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ゾーン

作者: 弥生 祐

 中空に投影された立体的なフィールド。

 その中を所狭しと動き回る、否、動き回させている人型のコマを睨みつけながら、彼は次に打つべき戦術を思考する。

 ――さて、奴はどうくる?

 適度に緊張し、適度に集中した彼の喉がゴクリと上下に動いた。それに合わせたように周りの観客もまた生唾を飲み込む。

 第十回目を迎えたこの試合。三次元フットボールという競技名で呼ばれるこの時代で一番、人気のある娯楽だ。

 競技者はそれぞれFW、MF、DFなど二十もの人型のコマを交互に操り、一つの球体を相手陣地のゴールと呼ばれる枠内に入れることで得点し、その勝敗を競う。旧時代にあったフットボールに名称こそ似ているなれど、本質的には囲碁やチェスといった盤面競技に近いスポーツである。


 ――よし、奴の動きが、考えが読める。

 相手はフィールド天頂付近に配した軽装FWのサーカスと呼ばれるオコチャというコマで奇襲してくるつもりだろう。

 自陣近くで山のように動かさない重装FWビアホフは、囮に違いない。彼はそう読み取り、自分の順番に備え自軍のコマを確認した。

 果たして相手は彼の推測通りの展開をし、彼は見事に球体を奪うことに成功する。

 そのまま攻めに移行した彼は、自分でもビックリするほどの鮮やかな戦術で相手のDFコマを翻弄し、得点に結びつけた。


 ――いける、今日はなんだか調子がいい。いつもなら分からない奴の思考が読めるし、それにこちらが攻める時には新しい手が閃く。

そうか、これか。これが噂に聞くゾーンに入ったという状態か?


 ゾーン。それは一流のアスリートが競技中に入る、入り込んでしまう神域だ。自ら発動させることは出来ず、ある一定の状況。例えば極限までの集中の果てにあるとか、逆にリラックスした自然体の果てにあるだとか噂されるが、発動条件は解明されていない。

 ただ言えることはひとつ。ゾーンに入った競技者は普段の力量を超えた技を見せ、必ず素晴らしい結果を出すということだけだ。


 彼には初めてのゾーン体験である。しかしすぐに理解出来た。ゾーンは神域とも呼ばれている。つまり神からの授かりもの。

 いまこの時授かったというのは、この相手に勝てという思し召しなのだ。彼は改めて投影されたフィールドの向こう側にいる、血の通わぬ相手を仰ぎ見た。

 彼の対戦相手、ゼウスと名付けられた機械人形は、その高度な演算処理能力を持って、人間の娯楽だった三次元フットボールの覇者に君臨している。これまで幾人もの挑戦者を破り、一喜一憂もしないその当たり前の姿は、この競技に人生を捧げてきた彼にとっては憎むべきものでしかなかった。いや、彼だけではなく今日の対戦を観戦している大勢の人間も、ゼウスを倒して欲しいと願っていた。


 ――よし、これで同点だ! このまま押し込む!


 残り競技時間はあと五分。彼はリザーブのFWコマをDFコマとチェンジさせた。立体フィールドの相手陣内に新しいコマが浮かび上がる。怪物FWロナウドと呼ばれるコマ。それは彼の切り札でもある。ゾーン中の彼は相手が慌ててDFコマを投入する姿が予想出来た。

 彼の思惑通り、ゼウスは中盤でタクトを振らせていたハジという技巧MFをチェンジしてDFを投入する。

 ――ふん、並のDFでロナウドが止められるかな?

 ロナウドへの球体供給を阻止しようと、無数のコマがフィールド中央付近で球体奪取すべく入り乱れる。彼にとってすれば一度で良かった。ロナウドに一度でも持たせれば、怪物FWは一回のチャンスをモノにする。

 そんな彼の思考の中、球体が自陣内のエアラインと呼ばれるプレイオンエリアぎりぎりの付近に転がった。球体近くにあったのはゼウスのコマ。順番もゼウス側となり彼は一瞬、息を飲んだ。しかし球体を手に入れたコマが先ほど変わって投入されたDFコマと分かり、彼は安堵の息をこぼす。DFコマは一般的に守備能力に秀でたコマであって、攻撃力や攻撃精度はそれほど高くないからだ。


 ――え!?


 それは一閃だった。

 自分の番で球体を奪ったあと、どのコマに経由して前線に送ろうかと考えたいた彼の目に、一筋のレーザービームの如き光が横切ったのだ。呆然とする彼。相手側の得点が表示されるインジケーター。静まりかえる観客。

 

 ――あ、悪魔の左足だと。

 得点を決めたDFコマを確認した彼は、そう呟きを漏らした。

 悪魔の左足ことDFロベカルという、それDFの攻撃力じゃなくね? というDFコマがある。まさか自分が押してる場面でそんなロベカルを投入していたとは、彼には解せなかった。

「そんな、ゾーンに入ってたのに、読み違えるなんて……」

 がっくりと肩を下ろす彼の元に、無情な響きでゼウスが応えた。

『ナルホド、ドウリデ テゴワカッタハズデス。ワタシモzoneニ ハイッテイナケレバ カテナカッタデショウ』


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