マオ、森の大猪をビッグボアと呼ぶ!
遅くなりましたが、あけましておめでとうございます!
前回の更新後、仕事が忙しくて今日の更新となりました。年末年始で、ちょっとグロッキーです。
昨年同様、今年もよろしくお願いいたします!!
ボクの目の前には、身長が倍以上、体重が10倍近い猪型モンスターが鎮座していた。仮で名前を付けるなら、"大猪"か"ビッグボア"のどちらかだろう。ここは、ビッグボアがいいかな?
あの巨体を見ていると、『大型動物は乗ってなんぼ』という感覚になる。言葉使いに関してのツッコミは無しで。
「獣魔関係のスキルって、有るのでしょうか? ユウキに要確認ですね!」
近くに落ちていた野球ボール大の石を手にして、狙いを定めようと片膝立ちになる。石を片手に投げる隙を伺うが、ビッグボアは簡単には油断せず投げるチャンスがない。
それどころか投げようと構えると、顔をボクのいる方角に向けてくるのだ。これは相当、厄介なモンスターかもしれない。
身に纏う空気というのか、気配なのかは分からないが、ビリビリと感じるのは冗談ではないと思う。
「もしかして──この森のボスでしょうか?」
ここまで来る道中、何度もモンスターには出会ったのだが、不意討ち・奇襲・闇討ちと色んな攻撃方法が成功していた。
その数は10匹を軽く越える。
その内の1匹ですら、攻撃がヒットする前にボクを察知することはなかったのに──。これがリアルワールドのボスの一角なのだろうか?
「正面から、正々堂々というのも楽しいので、問題なしですね」
頭に付いている銀毛の狐耳を、ピコピコ動かし周囲の音を拾うため集中する。このときのボクは、自分の顔が笑っているのには気付いていなかった。
ただ無意識で、お尻から生えている銀毛の尻尾を前に持ってきて、気持ちを落ち着かせるかのように撫でていた。元々、考え事をするときには、髪の毛を触る癖があるようなんだ。
──こういう癖って、本人には分かりづらいものだよね~。
こういう行為を、『代償行為』と言うらしい。今のボクで例えるなら、『戦闘本能を抑えるために、尻尾を撫でている』行動である。
まあ、銀毛が細く、滑らかで、サラッとした触り心地なので、止められないというのが真実ではあるが。
「──周囲に敵影なし」
後でユウキから教わったことだが、システム機能の1つである【MAP】とスキル〈索敵〉を合わせることで、MAPを使った索敵が出来るそうだ。
そのことで1つ問題がある。そう、ボクが〈索敵〉を持っていないことだ。地力で索敵出来るので問題はない。
「──さて戦闘開始の、先制攻撃です!!」
体を〈魔闘術〉で強化して、石を〈魔装術〉で保護、強化する。最初にユウキが説明してくれたことだが、『投げる』ことも普通に出来る。スキルの〈投擲〉はレベルアップにより、命中力・威力を強化できるらしい。あと若干になるが、射程も延びるそうだ。
これまでの道中、石を投げるだけで戦ってみた感じから、素の状態で投げた感想は『最高でも現実基準』というものだった。
多分ではあるが、野球部のピッチャーなら『狙ったところに当てる』のは難しくないレベル。ボクの感覚ではあるが、強ち間違ってもいないと思う。
そこからボクは、〈投擲〉のスキルがどういったモノなのかを考えた。
まず目玉となっているのが、『命中力UP』である。これは単に、"弾道補正"ではないのだろうか?
内容は、狙ったところに当てる──いや、当たる補正じゃないのだろうか? と考える。
『威力強化』はそのまま、ダメージ増加で間違いないだろう。それ以外には考え付かなかった……というのが正しいかもしれないが。
まあ、長々と説明をしていたが〈投擲〉 のスキルは、投げるのが下手な人向けのモノではないか? と言いたいわけだ。
ボクは勿論のこと、ユウキたち3人の運動能力は高い。(ボクと比べること自体がおかしいけど)
ビュン!!
真っ直ぐにビッグボアの頭目掛けて飛んでいく。ちなみに距離は10mくらいしか離れていない。外す要素はほとんど無いと言ってもいいくらいだ!
しかし、ビッグボアの奴は投げた方向に気付いたらしく、横跳びをして回避した!!
