第5章 パラドックス
杏が北斗を車に乗せアパルトモンの前で降ろした後、北斗はサングラスをかけて下を向きながら自分の部屋まで歩いていた。
部屋の前に着き、マイルームキーを探していた北斗の背後に誰かが立った気配がして、北斗は後ろを振り向いた。そこに立っていたのは、隣に住む年配の男性だった。
北斗は、自分が車の中で泣いたのを相手に悟られ無いよう、下を向きつつも極めて明るく、はっきりとした声で挨拶した。
「こんにちは」
「ああ、こんにちは。今日は休みかい」
「はい」
「そうか」
男性は、何故かそこから動こうとしない。理由があるにしても、薄ら寒い。北斗は鍵を上着のポケットに仕舞い部屋を開けることを諦め、もう一度後ろを振り向き自分の後ろに立ちつくしている男性を怪訝な思いで見つめた。
「あの、何か?」
北斗が男性に尋ねたちょうどその時だった。ビリビリという感触を右腹に感じたかと思うと、北斗の思考能力は止まった。北斗はそのまま、廊下に崩れ落ちた。
年配男性がおずおずとした為りで北斗を見つめながら、自分の部屋のドアを開けて部屋に中に向かって叫ぶ。
「言われたとおりにやったよ」
すると、隣の部屋から男性2名が出てきて北斗をずるずると引き摺り、隣の部屋に連れ込んだ。
廊下と鍵の色が同系色のため誰も気付かなかったが、引きずられた際にポケットから落ちた北斗の部屋の鍵は、玄関の前に転がったままだった。
翌日、北斗は出勤しなかった。
勤務時間になっても、連絡のひとつもなく、無断欠勤だった。
普段遅刻さえ無い北斗が、無断欠勤。
剛田室長が登庁し、ミーティングは北斗無しで行った。剛田室長は、杏に、何かあったら知らせるようにと言い残し、西條監理官のお供となり、警察府本部まで出かけてしまった。
杏は、暫く様子を見ることにした。
北斗は生身の身体だ。バグたちを失い、自分達には気が付かない心の疲労が出ているのかもしれない。
北斗が感じたマイナス感情=意識という面では、一般人もマイクロヒューマノイドも変わりないはずだったが、北斗の無断欠勤という事実を客観的に認めたくない杏がいた。
始業時間から、1時間が経過した。
E4のメンバーは皆、烏合の衆となり口々に自分の推理を話し出す。
不破はひたすら首を捻る。
「おかしいですね、北斗が無断欠勤なんて」
設楽は今日も調子をこいていた。
「昨日泣き過ぎて顔腫れてんじゃないすか」
杏は設楽の頭に拳骨をかます。
「阿呆。それにしたって、連絡くらいできるだろう」
八朔は、杏の拳骨を避けながら設楽説に近い。
「ないですか、泣き腫らした翌日って、何時までも寝てますよね」
杏は八朔に拳骨をかますのを止めた。
「確かにそれはあるが、あの時間に家に帰っていたんだから起きられない時間でもあるまい」
倖田が立ち上がる。
「行ってみますか、北斗の家に」
杏は倖田の方を振り向き、お願い、とばかりに頷いた。
「ああ、頼む。倖田と西藤で北斗の家に行ってくれ。何かあったら、すぐ知らせるように」
倖田と西藤は、地下に降りて車に乗り込むと、フルにアクセルを踏み込んで、ビルを出た。
10分後。倖田からダイレクトメモが届いた。
(大変です、チーフ。北斗が家にいません)
(出勤していて、すれ違いになったか)
(それが、鍵が玄関の前に落ちてまして。北斗の部屋の鍵でした)
(なんだと?)
(開けて家の中を調べたんですが、帰った形跡がありません。活字新聞もそのまま郵便受けに入ってますし)
(昨日午後3時ごろに別れて、その時間帯前後にいなくなったというわけか)
(俺達は周囲に聞き込みに入ります)
(頼む。あたしはここで連絡を待つ)
不破が心なしか不安げに杏の顔を見る。
「まさか、ろくでもないこと考えてやしませんよね」
「それは無いと思うが。仕事に嫌気がさした可能性はあるか」
「僕も周辺のビルやらを探してみます。まさかの事態に備えて」
不破が廊下に飛び出すと同時に、IT室にいた設楽と八朔が室内に出てきた。
「俺達も探しに行きますか」
杏は、右手で2人を制して、首を横に振る。
「いや、お前たちは北斗の家周辺にある監視カメラ映像を当たってくれ」
「了解」
「Nシステムもだ。北斗の車を探してくれ。Nシステムはな、こういうときに使うんだ。わかったな」
「すんませーん」
設楽と八朔をIT室に戻すと、杏は倖田にダイレクトメモを飛ばした。
(倖田、何かつかめたか)
(廊下の床が不自然なんですよ)
(どうした)
(ゲソコンが無いかどうか調べてたんですが、何かを引き摺った痕のようなものが見受けられます)
(引き摺った?)
