第5話 選別――誰の言葉を訳すのか
多国間会談が開かれた。
人族、獣人、エルフ、魔族、小国――それぞれの代表が集まり、互いに牽制しながら席につく。
そして、誰もがレイを見た。
「こちらの専属になれ」
「いや、我が国へ」
「通訳官がいれば勝てる」
勝てる。
その言葉に、レイは薄く息を吐いた。
自分が“勝たせる道具”になった瞬間、言葉は刃に戻る。
会談が始まり、各国が主張をぶつける。
誰もが自分の都合で言葉を置く。
レイはメモを取り続けた。主語のすり替え、責任の曖昧化、沈黙の置き方。嘘は言葉に出る。出ないのは、嘘をつけない者だけだ。
「通訳官、訳を」
書記が促す。
レイは口を開かなかった。
沈黙が落ちる。
その沈黙の中で、焦った者ほど言葉を増やし、矛盾を増やす。
ガルム将軍が苛立つ。
「何をしている! 訳せ!」
レイはゆっくり首を振った。
「今日は、通訳しません」
会場がざわめき、ローデルが笑う。
「ついに壊れたか。便利な道具が」
レイはローデルを見て、淡々と言った。
「条件があります。嘘をつかない者の言葉だけを訳します」
「そんなもの、どうやって判断する」
軍部の男が噛みつく。
レイは遮らない。遮れば彼らは“押し返された”と感じる。押し返された者は、剣を抜く。
代わりに、冷静に積み上げる。
「矛盾、言い換え、主語の消失、責任の擦り替え、沈黙の使い方。
私は“言葉”ではなく“意味”を訳します。意味が空なら、訳しません」
沈黙が落ちた。
嘘を混ぜたい者ほど黙る。
本当に必要な者ほど、言葉を削ぎ落とす。
不思議なことに、その沈黙の中で会談は前に進み始めた。
各国は曖昧な表現を避け、期限と範囲を明確にし、確認の手順を入れる。
誰もが“言った言わない”で勝つ余地がなくなるからだ。
会談後、王の使いがレイを呼んだ。
王城の執務室。王――レオンは疲れていた。王冠は軽そうに見えるのに、まぶたが重い。机には条約案と戦況図が積み上がっている。
レオンがぽつりと言った。
「戦争が起きなければ、私は評価されない。平和は数字にならない」
レイは少し迷い、そして口を開いた。
能力の説明ではない。傷の説明をする。
「昔、誤訳で人を死なせました」
レオンが顔を上げる。
「……誰を」
「正確には、私が殺しました」
レイの声は震えなかった。震えるのは、言う前だ。
「一言、急いだ。確認しなかった。
“意味”を訳さず、“言葉”だけを訳した」
レオンは沈黙した。沈黙が同意でも拒否でもない、ただの重さになっている。
「その場は収まりました」
レイは続ける。
「皆が『よくやった』と言った。
でも数日後、国境で血が流れた。
あの一言が、剣を抜く理由になった」
レオンの指が机の縁を掴む。
レイは静かに言う。
「だから私は即断しません。訳さない選択もします。
分からないなら分からないと言う。
……剣を抜かせないために」
レオンはしばらく黙り、やがて言った。
「役職を与えよう。正式な通訳官として、国の柱になれ」
レイは首を振った。
「柱は折れます。現場のほうが、折れ方を知っている」
王はかすかに笑った。
「厄介な男だ。だが必要だ」
そして、最後に告げた。
「明日、最後の大和平会談だ。
お前がいなければ、ここまで積んだものが崩れる」
レイは頷いた。
頷きながら、心の奥で自分に言う。
――今度は、急がない。




