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笑わず姫と香草焼きーエメリッヒ②ー



***



「エメリッヒ様が私との結婚を渋っていた理由。私、本当は知ってますの」

コルネリアはそう言うと、水差しから硝子のグラスに水を注いだ。

頬袋いっぱいに詰め込んだ白身魚の香草焼きを上下に揺らすようにして咀嚼しながら、アルトゥールは瞬く。

「ヘタレだからじゃありませんの?」

コルネリアは笑いながら首を振った。

「あの方は堅物な上に慎重ではありますが、胆力のある勇敢な方です。求婚を臆するような意気地なしではありません」

その口ぶりからは、コルネリアのエメリッヒに対する信頼と愛情が見てとれた。彼女にとって、エメリッヒは国を飛び出すだけの価値がある男なのだろう。

ただ、エメリッヒの幼い頃を知るアルトゥールは、素直にコルネリアには同意しかねる。

どうにもあの泣き虫の印象が抜けないのだ。次いで人が変わったように意地悪ばかりしてきた時期。

(でも確かに……)

近年では、アルトゥールを国王から庇ってくれる言動もあった気がする。メッサリアの王弟に嫁げと命じられたアルトゥールに、無理に嫁がなくていいと言ってくれた。彼も大人になったということだろうか。

アルトゥールは、咥内の大量の食べ物を一気に飲み込んだ。

「じゃあ、何故結婚をしぶってましたの?」

「あなたのせいですわ。王女殿下」

水が満ちた硝子のグラスをアルトゥールに差し出して、コルネリアは楽しそうに笑った。

「……わたくし?」

グラスを受けとるアルトゥールに、コルネリアは頷く。

「『姫が塔に閉じ込められたのは、私のせいだから』とエメリッヒ様はよく仰せです」

アルトゥールは息を飲む。

かつて、アルトゥールのせいで階段から転げ落ちたエメリッヒ。アルトゥールの父親である国王は理由すら聞かずにアルトゥールを酷く責め、殴打した。

父王に引きずられるようにして塔に放り込まれたアルトゥールを見て、世話役の侍女の陰で怯えていたエメリッヒの姿を思い出す。幼いエメリッヒが全てが自分のせいだと思ってしまったとしても、無理はないかもしれない。

「…………エメリッヒのせいではありませんのに……」

エメリッヒの気持ちを思うと、アルトゥールはいたたまれなくなった。

アルトゥールが塔に放り込まれ半軟禁状態になったのは、確かにエメリッヒが階段から落ちたあの一件がきっかけだ。だが、決してエメリッヒに責任があるわけではない。あの件があろうとなかろうと、遠からずアルトゥールは父王から放逐されるなり何なりの仕打ちを受けていただろう。アルトゥールの父親は顔を見るだけで気分が悪くなるほどに、実の娘(アルトゥール)を厭うていたのだから。