(はい、北斗の家の前から隣に向けて)
(隣の住人は、確か年配の警備員だったな)
(北斗が前に言ってましたね。カムフラージュ警備員の話題を仕入れてるって)
(その警備員は、今いるのか)
(ドアを叩いても、インターホンにも応答しません)
(そうか。では、別の場所からその警備員が戻るまで張り込め)
(了解)
杏は、不破に向かってダイレクトメモを発する。
(不破、聞いているか)
(はい)
(北斗は何かの事件に巻き込まれた可能性が高い)
(こういう言い方もどうかと思うけど、ビルから飛び降りてなくて何よりですよ)
(倖田や西藤と合流して状況を確認するとともに、お前は不破の部屋を捜索しろ)
(了解)
杏は椅子にどっかりと腰かけ、机に脚を乗せて頭の後ろで手を組み考える。
北斗は事件に巻き込まれた可能性が高い。それも、一般人の警備員が何かしら関与している。警備員は、金と引き換えに誰かに北斗を売ったに違いない。北斗は一般人とトラブルを起こすような男ではない。
連れ去った犯人は誰か。
一般論から言えば、北斗の身体を何かに入れて持ち去る行為は、単独では難しい。となれば、複数犯。
今迄潜入した先で、こんなことはなかった。中華マフィアでさえ、E4の関与を知って、北斗から手を引いている。
考えられるとすれば、FL教。確か教団はあの事件のあと、幹部同士がいがみ合って2つに分れたと聞く。そのうち一つの団体で、残った幹部たちが見せしめに北斗を連れ去ることは容易に想像できる。
しかし、なぜ、今。
麻田導師は何者かに殺された。
ああ、FL教においては、麻田の死がE4の仕業とされているのかもしれない。それなら合点がいく。
よしんばそう仮定して、なぜE4に誘拐の事実を知らせないのか。
北斗が事件に巻き込まれたという仮定が成立してから半日。
そろそろ、E4に対する犯行声明があってもいいはずだ。そもそも、やつらはE4の存在を知っているのか。となれば、E4に知られることを承知で何かしら北斗に罰を与えるというのが狙い。
首を捻る杏。
これでは、些か動機としては弱い。北斗を潜入させたのはE4であって、北斗の一存ではない。
北斗を誘拐しFL教に留め置くことで利益を得るのは誰か。
麻田が殺されたあの日、電脳汚染のXデーを企んだとして幹部たちは揃って逮捕され無期刑が確定したが、下っ端の幹部ほど有期刑で処分が済み、早い者ならあと3年で刑務所を出ると聞いた。
そういえば、北斗が言っていた。木村という幹部が、やけにつっかかってきていたと。以前トイレで襲われたのも、木村の仕業だったという。
杏は八朔にオンラインメモを飛ばす。
(八朔。FL教幹部の有期刑罪人の中に、木村という者がいるかどうか知らべてくれ)
早速有期刑の幹部たちを八朔に調べさせると、木村の名がそこにあった。刑務所に信者が出入りしているはずで、木村はどこからかE4の存在を知り得たのかもしれない。
今はまだ、推理の段階。北斗誘拐説の全容を語るには、ピースが足りない。
頭の中を整理しようと、杏が椅子から立ち上がったときだった。
(チーフ)
不破の声が低く聞こえてきた。
(どうした、不破)
(隣の男性が戻ったようなので、詰問の上、部屋を捜索します)
(上手くやれよ)
(了解)
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇
北斗の隣室に住んでいる男性は、自分の部屋に向かって廊下を歩いていた。
北斗の部屋で待機していた不破に、下で待機していた西藤から連絡が入ったのだ。通常、アパルトモン住まいの人間は、仕事から帰ると必ず郵便受けを確認する。西藤はカメレオンモードになって、郵便受けの前に待機していた。
西藤は、不破の隣室の郵便受けが開けられた直後、不破と倖田にオンラインメモを送った。
しばらくして、不破と同じく北斗の部屋にいた倖田が、隣の鍵音を聞きつける。
2人は、そっと立ち上がり、北斗の部屋から廊下に出た。
そして、倖田がカメレオンモードになって不破を援護する。
