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ミヨから踊り子に関する詳しい日程を聞いた。舞を踊るのは前夜祭。その日は朝から身を清め、神社の神殿の脇に控えていなければならないと言う。前夜祭が始まる小一時間ほど前に退座して、脇の小屋で衣装に着替え化粧を施す。笛の音が聞こえたら、それを合図に神殿の前に戻り舞を披露する。
ミヨを逃がす、いや、共に逃げ出すなら着替えの為に小屋に入るときが好機か。
そんな事を計画しながら当日を迎えた。……本当はこの日までにミヨと逃げ出してしまいたかった。だが『成人の儀』の話が出てから、母や爺樣から何かしら用を言いつけられ、常にどちらかが側にいて監視されている状況だったのだ。
前夜祭の朝起きると父と母と爺樣はもう着替え終えていた。見たことも無い妖艶で威圧感を感じる佇まいで、どことなく恐ろしげな空気が漂う。
誕生日は明日だが『成人の儀』は今夜から始まるので、朝だというのに風呂に入れと言われた。俺の計画をを気付かれない様にする為、言われた通りにした。
湯舟の蓋を開けた一瞬、何か香った。湯を見ると白濁しており、何かの花びらがいくつか浮いていたのを見てホッとした。気を取り直して身を沈めると暖かさに包まれた。やわらかな湯に目を閉じる。考え過ぎた様だ。……だが、暫く浸かっていると体に違和感を感じた。目が回って意識が遠くなる様な気がした。……何か盛られていた事に気付いたときには、……もう、手遅れだった。
気付くと俺は、ぼんやりとしつつもミヨの舞を見ていた。ミヨの表情にはいつもの様なあどけなさは無く、妖しげで美しかった。父と母がねっとりとした視線でミヨを見ている。俺のミヨをそんな目で見るな! そう思った。だが体に力が入らず、ミヨを助け出す為の算段も浮かばない。笛や太鼓の音が大きく激しくなっていき、松明の灯りに照らされたミヨがゆらゆらと輝いて見える。俺はその様をただ見ているしか無かった。
舞が終わると母がミヨに駆け寄った。何か話しかけ、何処かへ連れて行こうとする。隣で父が立ち上がる気配がした。待て、何をする気だ? そう言いたかった。だが口からはうなり声しか出なかった。
「何だ? 腹へったのか? ウマイ物喰わしてやるからな」
父は嫌らしく笑い、ガキにするみたいに俺の頭をガシッと撫でた。その瞬間、血が逆流する様な錯覚が起きた。夢中で立ち上がり、傍らの松明を両手で掴むと父の背中を殴り着けた。怒った父が振り返りながら俺を横殴りにする。口の中を切った様で鉄の味がした。父は倒れた俺に罵声を浴びせながら、太い足で何度か踏みつけて来た。無我夢中で父の足にしがみつき転ばさせる。父が転んだところに岩があり、頭をぶつけた様だった。動きが鈍くなったので、急いで腹の上に股がりながら父の脇差しで喉を突いた。
周りの悲鳴を無視し跳ね起きる。呪縛が溶けた様で、霞みがかった頭がすっきりしてくる。ふと見ると父の遺体が、……その死体が姿を変え、そこに横たわっていたのは赤い鬼だった。
やはり! ……という事は母も。
徐々に萎びていく、かつて父だったモノの腰から長刀を取り上げミヨが連れ去られた方へ走った。
間に合ってくれ……!