

「スピーゲル、油断すんなよ」

「スピーゲル、気をつけてね」

「……スピーゲル、頑張れ」

ツヴァイク達の激励にスピーゲルは笑って頷いた。

アルトゥールは、言うべき言葉が見つからない。

(スピーゲルが行ってしまいますわ)

雪が積もったら作戦を開始するということは、以前からスピーゲルに聞いていた。

本音を言えば、行って欲しくない。危ない真似をして欲しくない。

この小さな家に、ずっとスピーゲルと隠れていられたら……。

けれど、エラをはじめとした沢山の人が、今もイザベラに見つからないように息を潜めて隠れている。世間的には死んだものとされている彼らを、元の生活に戻してあげなくては。

(それに、イザベラをどうにかしなければ、スピーゲルは心から笑えないのかもしれませんわ)

大丈夫だ、とアルトゥールは自分に言い聞かせた。スピーゲルなら大丈夫。きっとすべてうまくいく。

だが、打ち消しても打ち消しても、不安はアルトゥールにまとわりついてくる。

「そんな顔しないでください」

不安を隠せないアルトゥールの頬に手をあて、スピーゲルは微笑んだ。

「大丈夫。全部片付けて、春になったら結婚式しましょう?」

「……わたくしは、もうあなたの妻ですわ」

そう言うと、スピーゲルの瞳が嬉しそうに溶ける。

彼は身をかがませると、アルトゥールに軽く口づけた。

一瞬のことだったが、スピードが人前でーー特にベーゼンやツヴァイク達の前でそんなことをするのは初めてだ。

驚いて固まるアルトゥールの頭をポンポンと優しく叩くように撫でると、スピードは身を翻した。

「『ジギスヴァルト』」

風に巻き上がる雪の中に、ジギスヴァルトの巨体が現れる。

その背にのると、スピーゲルはこちらを振り返り、軽く手をあげた。

アルトゥールも、腕を上げて大きく手を振り返す。

ジギスヴァルトが翼を広げ、風を掴んだ。瞬く間に竜を思わせる大きな体は、色が薄い冬の空へと舞い上がる。

「……っ」

ジギスヴァルトを追いかけるように、アルトゥールはふらりと足を踏み出した。

けれど数歩行ったところで雪に足をとられ、倒れ込む。

「姫君様!大丈夫ですか?」

ベーゼンに助け起こされたアルトゥールがもう一度空を振り仰ぐと、既にジギスヴァルトの影は遠ざかり、小さくなっていた。

「……スピーゲル……」

首から下げた砂時計の袋を、アルトゥールは握り締める。

吐いた息は、真っ白い。

空からは、ヒラヒラと雪が散り落ちていた。





椚の木の枝に吊るしてあったアルトゥールお気に入りのブランコは、秋の終わりにスピーゲルがはずして片付けた。冬の間は縄が凍って危ないからだという。

「いやースピーゲルがサラリとキスする男になるとはなー」

「こーんなにちっちゃかったのに、いつの間にか結婚するような年になっちゃって」

「……感慨深い」

そう言って、ツヴァイク達はしみじみ感じ入る。

アルトゥールは窓辺に頬杖をつき、雪が舞う空を見てため息をついた。

待つしかない我が身が嘆かわしい。

けれど、自分の身すら守れないアルトゥールがついて行っても、スピーゲルの足手まといになってしまう。

(我慢ですわ。わたくし)

軽挙はすまい。運河の街での二の舞は絶対にごめんだ。

「で、どういう計画なんだ?」

「エメリッヒって人は勿論生きてるんでしょう?」

「……教えて」

迫ってくるツヴァイク達を、アルトゥールは咳払いで押し留める。

「勿論、エメリッヒは生きていますわ。死んだことにしたのも、スピーゲル達の作戦のうちですの」

十日ほど前のこと。

スピーゲルはイザベラに呼ばれ、エメリッヒを殺すように命じられた。

スピーゲルはいつものように命令に従ったように見せかけ、獣の心臓をエメリッヒの心臓だと偽ってイザベラに渡している。

「これはスピーゲルが言っていたのだけれど、そもそもイザベラは復讐の総仕上げとして、お父様を殺すだけではなく民衆もろともこの国を滅ぼそうとしているそうですわ」

これには、ツヴァイク達は「ひいい!」と震え上がった。

「く、国を滅ぼす!?」

「人もろとも!?」 

「……こ、怖っ」

ーー魔族狩りから二十二年。

イザベラは復讐するためだけに生きてきた。

人を騙し、陥れ、時には命すら奪い、そうやって国王に近づき、手に入れた王妃の座。

王妃になってからは国王の周囲から少しずつ少しずつ人を削ぎ、実権を形骸化し、もはやこの国の中枢は、イザベラの息がかかった者達で固められている。国王ですら、イザベラの言いなりだ。

