恩人
美しい。可愛い。そんな言葉でこの美を表現できていいものか。いや、今はそんなことを考えることすら不要だ。ただ、彼女をまぶたに焼きつけたい。
「ごめんなさい。少し急いでて......どうかしましたか?」
透き通るような声で、感覚を現実へ戻される。
「い、いや! 可愛いなぁって思って......」
「えっ?」
「あっ」
まずい、つい心の声が......絶対変な奴だと思われただろうなぁ......
「ふふ、ありがとう」
予想外の笑顔にドキドキが収まらない。これも、現実で女の子と接点がなかったせいなのか。
「そうだ、君急いでるんだったよね? 大丈夫?」
「あ、そうだった。ごめんね。本当に怪我はない?」
「ないない。こう見えてもそれなりに鍛えてるよ。」
首と手を横に振りながら、胸を張る。たしかに引きこもってはいたものの筋トレはしていたし、たまに外に出て走ったりしていた。走るのはた ま に だが......
「そう、なら良かった。じゃあ」
もう少し話していたいが、名も知らない男に構ってる時間などないだろう。
「おう、バイバイ」
別れの挨拶を済ませ、坂道を走っていく。そういえば、この街の名前は教えてもらったが街がどうなってるのかまではわからない。上のほうから見渡せばわかるだろうか。とりあえずなにもすることがない現状、行ってみるほかないだろう。
「さて、んじゃ行きますか」
独り言を呟きつつ、歩を始める。
しばらくし、目的の場所へとたどり着いた。塀に寄りかかり眺めを堪能している人がちらほら見える。ほかと同じように塀に寄りかかりその絶景を眺める。下には様々な建物が立ち並び、この街を護る城壁がそびえ立っている。そしてそのさらに向こうには緑が、上には青がどこまでも続いている。
「絶景......だなぁ......」
前、死ぬ以前の世界では恐らく見ることはできないであろう光景に感嘆の息を漏らす。爽やかに吹き抜ける風と頭上から浴びる日差しのおかげでより一層気持ちよく感じる。ふと、声が聞こえ閉じていた目を開けて横を向くと、周りとは違う高貴そうな服を着た男とさっき出会った美少女と同じ髪色の女の子がいた。
「お父さま! はやくはやくー」
「待っておくれシズ。そう急かさないでくれ」
元気そうなはしゃぎ声がまたここの雰囲気に合う。こんなにほのぼのとしたのはいつ以来だ......
そう考えていると、横で女の子が塀につかまり登っているではないか。
「シズ! 落ちたら大変だ。早く降りなさい」
父親が女の子に注意をしながら走ってくる。
「だいじょーぶですこのくらい」
ミスがおこりそうな常套句をいい身を翻す。流石に危ないなと思ったが、父親が来てるしべつに......
「っ......」
なんだ? なんだか気持ちが悪い......頭が......いた......
「シズ! 危ないから降りなさい!」
「えぇー。 わかりましたー」
女の子が立ち上がり塀から降りようとした瞬間、突風がおきた。
風にさらわれ、身を宙に放り出される。
「シズ!!」
父親が駆け寄り塀から身を乗り出す。途端に男の顔が絶望に染まる。
自分も塀の上から下の方を覗いてみるがそこにあったのはついさっきまで元気そうにはしゃいでいた女の子の身体中がくだけちった見るも無残な死体だった。
ーーーーーーーーーー「ぁあっ!」
感覚がもとに戻った。気持ち悪くはない、頭も痛くない。......そうだっ! 女の子は! とっさに塀の下を確かめる。? 死体がない? おそるおそる横を見てみると......死んだはずの女の子がいる。
生きてる......どういうことだ? だってたしかにさっき風に......確信はないが、もしかしたらということがある。女の子のもとへ駆け寄ろうとした瞬間、突風がおきた。
「シズ!!」
同じだ。
「うおおぉぉぉぁぁあああ!!!」
全力で、ありったけの力で、地を蹴り女の子のもとへ跳んだ。
間一髪だった。右手で華奢な体をした女の子を持ち上げている。もちろん生きている少女をだ。
呆然としている少女を地面へ降ろしてあげる。慎重に、丁寧に。
「シズ! 怪我はないか」
父親が寄ってきて愛娘を大事そうに抱きしめ、抱きしめられた少女は恐怖感と安堵感が混じり合い、目に涙を浮かべる。
「よしよし......怖かったね。あなたが娘の命を救ってくれた方ですね」
父親が片手で娘を抱きしめつつ、目線をこちらへ向けてくる。
「あ、はい、そうですけど......」
「感謝を。あなたは娘の命の恩人です。もう少しで私たちの宝物を失うところでした。申し遅れました、私の名はエルシア公国レイティーナ領領主アルドロン・ディア・レイティーナと申します。こちらは、私の娘のシズ・レイティーナと申します」
少女が手で涙を拭きながら、挨拶をしてくる。ていうか領主って結構偉い人なんじゃね?
「本当にありがとうございました。もしよろしければ私の家に来ていただけませんか? 娘のお礼をしたいのですが」
さっき坂道の下の方から見えた豪邸を指差しながら礼をしたいと言ってくる。まじで? いやしかし領主様のお礼とか......俺作法とかわかんないよ? なんてことを考えていると。
「おにいさん! 助けてくれてありがとう! シズもお礼したいからお家来て!」
「わかりました、行きましょう!」
これは、あれだ。決してロリコンとかそういうのじゃない。行くとこもないしどうせならって感じのやつだ。そう、こういうお礼は受けないほうが礼儀的なあれで失礼だ。それにしても、シズちゃん可愛すぎか!