一章四幕=鉄華城=
城の名前は、もう趣味です。
「……こりゃ、また」
「小国だけど、それなりには立派でしょ?」
「いやぁ、それなりにどころか……」
たいそう立派だと思う。
彼女の住んでいるという場所に着き、我が目を疑う。小さいけれども村があり、なにより驚いたのは……村の中心に聳え立っている城の存在だ。
城があるという以上、この村は城下町ということになる。総人口はどの程度くらいかはわからないが、規模から察するに一個師団ほどの人数はいないはずだ。
「えと、ここは」
「鉄の華と書いて、鉄華城とその城下町。ようこそ鳳龍臥くん、私はあなたを歓迎するわ」
「鉄華城」
一言呟き鉄華城を見上げる。城の上には左右に華を開かせている姿を模したオブジェがある。
他の城で言う所の金のシャチホコみたいなものか。読んで字のごとく、体現しているわけだ。
「それじゃついてきて。お殿様にあなたのことを紹介するから」
「え、急じゃない?」
「急でもいいのよ。少なくとも龍臥くんがあいつらをやっつけたのは事実なんだから、きちんと紹介するわよ。客将としてね」
「客将て……え!? マジで戦おっぱじめるの!?」
「可能性は高いわよ。今のとこ九割がたね!」
「ほとんど百パーじゃないの!?」
どうしてこういうことになった。というかなんで客将とかいうわけのわからない席を用意されているのかわからない。
わけもわからないまま引っ張られつつ、城下町の様子を見る。
昔ながらの木製の家が並んでおり、鶏や牛などの家畜などもあたりをうろうろしている。ここからは見えないけど恐らく畑などもあるにちがいない。
実際に見たことはないけど、過去に存在した戦国時代の家屋などはこういうものだったのだろう。けれど同時によくわからないことがある。
この城と町にあんな騎士連中に狙われるような何かがあるというのだろうか?
それに九割の可能性で戦が起きるという話は捨て置けない。
俺がなんであのピエロに選ばれてこの世界に来たのか、ここで何をするべきなのかと考えざるをえない。
そうこうしている内、城の門へとたどり着く。
門の横には門番が二人、鎧を着込んで腰には二本の刀をさしていることから俺の知識に近い世界のようだ。さっきは疑問に思わなかったけど、言語形態が日本語であることも幸いだった。
そして門番の一人、俺よりも年若い見目である少年が響さんと俺を見るなり少し警戒した様子で口を開いた。
「風峰さん、そちらの男……男、ですよね?」
ちょっと傷ついた。女顔なのは自覚しているが、こうやって改めて知らない人から間違われると、悪意がなくてもショックなものだ。
「男だよ。よく間違われるけど」
「そうよ。さっき私を守ってくれた勇敢な男性よ」
「風峰さんを守った……? 本当か、そこの男」
「まぁ、そうだね。こっちも状況わからないままだったけど……明確に彼女を狙っていたのだけはわかったし、正当防衛だよ」
「十人はいたのを殺さずに倒したのよ。なかなかやるとは思わない?」
「信じがたいですが……殿にお会いに行かれるのですか」
「ええ。わかったら通してくれる? 宮城」
「わかりました。どうぞ」
おい、と宮城と呼ばれた少年の指示のもとにもう一人いた門番の少年が扉を開けてくれる。
一礼だけをして俺と響さんは門の中に入り込み場内へと入り込んだ。
「お、響ちゃんおかえり!」
「ただいま広瀬さん。奥さん産後だけどここにいていいの?」
「風峰様、どこに行かれてたのですか?」
「様づけはいらないっていつもゆってるじゃない佐倉さん。同期なんだし。あとどこでもいいでしょ」
そんじゃね、と響さんは声をかけてきた相手にそれぞれ言って前へ進む。
俺もその後ろを歩いて行くけども、思わず声をかけた。
