一章二幕=対峙する騎士=
足音はどんどんと近づき、ついに足音の主たちが俺たちの目前まで現れた。
人数は予想通り十人ほど。
けれど和風な世界観であると思い込んでいた俺の考えと裏腹に、目前の敵は白銀の鎧と兜を装備している騎士のような存在だった。
和洋両方を取り込んだ世界観なんだろうかと考えるが、そんなことは些細なことだ。
「何の用だ? こっちは今からデートするんだけど」
とりあえず、最初に牽制として適当なことを抜かしてみる。
「お前に用はない。そこの女を我々に引き渡せ」
リーダー格と思われる、肩の鎧に鷹の文様を入れている騎士から重苦しい口調で語られる。
どうやらこちらの話を聞く気はないようだ。
その口調には自分たちの命令に従わないなら暴力的手段も辞さない、そう言った気配を感じられる。
そこらの悪漢とは違い、それには信念が伴ってすらいそうなのだが……俺も前言を撤回する気はない。
というか、引く理由がない。
「俺こそお前らに用はないよ。それに女性を多人数で連れていこうなんて紳士的じゃあないよな、騎士様?」
「そんなことは関係ない。その女を引き渡せ。これは命令だ。無駄話をする気もない、これ以上邪魔をするというなら」
覚悟しろ、と言いたげに腰に掲げているロングソードの柄に手をかける。
それと同時に他の九人も臨戦態勢を整えるために腰にかけているロングソードに手をかけた。
数の上でなら一対九、響さんを含んだとしても(関わらせるつもりはないが)二対九で俺たちの圧倒的な不利。
見渡して騎士たちの情報を可能な限り入手する。
他の武装は片手に大きな盾、白銀の鎧。大きさや形状からして攻撃にも使えるし、防御力もかなり高いとみていいだろう。
そして行軍してきた速度を考えると身体もなかなかに鍛えられている。
全身金属製の鎧でフル装備していることを踏まえると全員が全員、不良などと格が違うというのは明白だ。
けれどもそれに臆するほど俺は腰抜けでもなければ、臆病でもない。
本業の騎士様だろうがなんだろうが、俺は俺の邪魔をしてくる人間を蹴散らすのみだ。
幸い……俺にはあのピエロの言う通り人にはない特殊な力がある。
スゥ、と一呼吸入れて地面を踏みつける。
「!?」
同時に地面は俺の左右から津波のように広がり、そのまま騎士連中を飲み込んで背後へと追いやり、木々にぶつける。
これが俺の能力、地面を操ること。
物心がついた時から使えた力で、幼い頃にこの能力が一度露見したことで俺はいじめの対象となった。
これを見て家族以外で唯一気兼ねなく接してくれたのが、今は亡き響だった。
そしてこの力が今、響の面影を持つ彼女を守れるというのなら、使うことになんのためらいがあろうか。
「消えろ。これ以上怪我をしたくなかったらな」
脅しではない、という意味をこめて威圧的に話す。
この不意打ちでどの程度ダメージを受けたかはわからないが、少なくとも鎧のせいで思うように動けないはずだ。
砂は細かいから鎧の中に入り込みさらに重量は増加、ザラザラ加減で不快さもおまけだ。
けれどもどうしてなかなか……騎士連中はすぐに立ち上がってきた。
敵ながらその根性、適応性には感心する。
普通ああいう超常の力を見たら戸惑って逃げ出すものだと思うんだが、これが騎士様の忠誠心やらなんやらのものだとしたらたいしたもんだ。
「貴様……悪魔憑きか」
リーダーの騎士がなんらダメージを受けていないかのように立ち上がり、聞き慣れない言葉を耳にする。
「悪魔憑き? なんだそりゃ」
「とぼけるか……いや、わかっていないようなら真実なのだろう。だがこれで殺すのにためらいは無くなった。行くぞ!」
号令とともにロングソードが引き抜かれ、全員一度自分の前で掲げる。
━━お行儀のいいやつらだ。
その隙が、足元をすくわれる結果になるというのに。
ハッ、と嘲笑して踏み込んでまず一人の腕を鎧の上から殴った。
その際、不思議な感覚が襲った。
鎧は確かに硬かった。
だが、拳はそのまま鎧を大きく凹ませ、後ろに勢いよく吹っ飛ばした。
これは、筋力が増加している? 一般人よりも力が強い自覚はあったけど、ここまでではなかったはずだ。
意識して拳をぶらつかせてみると普段よりも軽い気がした。これなら思ったよりも楽勝で……いける!
