六章一幕=決戦=
作戦当日、俺や響さん、紅龍さんは特設された陣幕の中で殿様による作戦の内容を確認していた。
「さて、作戦は伝えた通りだけど異論があるかな?」
殿様は普段通りに穏やかな笑顔を浮かべ、問いかけてくる。
問題はない、と俺たちは返事をする。それに満足そうにうなずき口を開く。
「この作戦は失敗すれば間違いなく鉄華領は確実に滅びるだろう。向こうが非戦闘員である民にも手をかけないとは限らない。正直にゆえば間者、もとい内通者の気持ちもわからなくもない。けれど君たちが僕のわがままに付き合ってくれることに感謝をしたい。成功しても盛大な褒美なんて出せるわけではない」
少し冗談めいた言葉だ。しかしそれもこういう場においては必要なことなんだろう。
少なくとも、俺は好ましいと思っている。それは響さんや紅龍さんも同じようで不敵に笑っていた。
「とくに鳳くん、君には本当に悪いと思っている。部外者である君をこの戦に駆り出すことを、改めて謝罪したい」
「それは言いっこなしですよ殿様。俺だって色々世話になってるんだから」
「だとしても、だよ。一宿一飯以上は世話したとは言え命を失う危険との引き換えにはならないだろう?」
「普通はそうなんでしょうけど、縁も理由もできましたから」
世界を超えてまでも再び出会った憎き男、黄金竹虎。
あいつはまた俺から大事な者を奪おうとしている。許せるか? いや、許せるわけがない。
結果がどうなろうと、あいつだけは殺す。
「大将、そういや内通者からの情報ってのはどんなもんだったんだ?」
「ああ、正直言うのも無駄だと思うくらいだったから口にしなかったけど……ま、戦力差を冷静に見つめた結果、自分を生かしてもらうのと待遇を約束されて宗旨替えした、それだけのことだったよ。黄金のことは本当に鳳くんのことを喋った時のことくらいのものだったようだよ」
「そんじゃあの騎士様は? 大なり小なり情報を持ってそうなもんだけど」
捕まえて千代さんに運んでもらったけど、実はその後のことは知らなかったりする。
「そちらに関しては彼が本当にテラサイトに忠誠を誓ってる筋が通った人間だということしかわからなかったね。千代のいた部隊の頭領が直々に殺さない程度に尋問してくれたけど口を割らなかったよ」
「そうですか」
この際、拷問の内容は聞かないでおこう。少なくとも俺が考えているものよりははるかにグロそうだし。
「ま、いいじゃない。誰も死なないように、っていうのは無謀で奇跡的な話だから置いておくとしても……生きて帰るために最善を尽くしましょう。今回の作戦で多少は戦力差を埋めることもできるし……最初の頃より勝算は上がったわよ」
「まぁ、ないよりはよっぽどマシだな。リスクを取らなきゃリターンがねえからな。戦なんてそんなもんだろ?」
「リスクを極限まで削ってリターンを求める人もいますけどね」
そういう軍師がいれば俺たちも多少は楽になるのだろうか、と考えるが頭のいい軍師だったら姫様を向こうに嫁入りさせて鉄華領を護ることを考えるだろうから無意味な話だった。
こんな無謀な戦いを挑むのは、バカのやることだ。そして俺はバカだ。
だったらやるしかないだろう。
「ところで鳳よぉ、怪我の具合はいいのか?」
「バッチリ、とはいきませんけど言ってる場合じゃないでしょ」
黄金から受けた傷は思いの外深く、戦えはするものの全快とはいかない。とはいえほんの数日の間でここまで回復できた自分の身体を褒めてやりたいくらいだ。
紅龍さんも「ちがいない」と笑いながら返し、俺の肩に手を乗せる。
「ま、せいぜい無理して死ぬなよ?」
きっとそれは本心からの言葉で、真面目な顔だった。