「……城内に入ってからどんどん声かけられるね、響さん」
「これでもそこそこ偉いし、人付き合いはよくしてるからね」
「偉いっていうとどのくらい?」
「戦闘力は間違いなく城内だったら上位三人くらいには入るわよ」
「え?」
予想外の言葉に思わず声が漏れる。
どう見ても彼女は普通の女性だ。人は見かけによらないということだろうか。
「ま、そのうち私の実力も見せてあげるわよ。あ、でも龍臥くんが守ってくれるんだったらその必要はないかしら?」
「そうするつもりですよ。響さんを傷つけようとするやつは許さない」
くすくすと笑う彼女に、真面目に返答する。
「……ほんと、なんでそんなに守ってくれようとしてくれるのかは知らないけど、あまり気負わないでよ? 私は戦えるんだから」
少しだけ、心配そうに言ってくれる。それに笑って返す。
彼女に俺の内面を話すのは、どう考えてもまだ早い。
正直にゆえば、この先も言うことがないことを祈っているけど。
今は、殿様と会うことに集中しなきゃいけないな。
「気楽にしてて大丈夫よ。うちの殿は、なんというか気さくな方だから」
「気さくな殿様ねぇ。殿様って聞くと堅そうなイメージだけど……」
と、ここまでつぶやいたところで城の最上階にたどり着く。目前には襖があって奥行きがあって襖の向こうに人がいるかもよくわからない。
「少なくともガチガチに固まって会うような人じゃないわよ。それじゃ入るわよ」
響さんがそう言うと同時に、ほんとになんの遠慮もなく襖を勢いよく開いた。
「ちょ、この人遠慮がない!」
これって不敬罪とかそういう類の罰与えられてもおかしくない行動じゃない!?
「うん? ああ、風峰ちゃんか。相変わらず君遠慮がないね……って、あれ? 見たことない人がいるね」
襖を開いた奥から温和そうな声が聞こえ視線を向けると、人がいた。
短い黒髪にエメラルドグリーンの瞳、温和そうな顔つきからは人の良さが滲み出ている。
けれども殿様と言うには年齢が若そうに見える。
というよりも、俺の描く殿様のイメージとはかけ離れている。和装ではあるが、威厳があるかというとそうでもなく町の人々と同じような服装で、庶民っぽい。
「紹介します。彼は鳳龍臥くん、今度の戦にて客将として参加してもらおうと思っています」
「僕に勝手で相変わらずやってくれるなぁ、君。確かに戦力は欲しいところだけど客将なんて勝手にってさぁ……ああ、鳳くんだっけ? あんまり気は張らなくていいからどうぞこちらに来て座ってよ」
「あ、はい。それでは……」
「さて、こちらから質問させてもらうけど……君、何者かな?」
━━空気が変わった。
この殿様、見た目より重圧がすごい。
さっきまでの温和な空気はどこにいったのやら……嘘をつけるような相手ではなさそうだった。
さすがに一国をまとめる殿様と言うべきか……
チラリ、と視線を響さんに移すと、無言で彼女も「いいよ」とでもいうように頷いていた。
「……異次元の道化師、という妖によって連れてこられました鳳龍臥ともうします」
「……! そうか、あの妖が連れてきたということは別の世界の」
「ご理解が早くて助かります。正直に言えば俺自身でも信じられないことですが、事実です。そして響さんに出会いまして、変な騎士集団と交戦しました」
「きし……?」
「テラサイトの奴らです。うちの領地に入ってきてたんです」
「連中とももうあったのか。風峰ちゃんが追い払ったのかい?」
「違います。龍臥くんが私を守ってくれたんです」
「へぇ。普通急に襲われるようなら逃げ惑うと思うんだけど……肝が座ってるんだね」
「別に、そういうわけじゃないですよ」
苦笑しつつ正直に答える。
ただ俺にはあいつらをぶん殴れるだけの力があって、守りたいと思った人がいるからっていうそれだけの理由だ。