不破は、隣室男性の家のインターホンを押した。
2回、3回。いくら鳴らしても、応答はなかった。
不破は痺れを切らしたようで、拳銃を腰から出すといきなり鍵穴に向けた。パン!周囲に乾いた音が大きく響く。不破はいつもの堅実さとは裏腹に時間の経過を気にしていたようで、直ぐに鍵穴は木端微塵に砕かれた。
ドン!と扉を蹴り上げ部屋になだれ込む不破と倖田。2DKの部屋に、男性の姿は見えない。
すると、窓の方からガラガラ、と音がする。男性は、窓を開けベランダを伝って逃げた後だった。西藤の足でなら追いつく可能性もあったが、どちらの方面に逃げたのかさえ、不破や倖田には判別しようがない。その口から、何かを話させることはできなかった。
不破が膝を落して項垂れた時だった。
カメレオンモードを解いた倖田が不破を突き、廊下の床を指差した。
(FL教じゃないか)
オンラインメモで不破の声が響く。
(チーフ、聞こえてますか)
(すまん、聞こえなかった)
(逃げられました。ただ、部屋からFL教のバッジが見つかりました)
(飾ってあったのか?それとも落ちてたのか?)
(無造作に落ちてました。FL教の人間がここに入った証拠ですね)
(じいさんそのものがFL教の信者ではないのか)
(前に北斗から聞いた話だと、何らかの宗教に傾倒している様子はなかったそうです)
(それなら、じいさんを追いかける必要はないだろう。3人はこちらに戻れ)
杏は、どっと疲れたような気分になった。脳が酸欠状態に陥ったような感覚。
やはり、FL教の仕業だったか。
となれば、今回こそ青森市の研究施設で北斗の脳を弄るに違いない。
設楽がIT室から出てきて杏の傍に来ていた。声が耳元に響く。
「チーフ」
「オンラインメモを使え。どこで誰に聞かれるかわからん」
(了解。北斗の住むアパルトモン周辺の監視カメラから、怪しげな車が見つかりました。Nシステムで検索したところ、北上し高速に乗る車にヒットしました)
杏は机をバン!と叩いた。
(聞いたか、不破。お前は一旦E4ビルに戻りあたしを乗せて青森に行く。倖田、西藤。お前たちはそのままフルスピードで例の研究施設に向かえ!)
(設楽、八朔。あたしはこれから下に降りて青森に行く。入れ違いに室長が来たら、状況を報告しろ)
(了解)
杏は、上着を羽織ると部屋を出て小走りになりながらエレベーターに向かった。
余程急いで来たのか、不破からオンラインメモが届く。
(チーフ、もう少しで着きますから下に降りててください)
(早かったな)
(たまたま青信号だったんで)
(嘘つけ)
その言葉どおり、不破が運転する車が縁石に乗り上げ斜めになりながらビルに近づいてくる。
ビルの前に乗りつけると、内側から助手席のドアが開いた。
「早く!」
杏も無言で助手席に乗り込みドアを閉める。閉め終わらないうちに不破はアクセルを踏み込んだ。
ギャギャギャッとタイヤが鳴いたかと思うと、車は猛スピードで赤信号も無視して北上する。
冷静に現状を分析していた杏だったがゆえに、不破がいつになく冷静さを欠いているかが分る。
「そう急くな」
「焦るなって、もう北斗は現地にいるはずです。急がずにはいられませんよ」
「これからはオンラインメモで話すぞ」
右に左に身体を振られGを感じる中、そこからは2人とも、一言も話そうとはしなかった。
杏は少々酔い気味になりながらも、思い起こしていた。
こんなとき、バグやビートルがいれば。
やつらは本当によくやってくれた。ましてや北斗の事件となれば、何倍もの労力で稼いでくれただろうに。
今頃、ラボでどんな仕打ちを受けているんだろう。
記憶も掻き消されたのだろうか。
本当に、本当に、惜しいことをした。
不破の興奮した状態とはどこかかけ離れた杏は、胸の奥に寂しさを覚えるのだった。
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇
意識を取り戻したとき、北斗は何やら息苦しさを感じた。
周囲を見回して、驚いた。