「死ぬ気はさらさらないですよ」
だから俺は笑って返す。本心には本心で返すのが礼儀だ。
「そういう紅龍さんこそ死なないでくださいよ。あなたがここで一番強いのは知ってますけど、今回は敵の数が数なんですから」
「わかってるっての。俺だって不死身じゃない。俺はただの能なし悪魔憑きだ」
いや、能なしではないだろう。
「あんたはただの戦闘狂。強い相手に飢える傾向があるし」
「わかってんならこの戦が終わったら組手に付き合えよ。鳳でもいいぞ」
「考えといてあげる」
響さんはわずかに微笑む。
この戦が終わったら、か。だったら、前回のリベンジを兼ねてやらせてもらいましょうかね。
「さて、準備と覚悟はいいかい?」
『無論』
俺たちの返事を聞いて、殿様は再度強く頷く。
「では、これよりテラサイトとの抗戦に入る。紅龍、風峰ちゃん、鳳くん。頼んだぞ」
「まかされたぜ、大将」
「絶対にぶっ潰してやるわ」
「全力で最短で真っ直ぐに、叩き伏せます」
掌に拳を思いきり当てて気合いを入れ、俺たちは作戦を開始した。
※
鉄華領領地の森。
現在進軍を進めているテラサイト兵士たちがいた。
その数はおよそ六百。この兵士らを仕切っているのは黄金竹虎であった。領内とは言えまだ距離があるのでこの規模の隊を鉄華領に全員到着させるにはもう一日ほどかかる。
(偵察隊を先にやって様子を見ておくのもありかな? 国の半分以上の兵士はいるとはいえ敵の状況を詳細にわかっておくのにこしたことはないな。だとすれば人数は足が速い者による高速移動を前提としたものにして……)
すでにある程度の内情は以前に捉えた千代や、内通者であった宮城から入手していたが今は戦が起こる直前、万全を期すにこしたことはない。
鉄華領もすでに防衛網はしいているであろうことは簡単に予測できる。なにも偵察隊に戦闘をさせる必要はない。相手のおよその位置や展開できている人数を把握できれば良いのだ。
「ん? なんの音だ?」
そこまで考えていた時だった。
周囲から木々が揺れる音が聞こえ、地鳴りが響いてきた。
一体全体何事か、状況を把握しようとするその前に音の正体が姿を現した。
「……これはでかい猪だこと」
妖、モンスターと呼ばれる存在が現れた。身の丈は優に四メートルを超えており、怒っているのか殺気が放たれていた。これでは一般の兵士では歯が立ちそうにない。
しかしそれは普通の兵士であればだ。
黄金を含めば数人の悪魔憑きがこの部隊にいる。一般の兵士よりも強い部隊長クラスの騎士でも数人がかりで慎重に戦えば勝てるだろう。
「まぁいいや。せっかくだし景気づけをさせてもらおうか」
腰に刺していた剣を抜き取り、目前の妖を切り捨てようと踏み込む、まさにその時だった。
『ブンモォオオオオオオ!!!』
妖が雄叫びを上げる。
それと同時にさらに周囲の木々が揺れ、地鳴りと鳥の声がけたましく鳴り響いた。
「まさか」
口にすると同時に周囲を見渡せば上空には巨大な隼が群れをなし、また他の場所からも猪以外の虎や狼、馬などといった妖がそれぞれの同胞らしき妖を連れて陣地に出現した。
連れられた妖も大本ほどではないとは言え、人のそれを超える体格には変わりない以上一般兵にとっては脅威であった。
(この周辺はまだモンスターが出るような場所じゃなかったはず。となれば考えられるのは……向こうから動いてきたか!)
「こざかしい真似をするじゃないか……鳳龍臥ぁ!」
『呼んだか、このドサンピン?』
近くから声が聞こえる。
間違いない、と黄金は視線を向ける。
「フェイズ1、終了ってな」
「君を殺してから、モンスターどもも殺してやる」
怒りの視線が、鳳龍臥を睨みつけた。