第6.5話 胃痛国王の憂鬱
わたしの名前はクリストファー・エン・エディタ。
エディタ王国の国王だ。
国王とは民を導き、守るもの。
しかし、今のわたしは目の前の義父の笑みに眩暈を覚えていた……。
「陛下」
「はい」
「君の娘は世界を滅ぼしたいの?」
「……………いえ……」
王宮の応接室。
目の前のソファに座ったエクリュ侯爵の笑みに胃痛が止まらない。
いや、悪いのはこちらなのだが……まさか、ちょっと目を離した隙にあんなことをするなんて思わなかった。
だが、不可抗力と言っても……問答無用だろう。
「まぁ、今回は許してあげるよ」
「…………………ぇ?」
しかし、予想に反してエクリュ侯爵はそう言って。
わたしは目を見開いて固まってしまう。
「代わりに、アミル姫は調きょーー……じゃなくて、再教育決定ね?」
「え゛」
ゾワリッ……。
今、この方……調教とか言いそうに……。
「君が甘やかしたのが悪いんだよ?」
「いや、あの……」
まぁ、確かに。
愛しいセシリーとの娘だと、甘やかしてしまったが。
だからって調教は………。
「だから、教育者として厳しいと有名なネッサ・ロータル侯爵夫人に家庭教師をしてもらうといいよ」
「………………へ?」
「何、その変な顔。俺、変なこと言った?」
「いえ……てっきり、エクリュ侯爵夫人が……」
「まさか。そんなことしたら、俺とシエラのいる時間が短くなるじゃん。それに、我が一家が手を出すよりキツイと思うよ?」
………そう言えば……ネッサ・ロータル侯爵夫人は、淑女教育がとんでもなく厳しいと噂で聞く。
しかし、どんなじゃじゃ馬も問題児もロータル侯爵夫人にかかればそれはそれは素晴らしい淑女に変わるとか。
というか……淑女教育が厳しいのは当たり前なのだから、何をそんな………。
「忘れた?ロータル侯爵夫人の夫はトイズだよ」
「…………………あ。」
「そう………《ハイエナ》だね。その奥方なんだから、ただの厳しさだけで終わる訳ないよね」
ハイエナーー。
それは仲間すらも恐怖させるエグい罠を巡らせることを得意とした策略家。
その奥方ということは……。
「まぁ、俺よりもヤバイ力を持ってるルークの手で世界が終わるより、淑女としての常識を凄く厳しく教えられて。一人のまともな淑女が生まれる方がマシだね」
「……………え゛?」
わたしは動きが止まる。
それを見たエクリュ侯爵はクスクスと困ったように笑われた。
「そう言えば……他人に話したのは初めてだったよ。ルークは俺より強いよ」
「…………半精霊のエクリュ侯爵、より?」
「あぁ。というか、俺の《穢れの王》の力は完全には俺の中で嵌まってない。まぁ、そうだよね。異なる世界線の俺とは言え、吸収した《穢れの王》は完成した存在だったから。でも、ルークの場合は精霊王とエルフ、《穢れの王》の力が上手く嵌って引き継がれちゃったんだよ。だから、ルークは強い。俺より力の不協和音がないから」
少し理解できないところもあったが……ルーク君の方が、それぞれの力が最適化されて、上手く組み合わさったということか?
「俺が滅ぼすとしたら、世界は闇に侵食されて人々も侵食されて滅んでいくけど……ルークの場合は、永久凍土と化すかな。あいつの氷は全てを停めるよ?時も、世界も、全てを」
「それは……つまり……」
「だけど、質が悪いのは、そこからだ」
「え?」
エクリュ侯爵はどこか鋭い雰囲気を漏らしながら、目を閉じる。
わたしの胃はキリキリと痛み出していた。
「停止させる。それは肉体の活動、精神の崩壊、理性の停止……停めるモノは全てあべこべなんだ」
「…………ちょっと待って下さい……少し、意味が……」
「コールドスリープなんて甘い話じゃない。ルークの力は、色々なモノを違うカタチで停める」
肉体が死ねば精神は死ぬ。
しかし、ルーク君の力は肉体を殺すけど……精神が死ぬのを止める。
そして、理性を止めるということは……。
「死んだ肉体に精神が残って。狂って。永遠に怨嗟を呻き続ける。はっきり言ってアレはヤバいね」
「…………………」
「《狂界永久凍土》。滅びた世界に、狂った精神だけが残る。だから、ルークを怒らせない方がいいよ?」
背筋がぞわぞわする。
胃がズキズキする。
血を吐きそうなぐらいに胃が痛い。
わたしの娘はなんていう人物をっ……。
「まぁ、とにかく。ルークがどうにかなるのはミーシェちゃんとのイチャラブ甘々ライフ……愛の力次第だよ。ミーシェちゃんと甘い生活をしてれば、ルークは世界を滅ぼそうとしない。自分達が害されなければ、自分達を害そうとする邪魔な世界を滅ぼそうとしない」
それはつまり、レティアント公爵令嬢との生活を邪魔されない限りは……世界は無事ということか。
エクリュ侯爵は「少し話が逸れたね」と笑うと、凄みのある笑みでわたしを見た。
「さて……そんなルークにちょっかいかけようとするアミル姫の教育、どうする?多分、ロータル侯爵夫人の教育を受ければ、婚約者がいる異性に近づこうともしなくなると思うけど」
「勿論、受けさせます‼︎」
「だよねぇ」
クスクスと笑うエクリュ侯爵ですが、わたしは笑えない。
というか、そんな危険な息子で……エクリュ侯爵は恐くならないのだろうか?
「エクリュ侯爵は……恐くないのですか?」
その一言で何が言いたいか分かったのだろう。
エクリュ侯爵はクスクス笑いながら、答えた。
「別に恐くないよ。どんな化物でも、ルークは俺達の可愛い子供だ。それに、少し手がかかったりやんちゃな方が楽しいだろう?」
楽しいってレベルじゃないと思います。
エクリュ侯爵はロータル侯爵家に一言言っておくと軽く挨拶をして、その場から去った。
残された部屋でわたしは、グッタリとソファに凭れる。
エクリュ侯爵も危険だと思っていたが、ルーク君もそうだったとは……。
まさに蛙の子は蛙、という訳だ。
「…………後で胃薬を飲もう……」
わたしは早速、ロータル侯爵家に家庭教師の話をするため……準備を始めたーーー。
その数年後ーー。
アミルがとんでもなく素晴らしい淑女……王女に変わり、レティアント公爵令嬢と無二の友人になったりするんだが……。
それはまたの機会にでもーーー。