横にいた騎士に肘鉄を打ち込み、さらに振り抜いて横の騎士を連鎖的になぎ倒す。
巻き込めたのは二人が限度だったが、動揺が起きている。
これで三人、鎧のせいで速度はあまり出せないだろうからこのまま押し切る。
「舐めるな! 小僧!」
(それはこっちのセリフだけどな)
背後からでも殺気は伝わってくるもの。そうであれば対処はたやすいものだ。
背後の地面の土を盛り上げ、そのまま二人ほど巻き込んで流し倒す。
これで五人。
「この小僧……!」
「悪魔憑きの能力を甘く見るな! 冷静に取り囲んで対処しろ!」
隊長格の騎士の指示に従い、残った四人で俺を囲んでくる。そりゃそうだ、この状況で響さんを狙おうものなら、俺が背後からまとめて潰す。
「逃げるなら、逃げていいんだぜ……? 見逃してやるよ」
「……意外だな。逃がしてくれる余裕などあるのか?」
「今後手を出さないでくれるならな」
「そうか。だがそれは無理な相談だな。我々にも命じられた任務というものがある」
「あっそ、それじゃあ遠慮しねえ、よ!」
前方へ走り、勢いをつけた拳で殴りに行く。この一撃は見慣れられたのかさすがに盾で防御されるが、それでも押し合いには俺の方に分があった。
「お、らぁ!」
気合の掛け声とともに振り抜いた。
そのまま騎士は転がり、盾の持ち手は離れガラガラと大きく音を立てて落ちた。
「う、そだろ!? こんな小僧に我らが……!」
まだ無事な騎士が信じられない、というようにつぶやく。
「事実だ、よ!」
間髪を入れずにその騎士を襲い、連続で拳を入れ込む。
拳は痛いが、それでも鎧がドンドンと凹んで行き、トドメに真正面から蹴りを叩き込んで後方へ吹っ飛ばした。
そして残りの人数は隊長格を合わせて四人。この人数なら、一気に片付けられる。
脳内にイメージを集中し、それぞれの位置を把握する。
さらにそこからイメージするのは、動きを封じるために奴らを覆い、拘束具。
「な、なんだ!?」
立っている騎士の足に土が生き物のごとく絡みつき、硬化していく。
「早くこの場を……!」
「おせえよ」
そのまま拳を握り、騎士達の胸元まで土が絡みつき、それは腕にまで侵食してその動きを奪った。
そして意識をシフトして、残りの倒れている全員を土に閉じ込めて身動きを封じた。
これで、戦闘は終了だ。
「抵抗むなしくもやむなく敗北、これなら上官さんも文句言わないだろ」
「……殺さない、のか」
「さっきも言ったと思うけど、殺す必要まであるか? 俺は火の粉は払うけど命までとるなんてことは基本的にしないよ。殺す勇気はいらないって死んだじいちゃんにも言われてるからな。ま、せいぜい抜けれるまであがいてろ」
パンパンと手をはたき、騎士連中を見る。全員が全員木々と密着させて土を固めて動きを封じる。強度はけっこうなものに調整したから少なくとも一時間程度は動けないはずだ。
「響さん! 今のうちに行こう!」
「……うん。いいわよ。あの連中のことは道中話すわね」
「了解! というわけでそこでしばらくおとなしくしてろスカタンども! バーカ!」
「一気に小物くさくなったわね、龍臥くん」