コルネリアは侍女が持ってきたタルトを皿に切り分け、アルトゥールの前に置いてくれた。

「あの方は必死に努力したそうですわ。後継ぎに相応しい実力と資質を示し、やがて地位と権力を手にいれられれば、いつかあなたを塔から救い出せるはずだと」

「……エメリッヒ……」

「まあ、自分のせいで初恋の相手が散々に殴られ軟禁されれば、トラウマにもなりますわよね」

コルネリアの発言に、アルトゥールは目を剥いた。

「え?……な、え……は、初恋!?」

「エメリッヒ様はそうは言いませんでしたが、間違いありません」

コルネリアは、何故か自信満々だ。

アルトゥールはといえば急に居心地が悪くなり、椅子の上で座り直した。

「えっと……」

「ああ、誤解なさらないでくださいね。私、エメリッヒ様のそういうところが気に入っているんです」

「……そういうところ?」

「引きずり続けた初恋にきちんとけじめをつけないと、結婚できないと考えているクソ真面目なところ」

コルネリアは、翡翠色の葡萄を房から一粒つまみ上げる。

「そういう融通がきかない不器用なところが、たまらなく好きなんですの」

クスクスと笑いながら、コルネリアは葡萄を口にいれた。

コルネリアの貴婦人らしくない言いようと仕草に、アルトゥールは呆気にとられて目を瞬かせる。

完璧な貴婦人に見えていたが、本当の彼女は無邪気な人なのかもしれない。

「初めて会った時から真面目でしたわ。夜会で目があって、挨拶をして、ヴェラーに誘われて、話があるからと二人で露台に出たら、これこれこう言う事情があるんですと説明されて『だから、あなたを愛しているけど、すぐに求婚は出来ない。姫を塔から助け出すまで待っていて欲しい』て」

「初めてあったその場で求婚されたんですの!?」

驚いたアルトゥールは、タルトに勢いよくフォークを突き立てた。

コルネリアは頷き、呆れた顔を見せる。

「出会って半刻もたっていませんでしたわ。情熱的というか、堪え性がないというか……」

呆れながらも、コルネリアは幸せそうな表情だった。

「仕方ないので気長に待っていてさしあげるつもりでしたけれど、身籠っていることわかって……」

「それでエメリッヒのもとに?」

「ええ。手縫いの花嫁衣装を身にまとって屋敷を飛びだし、一人で国境を越えました」

たおやかなコルネリアの外見からは想像がつかない武勇伝に、アルトゥールは感嘆した。

それにしても、手縫いの花嫁衣装とはどういうことだろう。コルネリアほどの身分なら、自分でドレスを繕う必要などないだろうに。

「手縫いって?」

首を傾げるアルトゥールに、コルネリアは教えてくれた。

「私の国では、花嫁衣装は自分で縫うんですわ。夫になる人を思って一針一針。その衣装で嫁ぐと、末長く幸せになれると言い伝えられているんですの」

「……へぇ」

夫になる人を思って一針一針。アルトゥールには、その作業がとてつもなく素敵なことに思われた。

(わたくしには縁がない話だけれど……)

嫁ぐ予定も相手もいない。そもそも不器用なアルトゥールがドレスを一着丸々縫うとなると、それこそ一冬かかるだろう。

「……本当は、これは内緒の話ですの。エメリッヒ様はあなた様を助けようとしていたことも初恋のことも、あなた様には知られたくないでしょうから。けれど……」

コルネリアは、声をひそめた。その目は、悪戯っぽく輝いている。

「妻の私にも矜持がありますもの。夫が(わたし)より初恋の君を優先するのは面白くありませんわ。だから、王女殿下。これをネタに、エメリッヒ様を苛めてくださいましね?」

アルトゥールはまず唖然とし、すぐに噴き出した。そしてクスクス笑いながらコルネリアと同じ様に声をひそめる。

「確かに、承りましたわ。コルネリア様」

それこそ初対面であるアルトゥールに、何故エメリッヒやコルネリア自身の内情を話してくれるのかと疑問だったが、そういうことだったのか。これはコルネリアの、エメリッヒへの意趣返しなのだ。

(本当に、エメリッヒは大馬鹿ですわ)

