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笑わず姫と結納金ー砂時計ー

夜の闇は深く、朝はまだ遠い。

テーブルに置かれた燭台の灯りが照らし出すのは、金で縁取った豪華な寝台だった。

背を向けて横たわる妃の髪を、国王は愛しげに撫でる。

「お前を見ていると思い出す」

「まあ…何を?」

尋ねはしたものの、イザベラは大して興味を持ってはいないようだ。

声に抑揚はなく、国王を振り返ろうとすらしない。

だが、国王はそれを咎めはしなかった。

イザベラの一挙手一投足のすべてが、彼にとっては宝石の煌めきに見えているのかもしれない。

「大昔のことだ。道に林檎が落ちていてな」

「……林檎?」

ここでようやく、イザベラが国王を振り返る。これに気を良くした国王は口角を引き上げた。

「毛色が少しばかり違うが、瑞々しくて、それは美味そうな林檎だった。だが邪魔がはいって食い損ねてしまった」

国王はイザベラの肩を引き寄せると、白い肢体から上掛けを剥ぎ取り、肌をまさぐった。

「実に惜しいことをした……だが、あの林檎も、後々後悔しただろうよ。あの時大人しくしていれば火だるまになることもなかっただろうに、とな」

国王はクックッと愉快そうに笑うと、イザベラの胸元に顔を伏せる。

イザベラは恥じらうでもなく嬌声をあげるでもなく、冷めた目で寝台の天井を眺めるのみだ。

そしてやがて、一人言のように呟いた。

「……陛下が、それほど林檎がお好きとは知りませんでしたわ」

腕を伸ばし自らを組み敷く国王の肩を引き寄せると、イザベラは国王の耳に赤い唇を寄せた。

「それでしたらこのイザベラが、陛下のために特別な林檎をご用意いたします」

「そうかそうか。それは楽しみだ」

国王は適当に相槌をうつのみだったが、イザベラは妖艶な笑みを頬に浮かべた。

「ええ。楽しみに…………待っていらしてね」

燭台の火が、消えた。



***



漆黒の夜空に、ジギスヴァルトが大きな翼をはためかせる。

月は出ていなかったが、満天の星灯りが視界を鈍く照らしてくれた。

ジギスヴァルトの背に乗るアルトゥールは擦り合わせた両手に、はあ、と息を吐きかける。手袋をしているというのに、指先が凍りついてしまいそうだ。

例年より早い初雪が降ったのは一昨日のこと。

時期が早かったおかげで積もった雪はその日のうちに溶け、次の日には近くの街道で待ち合わせたマドカ・カウパ商会の商人に、収穫した林檎を無事に引き渡すことができた。

「アルトゥール。寒くありませんか?」

心配そうなスピーゲルの声に、アルトゥールは笑顔で振り返る。

「ええ、平気ですわ」

指先も耳も、千切れそうなほどに冷たい。

だが背中から覆われるようにスピーゲルに抱えられ、彼の煤色の外套にくるまれているので、アルトゥールの体も心も日だまりに包まれている気分だ。

「スピーゲルこそ、寒くありませんの?」