5,6人の人間が、北斗と同じように、背中で腕を縛られ、床に転がされていたのだ。幸い、さるぐつわは嵌められていなかった。
この人たちは、どうしてこんな狭い場所に転がされているのだろう。
そして思い出した。
自分は、家の前であのじいさんにスタンガンを当てられたのだ。それ以降の記憶はない。
思い切って北斗は、隣の人間に声を掛けてみた。
「ここはどこですか」
「知らない」
監禁されている理由を知らない人間が殆どだったが、皆自分の身分を隠しているのかもしれない。中に1人、聡慧そうな若者がいた。E4で言えば設楽に当たる。仕事はデキるのに、口も達者なところが残念、というやつだ。
「僕は警察府の者です。ここにいる人、皆、警察府の関係者ですよ。僕はFL教の宗教団体について調べていました。そしたら昨夜襲われて。たぶん、FL教信者の仕業かと」
「FL教?」
「はい、あそこは教祖が秘密組織に狙撃されてから2つに分れたんですが、片方の団体がどうにも怪しくて」
「秘密組織?」
「内緒ですよ、E4です」
「E4?」
「伊達市に本拠を置くテロ制圧部隊で、警察府とは全く関係なく動いているんです」
「よく知ってるね」
「こう見えても、公安1課にいるもんですから」
「麻田導師が殺害されたのもE4の仕業だと?」
「暗殺に関しては、E4が担っていると聞きました。貴方、E4の人間ですよね」
北斗は、例え相手が警察関係者だったとしても、絶対に身分は明かさない。
「身分に関してはノーコメント」
「でも襲われてここにいるくらいだから、警察関係者には違いない」
質問には答えず、北斗からまた質問する。
「ここは、どこ?」
「たぶん、研究施設ですよ。青森市の山中に、FL教独自の研究施設があるんです。毒ガスの研究や、それこそ色々な研究をしている」
北斗は漸く納得がいった。
自分は部屋の前で誘拐され、青森の施設に連れてこられた。警察関係者がここにいるということは、漏れなく脳を切り取るオペを実行しているはずだ。
しかし、それを周囲に漏らすことはできない。潜入捜査は、最後まで気を抜いてはいけない。もしかしたら、これが全員信者で、芝居を打っていないとも限らない。
北斗は、当たり障りのない言葉を選んで会話を続けた。
「とにかく、縄が解けると良いんだけど」
「危ない武器は全て取り上げられたようです。何もできやしない」
ただただ、北斗はこの部屋を出て研究施設を後にすることだけに神経を集中する。
足は縛られていないということは、自力で歩かせるつもりだと推察できる。ここからオペ室までいくらか距離がある証拠だ。
ということは、鍵がかかっている施設とは別かもしれない。
いや、鍵がかかっていない施設だったとすれば、北斗が3ケ月前に潜入した時に見つけている。
やはりここは、鍵のかかったあの施設。
どうにかして抜け出さなくては。脳を切り取られるなど、真っ平御免である。
そこに白衣の男が現れた。寝転んでいた男性達を一人一人起こして、顔を確認していた。
「おや、キミは」
白衣の男が、北斗の顔を見るなりそういった。
「E4の北斗くんだよねえ。先日は導師や幹部が世話になったね」
北斗は目を合わそうとしない。
北斗の顎を鷲づかみにした研究員は、なおも続けた。
「僕はね、お前のところのチーフのせいで科研を追われたんだ。僕の研究成果を妬んだあの五十嵐のせいで・・・」
それでも北斗は声を発しない。心の中では、チーフが怒るような研究をしていたんだろうが、と悪態をついていたが。
「そうだ、キミを一番初めに実験オペに連れて行くとするか」
北斗はただただ、無言を貫き通していた。
「キミは生身だから、電脳化と洗脳の実験をしよう。もう1人、おや、そこで僕を睨んでる若造クン。脳を取り出すのはキミにしようか」
先程まで喋っていた若者が、研究員の人差し指の方向に座っていた。
脳を取り出すと聞いて、縄で縛られている何人かが騒ぎ出した。ひぃぃっという叫び声。ここがそういう施設とは知らずに監禁されたらしい。
北斗は、若者の顔を見た。
揺るぎもしない自信に満ち溢れた表情。こいつは一体何者なんだ?
