一章六幕=悪魔憑き=
また丁寧にお辞儀をしてから龍臥くんは私の後に続いて部屋の中に入る。
少しもの珍しそうに中を見渡しつつ、靴を脱いで私に続いて居間にまでついてくる。
……やはりまだ緊張の色が見えるけど、そこは慣れていってもらうしかないか。
それよりも、だ。私は気になることがあるので、それを彼に答えてもらうことにしよう。
「ねぇ龍臥くん、君の元いた場所ってどんなところだったの?」
「俺の元いた場所、ですか。そうですね……言ってしまうと、なんだろうな……ここよりは技術が進んでる世界って感じかな、見た感じだと」
「進んでいる、というと」
「例えばなんですけど、響さんは車ってご存知?」
「馬車のことかしら」
「まぁ、車には違いないですね。そういうのじゃなくて、鉄でできた箱が走る、とでも言えばいいのかな。それも馬車よりもかなり速く」
「? ? どうやって鉄の箱が走るのよ?」
それも馬よりも速く、というのは驚きだ。
悪魔憑きでもない限り、馬と速さでタメを張れるような存在はいない。
どうやら文化もそうとうこちらとは違うようだ。
「まぁ俺も詳しいギミックとかはわからないんですけど、あると重宝できるのは間違い無いですね。ただ馬と違ってガソリンがいるから、ガソリンがないと本当に鉄の箱ですね。そういう意味では、ここでは馬車の方がいいでしょう」
「ふーん? 気になるけど、まぁこの目で見るのは無理そうね」
残念ながら、と龍臥くんは苦笑しながら返す。
走る鉄の箱、もしこちらにそんなものがあるなら兵器としての有用性が高そうだ。
「あの、それよりも俺も聞きたいことが」
「何かしら?」
「悪魔憑きについて、お聞かせ願えますか?」
「あれ、言ってなかったっけ?」
「聞いてないですよ。あのテラサイトってやつらは俺のことそう呼んでたけど……」
「そうね。簡単に説明するなら……超能力者、ってとこかしら」
悪魔憑き。
いつ頃からこの名称があったのかは私は知らないけど、人にはない力を持っている人間のことをこう呼んでいる。
見た目は一般人となんら変わりはないのだけど、特筆するべきは悪魔憑きの能力者は一般人をはるかに凌駕する戦闘力を持っているということだ。
それは超能力というものを抜きにしても余りあるほどの恩恵があり、ただの戦闘であれば文字通り一騎当千の戦力になる可能性すら秘めている。
この辺りは龍臥くんも自分でわかっているだろう。なにせ初対面のテラサイトにすら臆することなく戦えていたわけだし。
それと悪魔憑きにはそれぞれ超能力がある。
龍臥くんの能力、土を操る能力。もしかしたら細かく分類すれば違うのかもしれないけど、ともあれソレは間違いなく能力者の証だ。
手品の類では説明できないほどの土を使った戦闘、そして捕縛。
これは間違いなく彼が悪魔憑きであることを示している。
とはいえなんで別の世界から来た彼が悪魔憑きであったのか、それは私にはとんとわからないことだ。
けれども彼は今後力を貸してくれるということだし、こちらとしては些細な理由とすら思える。
「悪魔憑き、ねぇ……ま、間違っちゃいないか」
説明を終えた時、少しだけ龍臥くんは自虐するような笑みを浮かべる。
その表情はなんだかとても辛そうで、そして寂しそうだった。
「龍臥くん、どうかしたの?」
「いや、なんでもないですよ。教えてくれてありがとうございます」
先ほどの自虐的な笑みは見間違いだったかと思うくらいに素早く切り替えられる。
これもどうやらまだ触れられたくない過去のようだ。
いずれ時が経てば話してくれるのかもしれないが……もどかしいところだ。
と、それにもう一つ龍臥くんには言わなければいけないことがあるわね。
「ねぇ」
「なんでしょう?」
「敬語、やめてくれない? 最初に会った時には私を呼び捨てしてたんだし」
「あ、いやそれはその……すんません」
「謝らなくていいのよ。むしろ私としてはタメ口くらいがちょうどいいんだけど……ま、龍臥くんの性分もあるだろうから、少しずつでいいから慣れてね」
了解しました、と苦笑しながら返答する。
やっぱり、なんかあるわよね。
とはいえ彼が気まずそうにしているのに推測が立てられないわけではない。
私の顔を見て泣いた、それに呼び捨てにしたことを考えると向こうにも私がいたということが考えられる。
別の世界の自分、というのも不思議な感覚だが……その私となにかがあったのだろう。
けれどもそれを深く聞くのは今の親密度じゃまず無理だし、まずは彼と私は対等の立場であるということをわかってもらわなきゃいけない。
わかりあうのは、そこからでもいいだろう。
「それじゃ、ご飯でも食べましょうか。龍臥くんはお米炊ける? できないならといでくれるくれるだけでもいいけど」
「釜だと経験ないけど……とぐくらいなら」
「よし。じゃあお願いね」
まずは、ご飯にしよう。