葬儀
【さすがに蹴りばかりでは、この先いつかは克典さんにやられる。】
勇次郎はそう思いながら、裏拳や回し突きの鍛錬をしていた。今日は家業の花屋は定休日で朝から稽古している。時計を見るともう昼であった。勇次郎は稽古を止め、シャワーで汗を流して着替えた後、街に出た。
スポーツ用品店に寄り、リストバンドを一つ買う。その店を出て、あてもなくふらついていると声をかけられた。
「あ、あの、小野寺勇次郎先生ですか。」
声の方を振り向くと、制服姿の女子高校生三人だ。彼女達は運動クラブに入っているのだろう。着替えが入っていると思われる大きなバックを抱えている。
「おう。そうだが。お前ら、ひょっとして胡桃学園の空手部か? 」
胡桃学園は勇次郎の所属する道場と近く、たまに顧問が生徒を連れてやってくるのだ。その顧問は勇次郎の後輩だった。
「は、はいっ! 先生、全日本おめでとうございますっ! 」
そう言って三人は頭をぺこっと下げた。
「おう、ありがとな。でも街中で先生はやめてくれよ。お前ら、今度道場に来いよ。組手だったら見てやるから。」
「ほ、本当ですか! ありがとうございます。是非っ! 」
年々空手少年の人口は減っている。でも女性の練習生は増えているのだ。硬派な漢は少なくなった分、女性が強さを求めていると勇次郎は理解していた。
その時、『ゴーッ』と音がした。その場にいたみんなが振り返ると、一台のトラックが歩道に乗り上げこちらに迫って来る。
勇次郎は女子高生たちを蹴りとばした。トラックの軌道から外すためだ。彼女たちを蹴り、自らも避けようとしたが間に合わない。勇次郎は十メートルも飛ばされて、アスファルトの上を二度弾み横たわった。
即死であった。勇次郎の死に顔は傷一つなく眠っているようであった。
その後の事故の見分で捜査員は驚いていた。トラックの前部には大きな凹みがあったのだ。高さと凹みをつけた衝撃跡から、それは勇次郎が蹴った物と思われた。
「この衝撃はトンクラスの力がかかったとしか思えんな。奴は人か? 」
捜査員は勇次郎の寝ていた場所を見やり呟いていた。
「克典師範代! 勇次郎が、小野寺勇次郎が死にました! 」
「は!? 馬鹿な! 何を言っているんだ、貴様は! あいつが死ぬわけなかろう! 」
「トラックに、トラックに撥ねられて……。」
克典は道場の二階の事務所に駆け上がるとTVを点けた。そこで見たのは勇次郎の死を知らせるニュースだった。
「なぜ? なぜなんだ? 馬鹿野郎! 何かの間違いだろう!? 」
克典は信じられない出来事に混乱した。
勇次郎の葬儀は『現役の全日本王者』と言う事もあり、千人を軽く超える参列者数であった。
あの女子高生三人は泣いて遺影に頭を下げている。勇次郎が救った命たちだった。克典もまた人目をはばからず泣いている。
「馬鹿野郎! 勝逃げしやがってっ! 」
克典の叫びが、参列者の涙を更に誘っていた。
【そうか。やっぱり俺は死んだんだなあ。まあ仕方ないか。】
勇次郎は霊となり自らの葬儀を眺めていた。参列してくれた人々の気持ちが嬉しかった。
やり残したことがないと言えば嘘になる。もっと強くなりたかったし、空手以外の武道にも興味があった。また人を指導してみるのもいいかなと思ってもいた。だが未練は無かった。死んでしまったのは仕方がない。割とさばさばしていた。
勇次郎は参列者の中の一人の少年に目が行った。中学生だろうか。その頬は乾く事を許さないとばかりに涙が伝っている。知らない少年だった。その少年は勇次郎の遺影に一礼すると、『ひゅっ』っと回し蹴りを出した。その蹴り方といいタイミングといい勇次郎の蹴りに良く似ていた。気になって勇次郎は少年の傍に近づいた。
「勇次郎さん。貴方は僕の目標だった、憧れだった。一緒に組手をしたかったんだ。僕はどうすればいいんだ……。」
少年は泣きながら思いを口にしていた。
その少年、名を嵯峨龍と言う。龍と勇次郎の出会いであった。
勇次郎はこの少年に自分の技を教えてみたいと思った。
【こいつに教えてみたいが、死んだ俺が教えられるはずもないか。】
勇次郎は自嘲気味に微笑んでいた。