北斗と若者の縄を両手で持ちながら、北斗たちを前にして歩かせ、研究員は後ろからついてくる。
まるで何かの襲撃に怯えるような足取り。
オペ室までは、中を迷路のように歩き、5分程だった。
北斗は、ガラス越しに、実験中のオペを視認することができた。
男性が2人。
ベッドに寝かされオペを受けている最中だった。
開頭手術のように見えたが、違う。ガラスの手前には、次々と取り出され、移植に失敗した脳が、だらんとした血管を浮かび上がらせて、無造作にビーカーに入れられていた。
それだけでも驚きなのに、なんと、オペに関わっている研究員たちの顔は、らんらんと瞳を輝かせ、口元には笑いがこみあげていた。こいつらにとって、命などいくつでも替えの利くパーツなのかもしれない。
流石の北斗も、吐き気をもよおした。
そして、隣の若者を見た。
若者は、口元をキュッと結び、冷ややかな目でその様子を見ていた。
北斗でさえグロテスクな物を見せつけられ吐き気がするというのに、これから自分があのベッドに乗せられようとしている若者は全くそんなことを気にかけていないようだった。
その瞬間。
外からガラスを突き抜けて、何かが壁に当たった。同時に北斗たちの縄を持っていた研究員の男の手が、血に染まった。ぎゃああと叫び声を上げて、のたうちまわる研究員。
これは、狙撃。
北斗は身を屈めると、比較的自由の利く右手で若者を引っ張った。
「狙撃だ、屈み込め!」
それでも若者は、微動だにしない。
北斗は不思議に思った。
鋼の心臓とはいえ、この状況を分らない訳ではあるまい。
すると、ヒビの入った窓が割られ、2人の男性がライフルを持って廊下に入ってきた。
「三条、まだ生きてたか」
三条と呼ばれた若者は、苦笑いを浮かべる。
「もうすぐあの世行だったかも」
2人の男性は、若者の縄を難無く解くと、今度は北斗の方に向き直り、申し出た。
「俺達の仲間になれば、その縄、解いてやるよ」
「E4より面白いぞ」
自分をE4メンバーと知る彼ら。
行き成りの展開に、北斗はガードを固くする。
「何のことですか」
「まったまた。白切ってもダメ」
「俺は九条。W4の人間だ、こっちは一条、お前さんと同じく縛られてたのは三条だ。知らなかったか。じゃあ、今後はどうぞお見知りおきを」
北斗は、初めてW4のメンバーを知った。前回内閣府長官暗殺未遂事件の時、室長がメンバー表を配っていたが、北斗の目には入っていなかった。あの時きちんと見ていれば、今日、床に転がった状態でもW4メンバーと判ったはずなのに。
そんなことを考えていると、背中が軽くなった。三条が縄を解いてくれたのだった。三条は拳銃をその手に持っていた。3人は考え込んでいる様子をみせたものの、次の瞬間、のたうちまわっている研究員を床に座らせたかと思うと、三条がその脳幹に拳銃を突き付け、パン!と1回だけ発射した。
研究員の額は黒く焦げ、辺りは血の海と化した。
E4ではテロ制圧時にも、犯人を死亡させる方法を採っていない。必ず司法の場に引きずり出す作戦を採っている。
W4のやり方に違和感を覚えながらも、寸でのところで北斗は助かった。
研究施設のオペ室内では、研究員たちが隅っこに集まり助けを求めていたようだった。他の施設のアンドロイドまでもが、オペ室に向けて走ってくる。
「さ、君は退散して」
九条がそういうと、W4の3人は集まってくるアンドロイドの脳や首筋周辺を目掛けてマシンガンを発射する。一旦姿が見えなかった三条は、マシンガンを持って研究室に戻っていた。一条と三条も加わって、マシンガンでアンドロイドたちを倒していく。
そんな時、物凄いスピードで施設内に入ってくる車の音が聞こえた。
倖田と西藤、そして不破と杏だった。
倖田も車に搭載しているマシンガンでアンドロイド目掛けて打ちまくり、運転している西藤と不破は、出てきた研究員たちの手足を撃ちながら、北斗のいる研究施設まで近づいてきた。
不破の車の助手席窓からその身を出した杏が叫ぶ。