こんな素晴らしい人を、アルトゥールの為なんかに散々待たせただなんて。

そんなふうに、アルトゥールが食事とコルネリアとのお喋りを楽しんでいると、侍女が遠慮がちにやってきた。

「あの、コルネリア様。エメリッヒ様のお客様の連れだとおっしゃる方がいらっしゃられているのですが……」

「お連れ……?」

コルネリアは持っていた茶器をテーブルに置き、アルトゥールを見る。その視線に、アルトゥールは首を傾げて答えた。誰だろう。

念のため確認しようということになり、アルトゥールとコルネリアは連れだって館の入り口まで赴くことにした。

高い天井を望める吹き抜けに緩やかな弧を描く階段を降りていくと、警備の私兵にアヒムがかこまれていた。

「あ!お姫様ー!」

アヒムはアルトゥールに気づくと『助かった』という顔で、大きく手を振る。

「アヒム!」

アルトゥールはアヒムに駆け寄った。

「ごめんなさいですわ!忘れていましたわ!」

「忘れないでよ!!」

アルトゥールの謝罪にアヒムが半泣きで抗議する横で、コルネリアが軽く手を上げてアヒムを囲んでいた私兵を下がらせる。

屈強な私兵の背中に、アヒムは舌を出して顔をしかめた。

「べーーっだ!!わからず屋どもー!」

「アヒム、今までどこにいたんですの?」

アルトゥールが尋ねると、アヒムは顔を情けなく歪ませた。

「そりゃこっちのセリフだよー!宿屋を見つけてユッテの店に戻ったら二人ともいないんだもん!方々探してたら商会に偉そうな人が来て、旦那とお姫様はここにいるって言われてさー…って、あれ?旦那は?」

キョロキョロと、アヒムはスピーゲルを探してあたりを見回す。けれど館の入り口に広がる広間には、壁際に侍従と侍女が控える以外に人影はない。

「エメリッヒと話があるらしいですわ」

アルトゥールは、わざと拗ねたような物言いをした。

隣にいたコルネリアが、それに同調して口を尖らせる。

「私達は締め出されましたの」

「ねー?」

「……ところで、この美人誰?」

笑いながらアルトゥールと顔を見合わせるコルネリアを、アヒムは戸惑いながら指差す。

「ああ、申し遅れましたわ」

コルネリアが、大きなお腹を庇いながら軽く膝を折る。

「公子エメリッヒの妻、コルネリアですわ。お見知りおきを」

「公子妃様!?わー光栄ですーお姫様らしいお姫様初めてー」

アヒムは芝居がかった動きで跪くと、貴婦人に敬意を示す騎士のようにコルネリアの手の甲に額をつけた。

(随分とわたくしに対する態度と違うのではなくて?)

だが自分が世間一般における『お姫様』の規格からかけ離れている自覚はある。アルトゥールは、仕方なく抗議を飲み込むことにした。

「……それにしても、旦那あんなに渋ってたのに、仕事早いなあ」

立ち上がりながら、アヒムが一人言のように呟く。

アルトゥールはアヒムを見上げて尋ねた。

「渋るって、何の事ですの?」

「お妃を失脚させるのに公子様を味方にしようって話になってさ。まぁ、俺はぶっちゃけお姫様をダシにして公子様と会うつもりだったんだけど、旦那がお姫様を危ない目にあわせたくないって猛反対で……」

腕を組み、少し考え込む風にアヒムが言うのに、アルトゥールは眉をしかめた。

「……お妃を失脚?」

「……あ。やべ」

アヒムが、手で自らの口を塞ぐ。それから、誰もいない背後に向けて囁いた。

「ま、いっか。黙ってろとは言われてないしー」

「どういうことですの?」

アルトゥールはアヒムに詰め寄る。

「だってイザベラはスピーゲルの許嫁で……」

スピーゲルにとってイザベラは特別な存在だ。だから、復讐のためとはいえ他の男と結婚したイザベラを、スピーゲルはそれでも放っておけずに言いなりになっている。

「旦那はさー」

アヒムは指先で頭を掻きながら、宙を見上げる。

「『どこにいくにも何をするにも、顔を隠して名前を偽るような生き方をさせたくない』んだって」

視線をアルトゥールに向け、アヒムが笑う。その人差し指の指先は、アルトゥールに向けられた。

お姫様(きみ)に」

トン、と叩かれたようにアルトゥールの心臓が大きく跳ねた。

『どこにいくにも何をするにも、顔を隠して名前を偽るような生き方をさせたくない』

アヒムに言われたその言葉が、スピーゲルの低い声に変換されて耳の内に響く。

「旦那はさ、お姫様のためにイザベラを裏切るつもりなんだよ」

続いたアヒムの言葉に、アルトゥールは不安に顔を曇らせる。

「……裏切るって……」

そんなことをして大丈夫なのだろうか。

スピーゲルが何か危険をおかすつもりなのではないかと思うと、アルトゥールは背筋が冷たくなる思いだった。

アヒムはそんなアルトゥールの不安などお構いなしに、一人でウンウンと頷いている。

「そもそもイザベラは旦那を(てい)のいい下僕くらいにしか思ってないと思うんだよね。自分はよその男と結婚したくせに、元許嫁(だんな)にあれこれ指図するって何様?何なの?男何人も侍らせて手の上で転がしちゃう系?」

