三章六幕=不屈=
「うそ、だろ……!」
確かに心臓を穿った。
心臓を穿たれて生きていられる人間なんて、いるはずがない。
なのに、なぜだ。
「いやぁ、痛いなぁ……流石に心臓は」
なぜこの男は、生きている。
手を引き抜き、蹴飛ばして距離を取る。
「まさか、不死身?」
「そんなバカな。今の一撃で僕は確実に死んだよ、一回はね」
ニコニコと口からこぼれた血を拭い、拘束を解いて長剣を再び構える。
驚くことに、貫いた胸は再生が始まっていき数十秒もしないうちに傷が完治していた。
死んだ、と確かに言ったがとてもじゃないがそうには見えない。そう言っている間にもこいつは動いていた。
「ゾンビか、こいつ」
「あんなモンスター風情と一緒にしないでもらえるかな。僕は見ての通り生きている人間さ。ま、蘇ったばかりだけど」
「それがお前の悪魔憑きとしての能力か」
「それは秘密。でも君はこれで僕に勝てる道理はなくなったわけだ」
黄金は勝ち誇ったように笑う。
……確かに現状では勝てる道理はない。心臓を穿っても生きている人間を相手に勝ちを取るということは無理難題だろう。
けれども、だとしても……俺が諦める理由になんてならない。
「死なないなら、死ぬまで殺すだけだ」
「実力差考えて物を言ってるのかい? 君は。さっきの一撃が最高の好機だったというのに」
「だとしても、だ。俺の怒りは、お前を一回殺したくらいじゃ収まらないから……むしろ都合がよかったかもな」
「……つくづく、癪に障るな。強がるなんて見苦しい」
「見苦しくてけっこうだ」
あいにくと見栄えを気にするような性格はしていないし、プライドなんてもんも持っちゃいない。
ただ今あるのは、怒りだけだ。
人は怒ることは無駄だ、許すことで先が見える、などと抜かす人間もいる。
だが、大切な人を奪った人間を、傷つけた人間を……どうして許してやれようか?
「お前は殺す、死ぬまで意地でも殺してやる!」
「……君は変わらないな」
「あ? 俺とは初対面なんじゃなかったのか?」
「? なんのことだ。僕は何も言ってないぞ」
「君は変わらないな、とか言ったろうが」
「そんなこと言った記憶はない。もういい……目障りだし、耳障りだ。戦争を起こす前に障害を排除させてもらう」
長剣を大きく構え、そのまま振り抜いてくる。
嫌な予感がして、とっさに横へ跳ぶ。直後に俺の横を風の刃が通り過ぎた。
同時に俺の頰に切り傷ができた。
「かまいたちか……!」
人力で起こせるとか、反則かよ。
「まだだよ!」
次は長剣に炎がまとわり付き、胸元を切り裂かれる。
斬られると焼かれるを同時に味わい、今まで経験したことがない痛みが襲う。
「なめるなぁ!」
指を黄金の目に突き刺す。
眼球の潰れる感触が指に伝わり、やつも仰け反る。
これで一つ視界を潰した。
ヤクザキックをかまして、追撃をかまそうとした瞬間に身体が突如痺れる。
(今度は、雷……!?)
「やってくれた、ねぇ!」
痺れた隙をつかれ、肩に深々と長剣を突き刺される。
そのまま捻られ、激痛が襲う。
「これで、終いだ!」
長剣を突き刺したまま俺を振り回し、遠心力を利用して勢いをつけて俺を投げ飛ばした。
その威力は木々をなぎ倒し、俺の身体に深刻なダメージを与えた。
口から血が溢れ、刺された左肩はあまり動かない。
「まったく、予想外なダメージを負わせてくれるなんて腹ただしい……な!」
頭を踏みつけてくる。
馬鹿が、こういうのも俺には好機なんだよ。
「き、たねぇ……足を……どけろ」
全力で右足を握りしめる。そのままの握力で足の骨を砕かんばりの勢いでやったが、振りほどかれて距離をとられる。
これ幸いに、俺は立ち上がる。
「驚いた……そんな傷でよく動ける」
「や、かましい……」
頭は痛いし、正直怪我していない場所はないんじゃないかというくらいに全身に痛みが走っている。
けれども、まだ動ける。
腕が動かないなら足を、足も使えないなら歯でもなんでも使ってやる。
「……君は危険だ。ここで首をはねて確実に息の根を止める」
長剣に炎が宿り、振りかぶられる。
……まだ終わらない。終わらせてたまるか。
『させてたまるかぁ!』
そう考えた瞬間に、声がよぎった。
暴風が俺と黄金の間に割り込み、俺は風に逆らえず尻餅をつき黄金も後方へふっとんだ。
「あんたが首魁ね、キザ男」
風峰響さんが、俺の目前に立っていた。
「これはこれは……僕のことを知ってるのかい」
「可愛い妹分においたしてくれたクソ野郎ってことはね。それで、今度は私の大事な人にこんな大怪我を負わせて……絶対に許さないわよ。けど、今はお預け……龍臥くん!」
名前を呼ばれ、意図を察する。
余力を振り絞り、黄金の前方に土の壁を小規模だが生成する。
響さんは俺の方へ振り返り、俺を抱きかかえてそのまま走り出した。
「痛むかもだけど、最速で最短で連れていくから我慢してね……ごめん!」
「平気、ですよ……」
そう呟くが、力はなくなりその言葉を最後に俺は意識を失った。