「北斗!大丈夫か!」
北斗も負けじと大声で応答した。
「はい!W4に助けられて!」
W4?と訝りながらも、杏は北斗を西藤に預けて研究員とアンドロイドの制圧にかかった。生きている者は手足を1か所だけ打ち、アンドロイドは動かなくなるまで脳周辺に拳銃を撃ちこむ。
マイクロヒューマノイドと思しき研究員は、手足を撃っても痛みがある程度。仕方がないので死なない程度に脳に一発ぶち込む。本当に死なない程度なだけで、生ける屍も同然のような状態の者も多かったが。
研究員たちは震えあがり、その場にへたり込む者が殆どだった。
中には銃器庫から拳銃やマシンガンを持ちだす者もいたが、E4やW4のように上手く的に当たらない。初めて拳銃を手にしたものが、的に上手く当たる訳もない。
そんな人間たちの目の前に現れ、顎を蹴り手首を押さえ付ける杏。不破達は手錠を掛けたり縄で縛っていく。
何十台ものアンドロイドが山のように積み重なり、その周辺に縛った研究員を転がしたE4とW4のメンバー。
一条が不満げに語る。
「E4は優しすぎるね、命を助けるなんて」
それに反発するかのように、不破が声を荒げた。
「殺せばいいってもんじゃない。命があるからこそ内部の情報を得られる」
「その結果が有期刑」
「それは司法で決めることだ」
杏が間に入る。
「どちらにせよ、今回はE4とW4との共同掃討作戦ということでよろしいか」
向こうは九条が応対する。
「今回は君たちに華を持たせよう。北斗くん、僕たちはキミを待っているから」
九条が片目を瞑りウインクすると、W4の3人は車に乗って早々にどこかへ姿を晦ました。
杏は伊達市にいるであろう、剛田室長に連絡を取る。
(室長、聞こえてる?)
(ああ、今E4に戻ったところだ)
(W4の助けがあってね、北斗は無事よ)
(西條監理官の発案でな、W4の1人がFL教団に潜り込んだと聞いている)
(あら、そうだったの)
(で、研究施設はどうなった)
(制圧したわ。これから地元警察に引き渡して、その後警察府に回す予定)
(そうか。ならば、あとは直ぐに戻ってこい。事情聴取など以ての外だからな)
(了解)
残された杏たち5人は、地元警察に連絡を取り、場所を教えると、衛星通信を切った。そして2台の車に分乗し伊達市を目指して走り出した。
教団施設のアンドロイドは粉々に砕いたし、研究員たちは、手足を撃たれ怪我をした状態で歩けない。マイクロヒューマノイドの研究員だけは、どこを撃っても身じろぎもしないため、死なない程度に脳に一撃かましていた。
それよりなにより、あのオペ室を見れば、何らかの捜査が入らないはずがない。
脳がビーカーに何個も入っているのは紛れもない事実であり、どこから見ても尋常な研究とは言えないだろう。
たぶん、第2のXデーが進行していたとみるべきか。
だからこそ、何人もの警察関係者が犠牲になった。
W4の連中がいなければ、もしかしたら北斗が犠牲者に含まれていたかもしれない。
そう思うと、杏はブルッと震えを感じた。
帰路はゆっくりのんびりと行きたかったが、地元警察が追ってくる可能性を考え、これまたフルスピードで伊達市を目指す。
北斗は疲れのためか、後部座席で眠り込んでいた。
杏は剛田室長を通し、北斗を助けてくれたお礼を兼ね、西條監理官とW4に謝辞を伝えることにした。
不破は良い顔をしない。
三条が研究員の脳幹を撃ち抜いたことが気に入らないらしかった。
「不破。もう、この件は仕舞いにしないか」
「わかってます。でもね、何でもかんでも狙撃すりゃいいってもんじゃない」
「そのお蔭で北斗は助かったんだ。今回ばかりは礼を尽くさないと、な」
杏は不破の怒りに呼応する形で考える。
勿論、W4のやり方を全部肯定しようとは思わない。
でも。
多分、E4とW4は、背中合わせの組織なのだ。
どちらが正しいのか、それは杏にはわからない。
どちらが光か陰かさえも、杏にはわからない。
そこにはただ一つの真理があるだけ。
逆もまた、真なり、と。