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笑わず姫とチーズパンー秋麗のち……①ー

薄暗い秋の朝。

ようやく起き出した太陽がうっすらと地上を照らし出すと、いつまでも夜を留めようとしているかのようだった濃く霧が急激に晴れていく。

小鳥が囀ずる青空は高く、雲一つなく澄み渡っていたが、気温は上がらず来る冬を予感させた。

「ちょ、ちょっと待つですわ!」

アルトゥールは慌てて声を上げた。

だがアルトゥールより少し背が高いその林檎の木は、自らの枝に実った林檎を容赦なくアルトゥールが広げ持つ麻袋の中に放り投げていく。

「ダメですわ!もっと丁寧にしないと……」

もし傷がつけばそこから傷みが広がり、せっかくの果実を腐らせてしまう。腐らないにしても見た目が悪くなってしまうので、傷がついた林檎は商品価値が下がるのだということを、アルトゥールはアヒムから言い含められていた。

だからアルトゥールは一つずつ丁寧に麻袋に詰めていきたいのに、重い果実で長らく肩凝り気味だったらしいこの木は、喜々として果実を放ってしまう。今まで自分の一部だったのだから、もう少し丁寧に扱ってもいいだろうに。

エメリッヒの城で十日ばかりすごした後、アルトゥール達は林檎の収穫作業の為にベーゼンが待つ家に帰ってきていた。

人手が足りないだろうからと、アヒムやエラ、ザシャ達も手伝いにきてくれている。

「ツヴァイクー!ライス!アスト!」

アルトゥールは少し離れた場所で悠々と日向ぼっこをしているツヴァイク達に助けを求めた。

「この()ぜんぜん言うこと聞いてくれませんわ!何とか言ってですわ!」

既にスピーゲルに実を回収され身軽になったツヴァイク達は、解放感を味わうかのように枝を伸ばしている。

「そりゃ話せない木々(やつら)は赤ん坊みたいなもんだからな」

「赤ん坊に言うこときけってのが無理な話よ」

「……無ー理無理」

初めての収穫作業に苦戦するアルトゥールを見て、ツヴァイク達は楽しんでいる様子だ。

アルトゥールは口を尖らせた。

「ちょっとくらい加勢してくれてもいいではありませんのー!」

目の前の林檎の木は、果実をすべて投げ捨て、せいせいしたと言うように枝の曲げ伸ばしを繰り返す。

「むー!待ってと言いましたのに!」

仕方なく、アルトゥールは麻袋に入りきらずに散乱した果実を拾い集める。

「えっと……28個29個……」

一袋に30個。これもアヒムから言われた出荷にあたっての要件である。

「これで30個」

麻袋につめる最後の林檎を拾い上げ、アルトゥールはその艶やかな果実にうっとりと見惚れた。

(美味しそうですわ……)

咥内にたまった唾が、口の端からだらしなく滴る。

「ちょっとお姫様!」

同じように収穫作業をしていた                                                                                                                                                                           アヒムが、ビシッとアルトゥールを指差した。

