第四話:裏切り
今後の二人の話し合いだ、気合を入れていかなくちゃと、麻奈美はいつも以上のお洒落をして家を出た。
慣れない香水も付けて、誕生日に祖母から貰った少し高価なネックレスも付けた。
着飾って気分も上々、張り切った麻奈美だったが、地下鉄に乗り込むと胸騒ぎを覚えた。
(……大丈夫、大丈夫、良輔はきっとちゃんと話を聞いてくれる。)
ガタガタと揺れる車体に身を委ね、不安を掻き消していた。
良輔の働く居酒屋へと着き、隣にある公園へ足を運ばせた。
ここのベンチからいつも出てくる裏口が見えるのもあり、二人のお決まりの待ち合わせ場所となっていた。
ベンチに腰を下ろすと冷ややかな風が吹き、徐々に体の芯を冷やしていく。
秋の匂いを感じながら、良輔との思い出を振り返っていると、何故か無性に切なくなった。
(早く良輔に会いたい……)
裏口から徐々に従業員が帰っていくが、中々良輔の姿は見えない。
ふと時計を見ると22時23分、いつも終わる時間より、20分過ぎていた。
(おかしいな、残業なんてあったことないのに)
麻奈美は裏口へ近寄り、出てきた良輔と同じ歳位の男の子に声を掛けた。
「あの、こんばんは。こちらで働いている宮沢良輔君はまだ中にいます?」
不思議そうに見つめていた男の子は、思いついたように笑顔になった。
『あぁ、噂の麻奈美ちゃんかな?アイツ今日バイトって言ってた??』
「いえ、いつもならバイトの日ですよね?電話が繋がらないので働いてるかと……」
麻奈美の鼓動はドキッとした。
『アイツさ、しばらく見てないよ。お前のせいでこっちはバイト増やされたんだってーのって、良輔に伝えといてくれないかな?んー言っちゃ駄目だったのかな、まぁいいか、悪いのアイツだしね。』
悪びれる様子も無い男の子。
驚きと動揺で震える手をぎゅっと握り締めながら、麻奈美は作り笑いをし軽く御礼をして、足早にその場を立ち去った。
(良輔、嘘ついてたんだ……どうして……?なんで?……なんで??)
いない良輔に向かって疑問を投げかけながら、まだ人通りの多い路地を歩く。
悲しい気持ちを上回って、段々と怒りが込み上げて来る。
気持ちと比例してか、いつしか小走りになり、ついには息をぜえぜえと言わせるぐらいの猛スピードで走り出していた。
もしかしたら事故にでもあったのかもしれない、そんな気持ちもあったが女の勘がそうとは言わなかった。
なんで電話に出ないの?なんで仕事に行ってないの?なんで会う回数が減ったの?なんで嘘をつくの?――
怒りと哀しさで、頭が真っ白になった麻奈美は地下鉄に乗るのも忘れ、気付くとすでに良輔の住むアパートの前に立っていた。
上を見上げると、部屋の明かりが点いている。
走ってきた勢いそのままに、息を切らしながらガンガンガンと階段を上る。
(ピンポン、ピンポン)
……出ない。
麻奈美はドアノブに手を掛けた。
(ガチャ)
ドアはすんなりと麻奈美を受け入れた。
玄関にはいっぱいになったゴミ袋と、散乱した靴。
そして部屋の奥には見慣れた顔。
そこには裕美が居た。
裕美と良輔が、狭いワンルームの中に脱ぎかけの服で身を隠し、こちらを見ている。
時間が止まった。
これが現実なのか、夢なのか、麻奈美にはまだ理解が出来ない。
第一声を発したのは、良輔だった。
『……何見てんだよ。』
その瞬間、良輔は羽織掛けのシャツを麻奈美に向かって投げつけた。
そしてゆっくり立ち上がると、玄関の方へと歩いてくる。
何を考えればいいのか、何をどう動けばいいのか、戸惑いで心が追いついていかない。
良輔がこっちに向かってくる、そう頭が認識した瞬間、何かが物凄い速さで動くのが見えた。
(ドカッ……!)
良輔の腕だった。
鈍い音と共に、人形のように動かなかった麻奈美が吹っ飛ぶ。
『やめてええええええっ!!!』
裕美の声が頭に響く。
しかし良輔の腕は休まることを知らなかった。
顔は見る見る腫れ上がり、腕は壁とぶつかった衝撃で血が飛ぶほどに切れる。
『誰の許可得て勝手に家着てんだゴラアアッ!てめえの顔なんか今見たくねえんだよっ!!』
まるで人が違うように、人格が変わっている良輔。
顔が痛い。
腕が痛い。
お腹が痛い。
心が痛い。
遠くなる意識の中で、麻奈美は良輔の薄笑いだけが頭に残った。