「大丈夫です。あなたは温かいので」

はにかみながらも微笑み合う二人のすぐ後ろで、アヒムが大きなクシャミをした。

「はっっっくしょーい!!……ああ、寒。寒すぎ。できたてほやほやカップルはいいよね。俺も温め合う相手が欲しいわ。ズビ…っ」

鼻水をすすり、アヒムはジギスヴァルトの後方を飛ぶもう一匹の羽蜥蜴の背に呼びかけた。

「エラー!!お兄ちゃんをあっためてーー!!」

その呼びかけに、ザシャやヨナタン、エルゼとくっついていたエラは、プイッと顔を背ける。

実はエラは、憎からず思っていた男性から最近まったく声をかけてもらえず落ち込んでいたのだが、それがアヒムのせいだと今朝判明したのだ。

アヒムはスピーゲルに無理矢理頼みこんで、エトムントにエラに近づけない魔法をかけさせたのだという。

そのことを今朝の朝食の席でスピーゲルはエラに告白し謝罪したのだが、以来エラはアヒムと口をきこうとしない。

エラの冷たい反応を見て、アヒムはみっともなく泣き叫んだ。

「うわーん!何でバラしちゃったの旦那ー!!」

「いや、何か僕だけ幸せで申し訳なくて……」

「くそー!!のろけやがってーー!!」

アヒムが声の限りに叫ぶと、ジギスヴァルトがまるで笑うように咆哮する。

見れば雲の切れ目の向こうに、エメリッヒの城の篝火が見えていた。






ジギスヴァルトの背で眠り込んでしまったヨナタンとエルゼをエラとザシャに任せ、アルトゥール達はエメリッヒの私室に集まった。

「け、結婚することにしました」

エメリッヒとコルネリアを前に、スピーゲルは赤くなりながらそう告げる。

アルトゥールは彼の隣でニコニコと補足した。

「というか『した』ですわね!」

「何だその完了形はーー!?」

派手に噴火する火山の幻を背景に、エメリッヒがいきりたつ。

「いくら友にして恩人たるスピーゲルとは言え許せん!!健全な男女交際というものはだな!まず」

「あなたはつべこべ言える立場にございませんでしょう?」

エメリッヒの後頭部を、コルネリアが容赦なく扇の柄で叩く。

深夜ではあったが、コルネリアは髪をきちんと結い上げ化粧をほどこし、薄い萌葱色の外套を羽織っていた。顔色もよく、産後の日肥ちは良い様子だ。

扇を優雅に開き、コルネリアは指先で長い睫毛を拭う。その睫毛は涙に濡れて輝いていた。

「ああ、感無量ですわ。姫君とスピーゲル様をさっさとくっつけようぜ同盟の悲願が達成されたんですのね」

「協力ありがとね公子妃様ー。それで、協力ついでに頼みがあるんだけどさ。旦那とお姫様の結婚式したいんだよねー」

アヒムの言葉に、アルトゥールは目を丸くした。

「結婚式!?」

そんな計画初耳だ。

スピーゲルを仰ぎ見たが、彼も驚いた様子だ。アルトゥールと同じく、初めてこの話を聞いたらしい。

アヒムは盛大に破顔した。

「春になったら大々的にやろうよ!ほら、その頃にはイザベラの件も片付いてるだろうし。みんなお疲れ様ーって意味もこめてさ」