いくらなんでも数百キロと思える巨体が、『横跳びする』と予想できる? ボクには、全く考え付かなかった。
「これが"表層区"のボスなのでしょうか? これはちょっと厄介ですね」
ユウキの説明では、この森は3つの区画に別れている。
今ボクのいる"表層区"、モンスターが2倍以上は強い"中層区"、βテスト期間中にはクリアできなかった"深層区"とプレイヤーたちは分けている。
はっきり言って、現時点でボクがビッグボアに挑むのは、自殺行為である。それでも、ボクの中には『撤退』の2文字がなかった。
現実では、戦うこと自体が罪の1種であり、ボクの戦闘欲求が相当溜まっていたのは言うまでもない事実だ。そして、ぶつけられそうなモンスターに、戦うこと自体が前提の世界。
正に天国のような、好都合な条件が揃ったことに心から感謝する。『闘えない』ことって精神安定上避けたいからね。
ボクの心の奥深くに、超合金の鎖で封じ込められた"戦闘本能"が、激しく躍動しているのを感じる。ほんの少し、締め付けを緩めるだけで元気よく弾け飛びそうだ!
「さて、行きますか!」
気負いすることもなく、ボクは草むらからゆっくりと出ていく。ビッグボアから視線を離すようなことはしない。
草むらから出てきた小さな影を目撃したビッグボアは、口元に生えた大きな牙を左右に振り、天高く雄叫びを上げた!
『ブモォォォォォォォォォォ!!!!』
その雄叫びの大きさと、空気を震わせる衝撃がボクの体に当たった。小学生の頃に和太鼓の演奏を聞いたことがある。その時も今ほどではないが、空気から伝わってくる振動は大きかった気がする。
よくビッグボアを確認するが、その立ち姿から『油断』を感じとることは出来なかった。ボクの倍以上大きい体を持ちながら持ちながら、『目の前にいる脅威』を侮ってはいないのだろう。
良くできた"人工知能"だと感心する。
まず最初にするのは、贅肉のついた"ボクの戦闘本能の研磨"かな? 間違いなく、現時点で目の前にいるビッグボアは、ボクより強い!
〈魔闘術〉を全開で発動させる。全MPが一瞬にして消え去るが、ボクのスキルには〈魔力回復量増加〉があるので、現時点で使用した分は少しずつだが回復してきている。バーで確認しにくいのが少し残念だ。
「さあ、”戦闘開始"です!」
先手として駆け出したのはボクだ。現状格下のボクが、後手に回るのは悪手なのは間違いなし!
〈魔力操作〉を使い、足裏に魔力を集め、それを一瞬で圧縮・爆発させる。これまでの戦闘で分かったことは、『魔力は"形態"によって威力が違う』ということで、そのまま爆発させるより『集める➡圧縮➡爆発』という行程を行った方が、結果である威力の上昇が認められたからだ。
最初の頃はタイミングがなかなか掴めず、魔力を無駄に消費してしまった。
もっとも、最初の頃と今とでは『魔力の使用量』が倍以上違うのだが。
ボクの移動速度は、ビッグボアが予想していた以上に速かったらしく、迎撃されることもなく懐に潜り込めた。
接近して分かるのは、ビッグボアの巨大さ。元々大きかった体は、正に"壁のよう"に見える!
剛毛が覆う横っ腹を、魔力を集めない状態の拳で殴った!
ズシン!
過去に1度だけ殴ったことのある、サンドバッグみたいな重い感触が右手に伝わってきた。殴ったことにより、発生するはずのダメージが『吸収』されたかのように、痛みを訴えないビッグボアに目を大きく開く。
もしかして、この剛毛の下には『ぶ厚い脂肪』があるのかもしれない!
ブルルルル
ビッグボアの体が小さく震えるのを感じとり、大急ぎでその場から離れる。たった数歩で10mくらい離れる。
この移動は、歴としたアーツで『瞬』という。
この『瞬』は"セミオート"という状態で、スキル名を口に出すことで発動するタイプのスキルだった。
他のスキルも同じようなものなのだが、『瞬』の場合は勝手が違う!
例として上げよう。
『魔王撃』……スキル名➡溜める動作➡攻撃➡術後硬直
『瞬』……スキル名➡発動・移動
魔法系……術名選択➡詠唱➡発動
という感じとボクは理解している。"溜める動作"はセミオート時に置いて1秒未満くらいで、"術後硬直"はだいたい1秒くらいだった!
ただ、術後硬直に関しては、『体制維持』が含まれている感じが大きく、バランスをとる観点であるのかもしれない。
魔法に関しては『全自動化』もあるのだが、これは全く使えなかった! 詠唱を開始したら、キャンセルが出来なかったのだ!!
オートが使えるのは魔法関係だけらしく、アーツにはない。
魔法をオートで使う利点は、『目標に確実に当てる』というシステムに認められたある種のチートとも言える。『ズル』というほどのモノではないが、セミオートだと『キャンセル出来るが、外れることがある』のだ。
この『魔法のオート化』は、パーティプレイ専用ではないだろうか?