「つまみ食いするなとは言わないけど一袋に30個は厳守してよ!?足りなかったとなると商会の信用に関わるんだから!」  

「わ、わかってますわ……じゅる」

アルトゥールは涎を拭い、手に持っていた林檎を麻袋にいれた。

「やーでもすごいよね。普通この広さの林檎畑の収穫って言ったら、大人数でも数日かかるのに」

林檎でいっぱいになった麻袋の口を紐で閉めながら、アヒムは感心した口調で言う。

「俺らは木を順番に回って麻袋広げて実の数を数えるだけ。あとは木が勝手に実を袋にいれてくれるなんて……」

アヒムの隣で、ザシャが頷いた。

「楽な収穫作業だよね。この分だと今日中に終わるーー……って、ヨナタン!エルゼ!遊んでないで手伝いな!!」

「ザシャこわーい!」

「こわーい!」

林檎を両手に走り回っていたヨナタンとエルゼは、ザシャに叱りつけられても堪えた様子もなく、庭の向こうへ笑いながら逃げていく。

エラが、少し肩を落とした様子で麻袋の口を閉めた。

「少しでもスピーゲルさんへの恩返しになればと思って来たのだけど……大したお手伝いにならないかも」

その麻袋が、ヒョイっと持ち上がった。

「そんなことありません」

エラが見上げた先で、スピーゲルが肩に麻袋を担ぎ上げる。

邪魔になるからと、今日のスピーゲルはいつも身に付けている外套を脱いでいた。その為、銀髪も赤い目も露になっている。

「すごく助かります。ありがとう」

スピーゲルの精悍な笑顔に、エラの頬に微かに朱が走る。

「い、いえ……」

その様子を見ていたアルトゥールは、眉をしかめてスピーゲルを手招いた。

「スピーゲル。ちょっと」

「はい?」

手招きに応じてやってきたスピーゲルを、アルトゥールは半眼で迎えた。

「誰にでも優しいのはあなたのいいところですわ。スピーゲル。でも相手かまわず愛想を振り撒くのはやめてくださらない?あなたに恋する女の子が増えたらどうしますの?」

真面目腐ったアルトゥールの説教に、スピーゲルが軽く噴き出した。

「アハハ。何馬鹿なこと言ってるんですか」

「馬鹿なことじゃないですわ!スピーゲルは自分が見目が良いことを少し自覚して色々自粛するべきですわ!」

「はいはい。その袋下さい。荷台にのせちゃいますから」

アルトゥールの主張にスピーゲルは聞く耳を持たず、林檎が詰まった麻袋を二つ抱えてスタスタと行ってしまう。

「むー!本当にわかってますのー!?」

アルトゥールは歯軋りしながらスピーゲルの背中を追いかけた。

「だいたいスピーゲルは……」

「はいはいはい」

言い争う二人の背中を見て、エラがアヒムの着衣を引っ張る。

「ねぇ兄さん。スピーゲルさんの姫様の呼び方が変わったけど、遂に恋人同士になったのかしら、あのお二人」

「うーん……」

アヒムは腕を組み、頬を膨らませる。

「おっかしいなぁ……うーん」

「え?何?」

エラが尋ねようとしたところへ、ベーゼンがやって来た。

「皆さーん」

両手に提げた二つの籠を少しだけ持ち上げ、ベーゼンは笑う。

「朝早くからご苦労様です!朝食を用意しましたから休憩にしましょう!」






早朝から収穫作業に勤しんだ面々は温かい日の光で体を暖めながらベーゼンが作ってくれた朝食を頬張った。焼きたてのパンにはチーズが練り込まれていて、焼いた腸詰めと葉野菜が挟んである。