「……いいかもしれない」

ひどく真剣なスピーゲルの声に、アルトゥールは改めて彼を見る。

「いいって……結婚式がですの?」

「あなたは嫌ですか?アルトゥール」

「い、嫌じゃありませんわ」

アルトゥールは首を振る。

いかに世間知らずの変り者とてアルトゥールも若い娘である。純白の花嫁衣裳への憧れがまったくなかったわけではない。

それを着られるとあって、心が弾まないわけがなかった。

それに、結婚式となるとご馳走が食べられるではないか。

「でも、意外ですわ。スピーゲルは結婚式とか、そういうのは嫌がりそうだと思っていましたのに」

「確かに、人に注目されるのは得意ではありませんが……」

心なしか、スピーゲルの瞳に怪しい光が灯る。

「あなたは僕のものだと周知徹底する良い機会なので」

「……」

真顔でとんでもないことを言い放ったスピーゲルに、アルトゥールだけではなく、エメリッヒとアヒムも唖然とした。

「いや、結婚式とは……そういうものではなくてだな、スピーゲル」

「そ、そう。誓いをね……たてる場であって」

「ホホホ、スピーゲル様は存外独占欲が強くてらっしゃるんですね」

コルネリアは鈴を転がすように笑うと、アルトゥールに向き直る。

「そうと決まれば花嫁衣裳を仕立てなくてはいけませんね。明日の朝一番に私専属のお針子を呼びます。急いで布を選びましょう」

「あ、あのコルネリア様!」

アルトゥールは両手を握り締めた。

「わたくし、自分で縫いたいですわ!」

コルネリアの国では、花嫁衣裳は自分で縫うと言う。嫁ぐ相手を思って一針一針。

できることなら自分もそうしたいと、アルトゥールはそう思ったのだ。

コルネリアが目を瞬かせる。

「まぁ、ご自分で?でも……」

「簡単ではないことはわかってますわ。でも一生に一度のことですもの!」

だから、悔いがないようにやりたいようにやってみたい。

「……わかりました」

アルトゥールの熱意に、コルネリアはニッコリと笑った。

「では城にいる間に裁縫が得意な侍女に師事を仰ぎましょう。一冬ありますもの。じっくりやればきっと素敵な衣裳が縫い上がりますわ」

「コルネリア様!」

二人の美女が手に手を取り合い友情を温めるさまは傍目に見ても美しいものだったが、男性陣は険しい顔で頭を寄せ合う。

「ねえ。お姫様って裁縫できるの?」

「できるわけないじゃないですか。針に糸を通すところからすでに無理です」

「幼い頃から姫の不器用さは折り紙付きだったからな……」

果たして、春に無事に結婚式を挙げることが出来るのだろうか。

男性陣は黙り込んだ。




***




「……まあ、ともあれ。計画を練り直さなくてはならんな」

エメリッヒは小さく肩をすくめて言った。

「今の計画ではスピーゲル、お前もイザベラと供に裁かれることが前提だったからな。……まあ、正直私はホッとした。国のためとはいえ、友たるお前を裁くなど気がすすまんからな」

