第一話:出勤前
名前など全て架空のものです。
初執筆ということで、至らぬ点が多々あるとは思いますが、温かく見守って頂けたら幸いです。
何かありましたらご意見、ご感想、よろしくお願いします。
〜P.M. 13:00
(ピピッピピッ)
「う〜ん……」
(ピピピピピピピ――)
「あぁぁ、もううるさいっ!」
――ガンッ!
いつもお世話になっている目覚まし時計を投げつけた。
電池が外れたようで、甲高い音が止んだ。
「頭痛いなぁ……」
寝起きが悪いこの女は、とある繁華街でホステスをしている、神谷 麻奈美。
まだ子供臭さの抜けない21歳、店では皆、雪乃と呼ぶ。
夜の世界では、所謂、源氏名が使われることが多い。
本名で働くと、一生水の世界から抜けられなくなるというジンクスがあるぐらいだ。
昨晩、といっても朝方。
勤める店が終わった後、クラブによって帰ったのは朝日も眩しい朝6時頃、麻奈美の帰宅パターンである。
毎日嫌いな客にも笑顔で振る舞い、好きでもないお酒を飲み、ほろ酔い気分でクラブのレゲエに酔う。
麻奈美が一番心地良く、現時逃避出来る時間だった。
「そろそろ営業しなきゃなっと……!」
バサッと布団を持ち上げベッドから出る。
顔を洗い、軽く朝食を取った後、本日の営業メールが始まる。
麻奈美は大好きなパーラメントメンソールに火をつけながらポチポチと慣れた手つきでメールを打ち始めた。
――(昨日はご馳走様でしたぁ!すごい楽しかったね。また、田中さんの面白いお話聞かせてね)
(最近鈴木さんの顔見てないから、元気が出ないよう…忙しいのが過ぎたらちゃんと会いに来てね!)
(この間言ってたご飯食べに行ってきたよぉ、やっぱり佐々木さんの教えてくれるお店はハズレが無いね!!)――
約30人の客にメールを送り、ふぅっと溜め息をついた。
「はぁ疲れた。みんなメールで良ければ楽なのにな。」
夕方になれば、次は営業電話が待っている。
この生活を続けて3年、斜めの社会と言われる夜の世界に染まり始めた頃だった。
今日は半年前から麻奈美、いや雪乃に熱を上げている村木との同伴の日。
同伴、それは客とホステスが食事をしたり、映画を観た後に店に入るというシステム。
いつもよりは早めに家を出ないといけないが、大抵の店は同伴バックといって、いくらか金額が女の子に支払われたり、ポイントが付いて給料がスライドし、多めの金額が貰えたりするので、嫌うホステスは少ないだろう。
営業電話を早々と済ませた麻奈美は、シャワーを浴びてメイクボックスに手を掛ける。
化粧をする前は、垂れ目がちの幼い顔立ちの麻奈美だが、中学生の頃から培ったメイクの腕前でサラサラと化けていくと、目がキュッと上がり、鼻筋の通った美人顔へと変わっていく。
「そろそろタクシー呼ばないとヘアメイクの時間に間に合わないな。残りは美容室でメイクしちゃおう。」
携帯を手に取り、慣れた声でタクシーを呼ぶ。
「あの、いつもの方で一台お願いします。」
以前、麻奈美はたまたま乗ったタクシーの運転手がストーカーになったことがあり、お決まりの運転手でしか乗らなくなっていた。
急いで髪を乾かし、ブラウンピンクの長い髪をダッカールで纏める。
まだ外は肌寒い時期、お気に入りの白いバルーンワンピースを着て、黒いコートに袖を通した。
(ピンポーン)
「あ、来た!ナイスタイミング!!」
毎回ナイスタイミングでくるおじさんドライバーにお世話になって早1年、日に日に減っていくおじさんの髪の毛が気になる。
エレベーターを降り、見慣れたタクシーにバタバタと乗り込んだ。
『おはようさん、いつもの美容室でいいんだね?』
「うん、お願いします。」
ゆっくりと狭い路地をタクシーは進んでいく。
村木との待ち合わせは六時半、丁度良く美容室に着きそうな時間だ。
(ピリリリリ……)
村木からの電話が鳴った。
「もしもぉし、おはよう村木さん!!!」
いつも以上の高い声で出たからか、ドライバーがバックミラーでちらりと麻奈美を見た。
『おはよう、雪乃。ちゃんと起きれたみたいだね。』
この渋い声の村木の事が雪乃は好きだった。
週に一度の食事の約束が何よりも待ち遠しい時間で、クラブに行くよりも今は楽しみなのかもしれない。
今まで毎日違う客に口説かれたが、一度も心が動かされることは無く、客は客、好きになることもないし、うざったくしか思ってなかった。
そんな自分が店で出会った客に恋をするなんて初めての事で、自分自身が一番戸惑っていた。
「うん、うん、大丈夫だよ。じゃあ、半にいつもの交差点で!」
村木との電話の余韻に浸りながら、携帯を鞄に仕舞う。
ふと、窓から外を見ると、女の子が母親に手を引かれ、公園から出て行く姿が目に付いた。
麻奈美は目を細め、胸が苦しくなる衝動に駆られた。
三年前。
あの事が無ければ、麻奈美が雪乃になる事は無かったのに――