火事
―都内某ホテルで火災が発生。近くの警察官は至急現場に向かって下さい―
そんな騒々しい無線が入ったのは空気がとても乾燥して寒い冬の事だった。
「おら行くぞ、林。」
「タイミング悪すぎ…俺これから彼女とイチャラブなデートだったってのに。」
ボヤキと共に出た真っ白な息がため息の大きさを物語る。たまたま近くにいた刑事である伏見明貴は相棒である林 真守の愚痴に少し強めの平手打ちを背中に一発入れて足早に歩き出した。
「いってぇな、何すんだよ!」
「女なんかの為に事件すっぽかす奴があるかよ。てめぇそれでも刑事か?」
「刑事でもあり彼氏でもある。堅物のお前には分かんねぇかー?」
んべぇと舌を出す真守に明貴は仏頂面で睨み返しながら停めていた車に乗り込む。バタンと扉を閉めてシートベルトを着用しながらまだ軽口を言い合うが二人の顔はすでに事件に向かう刑事そのものだ。
明貴は内心”くだらねぇ事を言い返しやがって”と毒づきながらハンドルに手をかけて真っ赤なサイレンを鳴らしながら現場に急行したのだった。
◇
昼間の空に黒煙と焼け焦げる煤けた臭い。
消防の慌ただしい発声と被害者達の悲痛な声が到着した二人を待ち構えていた。
「なにがどうすりゃこんなでかいホテルでこんっな大規模な火災が起きんだよ。」
そこは雑誌でも取り上げられるほど有名なリゾートホテル。いつもはおチャラけた話し方の真守も、この時ばかりは険しい顔で立ち会う。
相棒の言う事に仏頂面だった明貴の眉間にも深くシワが刻まれた。
救急車の到着も足りていないのだろう。
搬送されなかった軽傷の被害者がパニックを起こしていて辺りはまさに阿鼻叫喚といったものだ。
そんな中、やけに耳に残る綺麗なソプラノボイスが救急隊に抱えられた女性の方から聞こえてきて状況を聞き回っていた明貴の足を止めさせた。
「わ、私は大丈夫です!なので他の方を優先して病院にっ」
「ダメです!あなた煙をあんなに吸っていたうえに火傷だってしてるんですよ!?大人しく救急車に乗って下さい!」
「本当に、本当に大丈夫ですから!」
乗る、乗らないの押し問答だ。どう見ても助けられた女性は救急車へ乗るに値する怪我を負っている。
それでもしっかりと自分の足で立ち、気丈に振舞っては他人を優先する姿に明貴の表情は更に険しいモノへと変わっていく。
「おいあんた。」
「はいっ」
「今は救急隊の言う事聞いた方が現場は速やかに動く。だからさっさと乗れ。」
「!す、すいません。」
「いや、いい。回復したら事情聴取をしたいんでな。きちんと治してくれ。」
突然かけられた明貴の言葉にハッとした顔で俯き申し訳なさそうに謝罪した女の背中を救急車へ促すように軽く叩いた。
その瞬間、明貴は大きく目を見開いて自分よりかなり小さい女を見下ろしたのだ。
「こちらに!」
「あ、は、はいっ」
「おいあんた」
「すいませんどいて!ストレッチャー通ります!!」
ガラガラガラ!!と激しく何台ものストレッチャーを押す救急隊員に、明貴の声はかき消されてしまい自然と視線は通り過ぎて行ったストレッチャーに向いてしまう。
乗せられた人は黒い布に覆われて動いていないのだから女性を呼び止めようと上げていた手も降ろしてしまうというものだ。
搬送されていく黒い布を被った人達を見送り、明貴は不機嫌丸出しの舌打ちを残した。
「どーしたよ、たか。」
「行くぞ。さっさと事件を調べる。」
「めちゃくちゃやる気だな、何かあったか?」
「さっきそこで黒い布を被せられたストレッチャーが押されて行った。五台はあっただろうよ。」
「…気の毒にな。」
「あぁ。早いとこ調査して何があったのか解明するぞ。」
「おうよ。その前に彼女に連絡入れてい?じゃねーと怒られちまう。」
「はぁ。」
腕を組んで呆れたため息を真守に向ければ慣れた手つきで連絡を取り出す。
ゴウゴウと激しく燃える炎を明貴は忌々しそうに見つめ、真守をおいて一人勝手に調査に向かったのだった。