「……あの」

遠慮がちにかけられたその美しい声に、アルトゥールとアヒムは動きを止める。

(しまった、ですわ)

そうだった。今は二人じゃないのだ。それにようやく気づくも時すでに遅し。

アルトゥールとアヒムの背後に立つコルネリアは、美しい顔を怪訝に歪ませていた。

「旦那、というのはスピーゲル様のことですわよね?お妃というのは……イザベラ王妃のことかしら?二人が許嫁とはどういうことです?スピーゲル様は姫君のご夫君でしょう?」

「あー……その設定また使ってんだ」

アヒムの目が魚のように泳ぐ隣で、アルトゥールは冷や汗を流す。

(ど、どうすれば……)

誤魔化すことは、きっと可能だ。だがコルネリアに対して好意と友情を抱き始めていたアルトゥールは、彼女に嘘をつくことに抵抗感を覚えた。

「ご夫婦ではないのですか?」

確認してきたコルネリアに、アルトゥールはほぼ反射的に腰から体を折り、深く頭を下げた。

「ご、ごめんなさいですわ!ああでも言わないとスピーゲルが捕まってしまうと思って、つい……」

「そうは思えませんわ」

コルネリアが静かに言った言葉に、アルトゥールは顔を上げる。

「……え?」

コルネリアは難しい顔をしていたが、決して怒っているわけではないようだ。

「ご夫婦じゃないとは、思えませんわ。だってお二人が寄り添う姿はそれが当たり前であるかのように自然でしたもの」

コルネリアに返す言葉が、アルトゥールは見つからない。

(そう……いわれても……)

アルトゥールとスピーゲルは、夫婦でも恋人でも友人でもない。けれどコルネリアに言われた言葉に、アルトゥールはフワフワと舞い上がった。以前アヒムに『奥さん』と呼ばれた時の高揚感に似ている。胸の奥がむず痒い。

勝手ににやける唇を、アルトゥールは懸命に引き締めた。

「そ、そ……んなことはないですわ……」

ぎこちなく謙遜するも、頬が赤く染まっているだろうことは自覚せざるを得ない。顔が火照って熱いからだ。

「いいこと言うね!公子妃様!同盟はいる!?」

アヒムが嬉しそうにコルネリアに話しかける。

礼儀をわきまえない口ぶりは本来なら罰せられてもおかしくないものだったが、コルネリアは気を悪くする様子もない。

「同盟?何の同盟です?」

「『旦那とお姫様をさっさとくっつけようぜ同盟』!」

「何だか楽しそうですわ。詳しく教えてくださらない?」

「まずねー盟友は俺とベーゼンとツヴァイクとライスとアストで、活動内容は……」

意外にも乗り気なコルネリアにアヒムが嬉々として勧誘を始め、アルトゥールは唖然とする。

(『旦那とお姫様をさっさとくっつけようぜ同盟』なんて……)

そんな同盟が結成されていたことなど、今の今まで知りもしなかった。

スピーゲルが知ったら、酷く嫌がるに違いない。何故なら、彼はアルトゥールと恋人や夫婦に間違われる度に、全力で否定していたから。

(……何だか落ち込んできましたわ……)

アルトゥールが濃い影を背負って壁と仲良く向かい合っていると、長く暗い廊下の奥から、騒々しい足音が聞こえた。その騒音が、高い天井に不気味に反響する。

控えていた侍女を、コルネリアは振り返った。

「何事なの?」

「わかりません。何かあったのでしょうか……」

侍女は侍従と不安げに顔を見合わせた。

途端に胸騒ぎがして、アルトゥールは体を強張らせる。

(わたくし……)

何故、どうして、スピーゲルを一人にしてしまったのだろう。

アルトゥールはよろめくように足を踏み出し、そして駆け出した。

「お姫様!?」

「王女殿下!?」

背後でアヒムやコルネリアの声がしたが、体より心が先んじて走っていたアルトゥールは返事が出来なかった。

(……スピーゲル!)

