三章四幕=邂逅=
そして鰻を満喫し翌日。
現状ではまだ戦は起きていないが、俺がここにきてまだほんの数日だが千代さんがこっちに戻ったことによって、向こうも警戒しているだろう。
だからこそ先日は紅龍さんがテラサイトの先遣隊を殺していたわけだ。
しかし、これには向こうも黙っていないだろう。
今日は俺も領地の警戒につくことになった。襲ってくる妖もいるだろうし、いつなにが起きてもいいように警戒しなきゃいけない。
とはいえ、まぁ……
「またあったな、悪魔憑きの男」
早々にテラサイトの人間に会うとは思わなかった。
「そうだな。騎士隊長さん」
この世界に来て最初にあったテラサイトの騎士隊長とさっそく遭遇してしまった。
しかし前回との違いは部下を連れておらず、単独行動だということだ。
俺の方も響さんは別行動で、千代さんは知らないうちにいなくなってたけど……おそらく近くに隠れているんだろうな。見えない方が都合がいいのは事実だし。
「こんなとこで一人でどうしたんだ?」
「そういう貴様は……いや、あの女と一緒にいたわけだから聞くのは愚問か」
「こっちの質問に答えてもらいたいんだけど」
「偵察、のようなものだが貴様に見つかった以上逃げるわけにはいかんな」
「前回ぼろ負けしたのにやる気かよ」
「当然だ。ここで見つかってしまった以上、いつ追っ手が来るかもわからない。ならばここでお前を仕留めねばいけないのは道理だろう?」
「そうかねぇ。俺は別に人を殺す気は無いんだけど……っと」
踏み込まれ、剣が向けられる。
とっさに紙一重で避けて、その剣を掴んでへし折り、そのまま蹴りを叩き込んで近くの木にぶつける。
以前は向こうに人数によるアドバンテージがあったけど、今はこいつが一人であること。ここ数日の響さん、千代さん、紅龍さんとの戦いで目が速さに慣れただけあってこいつの動きが非常に遅かった。
「ぐ……!」
「やめときなって。こうなった以上連行はしなきゃいけないけど、殺すつもりはないから」
「バカなことを言うな……そのようなことをされるくらいなら自害した方が」
「命あっての物種だろ。あんたが死んでも何も変わらんぞ」
「そうかもしれない。だが、私はテラサイトに忠誠を誓っている。だから、逆賊を滅ぼす……!」
「おいおい、滅ぼすくらいならなんでこの間は響さんを連れて行こうとしたんだよ」
「彼女は鉄華城の姫の関係者だ。ならば、多少強引にでもこちらに引きずり込んだ方が姫もこちらで過ごされる際の気苦労が減るだろう」
「なんとありがた迷惑な発想だよ」
忠誠を誓っている、ていうのは本気。
さらに言えば今言っていることも本気だろう。
ただ思考がずれていることこの上ない。この世界での異端者は俺だから俺の方がずれているのかもしれないが……すんなり納得することは無理だ。
「千代さん、近くにいる?」
「は、こちらに」
すとん、と俺の近くに降り立つ千代さん。
向こうも彼女に気づいて驚愕する。
そして直後に蛇が現れ、騎士の人に噛み付いてばたりと横に倒れた。
「……殺してないよね?」
「麻痺毒を持つ蛇を噛ませただけです。しかし主人様、話は聞いておりました。殺さずに連れ帰るのは容易いですが……私はあまりおすすめいたしません」
「なんで?」
「主人様のお考えは甘いものであることに違いありません。此度は戦の前……攻められる前に数的不利を多少でも改善する方がよいかと」
「でもこの人何か知ってるかもよ? そもそも……ここにいて俺に見つかるのももしかしたら計算してのことかもしれない。もしかしたら俺じゃなくてもよかったかもしれないけど」
さすがにこれは考えすぎかもしれないが、ともあれ情報源は必要だ。
「一応部隊の長ではあるみたいだし、なにか多少なりとも情報はあるかもしれない。そういう意味で俺はこの場で殺さないで連行したいと思うんだ」
「……わかりました。では私も深くは反対しません。ですが、その……」
頰を赤らめて恥ずかしそうにモジモジしている。
「これが終わりましたら、私の頭を撫でてください……」
「? 別にそれくらいいよ」
「! ありがとうございます! では、私はこやつを連れて城の方に戻ります。説明も可能な限りは行いますが、そのあとは殿の判断次第になりますけど」
