第3話 善意――便利な通訳官
小国レヴェンの使節が王都に来た。
飢えた土地、枯れた畑、薄い兵。小国は支援を求めている。
人族側は支援を“慈悲”として示したがる。慈悲は政治の飾りになるからだ。
「無償で提供しよう」
貴族ローデルが胸を張る。
「慈悲こそ文明の証だ。彼らは喜ぶ」
次の瞬間、小国の使節が立ち上がった。
「我らを乞食扱いする気か!」
部屋の温度が下がった。
ローデルの頬が赤くなり、側近が慌てて取り繕おうとする。ガルム将軍は苛立ち、机を叩いた。
レイはすぐに口を開かなかった。
使節の怒りの奥に、恥がある。恥は誇りと同じ場所にある。誇りを踏めば、怒りは刃になる。
「彼らにとって無償は“施し”です」
レイは短く言う。
「施しは、見下しと同じ意味を持つ」
ローデルが吐き捨てる。
「救ってやるのに、なぜ怒る!」
「救われたいのではなく、立っていたいのです」
レイは淡々と返す。
「立ったまま受け取れる形に変えれば、受け取ります」
「どうやって」
レイは使節の衣の縁取りを見る。織りの細さ。染めの深さ。
この国は貧しいが、誇りがある。誇りを“支払い”にすればいい。
「交換にしてください。象徴的な返礼で構いません。
彼らが誇れるものを、こちらが受け取る」
使節が眉をひそめる。
「誇り……?」
「織物を一反。王城の広間に飾る。
“恵まれた”ではなく、“交わした”という形が残ります」
ローデルが笑った。
「そんな布で釣るのか」
レイは目を逸らさない。
「釣りではありません。対等の確認です」
交渉は成立した。
小国は織物を差し出し、人族は支援物資を渡す。
言葉の形が変われば、感情の形も変わる。
会談後、廊下で兵が囁く声が聞こえた。
「通訳官が入らない会談は危険だってさ」
「便利な道具だな」
「いや、あいつ、戦争を止めすぎる」
“便利”という言葉に、レイは背中が冷えた。便利なものはいつか、誰かの都合で壊される。
その予感は当たりやすい。
数日後、ローデルが別件の条約文を持ち込んだ。
高尚な言葉で塗り固められた、曖昧な条文。
「善処する」
「適切に対応する」
「相互に努力する」
ローデルは涼しい顔で言う。
「政治とは、そういうものだ。余白が利益になる」
レイはペンを止め、静かに言った。
「誤解できる言葉は、必ず裏切りに使われます」
ローデルが微笑む。
「裏切り? 甘いな、通訳官。
言葉は、強い者のものだ」
レイは一瞬、過去の光景を思い出した。
かつて自分が“正しく訳した”はずの言葉が、上層部の都合で“別の意味”として使われ、数日後に血が流れた光景を。
ローデルはレイの反応を見て、最後に一言だけ落とした。
「君は、便利すぎる」
その言葉は褒め言葉ではなかった。
宣告に近い。




