二章七幕=目覚め=
「ん……」
重い瞼をゆっくりと広げると、顔に暖かい雫がかかる。
なんだろうか、と考えてぼやける視界が定まるのを待ち、暖かい雫の正体がわかる。
これは、涙だ。
そしてこの涙をこぼしているのは
「よかった……! 目を覚ましたのね」
「ひび、きさん……」
風峰響さんだった。
「よかった……響さん、無事で」
「人の心配するよりも、自分の心配をしなさい」
ぺし、と軽く頭に手を置かれる。
「私がもらった毒よりも龍臥くんがもらった毒はよっぽど危険だったんだから」
「別に俺はどうなっても……」
「自分を大事にしなさい。あなたがあなた自身を大切にしていなくても、周りは思っている以上に心配するものなのよ」
「ご冗談を。まだあってたった一日……あて」
デコピンで言葉を遮られてしまう。
「たった一日、されど一日。君はそんな短い期間で私を二回も助けてくれた恩人なのよ? 心配だってするわよ」
「そのうち一回は自力でどうにかできそうではありましたけどね」
「だとしてもよ。まったく君はいつも無茶ばかりして……」
「はは、すみません……」
申し訳ないな、と思いつつそういえばなんで毒の種類が分かっているのだろうか。
「あの、響さんがもらった毒っていうのは?」
「私がもらったのは麻痺毒。確かに動けなくなったけど命には別条はないタイプのものよ。でも龍臥くんがもらったのは生命に関わるタイプの毒だったのよ。千代ちゃんがクナイに塗ってるタイプは確実に殺すための毒だから、本当に危険だったのよ」
目を覚まさないかと思って不安でしょうがなかったわよ、と彼女は答える。
その言葉を聞いて、胸がなんだか暖かくなって……
「ぁ……」
ツーッと、頰に涙が溢れる。
「す、すいません急に泣いて……あれ、なんで」
「……龍臥くんの昔のことは知らないけどさ、きっと君は今まで我慢しすぎたんだと思う。だから、今は思い切り泣いていいわよ」
優しく、あやすように、俺の頭をなでる。
その手の暖かさが嬉しくて、堰き止めていたダムが決壊するかのように泣き、響さんはただ俺の頭を何も言わずに撫でていてくれた。
それからいくばくかの時間が過ぎ、俺が泣き止んだ頃に響さんは「落ち着いた?」と聞いてくる。
「は、い……なんとか」
「ならよかったわ。泣ける時に泣いて、スッキリできるのが一番だからね」
「そう、ですかね」
「そうよ。泣いて問題が解決するなら苦労はしないけど、なら泣けば解決できる時には泣いておく方が得だと私は思うわよ」
「心に留めておきますね、それ」
「お好きにどうぞ。身体も少しはマシになった?」
言われてみて上半身を起こし両手を開いては握りを数回ほど繰り返すと、僅かだが痺れが残っている感じはある。
「いくらかは。少しまだ痺れがありますけど」
ベストコンディションというわけではないが、戦うことはできるだろう。
「別に今やりあうことは考えなくていいわよ。もうすぐ殿様も来るはずから」
「え、なんで来るんすか?」
「そりゃ千代ちゃんを止めたことの功績を褒めによ。千代ちゃんも悪魔憑きだったのによく殺さずにすんだわよね」
「じゃああの最初に持ってた蛇は……」
「そ。直接噛ませたりクナイに毒をかけたりと用途は色々あるんだけど、あの蛇を呼んで毒を操るのが千代ちゃんの能力よ」
「呼んでってことは、呼び出しも自由自在なわけですかね」
どうりでいつの間にか消えていると思った。
しかし悪魔憑きと言っても俺の能力とは勝手がだいぶ違うようだ。
俺は媒介として地面に直接触れていなければ力を行使できない。だから千代さんとの戦いの際には室内だった故に身体能力のみで戦わざるをえなかったわけだが。
「と、足音がするわね。そろそろ来るわよ」