「だよねー俺も安心したよ。旦那、妙に覚悟きめちゃってるからさ」

頷き合うエメリッヒとアヒムに、スピーゲルは申し訳ない思いで頭を下げる。

「迷惑かけてすいません。こんなギリギリになって計画変更なんて……」

イザベラと供に自分も裁かれるべきだという考えは、今も変わってはいなかった。

イザベラから大切なものを奪っておいて、一人だけ断罪を免れるなんて許されていいはずがない。

けれどアルトゥールと歩む未来が手を伸ばせば届く場所あるのに、それを諦めるなんて出来なかった。

母親を裏切る後ろめたさに今後一生つきまとわれたとしても、もうアルトゥールの手をはなすつもりはない。

沈痛な面持ちで謝るスピーゲルとは対照的に、アヒムは明るい顔だ。

「迷惑なんて思ってないよ?友達が幸せになるためなら計画変更くらい安いもんだし」

「……友達?」

思わず聞き返したスピーゲルに、アヒムが動きを止め、顔をひきつらせる。

「……え、あれ?俺そのつもりだったんだけど……違った?」

「ち、違わない!」

急いでスピーゲルは否定した。

「ただ、その……こ、光栄で」

「え。あ……こ、こちらこそ……」

赤くなって俯くスピーゲルとアヒムの横で、エメリッヒが寂しそうに目を細めた。

「……私だってスピーゲルを友と思っているぞ」

まるで捨てられた子犬のような風情のエメリッヒに、アヒムが辛辣な言葉を投げる。

「あれ。公子様そこにいたの?」

「ひどいなお前!」

エメリッヒは涙目だ。

アヒムはケタケタ笑うと、両腕を伸ばしてスピーゲルとエメリッヒを引き寄せた。

「じょーだん、じょーだん!さて。夜も遅いし、そろそろ寝ようよ!計画については明日話し合おー!」

そうして、それぞれがそれぞれの寝室に引き上げることになった。

「フカフカですわー!!」

アルトゥールが勢いよく飛び込むと、大きな寝台は軽く軋んで彼女の体を受け止めた。

スピーゲルとアルトゥールが案内された寝室は、当然のように同じ部屋だ。エメリッヒが『健全な男女交際は』とまた騒いでいたが、これもまたコルネリアに黙らされていた。

「こら、アルトゥール。靴のままですよ」

スピーゲルは(たしな)めたが、アルトゥールは起き上がろうとしない。

「脱がせてですわー」

寝台の上にだらしなくと寝転がるアルトゥールに、スピーゲルはやれやれとため息をつく。だが悪い気はしていなかった。

アルトゥールをドロドロに溶けるほど甘やかしてやりたい。そんな願望が自分の中にあることを自覚していたからだ。

彼女の我儘に振り回されることは、スピーゲルにとって既に苦痛ではなく生き甲斐になっていた。

靴を脱がせてやると、アルトゥールは早くもウトウトと微睡んでいる。

ジギスヴァルトは、既に枕元に丸くなって寝息をたてていた。

スピーゲルは小さく笑い、上掛けを手にする。それをそっとかけてやると、閉じかけていたアルトゥールの目がパチリと開いた。

「どこにいくんですの?」

スピーゲルは微笑んだ。

「どこにもいきません」

「まだ眠りませんの?」

「いえ、寝ますよ」

「どこで?」

「……どこって……」

暖炉の近くにある長椅子をスピーゲルが意識すると、それを察したのかアルトゥールは口を尖らせた。

「ダメですわ!はい!」

そういって、彼女は上掛けを持ち上げ自らの隣を示した。

つまり、スピーゲルにそこに横になれ、と。

「……いや、でも」

スピーゲルは言い淀む。

当たり前のように同じ寝台で眠ることになっているこの状況を、何故アルトゥールはあっさり受け入れているのか。

黙りこんだスピーゲルに、アルトゥールは眉尻を下げて悲しげな顔をした。

「肘打ちしたこと、やっぱり怒ってますの?」

と言うのは先日、寝返りをうったアルトゥールがスピーゲルの顔面に肘鉄をくらわせたことだ。

これがまたかなりの勢いで、スピーゲルは痛みにしばらく悶絶した。

「わたくしと一緒に寝るのはもう嫌?」

瞳を潤ませるアルトゥールに、スピーゲルは慌てて首を振る。

「そ、そういうわけじゃなくて……っ!」

「じゃあ、隣で寝てくださる?」

「勿論です!」

靴紐を解くためにかがみ込んだスピーゲルは気づかなかった。アルトゥールが虚空に向けて『うまくいったぜ』とでも言うようにニヤリと笑ったことに。

スピーゲルが横になると、アルトゥールが当然とばかりにすり寄ってきた。

「結婚式。楽しみですわね」 

暖かくて柔らかくて、可愛らしい。

(何だか子猫みたいだな)