「これ僕の!」

「ダメぇ!エルゼが食べるの!」

朝食が入っていた籠のすみに焼き菓子の包みを見つけたヨナタンとエルゼが、途端に取り合いを始めた。

ザシャが腰に手をあてて声を張り上げる。

「こらあ!!喧嘩しないの!!」

「ザシャが怒ったー!」

「怒ったー!」

ヨナタンとエルゼが、同時にエラに飛び付く。

「エラー!ザシャがこわーい」

「エラ助けてー」

「あんたたち卑怯だよ!!」

賑やかな朝食に、アルトゥールは微笑んだ。

良い香りが漂うお茶を飲みながら空を仰ぐと、木々の先で赤い果実が揺れる。青い空に赤い林檎が映えて、とても綺麗だ。

「そういえば……」

隣に座るスピーゲルに、アルトゥールは向き直った。

「どうして林檎なんですの?」

「はい?」

モソモソとパンをかじっていたスピーゲルが顔をあげる。

相変わらず朝に弱くいつもは珈琲しか飲まないスピーゲルだが、今日は起きてすぐに労働したせいか珍しく固形物(パン)を口にしていた。

「林檎の木を植えたのはスピーゲルなんですわよね?一本一本自分で植えて自分で育てた。どうして他の木ではなく林檎でしたの?」

いつだったかアルトゥールはベーゼンに同じ質問をしたのだが、答えを聞けずじまいになっていた。

それを思い出し、よい機会だと林檎の木を植えた本人であるスピーゲルに改めて尋ねることにしたのだ。

ところがスピーゲルは口ごもってしまった。

「それは……」

チラリ、とスピーゲルは周囲を見る。アヒムやエラ、ザシャまてもが、こちらを伺っているのが気になったのかもしれない。

アヒムがいつもの様子で言った。

「俺も気になるー何で何で?」

「理由があるのでしょう?」

アルトゥールが更に促すと、スピーゲルはややあってから小声で話し始めた。

「最初は……水害をなくす方法を考えたんです」

「水害を?」

アルトゥールは目を瞬かせる。スピーゲルは珈琲の黒い水面を見下ろしたまま頷いた。

「師匠から僕の一族が滅びたのは大雨で洪水が起きたのがそもそもの発端だったと聞かされて……」

『魔族』が魔法で雨を呼び、洪水を起こしたーーーその報復として国王は聖騎士団に魔族討伐を命じ『魔族』が住んでいた谷は炎につつまれた。この騒乱を人々は『魔族狩り』と語り伝え、そして生き残った魔族がこの復讐をしようとしていると考え怯えている。

実際に洪水がスピーゲルの一族によって起きたのがどうかは定かではない。アルトゥールがいつだったか出会った元聖騎士の老人は、魔族狩りは国王の失策を隠すための目眩ましだというようなことを言っていたが、それも本当かどうかはわからない。

だが、大雨による洪水が魔族狩りに繋がってしまったのは事実だ。

スピーゲルは珈琲を静かに口に運び、一口飲んだ。

「だから、水害を防ぐ方法を考えたんです。木をたくさん植えたら、木が地中の水分を吸ってくれるから雨が降っても川に流れる雨水がすくなくなるんじゃないかと……それで、どうせ何か植えるなら食べられるものにしようと思ったんです。例の洪水の後に飢饉が起きたこともきいていたので」

「それで、林檎?」

アルトゥールが口を挟むと、スピーゲルは遠くを見るように枝に実る林檎を見上げた。

「林檎はそのままでも食べられるし、ある程度保存も効く。発酵させてお酒にすれば水分にもなるし。もしまた水害で麦が全滅したり、井戸がつかえなくなっても食うに困ることはない……かもしれないと思って」

「確かに……」

アヒムが真面目な顔で胡座に頬杖をついた。

「この国はそもそも土地が痩せていて麦を育てるには気候もよくないからね。その点、林檎は土地が痩せていても育つらしいし」

「そこまで考えていたわけじゃありませんよ」

スピーゲルは答え、そて自嘲を唇にのせた。

「子供の浅知恵です」

林檎の枝と枝の間から、木洩れ日が庭へ降り注ぐ。

それを眺めるスピーゲルの横顔を、アルトゥールは見つめた。

(……『子供の浅知恵』?)