すべてがイザベラの手の中ーーー後は握り潰すのみ。

「ここからはスピーゲルの推測なのだけれど、多分イザベラは雪が降るのを待っていたそうですわ」

アルトゥールの言葉に、ツヴァイク達は(くび)を傾げる。

「雪?」

「どうして雪?」

「……何で?」

「雪で皆を閉じ込めたいんですわ」

雪が積もれば、国境を越えられない。国は雪に閉ざされ、国内で何が起ころうと他国が介入できなるーーーー逆に言えば、民が他国に逃げることは難しいということだ。

だからイザベラは雪を待ってる、とスピーゲルは言っていた。

その考えを裏付けるかのように、雪が降ってすぐに、イザベラはスピーゲルにエメリッヒを殺すように命じている。

きっとそれは国王から『大切なもの』を奪う目的もあったからだろうが、追放されてからも人望があり、且つ国境を守るエメリッヒが、復讐の最終段階に移るにあたり邪魔だったのだろう。

「復讐の準備はすべて整いましたわ。イザベラが次にスピーゲルを呼ぶのは、お父様を殺すその時」

そして、その読み通り、エルメンヒルデが訪れ、スピーゲルは王城へと向かった。

「後は、スピーゲルがイザベラに命じられてお父様を殺そうというその場にエメリッヒが踏み込む…………というのがスピーゲル達の作戦ですの」

今までイザベラは手引きまではしても、いざスピーゲルが人を殺す時にはその場にはいなかったそうだ。万が一の時の保身の為だろうが、国王を殺すとあっては、それももう必要ない。イザベラは間違いなく国王が殺されようとするその場に立ち会うはずだ。

そこを押さえれば、いくらイザベラも言い訳が出来ない。国王も目を覚ますだろう。

きゅ、とアルトゥールは唇を噛み締める。

(お父様……)

死を目の前にして、あの父親はどんな顔をするのだろうか。

「おおお……!」

「手に汗握るわね……!」

「……」

アルトゥールの説明に、ツヴァイクとライスは興奮しきりだ。だが、アストだけは浮かない顔だ。

「アスト?」

「……大丈夫かな……」

アストが零した不安に、アルトゥールは微笑んだ。

「勿論、大丈夫ですわ。アヒムも王城の中に待機すると言っていたし、それにスピーゲルは『奥の手がある』と言ってましたもの!」

「奥の手?」

「何それ?」

ツヴァイクとライスに尋ねられ、アルトゥールは口籠る。

「それは……教えてくれなかったけれど……」

『心配しなくていい』ーーそう繰り返すスピーゲルの声を、アルトゥールは胸の奥で抱きしめる。

(わたくしの夫は男前な上に強くて魔法も一流ですもの!)

そのスピーゲルが大丈夫と言ったのだから、だから大丈夫だ。

「まあまあまあ、お部屋が冷え切ってるじゃありませんか」

二階の片付けをしていたベーゼンが、眉をひそめながら階段を降りてきた。

「さぁ、鎧戸を閉めますよ。暖炉の近くで体を暖めて下さいまし。姫君様がお風邪をお召しになるなんてことになれば、ベーゼンがスピーゲル様にお叱りをうけてしまいます」

「じゃあ、またなーお姫様」

「明日晴れたら散歩でもしましょ」

「……風邪ひかないようにね」

ツヴァイク達が窓から離れて行くと、ベーゼンは鎧戸を下ろし、閂をかける。

途端に静かになり、アルトゥールは肩を落とした。

(……こう寒いとゆっくりお喋りも出来ませんわね)

外に長時間いれば凍えてしまうし、窓越しのお喋りは部屋に冷気を呼び込んでしまい薪の無駄遣いになる。

早く春になればいい。そうすれば、ブランコに腰掛けて、ツヴァイク達と時間を気にせずお喋りができるのに。

(……春と言えば……)

アルトゥールは立ち上がると、鼠に齧られないようにと、天井の梁から吊るしてある籠を引っ張り下ろした。

籠の中にしまわれていたのは、白い極上の絹。

アルトゥールはそれを広げ持った。

純白のドレスは、流れるような光沢を放つ。

ベーゼンが、嬉しそうに目を細めた。

「もうすぐ完成ですねぇ」

春に間に合わない、というスピーゲルをはじめとする男性陣の危惧を、アルトゥールは日々根気強く針を刺すことで跳ね返した。

始めた頃はまばらだった縫い目も、今では細かく揃っている。

「玉結びも出来なかった方が、よくここまで上達されましたこと。継続は力なりですね」

ベーゼンに褒められ、アルトゥールは満面の笑みを返した。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