こうやって擦り寄られると、スピーゲルの頬は緩まずにはいられない。

笑うアルトゥールの髪を、スピーゲルは指ですくように撫で上げてやった。

「あなたが楽しみなのはご馳走でしょう?」

フフ、とアルトゥールが笑う。

「林檎飴出るかしら?」

「……まぁ、一般的な結婚式の料理に林檎飴は珍しいですね」

だが、コルネリアに頼めばきっと手配してくれるだろう。

ふと、スピーゲルは気がついた。

「そういえば」

「何ですの?」

「結納金、忘れてました」

結婚する際に花婿が花嫁に渡す支度金だ。

アルトゥールはキョトンとした顔をした。

「もう貰いましたわ」

「え?」

「名前ですわ。ルラシィオン」

スピーゲルの真名を口にしてアルトゥールは笑みを深くする。

「あなたの真名をもらいましたもの。それにお金なんて貰っても林檎飴を買うくらいしか使い道がありませんわ」

アルトゥールは幸せそうだ。

だが、スピーゲルは顔をしかめた。

「そういうわけにいきませんよ」

アルトゥールが良くても、スピーゲルは良くない。

形式にこだわりたいのではなく、単純にアルトゥールに何か贈りたいのだ。アルトゥールに出会えた感謝を、特別な何かの形にしたい。

「お金じゃなくても、代わりに宝石とか指輪とか……」

何がいいかと考え込んだスピーゲルの首元に、アルトゥールが手を伸ばす。

「じゃあ、これがいいですわ」

「え?」

アルトゥールが握りしめたのは、スピーゲルの首から垂れ下がる紐の先の小袋だ。

端が繕われた小袋を開けると、ひび割れた砂時計が転がり出てきた。

スピーゲルの父親の形見の砂時計。

雪を思わせる白銀の砂は、落ちきっていない。

持ち主の心に呼応して時を刻む不思議な砂時計は、スピーゲルとかつての許嫁との約束の時を、いまだ待ち続けている。

アルトゥールはそれを親指と人差し指で摘むと、下から見上げて目を細めた。

「綺麗……雪みたいですわね」

「いや、でもそれは……」

「やっぱりダメ?」

アルトゥールは、残念そうな顔をした。

「お父様の形見ですものね」

「いや、それはいいんですが……」

スピーゲルの意思ではないにせよ、アルトゥールとは別の女性との婚約の証のようなものを、アルトゥールに渡すのはいかがなものだろう。

習慣とはいえずっと身につけていた自分もどうかしていた。

説明しなくてはと、スピーゲルは重い口を開く。

「あの、言ってなかったと思いますが、それは……」

「知ってますわ」

砂時計を見ながら、アルトゥールは言った。

「この砂が落ちきったら、許嫁の方を迎えに行く約束だったんですのよね?」

「知ってたんですか?」

「ベーゼンに聞きましたわ」

機嫌を悪くする様子もないアルトゥールから、スピーゲルは一人気まずい思いで目を逸らす。

「……そういうわけなので、他のものを用意します。それはひびが入ってますし、砂時計がいいなら他の砂時計を……」

だが、アルトゥールは譲らない。

「これがいいんですわ」

「ですが」

「これがいいの」

砂時計を覗き込むアルトゥールは、まるで雪野原にはしゃぐ子供のようだ。

その様子は求婚した雪の朝をスピーゲルに思い出させて、スピーゲルに『まぁ、いいか……』と思わせた。

アルトゥールが笑ってくれるなら、それでいい。

特別な贈り物なら、またの機会に別に何か見繕って贈ることにしよう。

(巨大林檎飴とか……)

下手な宝飾品より、アルトゥールはその方が喜ぶのではないか。

「わたくしはどうすればいいかしら?」

困った顔を見せたアルトゥールに、スピーゲルは軽く首を傾げた。

「何がです?」

「持参金ですわ」

花嫁が結婚に際して婚家に持参する金銭だ。

「わたくしこそスピーゲルに渡すものが何もありませんわ」

「それこそ、そんなこと気にしなくても……」

「あ。そうですわ」

アルトゥールはスピーゲルの言葉を遮ると、肘をついて起き上がった。

そしてスピーゲルの唇にキスをする。

あまりの不意打ちにスピーゲルは目を丸くした。

「……え?」

「持参金がわたくしっておかしいかしら?」

両肘をついて、アルトゥールは至近距離からスピーゲルを見下ろしてくる。

「だって、わたくしはわたくししか持っていないんだもの」

そう言って、アルトゥールは無邪気に笑った。

「だから、わたくしをぜーんぶ。スピーゲルにあげますわ」

その煌々しいまでの笑顔が、スピーゲルの心臓を真正面からぶち抜いた。

全面降伏を告げるように、スピーゲルは両腕で顔を覆う。

顔が、炙られたように熱い。

「……あ、あなたって人は……」

「スピーゲル、耳が真っ赤ですわ」

「……見ないでください」

「可愛い」

「見ないでって言ってるじゃないですか!」

勢いをつけて起き上がり羽交い締めにすると、アルトゥールは「きゃー!」と歓声を上げた。

ケラケラと笑うその声に、胸が痺れるように締め付けられる。

この笑い声も、笑顔も、白い肌も黒い髪も、赤い唇も青い目も、そして小さな手も、すべて自分のものだと思うと、スピーゲルは目眩がするほど幸せだった。


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