「でも、そのテラサイトっていうのは一体……」
「簡単に言うとね、現地人ってやつさ」
「現地人って……その口ぶりから言うとここのみなさんは現地人じゃないような言い方ですけど」
「そのとおりだよ、鳳くん。僕らは君と同じ別世界人だ」
………………………………え。
ちょっと待て。
「……うそでしょ」
「ほんともほんと。まぁ正しくは僕らのご先祖様が、なんだけど……二百年くらい前に鉄華城周辺の領土だけがこの世界に丸ごと移動しちゃってね。いやぁ見慣れない妖の類がいた時はほんとにびっくりしたって昔の日記にも書かれてるよ」
こともなさげに殿様は軽く笑っているが、笑い事ではない。
本来なら俺一人でも異質である別世界の人間が、ご先祖さまがとはいえこの城の関係者全員だとか笑えない話にもほどがある。
「な、なんでそんなことになったんですか?」
「当時、領域の周辺で大規模な戦が起きてたらしくてね。それに巻き込まれるのを嫌がった異次元の道化師種族が複数の力を使って別世界に渡ったっていうのが発端、って過去の文献には書かれてる。まぁどれだけの道化師が力を集めたかは知らないけどすごい話だよね……もっとも、彼ら、あるいは彼女らも自分たちが死ぬことを承知で僕らの先祖ごとここに連れてきてくれた理由は明かされていないんだけどね」
「正直スケールが違いすぎて頭が追いつきませんよ……でも、それだったらなんで目をつけられたんですか? 少なくとも今ここが残っているということは特別争うようなことはなかったと思うんですが……」
「そうだね。まぁ思い当たる節がないわけじゃないんだ」
一つ、と殿様は指を一本あげる。
「異次元の道化師という妖の存在。どこから情報が漏れたかは知らないけど、彼らを使えば別世界に行くことができるからその世界を侵略する、という考えができる。ただし肝心の道化師はここにきたさいの移動でその数が減っていることに向こうは気がついてない。僕らも彼らを無闇に利用するべきではないと考えている」
二つ、と二本目の指をあげる。
「テラサイトは僕らの領土を吸収しようとしている。まぁこれは国であれば当然の狙いだね。小国であるにしても領土は領土、接収しておくにはこしたことはないでしょ。今までは友好的にやってたんだけど……ここ数年でテラサイトは武勲を立てて急成長しているから、多分その辺りも理由かな。その辺は今忍の者に探らせてるんだけど」
そして三つ目、と三本目の指をあげた。
「ウチの娘をあちらの将の嫁によこせ、とまで言ってきた。その上で領土もよこせと……ようは無条件降伏を強いられているわけだね。娘と領土を差し出せば命は助けると……僕らはこれが許せない。一方的に舐めきっている態度をとられた上に可愛い娘を差し出せとまで言われて、黙っている親はいない。少なくとも僕はそういう人間だ」
声には、確かに憤怒の感情が込められていた。
この殿様、見た目は若いけどかなりの覚悟をしている。それこそ娘のために戦を受けて立つなんて観念は他の民衆から逃げられても文句は言えないことだ。
響さんが文句を言う風には見えないのは、この殿様を信頼しているから命を預けても構わないという思いがあるのだろうか。
「正直、国の規模を考えれば僕らの不利は明確だ。けどね……譲れないものはあるんだよ。けどね、どちらにせよ領土を取られてしまえば僕らは終わりだ。だったら、やるしかない」
「全員が全員同じ気持ちっては言えないけどね。でも、私は殿様に恩義はあるし、姫にも不幸な目にあって欲しくない。なにより……私はここで生まれ育ったんだから」
響さんはそう言って、微笑んだ。
きっと俺にはまだわからない信念があって、それを押し通そうとしているというのはよくわかった。