そうだろうか。アルトゥールには、そうは思えない。

一族を滅ぼされ『魔族』と罵られさげすまれーーー恨みが、憎しみが、その身の内に育つのが当たり前ではないのか。

けれどスピーゲルが育てたのは林檎の木だった。

水害が起こらなければ、食べるものさえあれば。

そうやって、滅びた一族を思って、一本一本植えて、育てた。自分の一族は滅びてしまったけれど、また同じようなことがおこらないようにと……。

「……スピーゲル」

「はい?」

「惚れ直しましたわーー!!」

「うわ!?」

アルトゥールは勢いよくスピーゲルに飛び付いた。

草むらに押し倒された形になったスピーゲルは、顔を真っ赤にしてルトゥールを押し戻そうとあがいている。

「ちょ、ちょっと……アルトゥール!だからこういうのをやめてくださいと何度も……!」

「大好きですわー!!」

騒ぐ二人を脇目に、アヒムが肩を竦める。

「そういう話を先に聞いてればなー。旦那が人殺しだなんて思わなかったのになー」

感慨深く、アヒムはパンを口に詰め込んだ。




収穫も無事に終わった夕方。

スピーゲルとアヒムは庭で林檎を詰めた麻袋を数え、アルトゥール達は家の中で食事の用意をしていた。

「姫君とスピーゲルさんは恋人になられたんですか?」

目をキラキラさせたエラが、アルトゥールにそう尋ねてきた。

「こいびとー?」

「こいびとってなぁに?」

テーブルに白い皿を並べていたヨナタンとエルゼが、ベーゼンを見上げる。

スープ鍋をかき混ぜていたベーゼンは、ニッコリと笑った。

「なかよしのことですよ」

「ザシャとアヒムもなかよしだよー」

「ザシャとアヒムもこいびとー?」

ヨナタンとエルゼの思わぬ発言に、スープの味見をしていたザシャが勢いよく咳き込んだ。

「ゴホッ!ち、違……っ私は算術を教えてもらってるだけで……っ」

「算術?ザシャは算術を習っているんですの?」

アルトゥールが尋ねると、ザシャは気まずそうに顔を逸した。

「そうだよ。今は崖下にいた奴らと一緒に公子様って人に世話になってるけど、そのうち皆もといたところに戻るんだろ?そうなった時に自立出来るようにしとかなきゃ」

ザシャはチラリとアルトゥールを見た。

「あんたみたいに、養ってもらうのが当然みたいな顔してスピーゲルに面倒かけるわけにはいかないから」

突如向けられた鋭い視線に、アルトゥールはビクリと肩を揺らした。

(あ、あら……?)

もしや、今叩きつけられたのは敵意だろうか。

何故ザシャから敵意を向けられたのだろう。彼女との関係は悪くなかったはずだが、自分は彼女の機嫌を損ねるような何かしらをしでかしてしまったのだろうか。

空気が張り詰めている。

ヨナタンとエルゼもそれを感じとり、少し緊張した面持ちだ。

エラが、笑顔を引つらせながらアルトゥールとザシャの間にわってはいった。

「わ、私、姫様とスピーゲル様はてっきり恋人なのかと思っていたんです!お二人とも一緒にいるのが当然のような雰囲気ですし」

話を変えて、空気を和ませようしているのだろう。エラの試みに、アルトゥールは微力ながらも協力することにした。

「よくそんなことを言われるけれど、違いますわ。わたくしの片思いですの」

そう言って笑うと、エラは少し驚いた顔をした。

「でもスピーゲル様は姫様を大切になさっているように見えます」

「スピーゲルは誰にでも優しいから、そう見えるんですわ」

「でも、キスなさってましたよね?」

エラの言葉に、果物を切っていたベーゼンがナイフを取り落とした。

「な、何ですって!?」

驚愕の表情で叫ぶと、ベーゼンはアルトゥールの肩をむんずと掴む。

「姫君様!スピーゲル様とキスなさったんですか!?そうなんですか!?」

「あ、えっと……」

そういえば、言っていなかった。

スピーゲルとの関係性にあまりに変化がなかったので、正直キスしたこと自体が夢だったような気分だ。

「姫君様!」

「えっと……あのキスはなんと言うか……わたくしが一方的にしたのであって……」

「したんですね!?」

ベーゼンはアルトゥールから手を離すと、壁に向かって鋭い眼光を飛ばす。

「そこまでしておいて、あのバカ息子のヘタレ野郎はまだグズグズとおおおお!!」

「ベ、ベーゼン……」

「ベーゼン怖い……」

ヨナタンとエルゼが顔を青くして震え上がる。

アルトゥールは、ボンヤリと暖炉の火を眺めた。

スピーゲルにキスをして、好きだと伝えた夜のことを思い出す。

『僕があなたを嫌う理由がどこにあるんですか?』

スピーゲルはそう言った。

嫌われては、いない。

それならば好きかと尋ねたアルトゥールに、スピーゲルは答えてはくれなかった。

(上手く誤魔化されてしまいましたわ)

けれど。

(……自惚れ、かしら?)