それがボクの考えだ。
ちなみに、アーツに関しては『手動操作』に切り替えてある。マニュアルの利点は、"任意の場所で使える"というものだ。
一見すると、結構使い勝手が良さそうに思えるが、実際は『とても使いづらい』という大きなデメリットを簡単に感じた。
ビッグボアと対峙しながら、ボクは右手に魔力を集める。大きなデメリットも、慣れてみればそう大きな問題ではなかった。
実際に使ってみた感じ、ユウキのアーツの発動はボクの使っているマニュアルに酷似していたからだ。要するに、"慣れ"ということだろう。
現在のボクは『溜める』動作のまま、攻撃するタイミングを待っている状態だ。この『待機状態』での維持が可能なのが、マニュアルで操作出来ることが1番大きいメリットだ。
しばらくの間、ビッグボアの突進を避けたり、魔力を込めた【魔王拳】で横っ腹を殴ったりしていると、ある程度の行動パターンが読めてきた!
ガガッ
右足の蹄で地面を蹴る仕草をしてきた。この動作は、突進攻撃の前兆であるとボクに教えてくれている。いくら攻撃のモーションが分かっても、ギリギリで回避することはできない!
体格が違いすぎるからね!!
ボクが【瞬】を使い、3mほど横に移動する。足が地面についた瞬間にボクから30cm離れた位置を駆け抜けていった。頬を撫でる風は、重さを感じそうなほど強い!
背後からは、ズシィ~ンっという音が聞こえる。その中に『バギィ!』っという、幹の折れた音が混じっているのが耳に入ってきた。何度も回避した先が、同じ木だったのだろう。
「う~ん。有効打が入っているのかが、分かりにくいのが問題ですね」
当然というのか、このゲームには『モンスターのHP残量』は分からない仕様になっている。HP残量が分かるのは、『プレイヤー』と『NPC・従魔』だけという話だ。
それだけではなく、『ピンポイントヒット』や『クリティカルヒット』という"即死系"の攻撃判定があると聞いている。ただ、この両者の境は曖昧らしく、線引きが出来ないらしい。
ユウキの話では、『心臓に攻撃する』のがピンポイントヒットで、『首チョンパ』がクリティカルヒットらしい。面倒なので気にしないようにしている。。
「突進力も結構な一撃ですが、何よりその体格が問題ですね」
その一言に尽きてしまう、ビッグボアの巨体。お父様がアウトドアが好きで、毎年夏休みには2泊3日で大自然溢れるアマゾンなどに出掛けている。
そういえば、去年は富士の樹海だった記憶だ。
『ブギィィィィィィィィィ!!!!』
戦闘開始から、回避優先で戦っていたボクに対して、ビッグボアがキレたらしい。まあ、何度も木の幹に頭から突っ込んだら痛いだろう。
ビッグボアの足下、蹄の辺りから赤いオーラが湯気のように立ち上ってきた!
その光景を見た瞬間、『あれはヤバイ!!』と本能が警報を鳴らした! 今までのように、ギリギリで回避することをしたら"死んでしまう!"と直感が訴えるので、【瞬】を連続で使用した。
我流アーツ【瞬・連】
後にユウキに確認したら『我流アーツ』とは、個人によって使えたり、使えなかったりする単発アーツの上位系らしい。そして我流アーツは発動条件が不明かつ難解らしい。
発動したことを話したら「本当に幸運ねぇ~」とサキは微笑んでいた。
ただ、本来の瞬よりMPの消費量は多くなったのはご愛嬌らしい。まあ、ある意味『切り札』が出来たので満足だ。
もしかすると、【瞬・連】は熟練の域に達すると『それは残像だ!』とか、かっこよくキメられそうだ。
練習に励み、迷子になるボクがいたのは必然の出来事だったのかもしれない。
赤いオーラを体に纏ったビッグボアが、ボクのいた場所を削り取りながら駆け抜けていった!
元からでも危険きわまりない攻撃が、『オーバーキル』に格上げされた瞬間だった。接近戦闘が危険なのは理解できたが、中・遠距離で攻撃できそうなのは、名称不明の杖? と道中拾ってきた石だけだ。
ちなみに遠距離の主役たる魔法は、【魔力弾】のみ。
八方塞がりかも知れない! たらりと、冷や汗が背中を流れた。
こんな時だからだろうか?
走馬灯のように、ユウキの使用していたアーツが脳内で再生された!
アーツ【斬刃】
スキル〈剣術〉で覚える唯一の"中距離攻撃"が、ボクが知っている最後のアーツ。ユウキからはぐれたボクは、他のアーツは知らない!
こんなことになると知っていたら、ユウキの使えるアーツを全て使わせるべきだったと反省する。
後悔? いや、しないよ?? だって、死ぬ気ないし。
右手を手刀の形にして魔力を集める。取り合えず、使う魔力は100くらいで……。
準備が整ったボクは、タイミングを見計らって横向きに、腕を振り抜いた!
【条件のクリアを確認。アーツ【魔刃】を習得しました】