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紫陽花(あいたい)

作者: 望月笑子

帰ってきたら、郵便ポストの中の手紙を見る。それが、私の毎日の出来事の一部になっていた。

『お元気ですか?

毎日、何をしていますか?

キミの事ばかり考えています。ボクは今、絵を描いています。紫陽花の花、キミに送る絵です。紫陽花は、はなやかな花ではないけれど、雨にとってもよく似合う花で、ボクは好きです。できたらキミに送ります。

また書きます。

ではまた…』

“どんな人なんだろう…。“

彼を、一度も見たことがない。どこにいるのかも分からない。だからこの手紙は、彼からの一方通行なのだ。

何気にネコが、視界に飛び込んできた。隣の家の屋根の上を平然と歩いている。

私は、そのネコに、我を奪われた。一瞬、チロかと思った。小さい頃に飼っていたネコの名前だ。

忘れられない。忘れることのできないネコだった。かしこくて、気高くて…。

思わず涙が溢れ出てきた。おそらくもう、この世には存在しないネコだ。小2の時、友だちから譲り受けたネコだった。まだ赤ちゃんだったそのネコに、「かわいそうだけど、保健所で処分しなくちゃならない」友だちはそう言った。それが、きっかけだった。

思わず、「チロ!」と呼んでしまった。肉きゅうが真っ黒なところも、瞳の色も毛並みといい、めすネコであるところまで、まるで、チロの生まれ変わりのようなネコだった。でも、そのネコは、私を一目見ただけで、無感情にソッポを向いた。

「そっか…」

やっぱり、チロな訳ないか…。チロに似ているというだけで、チロではないんだ。チロだったら、私を見るなり、すぐにそばに寄って来たんだ。

再び涙が溢れてきた。

「チロ、天国に行けたのかな」

せっかく命を救ったのに、家族はネコを飼うことを許してはくれなかった。そのうちチロは、ウチに寄り付くだけの野良ネコになってしまっていた。そして、知らず知らずのうちに、どこかへ居なくなってしまった。

「ごめんね、最期までめんどうみれなくて。いつかまた、会えるのかな…」

……

それから、半年ほど経ったある日のことだった。いつものようにポストを開けると、手紙が添えられた一冊の本が入っていた。

『ボクの絵は、入選して本に掲載されました。他の入選者の方々と一緒に、一冊の本になりました。114ページを見てください』

ページを開くとそこには、色とりどりの紫陽花に囲まれた、チロそっくりのネコが、雨の中、幸せそうにしている姿が、色鮮やかにうつし出されていた。


………あれ以来ボクは、彼女への手紙を書くことがなかった。彼女を今でも愛している。だけどボクは、彼女の分身…彼女が消えた時にだけ、現れることができる…影の存在。その事実に、彼女は耐えられるのだろうか。

だからいっそのこと、何事もなかったかのように、ボクの方から身を引くのが一番良い方法なんだ、と自分に言い聞かせた。

ボクは、今でも彼女を想い続けている。それが、届かぬ想いと知りながら、心の底から彼女を愛している。

ボクは、形のない彼女の分身。

一緒に泣いたり、笑ったり、しゃべったりできないけれど、どこかでいつも、彼女を見守りつづけている。

そっと、彼女の気づかないところで、ボクは彼女を想いつづけている。

今でもずっと、彼女を想いつづけている…。

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