スピーゲルの優しさが、どこか甘さを含んでいるような気がするのは。

呼び方が変わった日から、いや、もっとずっと前からーーーー。

「バカみたい」

ザシャが吐き捨てた侮蔑に、アルトゥールは我に返った。 「ザシャ……」

「あんた、やっぱり全然わかってないね」

テーブルの向こうで、ザシャは腰に手をあててアルトゥールを見据える。

「あんた、スピーゲルがどうしてこの家じゃなくて、あの崖下の村に私達を連れて行ったかわかる!?」

「え……」

唐突な話題の転換に、アルトゥールは瞬いた。

何故ザシャが今その話題を持ち出したのか、まったく理由がわからない。

(でもそういえば、確かにどうして……)

崖下の村で、ザシャ達は必ずしも受け入れられていたわけではなかった。エラを含め、一定数の理解者はいたものの、少なくない村人が『魔族くずれ』とザシャ達を蔑んでいた。表立った迫害がなかったのは、スピーゲルを恐れていたせいだろう。

そんなザシャ達のおかれた状況に、スピーゲルが気づかなかったはずはない。

それにも関わらず、何故スピーゲルはザシャとヨナタンとエルゼを、この家ではなく崖下の村に止め置いたのか。

見当すらつけられずに黙りこくるアルトゥールに、ザシャはたたみかける。

「私達が『魔族くずれ』じゃなく、本当の『魔族』だと思われるからだよ!『万が一にも聖騎士団がこの家に来た時に僕の同族と思われたら困るから』って!!」

叫んだザシャの目が、僅かに潤みを帯びる。

それを誤魔化すように、ザシャはアルトゥールを睨む目に力を込める。

「……っスピーゲルに、こっちに移してくれって頼んだことあるんだ。私達を世話してくれるせいでエラが村の他の奴らに嫌味言われるから、だからこの家に来ちゃだめかって……『できない』ってスピーゲルには言われた。『エラには悪いけど』って」

「ザシャ……ザシャあなた、そんなことを気にしてたの?そんなこと気にしなくて良かったのに」

エラがザシャに歩み寄り、抱きしめようと手を伸ばす。

だがザシャは一歩退くことで、エラに抱きしめられることを拒絶した。

「……エラには感謝してるんだ。優しくしてくれて、家族みたいに接してくれて……大好きなんだ。だから、迷惑かけたくなかった。私達が傍にいるせいで、嫌な思いして欲しくなかった」

ザシャの目から、涙がポロリと落ちる。

「ザシャ……」

「ザシャあ……」

ザシャの涙につられたのか、ヨナタンとエルゼも泣き出した。ベーゼンが黙って二人を抱き寄せ、頭を撫でる。

ザシャは涙に濡れる頬を腕で乱暴に拭い、またアルトゥールを見据えた。

「大事だから、大切だから……好きなら尚更、傍にいられない。『魔族くずれ(にせもの)』の私ですらそう考えるのに、『魔族(ほんもの)』のスピーゲルが考えないはずないじゃん。成り行きで拾った私達のことさえ、自分に近付けすぎないように気を配る人が……あんたのことを、考えてないわけないじゃん」

ザシャの唇が、声が、震えていた。

その震えを必死に飲み込み、ザシャは声を張り上げる。

「あの人は、言いたくても言えないんだよ!言っちゃいけないって思ってるんだよ!そんなこともわかんないの!?わかんないくせに、好きだとか、傍にいたいとか言ってるわけ!?バカじゃないの!?」

そう一気にまくし立てると、ザシャは膝に手をついて俯いた。肩が震えている。大声で泣き喚きたい衝動を、必死に抑えているのかもしれない。

「……」

アルトゥールは、何も言えずに立ち尽くす。

(『言いたくても言えない』……『言っちゃいけない』……)

まさかスピーゲルがそんなことを考えているだなんて、思ってもみなかった。

(ああ、でも……スピーゲルらしいと言えば、スピーゲルらしいですわね)

何せ彼は、父親の死も、母親が最愛の夫と魔力をうしなったことも、すべて自分の責任だと本気で思っている人だ。

「……」

踏み出した足の下で、ミシリと床が鳴った。

そのままテーブルの脇を戸口に向かって歩き出したアルトゥールに、エラとベーゼンが声をかける。

「……姫様?」

「姫君様、どちらへ?」

扉の前で、アルトゥールは立ち止まった。

「……もし本当にスピーゲルが、ザシャが言うように考えているなら」

振り返り、ニッコリ笑う。

「一発、ぶん殴ってやりますわ」

アルトゥールは力強く手を握り締めた。






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