「なんとか俺が戻るまでは食い止めてもらえると助かる」
「努力します」
華奢な見た目ではあるが、さすがは悪魔憑きと言ったところだろう。あの鎧込みで大柄な騎士隊長を平気で抱え機敏に城の方へと戻っていった。
さすがは千代さん、すごく頼りになるな。
さてと、俺も戻るとするか……
「そこに隠れてるやつ、ぶっ飛ばしてな」
視線を感じていた方向に目をやる。
気配なんてものはなかったが、なんとなくそう思って言っただけだ。これでなんにもなかったら俺が恥ずかしいだけで済むし。
『よく、わかったね』
木陰から視線の主が現れる。
その姿には見覚えがあった。それはそれは端正な顔立ちで……一目見ただけでは爽やかな好青年と見えるだろう。俺とは正反対に整えられた髪質に、さっと結ぶだけの髪型でも伊達男ってわかる。
加えて軽装の鎧に腰に携えた剣も相まって、その辺の女子の理想の王子様に見えなくもない。
ただし、それは俺以外が見ていれば、の話だが。
「テメェは、本当に俺の前に現れるのが好きだなぁ……黄金」
「おや、僕の名前をよくご存知で。あの忍者が教えてくれたのかな?」
「いいや、関係ないさ。ただ……俺、お前のことは嫌いなんだ」
ああ、どうしようもないくらいに俺はこの男が憎い。
たとえ別世界の似たような同姓同名のそっくりさんであっても、殺したいほど憎んでいる。
「初対面のはずなんだけどね。そこまで嫌われる理由がわからないな」
「知っていようがいまいが関係ねえよ」
「そうかい? 取引をしようと思ってきたのに残念だな」
「取引だ?」
「君は鉄華の傭兵かなにかなんだろ? なら勝機が薄い場所よりも僕らのテラサイトに来た方が賢いと思うけど……そうすれば報酬は弾むし、僕らも助かる。君の強さは、有用だ」
「断る。俺は俺のために鉄華城にいるんだ。んで……テメェを殺したら見合いの話も消えるんだろうなぁ」
「そうだね」
「だったら……殺してやるよ、黄金竹虎」
一思いに迅速に最善に的確に。
足を地面に踏みつけ、そのまま四方から土の槍を黄金に向けて放つ。
黄金自身はそこから動かず、腰の剣を抜いて振り払った。
それだけで、周りの槍は全て届く前に先端から粉砕された。
「ふむ、そもそもなんだけどね」
驚嘆する俺に、奴は一足飛びで近づいた。
防御も間に合わずそのまま拳をもらい、そのまま後方へ吹き飛ばされた。
「がっ……!」
「僕が君より弱いと、なんで思ったのかな」
不思議そうに問いかけるその言葉に、悪意はなかった。
なるほど確かに、言われてみればそうだ。だけどそれがどうした。
俺がお前を殺すってことに、そんなことは関係ないんだよ。
「しかし君の情報は多少知ってたけど……なんでだろうね、秒を追うごとに君への気持ちが……不快なものへと変わってくる」
木に背中を預けている俺の肩に蹴りが叩き込まれる。
「なるほど、彼の言った通り女顔だ。それに僕には及びもしなかったけど戦闘筋もよさそうだ。実際あの忍者ちゃんが解放されたことからもそうなんだろう。まさかあのモンスターの呪縛を無理やり解くなんてねぇ……」
「お前が、千代さんを……!」
「僕は何もしてないよ。ただ、指示は出したけどね。情報を聞き出せたら好きにしていいって言ってね。そうとうおもちゃにしてたみたいだけど、悪魔憑きってやっぱりすごいね。頑丈だったようだ」
どんなに兵がいたぶっても壊れなかったよ、と黄金は笑顔で言った。
「ぉ、ま……えぇえええええええ!!!!!」
ブツン、と何かが切れた。
やはりこの男は、別世界といえどこういう男だ。
誰かを壊すことに、抵抗がない。
そして自分の手を汚さない。
「まだ気力があるか」
確かに強い一撃だったが、動けないほどの一撃じゃない。こんなもの、耐えられないなんてあるわけがない。
「お前がテラサイトでどんな偉い奴だか知らない! でもなぁ……別世界でも吐き気がするクズだってことはわかる!」
未だ乗せられている足を両手で掴み、全力で力を加える。
途端に黄金は掴まれてる足を軸にして、俺の顔面を蹴り飛ばして脱出し距離をとった。
こっちも口の中を切って血を地面に吐き捨てる。
「あまり俺を……舐めるんじゃねぇぞ」
「……やっぱり、不快だよ君は」
澄ました顔で黄金はそう呟いた。