安心は尽きる。不安は尽きない。
話を整理する。僕は家を出て旅をしている。これは確実なことだ。そして、たくさんの言葉を忘れている。これも確実だ。そして、僕の名前……。
もしも、僕の名前がサンだったとしたら、これは大変なことだ。完全に恐怖体験をしていることになる。あの島の紙に書かれていたことは僕に向けて書かれていたことになるのだから。他人事だと思っていたからあんなに冷静に見られていたけど、今振り返っていろんな可能性を考え出すとそう冷静ではいられなくなる。
可能性はたくさんあるのに、そのどれも確信にはつながらない。だって忘れてしまっているから。この旅に出る前は確かに覚えていた。まだ三日目の夜だというのに、何が僕をこんなことにしたのか。疑問を挙げれば尽きることはない。
さっきの二人は何だったのだろうか。小さな人間は僕より小さいし、大きな人間は僕よりはるかに大きい……。そうだ。小さな人間は「小人」と、大きな人間は「大人」と呼ぶことにしよう。いちいち長く呼ぶ必要がなくなる。
そして僕の名前は、ひとまず「ツキ」とする。今、空に月が浮かんでいるから。この旅において、僕はやっと、誰かになれた。きっとこれからも僕は僕でいられる。大丈夫だ。
……少しの安心感から、浅い眠りに落ちかけていたその時、彼の中に一つの風景が思い出された。いや、ただの夢なのかもしれないが。
その風景というのはテーブルの向こう側で、二人の大人が僕に向かって笑いかけているものだった。
不思議な感覚だった。島を見つけた時よりも、食料をもらった時よりも、僕の名前が決まった時よりも、圧倒的に大きな安心感がこみ上げてきた。これは何だろうか。
わからない。でも確かに気づいてしまったことはある。それは、いま僕の中には僕たらしめるものなんて何一つないということ。昔誰かが、自分がいることだけは確かなことだと言っていたらしいが、そんなものは嘘だ。だって、僕は僕が誰なのかということも知らないじゃないか。僕は誰だ。
そしてもう一つ言えることは、寂しいってことはこのことだ。ということ。
少年の中には、愛しかない。だからこそ、愛から離れれば不安や寂しさに襲われるのは当然のことだ。愛以外を知らない少年に、愛以外を探すことなどできるのだろうか。
それにしてもなぜ、少年は親子関係というものを忘れてしまっているのだろうか。