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「美桜、みーおったら。また異世界してるでしょお?」
下校時に正門の脇の桜の木の下で、風に泳ぐ花びら達に見とれていると、後ろから幼馴染みの友里奈に言われた。
この子は異世界ネタが好きで、マンガも小説もその手の物を集めている。いわく『中二が中二病で何が悪い!』だ、そうだ。……別に悪いなんて言ってないのに。
「異世界なんて行かないわよ。それより、部活無かったんだ?」
友里奈は吹奏楽部だ。うちの吹奏楽は結構気合いが入っていて、春休みはほとんど無かったみたい。私の所属する美術部は、今日はミーティングだけだった。
「顧問の武田先生が離任しちゃったでしょ?新しい先生に代わったから顔合わせだけだった。先輩達は練習したそうだったけど、先生が『たまには早く帰りなさい、良い演奏の為には季節をきちんと感じて来なさい』、だって!ちょっと面白い先生かも」
「若い先生?これから音楽も担当するんだよね?」
「若そうだよー。音楽の授業はどうかなあ?藤平先生がいるじゃん。合唱部担当の」
「あ、そっか。名前は?」
「吉野だって、…ってか苗字しか覚えてない」
生徒が学校の先生を下の名前で呼ぶ事は無いのだ。苗字だけ知っていれば事は足りる。
「ふうん、いい先生だと良いね」
「うん。先輩達は、先生はああおっしゃったけど各自イメトレして来なさいって。最後の年だから力入ってて恐いかも」
そんな吹奏楽部事情を聞きながら歩いている内に、友里奈との別れ道に着く。
「じゃあ、またね」
「うん、イメトレ頑張って!」
最後にエールを送って帰路についた。
夜。お風呂上がりに鏡の前で髪を整えていると、あの感覚が襲ってきた。
何か、とても大切なことを忘れているような感覚。鏡の中の見馴れている筈の自分が、自分じゃない様な不思議な感覚。……そっと呟いてみる。
「あなたは誰ですか?」
「私だ!」
洗面所のドアが開き、姉の美咲が入って来た。
「あんた、この季節になると鏡見てるの長いわねー。……中二病?」
「もう! お姉ちゃん!」
この姉は人にこう言うけど、彼女の本棚は小説にしろDVDにしろ、ファンタジー物で溢れている。
友里奈も美咲も、結局自分達が現実的で無い物が好きなのだ。……私も嫌いじゃないけど、自分の事を棚に上げて人に考えを押し付けるのはどうかと思う。
姉はさっさと服を脱ぐと、笑いながら浴室に逃げ込んだ。なのでコチラも自分の部屋に戻ることにした……。