彼に何かあったのかもしれない。

石の壁に挟まれた暗い廊下は、規則的に配置された燭台の細かく揺れる灯りに照らされ、燃えるようにも怯えているようにも見えた。

この先にスピーゲルがいるという根拠のない確信に導かれ、アルトゥールは廊下を駆け抜ける。

「うわあっ!!」

叫び声に、アルトゥールは驚いては立ち止まった。直後。廊下の曲がり角の先から、男が一人吹き飛ばされるようにあらわれ、アルトゥールの目の前の壁に叩きつけられた。彼は呻き、床に崩れ落ちる。

「……」

スピーゲルではないことに、アルトゥールはまず安堵して男にそっと歩み寄る。気を失っているようだが、呼吸はしっかりしている。

「何をしている!早く捕まえろ!」

響いたエメリッヒの声に、アルトゥールは弾けるように顔を上げた。

曲がり角の先にあったのは、最初に通された部屋のようだった。片方の蝶番が壊れて半壊している扉に見覚えがある。

その向こうに、スピーゲルがいた。

彼の煤色の外套のフードは肩に落ち、白銀の髪も、紅い目も顕になっている。

騎士達の振り回す長剣を素早い動きでかわしながら、スピーゲルは隙を見つけて騎士の一人を蹴り飛ばす。

「スピーゲル!!」

アルトゥールは叫んだ。

振り向いたスピーゲルはアルトゥールと、アルトゥールを追いかけてきたアヒムの姿を見て叫ぶ。

「アヒム!姫を連れて逃げてください!」

「はあ!?何!?どゆこと!?」

アルトゥールに追い付いたアヒムは事態を飲み込めないらしく、スピーゲルとアルトゥールを見比べもたついている。

切りかかってきた騎士の剣を避け、スピーゲルがまた叫んだ。

「いいから!早く行け!!」

スピーゲルらしくない言葉遣いに彼の焦りを感じ、アルトゥールも動揺する。

「ス、スピーゲルが一緒じゃないなら、わたくし何処へも行きませんわ!」

「アヒム!!」

アルトゥールの意見など関係ないとばかりに、スピーゲルはアヒムの名を呼んだ。

「アヒム!!行け!!」

「え、いや、だけど……」

「行きませんわ!!」

アルトゥールは頑なに首を振る。

「何があろうと、傍を離れませんわ!!」

ーーー騎士に追い詰められ、淀んだ水路へと落ちて行方知れずになったスピーゲル。

あの時のように離れ離れになってスピーゲルの安否を案じて泣くのは嫌だ。

(それなら……っ)

彼が水路に落ちるなら、一緒に落ちる。矢に射かけられるなら、共に矢を受ける。

アルトゥールはスピーゲルめがけて駆け出した。

「お姫様!?」

制止しようと伸ばされたアヒムの腕をすり抜け、脇目もふらず、ただただスピーゲルの元へと走る。騎士が振りかぶった長剣の鋭い輝きも、目に入らない。

「スピーゲル!」

スピーゲルめがけて振り下ろされた長剣のもとに自分が飛び込んでしまったことにも、アルトゥールは気づかなかった。

スピーゲルが青ざめる。

「姫!!」

剣から庇おうと、スピーゲルがアルトゥールの体を抱え込み、そうされてからやっとアルトゥールは自分がした行為がいかに危険だったかに思い至った。だが、もはや手遅れだ。

コルネリアの悲鳴が響く。

視界の端に、アヒムが焦った顔で走り寄る姿があった。

振り下ろされる長剣。

アルトゥールの目には、何もかもがゆっくりと動いて映る。

けれど、全ては一瞬。

スピーゲルを突き飛ばすどころか、瞬きするほどの時もない。目を閉じることも出来ず、アルトゥールは息を飲んだ。




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