たとえその結果がどうなろうと、ここの人たちはそれを飲み込めるくらいには覚悟している。少なくとも殿様と響さんはそうだ。
「……けど、これは僕たち側の都合であって、君の都合じゃない。無理をしてウチに来てくれる必要はないよ」
「え?」
「勘違いしないように言っておくとね、僕だって極力戦は避けたいんだよ。民には傷ついて欲しくないしね。でも、今回はそれが通用しない相手だから戦の準備をやっているわけだ。でもそれに君を巻き込むかどうかはまた別の話で……鳳くんは戦には疎そうだし、どちらかといえば一般人じゃないかな?」
「……まぁ戦とか一度も経験したことはないですけど」
むしろ俺の世界で生死をかけた殺し合いなんていうのは、俺の知っている範囲での日本人ではあり得ない。
「でしょ? そんな人間を無理に闘わすことはよくないと思ってる。ましてや君は本人の前で言うのもあれだけど、鳳くんは本当にいた場所から風峰ちゃんが君の意思を無視して連れてきたようなものだ」
本当に申し訳ない、と頭を下げる。
「ちょ、殿様なんで頭を下げるんですか!?」
「僕は彼女の雇い主として関係ない君を巻き込んだことに頭を下げるのは当然のことだ。そして君が元の世界に帰りたいと言われても、僕や彼女にはその手段がない。だからあらためて、本当に申し訳ない」
まさか、ここまで真剣に殿様から土下座で謝罪されるとは思わなかった。
「殿様、顔をあげてください。なにができるかはわかりませんが協力はさせてもらいます」
「……本当に、いいのかい?」
顔を上げつつ、殿様は真摯な瞳で俺を見る。
俺をまだ案じてくれている、というのはよくわかった。だからこそこちらも誠心誠意、伝えなければいけない。
「まぁ、なにができるとかは正直自分でもわかりませんけど……ま、個人的な理由で助太刀させてもらいます」
その結果、別にどうなろうと構うことではない。これはまぎれもなく、俺の意思なのだから。
少なくとも、響さんに害をなすものをぶっ飛ばすくらいの役割はできるはずだ。
殿様は少し驚いた様子ではあったけど、これも一つの縁か、と呟いてから手を一度叩き、俺の方を再びまっすぐに見つめながら言葉を紡いだ。
「それじゃ、よろしくお願いするよ。鳳くん」
「こちらこそよろしくお願いします」
「律儀に頭を下げなくてもいいんだけど……あ、風峰ちゃん、どこか部屋に都合がつくまで君のとこに彼を泊めてあげてくれないかな」
……ん?
「もちろんいいですよ。たださすがに服の類はないから、その辺の資金はもらっていいです?」
「え、ちょ、え?」
俺の意思を無視して話は勝手に進んでいく。
な、なぜ俺が響さんの家に泊まることになってるんだ……!?
「おいおい、驚くことはないだろ? 鳳くんは客将なんだから寝泊まりしてもらう場所くらいは用意するよ。じゃあ風峰ちゃん、もう少し彼に話があるから、そのあとに。蒼蘭、風峰ちゃんに部屋まで送ってもらいなさい」
「はい、お父様。響ちゃん、お願いね」
「ガッテン。それじゃ龍臥くん、またあとでね」
お姫様と一緒に響さんは部屋を出て行く。
え、えっと殿様とサシのお話し合いとか怖いんですけど……
「鳳くん」
「は、はい!」
「風峰ちゃんをお願いするね」
「? 世話になるのは俺ですけど」
「いや、彼女も色々あってね……基本的にはいい子だし、いずれは話さなきゃいけないことなんだけど、どうも彼女君には心を開いてるみたいだから」
「は、はぁ?」
「急に変なことを言ってごめんね。僕からはそれだけだ」
少しだけ苦笑をして、殿様はそれじゃ出てもいいよ、と言う。
妙に歯切れの悪い言い方だったけど……それがどういう意味を持つのかは、俺にはわからなかった。
そしてこの数分後、お姫様を部屋に戻した響さんが戻ってきて、俺は殿様に一礼をして部屋を出て行った。