二章二幕=姫の部屋=
「ここが私の部屋です」
「ここが蒼ちゃんの部屋よ」
「なんでまるで自分の部屋であるかのように言うんですかね?」
数分後、姫さまの部屋に到着する。
響さんが我が物顔しているのかはわからないが、というか、この二人はそういえばどういう関係なのだろうか?
見ている限り仲がいいのはよくわかる。
距離感は主人と家臣というには近すぎる。どちらかといえば友人のソレだ。
「あの、お二人の関係は……?」
「見ての通り主従関係よ?」
「いや、距離感が近すぎる」
「幼なじみですよ。私が四歳の頃からの付き合いでして」
「ああ、だからか」
それを聞いて納得する。
あの殿様、護さんの性格を見ている限り堅苦しい主従関係というものは見られない。
そしてその娘である姫さまも主従関係に関しては似たような認識を持っているとしてもおかしくはない。
「懐かしいわねぇ。初めて蒼ちゃんに会ってからずいぶん経ったわねぇ……もう十三年か」
「……その節は、響ちゃんにも本当に迷惑を……」
姫さまの表情が険しくなり、陰鬱な空気をまとう。
暗くなるような過去がなにかあったのだろうか。そんな姫さまを見て響さんは少し乾いた笑いを浮かべながらも
「気にしないで」と優しく姫さまの頭を撫でた。
こうやってみると、妹の面倒を見る姉のようだ。
「お姉さんみたいですね、響さん」
「ん、今は旅に出てるけど妹も本当にいるしね。姫でも蒼ちゃんはほんとの妹みたいなもんよ」
妹がほんとにいるのか。
「それにあと一人、可愛い妹分はいるわよ」
「今は任務でいませんが……」
はぁ、と姫さまは大きくため息を吐く。
「千代ちゃん、まだ戻ってないの?」
「はい。正直なところ私のせいで千代に迷惑をかけてしまってるのは心苦しいのですが……」
「どういうことです?」
「千代ちゃん、高垣千代っていうんだけど、私と妹、蒼ちゃんの幼なじみでね。忍びをやってるのよ」
「忍、そういえば昨日殿様が言ってたような……」
男なら誰しもが一度は憧れる存在。仮面ナイトシリーズでも忍者をモデルにした作品もあったなぁ。
しかし俺たちの時代ではありえないけど、この世界では今でも忍者が存在するのか。
役割はおそらく、俺の世界では定番の諜報活動といったところか。
「任務ってのはもしかして、テラサイトとの件ですか?」
「そうです。あの子は敵地に赴いて……」
「千代ちゃんも密偵として出向いてる。あの子も優秀な忍びだからあんまり心配はしなくてもいいと思うけど、万が一ってこともありえるから」
「響ちゃん、そういうことは、言わないでください……」
「姫さま……」
苦しそうな彼女の表情は、きっと真実だ。
その証拠に、とでもいいんだろうか。着物の裾からわずかに出る肌には、傷跡が見えた。
おそらく二の腕まで着物の袖をまくれば、もっとひどい傷があるだろう。
それだけ今の状況に彼女は心を痛めている、あるいは責任を感じている。
もちろん腕の傷が必ずしも、そういう意味でついたのかといえば違うかもしれない。けれど俺が見えた限り傷は最近のものと古いものが多々。
この状況がいつ頃からっていうのはわからないけど、姫さまにとっては苦しい状況だっていうのは違いないだろう。
優しさは嬉しいけど、そのせいでいろんな人が傷つく。
その事実は、彼女を蝕んでいるのだろう。だからといって、俺がなにかできるわけじゃない。
俺はここに来てまだ二日目の、何も知らない人間だ。
そんな人間が下手に慰めて、なにができるというのか?
「ごめんね、でも私は最悪の状態を考えなきゃいけない立場だから」
そう言って響さんは姫さまを抱きしめて優しく頭を撫でる。
響さんの方も表情は切なそうで、苦しそうだった。